花冠
クリスマスパーティーの翌日、良く晴れた日曜日。リクは洗濯物をベランダに干していた。キースはまだ起きて来ない。多分、一昨日の夜の睡眠不足の所為で、今日はまだ起きて来たくないのだろうと思った。今日はスーツとYシャツをクリーニングに出して、食料の買い出しをして、冬休みの宿題を早めに始めようと、リクは一日の計画を立てた。洗濯物を干し終わって時計を見ると、午前八時三十分。朝食を作り始める。目玉焼きを焼いているとキースの部屋のドアが開き、キースが出て来た。
「おはよう、キース」
「おは……よう」
キースに元気がない。よく見ると顔色は悪いし、白目は充血して真っ赤。
「キース、目が真っ赤だけど、大丈夫?」
「ああ、寝不足だ。寝たのは二時間前」
「寝不足? まさか昨日の夜も寝てないのか?」
「チャンスを白い箱に戻してやっていた。これでチャンスは仕事と会話ができる」
「え?」
一昨日の夜ほぼ徹夜のキース。そして昨晩も殆ど寝てない。
「無茶だろう、それ」
「朝食を食べたらまた少し寝るよ」
キースはそう言って、トースターでパンを焼いている。
「チャンスがリクと話したがっているし、今晩の家庭教師にも参加するそうだ」
キースは目玉焼きと野菜ジュースとトーストを食べると、再び部屋へ戻って行った。リクは食後に掃除機を掛けようと思っていたが、止めた。寝るなら静かにしていてあげたい。リクはスーパーへ行って来るというメモを残すと、一人で買い出しに出掛けた。
ボロネーゼソース、ホワイトソース、パスタ……ボロネーゼソース、ホワイトソース、パスタ……。
スプーンの底でソースを平らに均しながら、リクは層を作っていった。先程スーパーに行ったら簡単に作れるラザニアという商品が特売で売っていて、確かキースが一番好きなパスタはラザニアと言っていたのを思い出して、買ってきてみたのだ。オーブントースターに入れてラザニアを加熱している間に、サラダを作っておいた。ちょっと少なめだが足らなければ冷凍チャーハンを温めればいい。
昼十二時になって再びキースが部屋から出て来た。髪の毛は寝ぐせでぐちゃぐちゃ。目はさっきよりはまだマシだが赤かった。タンクトップと短パンにフリースを羽織っているだけ。随分とだらしない格好だが、もしここに女の子がいたら、その子にはキースの服装なんて何ら問題ないのだろう。
「ラザニア売っていたから買ってきた。美味しかったらまた買うけど。ここは日本だから、キースの好みの味とは違うかも」
ボーっとラザニアを見るキース。頭が働いていなさそうだ。でもラザニアはパクパク食べ始めた。
「昼飯ありがとう。ラザニア美味かった。朝も作ってもらったから、夕飯は俺が作る」
キースはそれだけ言うと素早く皿を洗って、シャワーを浴びに行ってしまった。リクも皿を片付けて、リビングの床に仰向けに大の字になってひっくり返った。ターゲットと言われた昨晩の話が思い出される。昨日のパーティーに居た連中がリクを狙っている。何でこんなことになってしまったのか。考えるだけで疲れたので、もう考えるのを止めた。
昨日エドが寄越してくれたメンツについて、もっと詳しく聞きたい。キースは眠気が抜けたら話してくれるつもりなのか。キースは直ぐにシャワーを終えて出て来た。それから溜息を吐く。リクは起き上がるとキースを見た。まだ顔色が悪い。
「キース、寝足りないんじゃないのか? また寝たら?」
「仕事を溜めてしまったんだ。やらないと。それに、眠い訳じゃない」
「顔色悪いし、だって溜息吐いてる」
キースは再び溜息を吐いた。
「変な夢を見た所為だ」
キースは仕方なさそうに話し始めた。
「変な夢?」
「思い出したくもない話だろうが、俺がリクを侵入者と勘違いして襲ったことがあっただろう?」
リクは思い出す。あの首を絞められた事件だ。
「あの時俺が夢を見ていたが思い出せないとチャンスから聞いたと思うが、思い出したんだ。あの時見た夢を」
「え?」
