田端の家族
今リクはキースに怒られている。雨宮とポールが部屋から出て行って、そこでキースに今日何があってあのような事態になったのかを説明した。それで学園祭の日と、ここ三日間の下校時のトーチの様子について話したのだが、トーチが落ち着かないと何故早く言わなかったと怒られた。
「先生にもメールで教えてないんだろう? 誰かに相談していれば、今日の事態が起きる前に対処できたんだ。些細なことと勝手に考えずに、俺か先生に必ず相談しろ」
リクは一族の象徴であるトーチの一部を預かっている身であり、もっと慎重になってくれないと困る等々、くどくどと説教された。キースの怒りはおさまりそうもない。
もう十分わかった。もう十分反省した。もうそろそろリクは解放して欲しい。
「ごめんなさい。俺が悪かった」
リクはもう終わりとばかりに部屋に引っ込んだ。そしてエドにメールを打つ。リクからエドへのメールは漢字にルビをふった日本語か、リクの力では英訳が難しい文章をキースやチャンスに手伝ってもらったりしながらの英語。今日は日本語にした。無事を知らせて、夜中の電話を謝って、雨宮の件のお礼を言わないといけない。エドからは二時間後、メールが返ってきた。カリフォルニアは早朝。エドは今朝睡眠不足だろうと思うと申し訳ない。
しかしエドのメールは読み難い。エドは日本語ワープロの漢字変換機能をほぼ放棄している。変換なんて候補の中から選べばいいだけなのに殆どやらない。使い方がおかしいのか。面倒臭いだけなのか。漢字を覚えてないのか。リクが日本語で書いた文章の漢字にルビをふるのは理由三つ目の可能性を考慮してだ。
リクはエドからの文をわかり易く自分で直す。
『リックへ。おはよう。日本はおやすみなさいかな? 無事にトーチが体内に戻ってくれてよかった。トーチのサイズが大きくなって外に出て来たのは、お前に言いたいことがあったからだ。トーチの要求や感情はある程度は守護者のお前に伝わっていると思うが、今回は格下と思っている相手から敵意を向けられて、仕返しできない不満をお前に直接訴えたかったのだろう。トーチは結構プライドが高いから。不満があって外に出てきた時のトーチはなかなか自分からは引っ込まない。これからも起きるかもしれないが、優しく接して落ち着かせて、額に付けて戻してやってくれ。これから暫くトーチは色々と、お前の希望と違う勝手な行動を起こすかもしれない。でもお前が大人になってくれば、一緒にトーチのメンタルも成長していって、トーチも落ち着いてくると思う。雨宮の祖父母、両親への連絡は、経済界の伝手で直ぐにできた。彼が家に戻れてよかった。父より』
多分これで正解の筈だ。
「雨宮の家出は四日で終わりかよ」
笹本は翌朝一人で登校したリクにつまらなそうに言った。
「でも良かったじゃないか。お祖父さんお祖母さんが帰国することになって」
「そうだけどさ。でもお前のお父さん、やっぱ凄いな。あっという間に雨宮の両親の連絡先を見付けるなんて」
キースの話でもそういう伝手があるらしい。仕事をする上で重要だという。一時間目英語授業の教室へ移動する為に笹本と廊下を歩いていると。
「おーい、笹本桜井」
背後から声を掛けられた。田端の声だ。リクと笹本は丁度教室の一つに入ろうとしていたところだった。田端の教室はリク達の教室の向こうだ。追い抜きざま田端がリクに言った。
「桜井、お前気付いているか?」
「何を?」
「お前ら二人並んでいるとこ後ろから見ると、桜井の方が背が高いぜ」
「田端、本当か?」
笹本が田端を睨んで尋ねる。笹本の声は焦っている。
「ほんと。笹本抜かれたな」
田端は笹本の肩を気の毒そうにポンと叩くと、隣の教室に入った。
「くっそー、いつの間に。遺伝子の所為か」
リクは全く気付かなかった。笹本は悔しそうだ。リクは今晩またチャンスに測ってもらうつもりだ。
隣の教室は英語の成績最上位者クラスの部屋。田端以外に、雨宮、川原、水野、広瀬と錚々たる顔ぶれが入って行く。リクもあの教室目指して頑張ろうと決意だけはした。
その晩キースとチャンスの家庭教師を終えたリクは、早速チャンスに身長を測ってもらった。
「百七十四・八センチ」
