雨宮の祖父母
翌日リクと雨宮は普段通り学校へ行った。昼休みに学食で皆で集まって話す。話題は当然雨宮の家出だ。
「思い切ったことするな。大丈夫なのか? 親、心配しているだろ?」
三人の中で一番驚いた様子の笹本が尋ねる。
「一応昨日の夜、友達の家に泊まらせてもらうとだけラインしておいた」
「直接学校に来るんじゃないか?」
「かもな」
興味あるのは笹本だけみたいで、川原と田端はどうでもよさそうだ。家に電話掛かってきたら居場所は知らない等と言っておくぞと、二人は雨宮に言っていた。雨宮と川原と田端は親同士が連絡を取れるのだそうだ。笹本と川原も親同士連絡が取れるのだとリクは教えてもらった。
下校時刻になりリクと今日部活のない雨宮は、一緒に校門へ向かった。しかし校門を出て直ぐに、雨宮は立ち止まった。
「どうした?」
「あれ、多分、祖父母だ」
校門から十五メートル位離れた所に、一台の黒塗りの高級車が止まっている。リク達が校門の脇に立ち止まっていると、運転席のドアが開いた。運転手が降りて来て、後部座席のドアを開ける。そのドアから降りてきたのは外見から雰囲気から全て、ロバートとリリーを彷彿させる老夫婦だった。
「やっぱり」
雨宮は溜息を吐いた。二人は雨宮に歩み寄ると、何か話し始めた。三人は英語で話しているから、当然リクは会話が理解不能。下校時刻、交通の邪魔になっている高級車、立ち話で道を塞ぐ四人(内二人外人)。当然駅へ向かう生徒達の注目を集めている。六月にもこんな風に、道を塞いで注目を浴びたのをリクは思い出した。取り敢えず、リクに今できることは一つだけだった。
「雨宮、ここ通行の邪魔だから、俺、向こうの角に行ってていい?」
三人の会話がピタリと止まり、六つの目がリクを見た。雨宮はともかく、残り四つの青い目がリクをじろりと見る。この目をリクはどこかで見た記憶があった。この疎ましそうに、蔑むようにリクを見る目。リクは直ぐに思い出した。アメリカで見たのだった。エドの会社でリクを襲ったあの二人や、エドを訪ねて来たロバートがリクを見た時の目。あの時リリーはリクに暗示を掛けようとしていたが、そうでなければあんな目で見たのだろう。
確かに会話の邪魔はしたけれど、初対面の雨宮の祖父母がリクに対していい感情を抱いていなさそうな理由はわからない。思い当たるとすれば雨宮がリクの部屋に居るから位だ。雨宮の祖父母はそれを知って、リクを嫌っている可能性はある。雨宮はリクの問いに返事をせずに、再び祖父母に何か言っている。雨宮の祖父母は雨宮の言葉に一切返事をせずに、只管リクを睨んでいた。ここで初めてリクは、漠然とだが何かおかしいと感じ始めた。雨宮の祖父母は雨宮の話を全く聞く気がない様子だ。そしてリクを睨む。
トーチはリクの右腕に勝手に移動した。無言で睨まれる居心地の悪さにリクの中のトーチが臨戦態勢に入ったのだった。右手首まで到着したトーチは攻撃する気満々だ。リクは必死にトーチを宥める。学園祭の日にクラスメートを襲おうとした時より、遥かに激しい怒りをトーチから感じる。右手の平へとやって来たトーチは炎が大きくなり、手全体がどんどん熱くなっていく。リクは無意識に左手で右手首を押さえた。右手はきつく握り拳にして手の平を閉じる。
「ごめん、雨宮。俺、先に帰ってる」
リクはそう言うと、雨宮を置いて家に向かって走り出した。
「桜井! ……」
雨宮の呼び留める声が聞こえたが、リクはそれどころではない。かなりまずい状況であった。トーチが目を付けた物。それは目の前の高級車。トーチは拳の先に押し寄せてきた。そして右手を車方向に引っ張る。リクの右手が車に触れたら……多分発火点の低い物は燃え上がる。中の運転手が一番危ない。
どんなことまで勝手にできるのかリクにもわからないが、アメリカでリクにもトーチにも触れていない女性の服と髪を燃やしている。もし車が燃え上がったら……日本の密集した町中でそれはまずい。でもトーチはそんなことはお構いなしのようだった。
雨宮には悪いがもはやあの場から離れ、どこかでトーチを落ち着かせるしかなかった。
「はぁ、はぁ、」
駅への道と、住んでいるマンションへの道との分岐点の交差点に着いた。いつも駅へ向かう笹本と別れる場所だ。リクは走るのを止めてゆっくりと歩き出す。ここまで全力疾走で息が苦しい。トーチは攻撃目標を見失った所為か額に戻って落ち着ている。ホッとした。とにかく今は家に戻るしかない。リクが水野に問い詰められた時雨宮は助けてくれたのに、リクは雨宮を置いてきてしまった。友達なのに情けない。後で雨宮に謝るしかない。
家に着くと待ち構えていたかのように、キースとチャンスに迎えられた。二人は玄関でリクを待っていた。
「よかった、帰っていらした。リク様! お帰りなさい!」
「リク、大丈夫か?」
「え?」
「雨宮の携帯から俺に電話が掛かって来たんだ。お前が急に走って帰ったって。顔色悪いぞ」
