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Chance!  作者: 我堂 由果
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殺戮

*注意*

それほど不快な表現は使っていないと思いますが、サブタイトル通りの話の部分があります。お気を付けください。

 その晩リクはいつも通りに布団に入った。特にこれと言って普段との違いはない。しかしリクは妙な夢の中に居た。


 リクの目の前には、西洋風の彫刻があしらわれた豪華な扉が半開きになっている。その扉の中に入ると数名の人が居るエントランスらしきスペース。その直ぐ奥には観音開きの扉があり、扉を開けた人の流れにくっ付いて一緒に入ると、中は広いホールになっていた。そこには沢山の人が集まっていて、パーティー会場に見える。天井にはシャンデリアが輝いていて、ホールの奥には舞台が設えてある。何のパーティーかは見ているだけではわからない。誰かのお祝いかもしれない。女性も男性も正装をして、食事と飲み物を取りながら談笑していた。

 その時突然ホールの扉が乱暴に開いて、黒い影が中に飛び込んできた。かなりの者が影に気付いて扉方向に注目したが、一部の者達は影の乱入に気付いていない。リクの目にはその影は何だかわからない黒い人型の塊に見える。そして影は……いきなりホール内の人間を襲い始めた。

 悲鳴を上げ逃げる者、影に立ち向かって行く者、ホールの中は混乱状態となった。天井のシャンデリアが床に落下し、それに巻き込まれ倒れた者もいた。室内は天井の所々にあるダウンライトのみで照らされ薄暗くなる。影は攻撃をかわしつつ、どうやっているのかは速過ぎて見えないが、ホールの中の人間を一人ずつ仕留めていく。誰も影の暴挙を止められない。影が通り過ぎるとそこには血を噴き出した無惨な姿の人間が転がり、その数はどんどん増えていった。白い壁が血飛沫で真っ赤に染まっていく。床は真っ赤な血溜まりだらけだ。


 ホールのドアが物凄い勢いで開かれ、五人が入ってきた。入ると同時に黒い影に全員で襲い掛かる。彼らも影同様、リクの目にはぼんやりとした人型にしか見えなかった。目にもとまらぬ速さで動く影と、同スピードでそれを攻撃する五人。攻防は暫く続く。五人の内二人が影にやられ戦闘から離れた。更に遅れてもう五人が部屋へ飛び込んで来た。影は八人に囲まれた。そして再び攻防が始まり、全員の動きが目で追えなくなる。しかし遅れて入って来た五人の中の剣を持つ一人の攻撃が、影の肩口を抉ったようだ。思わず影が肩を押さえて膝をつく。

 影は顔も体格も隠したいのか黒いコートを羽織り、襟もきっちり閉じて顔下半分を覆い、頭から目深にフードも被っていた。しかしこの時、影の顔が少し上を向いた。戦闘が始まってからリクの体は宙に浮いている。その宙に浮いている角度から影の姿を見ているリクの目には、ダウンライトの真下で照らされた影の顔がはっきりと見えた。三十代ではないかと思われる白人男性。よく見ると黒いウェーブのかかった髪が、僅かにフードからはみ出している。白い顔の所々に返り血をつけたその男は、何の感情も籠らないエメラルドグリーンの瞳でリクの方を見た。リクは魅入られたようにその瞳から目が離せない。顔も違う。年齢も違う。でもあれ程、人を惹き付ける美しいグリーンの瞳の人間は、リクは今まで一人しか見たことがない。

「キー……ス?」

 思わずその名を口にした。男は窓へ向かって走ると勢いを付けて窓を突き破り、外に逃走した。三人がその後を追う。残った五人は無事だった者達と協力して、怪我人の手当てを始めた。医者が何人か居るようだ。しかもこれは一族の医者。手で体に触れて怪我を治していた。今まで考えなかったが、ホールの中の人達はきっと一族だ。確かに先程の攻防戦も人間離れしていた。


