奴隷扱い
高校生位に見える金髪青い瞳の少女が、リク達の所へやって来て話し掛けた。友人か、取り巻きか、同年代の男子二人女子一人の、計三人を引き連れている。全員純粋な白人だろう。リク達を見下しているのがはっきりとわかった。しかし彼女は日本語が上手い。日本に住んでいた経験があるのか、スティーブと同じ位自然な日本語だ。
「あら、この中にキースも混じっているのね。本社勤務から格下げ?」
他の三人も日本語がわかるようだ。彼女の一言で全員どっと笑った。
「友好的な話をしに来た訳ではないようだな」
ポールが言う。
「リリー様は、リチャードを歓迎してあげてと言っていたわ」
その少女は答えた。三人のメンバーがクスクス笑っている。
「じきにウィル様が十六歳になられる。その時にこの家流の歓迎をしてくださる筈よ。それまでせいぜい一族の他の上位者に、寝首を掻かれないように気を付けるのね。キースもエドおじ様に頭を下げてアメリカに戻してもらえば? 早い方がいいと思うけど? リチャードの側に居たって、巻き添え食らうだけでいいこと何にもないでしょ? あんたなんて一族の役に立ってもらわなきゃ、金掛けて育ててやった意味がないんだから」
リクは腹が立った。なんていう言い草だ。田端が今にも飛び掛かりそうな位、腹を立てているのがわかる。それをポールが押さえて止めていた。
「俺はともかく、どうしてそんなにキースを攻撃するんだ?」
リクはそう聞いてみる。クスクス笑いが止まった。四人でリクを疎ましげに見る。
「はぁ? キースなんて、一族の間でSlaveって陰で呼ばれてきた子供でしょう?」
Slave。それは日本語にするとどういう意味なのかリクは知らない。キース以外のリクの味方七人の顔を一通り見ると、全員嫌悪感を露わにした表情。キースは下を向いている。
「ドレイという意味だ」
リクが単語の意味を理解していないと気付いたのだろうリクの英語指導をしているキースが、下を向いたまま教えてくれた。
ドレイって……。リクの頭の中でドレイという言葉が奴隷に変換された。
「一人の人間に対して失礼だろ! そんな言葉!」
リクは思わず怒鳴った。周囲の招待客達もリクの声に何が起きたのだろうと思ったらしく、会話を中断してリクに顔を向けた。
「ふん。キースの両親の噂を知らないの? キースの両親を知っている者はフォレスター家の中に殆ど居ないし、それについて話すのも禁止されている。大人達は、陰で言っているわ。キースの両親は、以前ロバート様やリリー様を怒らせて逃亡して、一族から抹消されたんだろうって。逃げ回った挙句エドおじ様に発見され、両親は始末された。でもキースは頭がいいから、エドおじ様が生かしておけば将来役に立つと考えて、殺さなかったんだって。エドおじ様が情けを掛けなければ、キースは今頃始末されているか、野垂れ死にしているかよ」
「それは違う! キースの両親は、そんな人間じゃない!」
今度はポールが怒鳴った。周囲の招待客達は既に、日本語の会話には興味がないのかわからないからか、リク達に注意を払わなくなっていた。ポールの声に対しても先程のリクの声の時のような反応は、ほぼ無かった。
「どう違うって言うのよ。なら説明してみなさいよ」
ポールは押し黙った。本当は言いたいだろうが、でも禁止されている。物凄く悔しそうだ。
「できないくせに。そういえばリチャードも、ついこの間まで、一族から存在を抹消されていた人間だったわね。だからキースと気が合うのかしら?」
少女は満足そうに言った。
「ああ、楽しかった。皆行こう」
四人はリク達をニヤニヤ見ながら、他の集団と話す為か去って行った。相変わらず下を向いているキース。何か声を掛けてあげたい。でもその前に、頭の悪いリクは今までの話を整理したい。
セシリアが言っていたのは。
『キースの両親を殺したのは、エドではないかと言われているわ』
『キースの頭脳をエドが手に入れたかったからと言われている。キースを自分の手元で直接育てたかったのではと。それにエドならやりかねない』
