フェロモン
今日は吹奏楽部の演奏会の日だ。学園祭でも使ったあのホールに、人が一杯集まっていた。リク・笹本・雨宮・田端は早めに行って、四人で座れる席を確保した。田端はキョロキョロと場内を見回して、アリスを探している。
「来た!」
場内を隅から隅まで見落としがないよう見張っていた田端は、ついにアリスを見付けた。三人も田端の視線の先を凝視する。アリスが友達らしき女の子三人と通路を歩いて行くのが見えた。先日のパーティーの時のような服装もかわいいけれど、制服姿もかわいいと思いながら、リクもアリスを遠目から眺める。リク達には気付いていないようで、女子四人で楽しそうに話しながら座席を探していた。
「こんにちは」
リク達の座った列を覗き込むように、水野が声を掛けて来た。
「何か用かよ。お前邪魔だよ」
立ち上がってアリスを目で追っていた田端が、水野を睨んで言う。
「サークルの勧誘に来たのよ。はい、これ」
水野はリク達に一枚ずつチラシを渡す。
「模擬国連に申し込むのにメンバーを探しているの。できれば英語が堪能で、世界情勢に興味がある人。もちろん、やる気があるなら誰でも歓迎よ」
「俺達に渡さなくたって、この学校には国際関係の仕事に就きたい奴や、帰国や留学経験のある奴が一杯いるだろ? そいつ等に声掛けろよ」
雨宮が嫌そうな顔をして言う。
「私はあなた達が気に入ったんだけど」
「あっ・ち・へ・行・け」
一文字ずつ区切って言いながら、田端は席に座る。
「桜井は? 化学部はまだ仮入部なんでしょ?」
「俺は英語不得意だから」
「この間のパーティーの挨拶、発音きれいだったけど?」
「桜井は来年本入部に切り替えるんだよ!」
笹本がそう主張する。先日そんな相談を笹本にしていた。
「そう。でも考えてみて」
水野はにっこり笑ってそう言うと、やっと立ち去った。そうだった。あの手のタイプには、はっきり断らないといけないのだった。リクはどうもやんわりと言ってしまう。
「あいつ最近形振り構わずちょっかい掛けてくるな。ムカつく。あいつの所為でアリスを見失った。くそっ!」
悔しそうな田端。
「そういえばさ」
何かを思い出したのか、笹本が口を開いた。
「俺達男子の耳にやっと最近になって入って来たんだけどさ、夏休み前頃校内の女子の間で、ちょっとした噂があったって聞いたんだよ。学校の前の道が駅へと分かれる交差点付近中心に、偶に大学生らしい凄いイケメンを見掛けるって」
リクは嫌な予感がする。凄く嫌な予感がする。
「夏休みで噂は少し鎮静化したんだけど、十月頃からまたチラホラ駅周辺での目撃情報が入って、急激に騒ぎが全校に広がっていった。今月入ってからの登校日はいつも下校時刻に交差点付近にいるらしくて、バス通の女子までわざわざ交差点まで見に行き出した。どこの誰だか皆知りたいんだけど誰も声を掛けれなくて、でもうちの学園の制服を着た男子と歩いている姿が何度か目撃されているから、そいつに聞けばわかるって今そいつを特定しようとしているらしいんだ。それから校内で美少女として有名な女の子達の中に、告りたがっているのが何人か現れている。後、そのイケメンは外人だって話も俺聞いて……で、もしかして、それってあいつ?」
……もしかしなくてもそれってあいつだと、リクは目眩がした。そこまで女子を引き付けるフェロモンばら撒ける外人は、この町には一人しかいない。リクはその話題のイケメンを思い浮かべる。
「キースの顔が広まった上にライバル多数登場か。水野も穏やかじゃいられないな」
雨宮はチラシで紙飛行機を作りながらそう言った。雨宮はでき上がった飛行機を飛ばす手付きをしている。開宴五分前の放送が入った。ホールはほぼ満席。リクはチラシを畳んで胸ポケットにしまった。今晩キースに何て言おうエドには何て報告しようと悩んでいた。
「あのさ、キース」
リクは夕食に使った皿を洗いながら、キースに声を掛けた。キースはリクの隣で皿を布巾で拭いて、食器棚にしまっている。キースは手を止めてリクを見た。
「学校で噂を今日、聞いたんだけどさ……」
リクは今日、笹本から聞いた話をキースに話した。帰宅して直ぐにエドにメールもした。キースは呆れ顔でリクの話を聞いている。
「それって本当に俺なのか? 町に外国人は沢山いるだろう?」
こんな状況を作り出せるのはキース以外いない。あれだけ頭がいいのにキースには全く自覚がない。リクはどう説明したらキースに納得してもらえるのか思い付かず悩んでいた。
「そんなことをエド先生にメールしたのか? 必要ないだろう? 先生はお忙しいのに」
自覚のないキース。それに吸い寄せられる女子達。もう頼れるのはエドしかいない。エドに何とかしてもらうしかない。リクは現状を放っておくのはあまりにも恐ろしいと思った。
その晩、エドとはスカイプで話をした。エドは今ニューヨークに居て、ウィル、セシリア、セシリアの両親と五人でクリスマス休暇を過ごしている。エドは他の四人に気付かれないように、急な仕事と嘘を言って鍵を掛けた部屋に籠っているらしい。リクの隣でキースは不機嫌な顔で座っている。エドはスカイプの画面から顔を背け、更に手の平でカメラレンズを遮るようにして顔を隠し、表情を見られないようにしていた。でもエドの表情は見えなくてもわかる。笑っている。いや、何とか笑いを堪えようと無理しているの方が近い。
「もてるなぁ、キース。父親そっくりになってきた」
「俺の顔は母親似の筈ですが?」
「顔じゃないよ。その、女性達がね、ほっとかないって、言うか、群がってくるところが」
エドは堪えながら笑って、肩が上下していて苦しそうだ。その所為で言葉が途切れ途切れになっていた。
「キースのお父さんも、もてたんだ」
そう言ってしまってから嫌な視線を感じてキースを見ると、その言葉を聞いて不快に感じたらしいキースがリクを睨んでいる。キースが怖いのでリクは急いで画面に視線を戻す。
「はーっ、困ったね」
エドは笑いを落ち着けるとそう言った。
「リックの言う通り、間違いなく噂になっているのはキースだよ」
流石にエドに指摘されればキースも認めるとリクは期待してキースを見ると、普段の倍増しの不機嫌顔。
「まずは女の子達が自分に注目しているという自覚を持ってくれ。それから、キースがそう簡単に刺されることはないと思うけど、そういう事態も想定しておいた方がいい。何が起きるかわからないから、外に出たら周囲には気を付けて」
「あり得ない!」
しつこい水野。告るつもりの美少女達。それだけキースは魅力的なのだとエドにも言われているのに、あの返事ではキース本人は納得していそうもない。これに関してだけはキースのIQの高さが全く役に立っていないのが、リクには信じられなかった。
「人間の女性達は、男性の何を見て好きになるのでしょうか?」
スカイプを終わらせると、チャンスがリクに尋ねた。
「チャンス、それは答えるのが難しい質問だ。お父さんに聞いてくれ」
チャンスは詳しく知りたいので、エドに連絡してみると言っていた。
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