「それは女の子が出てくる夢だ。まだ小学校にも通ってない年齢の、小さな女の子。黒い癖毛に緑の瞳で外見は俺によく似ている。夢の中の俺はその女の子を妹と認識していて、でもその子の名前はわからない。その子の名前も夢の中で何度も呼んでいるんだけど、そこだけはいつもはっきりしないんだ。夢を見始めたのは丁度今年の六月頃から。当時は夢は音も小さくて霧の中のようによく見えなくて、目を覚ますとあまり覚えていなくて。でも最近段々と夢がはっきりし出した上に、目を覚ました後も覚えているんだ」
リクも夢はよく見る。何か意味がありそうな夢や、過去の出来事の夢。
「今朝見た夢は、その子がシロツメクサで花冠を作っている夢なんだ。その子はまだ小さいからシロツメクサを上手く繋げられない。それでべそを掻き始めたから俺が手伝ってあげるんだ。その俺の手も小さくて、夢の中の俺はその子の兄だから、その子とそう変わらない年なんだと気付いた。花冠ができ上がるとその子は喜んでそれを俺の頭にのせてくれんだが、納得いかないんだ」
「納得いかない?」
「ああ、俺はシロツメクサの花冠なんて作った経験はない。なのに夢の中の俺は作っている。作り方を知らない物を夢の中で作れる筈がない。目が覚めてからシロツメクサの冠の作り方を検索してみたら、夢の中で見た作り方と同じだった」
「キースは記憶は無いけど、どこかでシロツメクサの花冠の作り方を教わった経験があるってこと?」
キースは頷いた。
「更に繰り返し夢に現れる女の子。妹と認識しているけれど、俺に妹はいない。もしいたとしたら、俺の両親のように亡くなっているか、俺のようにエド先生に引き取られているかしているだろう」
「俺のお父さんには聞いてみた?」
「今度相談してみる」
キースは冷蔵庫からペットボトルの水を一本取り出すと、それを持って自分の部屋へと戻ろうとした。
「キース」
リクは呼び留める。キースは怠そうに足を止めると振り向いた。
「キースが俺を襲ったのって、もしかしてその子を守ろうとしたんじゃないのかな。だって妹なんだろ? 夢の中では」
キースは少し目を見開いて暫くリクを見ていたが、やがて目を伏せて息を吐くと、そのまま何も言わずに部屋へ入った。キースの部屋のドアがゆっくり閉まるのを見届けると、リクは再び床の上で仰向けに寝転がる。そして目を瞑った。
目を覚ますと体に毛布が掛けられていた。どうやらあのままリクは寝てしまった。これを掛けてくれたのはきっとキースだ。リクは毛布を畳むと、それを布団の上に戻しに自分の部屋に入った。リクに掛けられていたのは日頃夜寝る時に使う毛布で、いつもはリクの部屋の隅に畳んで置かれた布団の上に置いてある。キースはリクの部屋からこれを持って来てくれたのだろう。
毛布を布団の上にのせて何気なく机に目をやると、リクにとっては思い出のあるカードが机の上に出しっぱなしだった。ノートや教科書が隅に綺麗に積まれている机の真ん中に、ハガキ大の白い紙がポツンと置かれていて目立つ。午前中、買い出しから帰って来てから机の前に座って、なんとなくそれを抽斗から出して手にして眺めていたのだ。それは中学部活最後の日にあの子がくれたカード。右下に可愛らしくデフォルメされた、頬袋に餌をパンパンに溜めたハムスターの絵が描かれている。
桜井君へ
部活とても楽しかったよ。
一緒にいろんな体験をして、たくさんのことを学んで、
でももう卒業だね。
別々の高校だけど、がんばろうね。
中学三年間の部活、一生のいい思い出だよ。
本当にありがとう。
桜井君のこと忘れないよ。私のことも忘れないでね。
白石真帆
この部屋に入ったキースはこのカードに気付いて読んだだろうかと一瞬気になったが、どうでもよくなった。大切な思い出だがリクとしては別に見られても構わない。これはリクだけにくれた特別なカードではないからだ。あの子はこのカードを男女問わず部員全員に、何か一言書いて渡していた。これはあの子が感謝を伝えたかっただけのカードだった。
読んでくださってありがとうございました。




