招待状
「リリー様はリクと俺に会いに行く途中だった。偶然俺達を道で見掛けたので、あそこで車を止めてもらったらしい。あそこは往来のど真ん中。滅多なことはできないのはわかっていたが、一応警戒して話を聞いた。リリー様は俺達の所に、クリスマスパーティーの招待状を持って来たんだ」
夕食後の食器の片付けや入浴も終わると、キースがやっと話を始めた。
「クリスマスパーティー?」
「フォレスター家は毎年一族を集めてクリスマスパーティーを開く。今年は東京で開くことにしたらしい。俺は『社長に確認しないと、俺では決められません』と言ったんだが、『女性を一人で来させるの? ちゃんとエスコートしないと』と言って、水野にも招待状を渡した」
リクは水野が持っていた封筒を思い出した。きっとあれが招待状だ。
「水野は最初まずきちんと自己紹介したから、水野の名字から矢上グループ関係だとリリー様は気付いた筈なんだ。でもリリー様はああいうタイプの日本女性が大好きだ。水野を気に入ったんだろう。それで招待状を渡した。しかしいくら気に入ったからといって、エド先生が一族に警戒しろと言っている矢上グループ関係者を一族に近付けるなんて、リリー様は何を考えていらっしゃるんだか。水野はパーティーの主催者がフォレスターグループ会長と聞いて自分を売り込んでいた。リリー様は名前だけで名字を名乗らなかったが、水野はフォレスターグループ会長夫人だと気付いたんじゃないかな」
キースはテーブルの上に、水野が持っていたのと同じ封筒を二通置いた。それから何かペンで書き込まれているメモもその横に置いた。
「リクと俺にここに書かれている店で急いでスーツを作れと言ってきた。パーティーに間に合うように作ってもらえるように、話は通してあるそうだ」
リクはメモをよく見た。アルファベットで店の名前と住所電話番号が書いてある。
「リリー様からリクへ伝えてくれと言われた。『リチャードに会いたいと、世界中から一族が東京に集まって来るのよ。リチャードが居ないと困るわ。ロバートや私に恥をかかせないでね』だそうだ」
キースがテーブルの上に置いた封筒の中身を出すと、英語で書かれた招待状が出てきた。時間と場所が書いてある。できれば行きたくない。行ってあの二人に会えば、一族から敵意を向けられれば、トーチは黙っていないだろう。
「一族が集まる所にトーチを連れてはいけないよ」
きっと腹を立てて周囲を燃やす。
「さっき先生にメールをした。じきに返信が来るだろう」
「返信が来ましたよ、キース」
チャンスがメールを見張っていた。
「あれ? 返信? カリフォルニアは早朝じゃない?」
「先生は今日はニューヨークだ」
「あ。日本時間マイナス……えっと」
「十四時間です」
「ありがとう、チャンス」
キースはチャンスを連れてパソコンのある自室へ戻って行った。リクもエドにメールを送った。メールを送り終えてリビングに戻ってみると、キースとチャンスも戻って来ている。
「ごめん、お父さんにメールを送っていた。今日のトーチの様子を報告したくて」
キースにも今日初めて見たトーチの力を話す。トーチは放っておくとやりたい放題しそうだ。
「クリスマスパーティーについては、先生も全く知らなかったようだ。先生の元にも数日前にいきなり招待状が届いて、かなり驚いたそうだ。でもこんなに間近になってから急に一族を東京に集めるなんて不可能だから、多分ロバート様とリリー様に賛同する一族には、何カ月も前から連絡がいっていたんだろう。先生はお忙しいから、当然今から休みを取って来週東京に来るなんて無理だ。いくら息子とはいえ、現当主にこんなギリギリまで連絡を寄越さないなんて、やり方が失礼過ぎる。多分リクを先生抜きで来させようと目論んだんだろう。そこへ偶々居合わせた水野も利用した」
キースの声は怒りを含んでいる。
「まさか一族が自分の首を絞めるような真似はしないと思うから、水野に滅多なことを話す奴はいないと思うけれど、水野の監視はしなければならない。連中をリクに無闇に近寄らせないように、リクのガードも固めないと。かなりの人数を必要とするが、今から何人先生の味方を会場に集められるか」
「お父さんからは?」
「今対策を練っているようだ。また連絡をくれる」
パーティーは今週の土曜日。会場にはリクを嫌う一族が大勢集まるのだろう。トーチの状態を考えると不安だ。リクにはトーチを止められない。
翌日の朝ホームルームの始まる前、水野がリクの机にやって来た。まだ笹本は登校していない。