さっきの少女が言っていたのは。
『キースの両親は、以前ロバート様やリリー様を怒らせて逃亡して、一族から抹消されたんだろうって。逃げ回った挙句エドおじ様に発見され、両親は始末された。でもキースは頭がいいから、エドおじ様が生かしておけば将来役に立つと考えて、殺さなかったんだって』
噂だからだろう。二人の話が食い違っている。共通しているのは、エドがキースの両親を殺し、キースを手に入れた部分。
『もっと周囲に知られたくない何かから目を逸らさせているのでは?』
チャンスの分析だ。
『それは違う! キースの両親はそんな人間じゃない!』
そしてポールは真相を知っていそうだ。さっきの言葉だときっと知っている。キースの両親を知っている、数少ない一族の中の一人なのだろう。
リクが信じられるのは、この悪意を持つ少女の言葉でもなく、セシリアの言葉でもなく、チャンスとポールの言葉だった。キースに話し掛けようとキースの方を向くと、そちらの方向から、泣きそうな表情の水野がやって来た。
「今話した人から、キース君はSlaveって呼ばれているって言われたの。酷い。どういうことなの?」
面倒臭い奴が厄介な話を聞いて戻って来た。
「この部屋に居る奴らの中には、プライドが高すぎて頭がイカれてんのも居るんだよ。気にしなけりゃいい」
田端はそう言うと、チキンを山盛りにのせた皿を水野に差し出した。
「食う?」
「あんた達が回し食いしている皿じゃないの?」
「齧ったチキンを戻したりしてないぜ。食い終わって残った骨は、あの皿にちゃんと放り込んでいるし」
田端はそう言って、近くのテーブルの上にあるチキンの骨の積まれた皿を指差した。
「汚い」
水野は顔を顰めている。そこには並みじゃない本数の骨が積まれていて、骨の山が半分雪崩れてテーブルの上にも散乱していた。田端と雨宮で短時間にどれだけの量のチキンを食べたのか、リクは目眩がした。
アリスはポールと川原が世話を焼いていて、二人共アリスにウザがられている。何だかんだでリクはキースに声を掛けそびれてしまった。キースを探すと、キースはもう下を向いてはいなかった。リク達から少し離れた所で、佐久間と何やら深刻そうな話をしている。場内の喧騒の所為で聞こえないけれど、何の話をしているのか気になる。佐久間もポール同様、キースの両親を知っている気がした。
ホテルのロビー。パーティーに来ていた一族のうち、一部の大人達は夜の二次会場に向かった。その他の招待客達も、バラバラと居なくなって行く。水野は父親が車で迎えに来てくれるので、それを待っているという。ポール一家は車で来ているらしく、駐車場に向かって行った。雨宮・田端は二人で駅へ向かう。リクとキースと佐久間は水野が父親に会えるまで、一緒にロビーで待つことにした。人の沢山いるホテルのロビーとはいえ、高校生の水野を父親に直接引き渡すまでは、誰かが側に居た方がいいからだ。
パーティーが終わってから然程待たず、約束時間通りに水野の父親は現れた。身長百八十センチ前後、日本人としたら背の高い部類に入るであろう中年男性だ。ブルー系のシャツにウールのジャケパンという、堅苦しくないがホテル内でラフ過ぎない服装。
「初めまして、雪奈の父の水野亨です。今日は娘がお世話になりました」
リク達に近付いて来ると、まずは佐久間に挨拶をした。
「初めまして、フォレスト社の社長の代理でパーティーに出席した、佐久間です」
二人は名刺交換をしている。
水野の父親はロバート・リリー夫妻に挨拶をしたかったようだが、別の会場にもう移ったと聞いて残念がっていた。ロバート・リリー夫妻の息子エドワード=フォレスターにも会いたかったようだが、今日は来ていない。
水野がリクとキースを父親に紹介したので、リク達は一応形式的な挨拶だけはしておいた。
水野親子は駐車場の方へ去って行く。
「水野亨か。初めて見たよ」
佐久間は去って行く親子の後姿を、じっと見詰めていた。
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