告白
翌日学校へ行くと笹本が話し掛けてきた。笹本が調べてくれたところ、水野に話した化学部員が見付かった。
「水野から、桜井がどこに住んでいるか知っているかって聞かれたんだ、そいつ。でそいつが、知らないけど親とじゃなくて家庭教師と住んでいるって、余計なことまで答えちゃったんだ。水野が桜井の家庭教師しつこく追い掛けてるの、そいつ知らなかったから、桜井に悪いことしたって言ってた。後で謝りに来るんじゃないかな。水野は他の化学部員にも同じような質問していたみたいだ」
その日の帰り道、リクと笹本は駅へ向かう交差点で別れた。リクは家に向かう。今日もこの交差点まで迎えに来るとキースは言っていたが、いない。遅れているのかそれとも抜けられない仕事か。そのまま歩いて行くととんでもない光景に出くわした。十数メートル先の道の脇に、キースと水野が立っていた。キースはリクの方を向いていて、水野はリクに背中を向けている。一瞬どうしようかとリクは迷ったが、ゆっくりと二人に近付いて行った。二人の会話が徐々に聞こえて来た。
「話があるの」
「忙しいし用事がある。リクを迎えに行かなきゃならない。丁度、前から来ている。どいてくれ」
水野は振り向いてリクを見た。リクはキースと水野の数メートル手前で立ち止まった。キースと水野を交互に見てどうしようかと困り果てる。
「桜井が来たなら、もう迎えに行かなくていいわよね」
水野は顔をキースの方へ戻した。
「キース君、彼女はいるの?」
キースは答えない。
「彼女がいる訳ではないのね。私あなたが好きなの。お付き合いしてもらえない?」
「断る。今は仕事が忙しい。そんな余裕はない」
あまりに堂々とした告白に聞いてしまったリクは、下を向いて二人を見ないようにする。
「じゃあ余裕ができたら考えてみて。私はいつまでも諦めないから」
「俺は君に興味はない。それに、リクの周囲をかき回すのは止めてもらえないか」
「だってキース君のことを、桜井もその友達達も隠すんですもの」
「君の行動は迷惑だ。帰るぞ、リク」
キースはリクに呼び掛ける。リクはやっと顔を上げた。
その時、車道の端に黒い高級車が止まった。嫌な予感がする。キースは高級車からリクを庇うように立った。まずは運転手が降りて来て、運転手の開けた後部座席のドアから、女性が一人降りてきた。まずい相手だ。キースの顔を覗き込むと、警戒心剥き出しで相手を睨み付けている。
車から降りて来たのはリリー。リリーは笑顔でリクとキースを見ると、キースに英語で話し掛けた。リリーを見たリクの額のトーチがざわつき始めた。リリーは敵意剥き出しでリク達を見た訳ではない。笑顔だった。ただその笑顔、不自然で、心の中が笑っていないのは一目瞭然だった。リリーに気味悪さを感じるリクに反応したのか、トーチは落ち着かない。リクの額の中でもぞもぞと小さく動き続けていた。次第にトーチは動きを細かくしながら、リクの頭の中に広がり始めた。移動ではない。額に留まったまま枝を広げているのだ。その枝火が頭中をどんどん埋め尽くしていく。リクは思わず右手で額を押さえた。何をしようとしているのか頭中を埋め尽くしたトーチは、次に空いている左手に向かって長く枝火を伸ばして行く。どうやら左手からいつでも攻撃できるようにするつもりだ。リクが体の中を勝手に広がるトーチに戸惑っている間、見るとリリー、キース、水野の三人で何かを話していた。会話は英語だし、リクはトーチが気になって話を聞く気も起きない。そしてトーチが目を付けたのは、またも車。目の前の高級車。左手を引っ張るトーチを必死に止める。左手をギュッと握り締め続けていると、やっと車のエンジンのかかる音がした。そして遠ざかって行く車の音にホッと息を吐く。
「大丈夫か?」
キースの声がした。返事はできそうもない。額を押さえたまま目を瞑って、トーチが額の中で小さな火の塊に戻るのをじっと待つ。薄眼を開けてみると水野は何故か封筒を持っていて、それを大事そうに通学鞄にしまった。
「キース君?」
水野がキースに声を掛けた。
「桜井、どうしたの?」
キースは水野を無視する。
「歩けるか?」
深呼吸をしている内に、トーチも額に落ち着いてきた。やっと何か言えそうだ。
「大丈夫。でももう、帰りたい。水野、邪魔してごめん」
長距離走の直後みたいに全身疲れていた。これ以上ここで立ち話はしていたくない。キースに告白した水野には悪いが、リクのボディガードもキースの仕事だ。リクが帰ればキースも水野を無視して帰るだろう。
「パーティーに来るのは自由だが、こちらは問題が色々あるんだ。いらぬストレスを、リクに掛けないでくれ」
「キース君」
パーティーという言葉が気になった。でもそれよりも早く帰りたい。リクとキースは家に向かって歩き出した。家までは十五分と掛からない。ドアを開けるとリクは玄関先に座り込んだ。立ち上がりたくない。キースに部屋で休むように言われたが大丈夫だと答えた。しかしキースは、とてもそうは見えないから部屋で休まないならポールを呼ぶ、と脅す。渋々部屋へ戻り布団を敷いた。
リクが着替えて布団に入ったのを確認したキースがリクの部屋を出て、自分の部屋に入りドアを閉めた音を聞くと、リクは音を立てないように布団から這い出した。疲れはしたが横になる程ではない。キースは大袈裟なのだ。でも立ち上がる気力はなくて、キースの部屋側の壁に背を付けて座った。
今日リリーは一体何をしに来たのだろうか。会話は英語だったし、トーチに振り回されていたし、三人はどんな内容の会話をしたのか、パーティーって何なのか、リクにはわからない。キースは何も言わないけれど、リクが落ち着いた夕食後にでも話してくれるつもりなのだろう。やはりロバートとリリーは、リクに何もせずに帰国する気はなさそうだ。
部屋のドアを閉めていないのを忘れてそのまま居眠りしていたら、心配で見に来たキースに見付かって、こっ酷く怒られた。風邪をひく、寝るなら布団で寝ろ、と。
その日の夕食はキースが一人で作るという。手伝うと言ったら寝ていろと言われた。居眠りを見付けられ怒られたので、大人しく引き下がる。でも居眠りのお蔭か頭はすっきりしていた。早く話が聞きたかった。
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