「Doctor !」

 誰かが怒鳴っている。見るからに医者の数が足りていない。

 充満する噎せ返るような血の匂い。耳に残る怪我人の苦しそうな呻き声。動かなくなった体に縋り付いて狂ったように泣き叫ぶ人。ホールを見渡すと、血塗れで横たわる大量の人々。あの影は老人も女性も子供も容赦なく襲っていた。目の前の光景に体が震えてきた。これ以上ここにいるのは無理だ。頭がおかしくなりそうだ。逃げたい。でも今、リクの体はふわふわ浮いたままでリクの意思通りに動かない。ホールの外に出られない。これ以上こんな光景を見ているのは耐えられない。リクはここから出して欲しくて大声を上げた。

「ここから出してくれ! 助けて!」


 自分の声で飛び起きる。周囲を見回すと、自分の部屋。窓の外はまだ暗い。荒い息が治まらない。パジャマ代わりのスウェットは汗でべっとり濡れていた。人が次々に死んでいく、物凄くリアルな夢。夢なのに鼻の奥に血の匂いがこびり付いている気がする。リクはスウェットの胸の部分をしっかりと握った。そして自分に言い聞かせる。夢、あれは夢なんだと。でも目を閉じると夢の中の光景がよみがえる。血、死体、呻き声。

 リクは布団から飛び出すとトイレに飛び込んだ。吐き気が止まらない。でも食事をしたのは寝る大分前で、胃の中は空っぽだった。吐いて出るのは胃液だけ。何も吐けなくなると今度は涙が出てきた。スウェットの袖で涙を拭きながらトイレを出ると、フラフラとリビングを突っ切り、カーテンを開けベランダの窓も開けた。晩秋の夜風は思ったよりも冷たくて、汗を掻いたリクには気持ち良かった。そのままベランダに出て柵に寄り掛かりズルズルと座り込む。涙が止まらなかった。


 何分位そうしていたのかわからない。ベランダの窓の向こうに人影が見えた。出る時に閉めた窓がカタカタと音を立てて開けられる。

「夜中に何をやっているんだ、リク」

 人影はキースだった。

「リクの声を聞いた後、リビングの方から妙な物音がしていると言って、チャンスが俺を起こしたんだ」

 リクはキースの瞳を見詰めた。こんな暗がりでもわかる、宝石のような緑の瞳。夢の中の男と同じ瞳。顔色も変えずに人を殺し続けたあの男と目の前のキースが重なる。

「来るな!」

 リクは首を振る。

「リク? 泣いているのか?」

 キースはベランダに踏み出そうとしていた足を止める。

「来るな!」

 リクは立ち上がると隣部屋の方向へゆっくりと後退った。ただ怖かった。キースは何をした訳でもない。リクは自分で勝手にベランダの隅に追い詰められ、隣部屋との仕切り板に背中をぶつけた。更に体を柵の方へずらす。体の左側、柵の向こうにアスファルトの地面が見える。ここは二階だ。飛び下りたら怪我は免れないだろう。もうこれ以上は逃げられない。

「リク、何があったか知らないが、取り敢えず部屋に入れ」

 キースがベランダに足を一歩踏み出した。思わず体が、その一歩から遠ざかろうと柵にのり上げ傾いた。バランスを崩した体が柵の向こう側へと倒れる。


「うわっ!」

 落ちる、という別の恐怖に襲われた。しかしリクは地面には叩き付けられなかった。柵の向こうにのり上げてしまった体は、一瞬でベランダに引っ張り戻された。そのままの勢いでリビングに放り込まれる。直ぐにベランダの窓が閉められ、鍵が掛けられる音がした。

「リク様、どうなさいました?」

「チャンス!」

 リビングの床の上をチャンスがリクに向かって歩いて来た。リクはチャンスの所まで這って行くと、チャンスをしっかりと抱き締めて震え続けた。キースはリクの横を通り過ぎるとリビングの照明を点けて、自分の部屋からスマホを取ってきた。そして電話を掛ける。