四月からトータル十センチ以上伸びた。もう小柄なんて言わせない。が、細いの方は否定できない。実は体重は増えても伸びた背の方へいっているようで、相変わらずリクの見た目は細いのだ。雨宮から貰った制服のズボンもかなり緩くて、ベルトで固定が必要だ。運動部じゃないからか筋肉も増えないし、ちょっと男としてリクは情けない外見ではある。
風呂上がりにキッチンで、上半身裸でミネラルウォーターを飲んでいるキースを盗み見る。スティーブみたいにごつくはないが、ほどほどに筋肉は付いている。筋トレしているのか、体質か。どちらにしてもリクには羨ましい。まずはもう少し背を伸ばそうと気を取り直す。そこまで伸びないとは思っているが、エドの身長までまだ後十センチ以上あるのだから。
雨宮の騒動から二週間が過ぎた。今年度二回目の校内の模試も終わり、リクはその週末の日曜日キースと佐久間の家に向かっていた。佐久間の家の裏には許可を貰って薪とか丸太とかその他諸々置かせてもらっている。当然、リクとトーチ用。電車の乗り換えの為ホームを歩いていると、思わぬ人物を見掛けた。
「え?」
その人物はリクとキースが下りた電車に乗り込んだ。
「どうした?」
「田端だ。今電車に乗った。」
どこかへ行って来たのか、それともこれから行くのかわからないが、田端は一人ではなかった。どう若く見積もっても五十歳を過ぎているであろう男性と、それより少し若く見える女性との三人連れだった。男性は金髪で背が高い。エドの会社の副社長に雰囲気が似ている。女性は東洋人。男性と女性は田端に何か一生懸命話し掛けていたが、それに対して田端はつまらなそうな表情をしていた。田端に声を掛ける時間もなくドアが閉まり、電車は駅を出た。あれは田端の両親ではとリクは予想した。リクの父親は四十代半ばで、それと比べると田端の父親は、それよりも十歳以上年上に見える。田端の母親はエドより少し年上なだけに見えるが、もっと年齢がいっている可能性もある。親子で何処に出掛けるのか。明日学校でリクは聞いてみようと思った。
翌朝登校途中で、偶然田端と一緒になった。昨日のことを聞いてみる。
「え? ああ、昨日は両親と買い物に出掛けた。行きたくなかったのに、しつこく連れ出された。そういうお前こそ都心に向かうって、何? デート? 彼女できたのか?」
「違う! 父親の知り合いの家にキースと一緒に遊びに行っただけだ。俺に彼女なんている訳ないだろう」
「ほんとかー? 最近女子から注目されているんだろう?」
田端はニヤニヤしている。リクは思った。きっとあの噂の所為だ。
教室に着いて笹本に田端の話をした。
「田端って父親が四十歳過ぎてからの子供だって聞いたことがある。母親も三十代後半だったらしい。何でも、二人には既に十代の娘がいたんだよ。でもその田端にとってはお姉さんって人が、事故で亡くなったから田端は生まれたって」
「え?」
五月のあの時の会話を思い出す。兄弟がいたような様子だった。田端には姉がいたのだ。
「以前何かぼそっとさ、姉貴が亡くなったから両親はまた子供を作ったって。それで両親はきっと女の子を期待していたって、あいつ不貞腐れていた」
田端が両親にあんな態度を取っている理由が何となくわかった。夏休みも一人で留守番していたと言っていた。
「俺が言っていたって言うなよ。あいつ怒ると怖いから。それで、桜井こそ休日に都心へ向かっているってデートか?」
「違うって!」
笹本までそこを突く。
「草食系男子なんて言われて、俺は彼女作る気はないぞ」
笹本は笑っていた。
数日後、模試の成績が発表された。掲示板に張り出された上位五人は変わりない。
一位広瀬四百九十七点、二位田端四百七十点、三位雨宮・川原四百六十九点、五位水野四百五十二点。二位三位四位が熾烈な争いだった。そして広瀬は安定してダントツ。
リクは前回よりも点数は少し良くて、英語は平均点六十五点でリクは七十二点、その他の教科は平均点六割前後でリクはどれも七割以上取れていた。この調子で頑張ろうと思いながら、返された成績表を見て一人ニヤついていた。
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