体に戻らないトーチ
家に帰ってメールを確認してみると、エドから五本もきていた。心配しているという内容に、ごめんなさいと心の中で謝る。
それからリクは食料の買い出しにスーパーに出掛け、戻って来ると雨宮は帰宅していた。聞いてみると祖父母は今日来ていなかったと言っている。
「俺と笹本が通った時には居たぞ」
「そうか。じゃあ部活が終わるのを待てずに帰ったのか」
リクは夕食の準備を始めた。キースも手伝いに出てくる。リクとキースの手際の良さを、雨宮は感心していた。聞くと雨宮の両親は忙しいので、御飯は家政婦さんが作ってくれているという。だから家の手伝いなんて殆どした経験がないそうだ。今日は特売の合挽き肉でハンバーグを作った。多めに作ったので、残りは明日の朝、チーズや野菜と一緒にパンに挟んで食べようと朝食のメニューも考える。焼き上がったハンバーグを見た雨宮は目を丸くして、今度作り方を教えてくれと頼んできた。
翌日はリクは掃除当番。雨宮は部活もなく先に帰ると朝、言っていた。リクが掃除当番を終えて校門を出ると、直ぐにあの黒塗りの高級車が目に入った。今日は校門からかなり離れた所に止まっている。今日も来ている。しかしそれだけではなかった。更に少し車から離れた所に雨宮と祖父母、三人の姿。雨宮の下校時刻からはかなり時間が経っている。ずっと話し合いを続けていたのか、今は口論になっていた。微かに聞こえてくる言葉は英語だし身振り手振りも激しいので、道行く人がチラチラと見ながら通り過ぎて行く。リクは声も掛けられない。素通りもできない。校門の脇に立ち尽くしていた。
直ぐにトーチも気付いた。額の中でざわつく。リクはUターンして、再び学校の敷地内に引っ込んだ。どうすべきかと校門に背中を預けて溜息を吐く。校門の外の光景をトーチには見せられない。暫く校内で時間を潰す方法を考えたが、図書室しか思い浮かばない。しかし、額のトーチはもう我慢の限界のようだった。勝手に右手の平に移動するとそのままするりと外に出てきた。
「そんな」
手の平を上に向けて見てみると、手乗り状態で炎を揺らすトーチ。サイズもいつもより遥かに大きい。高さ十センチ以上あるだろう。思わず周りを見回す。部活以外の生徒は殆ど下校が終わっている時間だからだろう、幸運なことに人はいない。何とかこれを体の中に戻さないとならない。でもどうやったら戻るかわからない。校舎の方から人の声が聞こえた。誰かが校門に向かって来る。リクは急いで校門から十メートル離れた所にある桜の大木の陰に隠れた。
手の平を握り拳にしてみたら、手の甲へ回った。手の甲を左手で押さえたら、左手の甲の上に移動する。全くいうことを聞かない。気持は焦るが体内に戻らない。今、再びトーチは右手の平の上だ。こんな物を手にのせて帰る訳にはいかない。町中で目立つ。
辺りは段々薄暗くなってきた。トーチが周りの暗さで更に目立つ。リクは助けを呼ぶしかなくなった。空いている左手で鞄からスマホを取り出してキースにメッセージを打つ。
『校門のそばの桜の下。助けてくれ』
直ぐに返信がきた。
『そこを動くな』
ホッとした。
部活が終わった生徒達が、バラバラと校門へ向かってくる。リクは桜の太い老木の幹の裏に座り込み、できるだけ小さくなって身を潜める。トーチの光が漏れないように、右手の平を左手でそっと覆った。暫くそうしていると、トーチのサイズも五センチ位の大きさに縮んできた。
「リク」
そう声がしたと同時に腹に腕が回され、凄い勢いで引っ張り上げられた。
「え?」
茫然としている内に、リクの体は桜の隣の木の、太い枝の一つに乗せられていた。高さ五メートル位の場所だ。隣にはキースが居る。もっと寒くならないと葉が散らないのか、常緑樹なのか、この木の枝にはまだ葉が沢山残っている。辺りは既に真っ暗で、葉の黒い影に上手く紛れて、下からは木の枝の上にいるリク達の姿は見えないと思われた。
「下は目立つ。何があった?」
リクとキースは声を不審がられないように、下校する生徒達の合間を縫って話すことにした。
「さっきまでもっと大きかった。その上に引っ込まないんだ」
手の平をキースに見せる。
「これは……申し訳ないが、先生に電話するしかない」
西海岸は今、夜中。エドは寝ているであろう。しかしキースにもわからないのでは、エドに聞くしかあるまい。キースは携帯で国際電話を掛けた。運良くエドは電話に出てくれた。
「右手を額に付けろ」
指示を聞いたらしいキースは電話を切ると言った。
言われた通りにすると、トーチはするっと額に入った。拍子抜けする程あっさり解決した。もっと時間の掛かる非常事態だと思っていた。リクは深く息を吐く。
「あーっ、やばかった。ありがとう、キース。助かった」
キースは再びリクの腹を片手で抱えると、人気がないことを確認してから地面に着地する。リクを抱えた状態で、あの高さまでひとっ飛び。そして怪我もなく音もなく、見事に着地。きっとこれも、痣を持つ者のみが使える力なのだろう。
もう下校する生徒の姿はない。校門ももう直ぐ鍵が閉められる。リクとキースは家に向かって歩き始めた。そこで初めてこの事態の原因となった雨宮を思い出す。
「そうだ、雨宮は?」
あれからかなり時間が経っている。当然道路には、車も雨宮達の姿もない。
「疾っくに部屋に戻って来ている」
「そうか」
先程の口論をしている姿を思い出す。でもキースの話だと、雨宮は無事に帰って来ていた。
部屋に着くと雨宮はテーブルで宿題をやっていた。普段通りの雨宮だ。羨ましいことに、すらすらノートやプリントに書き込んでいく。リクとキースで夕食を作っている間に、雨宮は自分の宿題を終わらせた。食後はリクの宿題を手伝ってくれた。風呂を掃除してお湯を張ろうと思っていたら、インターホンが鳴った。時計を見るともう九時近い。こんな時間に誰だろうとインターホンの画面を見ると、そこに立っていたのはポールだった。
トーチが戻らなくなって焦ったけれど具合が悪い訳ではない。でもキースが呼んだのかと思い、とにかく上がってもらってお茶を出した。
「エドに頼まれて、雨宮を迎えに来た」
ポールはそう言った。
「エドが雨宮の両親に連絡を取って話し合った。その結果、雨宮のお祖父さんお祖母さんは一旦帰国することになった」
雨宮はポールの話を表情一つ変えずに聞いている。
「俺が雨宮を自宅に送り届けるから、荷物を纏めてくれ」
雨宮は立ち上がるとリビングの隅に広げている荷物を纏め始めた。
「世話になった。ありがとな、桜井」
「雨宮」
「今度ハンバーグの作り方を教えてくれ」
「うん。今度一緒に作ろう」
雨宮は荷物を持つと、ポールと一緒に玄関に向かう。
「ポールさん、ありがとうございます」
「お父さんにも礼を言っておけ」
「はい」
二人は部屋を出て行った。雨宮の家出に協力した為にエドにも迷惑を掛けてしまった。メールで謝らねばならない。でもリクはそこではたと気付いた。エドは雨宮の両親の連絡先を知らない筈。エドはどうやって連絡を取ったのだろうか。
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