 午前四時半。リクの目の前には、キースとチャンスとポールとキースのパソコンにスカイプで繋いだエド。チャンスを抱き締めていたら大分落ち着いてきた。あれが夢ということをやっと頭が納得し始めたようだった。落ち着いたリクは項垂れる。何でこんなことになっているのだろうと。現地が昼間のエドはまだしも、キースとポールはいい迷惑だ。二人とも間違いなく寝ていた筈だ。

「ごめんなさい。それから、ありがとう、キース」

 チャンスを抱き締めたまま、リクはポツリと言った。

「何があったんだ? リック?」

 キースが電話をしたのは、当然アメリカに居るエド。そしてエドはポールに連絡をしてくれた。キースはリクとエドを直接顔を見て会話させる為、スカイプを用意。ポールは二十分と掛からずにここに来てくれた。来て直ぐにポールはリクの状態を見ようとリクの頭に手をのせたが、リクが怯えてパニック状態になったので診察ができなかった。そしてその後、リクが落ち着くのを待ってくれていたようで、誰もリクに話し掛けてはこなかった。


「沢山の人が殺される夢を見た」

 リクは夢の内容をエドに詳しく話した。ただ一つのことを除いて。それは、この殺戮の犯人の顔であった。そして夢と現実が頭の中でごちゃ混ぜになって、夜中に騒ぎを起こしたと報告した。今まで下を向けていた顔をふと上げると、パソコン画面の中のエドもリクの隣にいるポールも、二人とも難しい顔をしている。

「多分、あれだな、エド」

「間違いなさそうだ」

 エドは深く息を吐くと目を瞑って、椅子の背凭れに寄り掛かった。キースを見遣ると伏し目がちで俯いている。

「あれから十七年になるのか?」

 エドは目を開けるともう一度溜息を吐いて言った。

「そうだな。早いもんだ。もうそんなになるか」

 そう答えたポールを見ると沈痛な面持ちをしている。

「今から十七年前のことだ。ヨーロッパのフォレスター家の館の一つで、パーティーが開かれていた。それは十六歳のお祝いのパーティーだった。フォレスター家では一般と違って、十六歳以上を成人として扱っている。理由は十六歳を境に一族としての能力が飛躍的に上がるからだ。その為一族の子供達は十六歳になるとヨーロッパの館に招かれ、当主や次期当主その他の一族の上位者達に紹介され、成人の祝いをされるのが毎年恒例だった。あの事件が起こるまでは」

「あの事件?」

「十七年前のあの日も、十六歳の者達とその親族があの館に集まっていた。そこを誰かが襲ったんだ。お前の見た夢のように」

 あの夢。リクはチャンスを抱き締める力を強める。


「あの日、アメリカからやって来る俺と俺の両親は、飛行機が遅れて開始時間に間に合わなかった。数時間遅れで館に到着すると、お前の言ったような光景が広がっていた。沢山の人が殺され、傷付けられた後だった。一族の秘密の為に警察に届けることもできず、事件は隠された。ただ犯人だけは挙げて、仇を取りたいと皆願っていた。しかし、フードの下のそいつの顔をはっきり見た者は、生き残った者の中に一人も居なかった。」

「え?」

 あの男が膝をついた時、ホールに飛び込んで来た八人の立ち位置を思い出す。薄暗い部屋の中、顔の見える位置に居たのはリクだけ。リクは見た。男の顔を。髪の色も、瞳の色も、今でもはっきり覚えている。

「どうした? リック?」

 リクは答えられない。何とか誤魔化したいが、いい案が思い浮かばない。

「見たのか? 顔を」

 やはり鋭いエドに気付かれた。

「こ、答えたくない」

 リクはそう言ってしまった。これではエドに確信させてしまった。リクが男の顔を見たことを。

「証拠はないが、犯人の予想はついている。お前はどんな人物を見たんだ?」

 でももう答えるしかない。リクは心の中でキースに謝った。

「三十歳位なのかな、よくはわからない。黒い癖毛、グリーンの瞳の、白人の男の人」

読んでくださってありがとうございました。

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