「あぁ、大丈夫」
とは答えたものの、一つ疑問がある。
「雨宮はどうしてキースの携帯の番号知っているんだ?」
キースは思わぬことを聞かれたらしく一瞬表情が固まったが、直ぐに不満そうに睨んできた。それから両腕を組んで、
「昨晩リクが風呂に入っている間に交換した。言っておくがここはフォレスター家の次期当主が住んでいる部屋だ。本来なら素性を調べ上げられていない人物なぞ、泊らせはしない。雨宮は同級生で顔見知りだし、他に行き場のない、いきなり転がり込んで来た家出人だ。仕方ないから置いてやっているんだ。そいつの事情で次期当主に何かあったら困るから、連絡だけは取れるようにさせた」
と言って当たり前だと言わんばかりにリクを見下ろす。
「フォレスター家については何も言っていない。ただ夏休みにリクにボディガードが付いていた位だから、雨宮はこちらの事情も察してくれている」
キースはリクに何も告げずに色々動いている。キースの立場としては仕方ない。いや、有能で有り難いとリクは感謝した。
「じき雨宮も帰って来るだろう」
キースはそう言ってチャンスを自分の部屋に戻した。
数十秒後、インターホンが鳴った。ドアを開けてみると雨宮だ。
「雨宮、ごめん。先に帰っちゃって。俺、その」
「リクの顔色が悪かったぞ。何があったんだ」
キースがリクの言葉を遮る。
「俺の方こそ済まない。祖父母が俺を学校まで説得に来たんだ。それで一緒に下校しようとしていた桜井を睨み付けて脅かした。あの二人は俺の為とか言いながら、相変わらず自分達本位で話にならない。あの後公道での立ち話を教師に見付かって注意されたんで、二人は今日は仕方なく帰った」
明日も来るかもと、雨宮は憂鬱そうだ。
その晩英会話の授業は、キース・チャンスコンビの時同様キース・雨宮コンビにたっぷり絞られた。「雨宮英会話上手いのな」と言ったら、「桜井は思った以上に下手だな」と言い返された。リクはこの居候にムカついた。
翌日の下校は、リクは笹本と二人だった。昨日は笹本が掃除当番、今日は雨宮は部活だ。笹本と二人で校門を出ると、校門から少し離れた日陰に黒い高級車が止まっていた。間違いなく、雨宮の祖父母だ。すかさず笹本に言う。
「あの高級車が、雨宮のお祖父さんとお祖母さんのだ」
「どれ? ……あれか。すげーな。お抱え運転手まで雇っているんだろう? 今日も雨宮待ってんのか。でも雨宮、後一時間は出て来ないぞ」
車に近付くにつれ、リクの中のトーチが炎を小刻みに揺らしざわつき始めた。右手に移動したいらしく、少し体の右側へ炎を傾けている。昨日のことを覚えているようだ。昨日と違って雨宮のいない今日は、中の人物達は降りて来ないだろう。キーキー騒ぐという表現がぴったりであろうトーチを額に留めながら何とか車の脇を通り過ぎ、トーチは落ち着いた。リクは息を長く吐く。
「どうした? 緊張したか?」
「うん、まぁ」
リクは曖昧に返事をする。
「確かにさ、雨宮のお祖父さんお祖母さんって大金持ちらしいぞ。アメリカに会社をいくつか持っているって」
リクはアメリカの祖父母を思い出す。あの二人も大金持ちだ。
「雨宮がたった一人の孫なんだって。あいつも大変だよな」
いつもの交差点で笹本と別れた。そのままマンションの方へ向かおうとしたら、前からキースがやってきた。リーズナブルな値段の、Tシャツ、ジーンズ、スニーカー、ボディバッグ(多分チャンスが入っている)。それだけなのに、芸能人みたいなオーラが出ている。最近のキースは凄い。何故か目を惹く。
「あれ? 出掛けるの?」
「違う、お前を迎えに来たんだ」
「何で?」
「先生が心配している」
「あーっ!」
すっかり忘れていた。ここ二日間のメールチェック。
エドは週末には必ずメールをくれる。エドのメールは英語か平仮名だらけの日本語。比較的時間に余裕のある日曜日に、ゆっくり解読して返信していた。因みにリクが送るのは英語と日本語と半々。エドも解読しているのだろう。一昨日は雨宮が来てすっかり忘れていた。昨日も同様だ。リクはエドにまだ雨宮の件を教えていない。どうやって説明しようか頭を働かせていると、キースがまたリクを見下ろして言う。
「雨宮の件は日曜日にもう連絡してある。それに先生にメールなら、俺がほぼ毎日のようにしている」
「え? あ、そうか、ありがとう」
リクはまたキースに頼ってしまった。どうも情けない。やはりキースはリクの何倍もしっかりしている。有能だった。
「雨宮の祖父母と会ってお前が逃げるように帰ってきた話を昨晩先生にメールしたら、先生から今日は様子を見て来て欲しいと頼まれた。今日は居なかったのか?」
「いや、居たよ。でも俺は笹本と下校したから、二人は車から降りて来なかった。雨宮が出て来るのを待っているんだと思う」
「帰るぞ」
キースは元来た道を戻る。リクはその後に付いて行った。
読んでくださってありがとうございました。