「おはよう、桜井」
「おはよう」
リクはまともに水野の顔を見る気が起きなかった。挨拶を交わすと、下を向く。
「昨日、あの後大丈夫だった?」
「え? 何が?」
「具合悪そうだったから」
あれかと思い出す。
「大丈夫だよ」
それだけ答える。早く席に戻って欲しい。目立つ人物水野の行動を、クラスメート達が気にしている。日頃リクと水野が会話しているなんてまず無いから、水野がリクに話し掛ける用事って何なのか、皆知りたいようだ。皆銘々自分達の話をしながら、チラチラとリクと水野の様子を窺い見ている。
「聞きたいんだけど、あの御婦人って、ロバート=フォレスター会長の奥様の、リリー=フォレスター夫人よね?」
その通りだが、リクは何と答えていいのか言葉が見付からない。
「実は私のお祖父様はロバート会長と知り合いだし、お父様も以前ロバート会長とお会いしたことがあるの。お祖父様とお父様が一昨日招待状のお礼を連絡したら、ロバート会長も是非私に会いたいって言ってくださったのよ」
水野の祖父とロバートは知り合いだった。水野の父親も顔が広いと聞いている。
「ねぇ、桜井はフォレスター家の養子になるの? リリー夫人は身内に桜井を、会わせたがっていたじゃない」
「俺はそんな話知らない」
ただそう答えた。リクは本当はかかわり合いたくないのだ、ロバートとリリーとは。予鈴が鳴った。電車が遅延しているとかで、まだ教室には七割程度しか生徒が登校できていない。リクの後ろの席の笹本も、まだ来ていなかった。
「待ち合わせは、会場のドアの近くでいいかしら?」
「え?」
「あなたも行くのでしょう?」
できれば行きたくない。行かずに済ませたい。でもそれはできそうにない。
「そこでいい」
「開宴十五分前」
「わかった」
水野は自分の席に戻って行った。リクは息を吐く。
「雪奈、桜井と何話していたの?」
水野と仲良い二人が水野の席にやって来た。
「キース君のこと」
「「キャー!」」
本鈴の直前になってやっと笹本が現れた。朝から疲れた。
昼休みに五人で集まる。昨日と今朝の水野の話をしたら皆、しつこくて図々しい女だなと、呆れていた。
「俺そんな場所行きたくないんだけどな。お父さんも来られないし」
「でも行かなきゃならないんだろう?」
と笹本。
「うん、あっちのお祖父さんお祖母さんはちょっと苦手なんだ。言葉も通じないし」
「有名な富豪だもんな。庶民とは感覚が違うかもな」
今日は授業は半日で終わり。雨宮、田端、川原は部活。リクと笹本は、図書室で勉強をしてから帰ることにした。しかし、ロバートとリリーはクリスマスパーティーで何をする気なのか。一族の誰かにリクを襲わせるのか。一般人の水野もいる。会場のスタッフもいる筈だから、その場での明らかな暴力行為はできないだろう。だとすると口や態度での嫌がらせ。でもリクと言葉は殆ど通じない。そんな考え事が頭の中を占めていた所為で、勉強は余り捗らなかった。
夕方家に帰ってメールをチェックすると、エドからメールが届いていた。メールを開けてみる。昨日ニューヨークに居たエドは、今日はもうカリフォルニアへ戻っていた。
『リックへ。返信が遅れてすまない。やっとシリコンバレーに戻れた。昨日、トーチが何をしていたのかを説明しよう。トーチが頭中に広がったのは、暗示をかけさせない為だ。トーチは賢くて、夏に祖母リリーがお前に暗示をかけようとしたのを、覚えていたんだと思う。だから頭中に広がって、お前を守ろうとした。左腕に触手を伸ばしたのは攻撃の為。トーチはお前を守る為に、どんどん成長している。東京でのクリスマスパーティーは、何とかお前の護衛を集められそうだ。安心してくれ。父より』
エドの元の文章は、いつも通りの平仮名だらけで書かれていた。ごえい、はきっと護衛だろうと予想して漢字に置き換えた。護衛は誰だか名前は書かれていないが、当日教えてもらえるのだろうと思った。何人集められたのか、人数は書いてない。
「リク様」
ドアを開けておいたので、チャンスが部屋に入って来た。
「仕事は終わった?」
「はい。これからネットでミスター・サクマと、チェスの対戦をします」
「じゃあ今のうちに、キースと晩御飯を作ろう」
今日は豆腐と豚ひき肉が安かったから麻婆豆腐。キッチンでは既にキースが生姜をみじん切りにしている。キースは餃子や春巻を包むのも早い。日本人がよく家庭で作る系の中華料理の腕前も上がってきている。全部リクの所為であるのを、リクは十分わかっていた。
読んでくださってありがとうございました。




