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Chance!  作者: 我堂 由果
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おじ様

 吹奏楽部の演奏は三曲披露され、一曲目は上級生のみの演奏、二曲目の一部と三曲目に一年生も演奏した。川原はサックス奏者で、二曲目から舞台に出てきた。川原はリク達五人の中で一番背が高くて顔もかなりはっきりしたハーフ顔。サックスを持ち歩く姿は、凄く格好いい。頭もいいし、口調が柔らかいし、女子からもてる筈だとリクは演奏を聴きながら納得していた。


 吹奏楽部の演奏は全て終わり、観客の大拍手の中場内の電気が点いた。皆が席を立ってゾロゾロと出口へ向かう中、リク達三人は椅子に座ったままだ。一人田端だけが立ち上がって、アリスが何処へ向かうか確認している。

「よっしゃ、ラッキー、こっち来るぞ」

 田端は嬉しそうにそう言うと、小さく両腕で気合いを入れていた。場内は立ち上がっている人だらけで、その流れがノロノロと出口がある方向へ動いている。リクも立ち上がって探そうかと思ったが。

「白いポロシャツ着た男性とピンクのブラウス着た女性、保護者っぽい二人組が来る。その後ろ三人目がアリスだ」

 田端の声がリクの動きを遮った。リクは田端が目印として教えてくれた二人が来るのを待った。やっとそれらしき二人。そして三番目……リクは叫びたくなった。アリスは可愛かった。リクが今までの人生で見てきたどんな女の子よりも可愛かった。

 身長は高くもなく低くもなく、百六十センチちょっと位。顔は川原そっくり。濃茶色のストレートのロングヘアー、大きなダークブラウンの瞳。リク達の一団に気付いてくれたようで、人の流れの列から離れて、リク達のいる席の前の席の列に入り込んでくれた。


「こんにちは、お兄様のお友達よね?」

『お兄様』という言葉がよく似合うと思いながら、リクはのぼせた頭でボーっと最高ランクの美少女アリスを間近で見ていた。アリスはリク達四人を一通り見て、リクの顔へ視線を戻して首を傾げた。

「笹本さん、雨宮さん、田端さん。あなたは? 私は川原ルカの妹アリス」

 ボーっとしている場合ではない。リクは初対面である。

「は、初めまして桜井です」

「あぁ」

 アリスは笑顔になった。

「初めまして。あなたが桜井さん。兄から聞いています。お土産のチョコレートごちそうさまでした。私も分けてもらいました」

 ふんわり笑った顔がとても可愛かった。

「え、あ、いや、……どういたしまして」

 リクは緊張して上手い言葉が出ない。今までの人生で、こんな可愛い子と話した経験は一度も無い。

「私も吹奏楽部なんです。時間があったら中学の演奏も聴きに来てください」

「何時だっけ?」

 田端が尋ねる。

「明日の十一時半です。よろしくお願いします」

 アリスはそう言って去って行く。

「絶対行くよ!」

 田端はアリスの後ろ姿に手を振って声を掛けていた。


 翌日リクと笹本は化学部の先輩にお願いして、中学の吹奏楽部の発表を聴きに、化学実験室から抜け出させてもらった。ホールの入口前には既に、雨宮と田端と不機嫌そうな川原がいた。

「お前ら昨日アリスに会ったらしいな」

 日頃の川原からは想像もつかない低い声。

「お前の演奏を聴きに来たら、アリスの方が俺達を見付けて声を掛けてくれたんだ」

 しれっと答える田端。

「川原ビデオ撮るんだろ? 早く行かないと三脚セットする時間無くなっちゃうぞ」

 雨宮がさり気無く違う話題をふった。川原は田端を睨みつけたまま、ホールの中へ移動して行く。リクと笹本と雨宮はその後を追った。


 アリスの印象からリクは勝手にフルートとか小ぶりの楽器を想像していた。しかし舞台に出て来たアリスが持っていたのは、川原と同じサックス。アリスはステージ上を堂々と歩いて来る。

「意外だろ? でもアリスは小学生の頃から、川原と一緒に習っているんだよ」

 笹本が小声で教えてくれた。他にアリスはピアノも弾けるそうだ。川原はビデオの画面の中心にアリスを捉えて、アリスにズームして撮っている。客席で三脚まで据えている真剣な姿はお兄さんというよりお父さんだ。折角のイケメンが親父臭くて残念になっている。

「あの三脚で撮っているビデオは、今日仕事で学校に来られないアリスのお父さんに頼まれたものらしい。アリスのお父さんは、川原以上にアリスに甘いんだそうだ。川原家が学校の側に引っ越したのだって、アリスの通学の為だぞ」

 曲と曲の間に笹本が教えてくれた。


 中学の吹奏楽部の発表も終わり、五人はホールの前で別れた。リクと笹本はたこ焼きと焼きそばを買って急いで学食で食べて、化学実験室へ早足で向かった。午後もまだ手伝いがあるからだ。人が一杯の廊下を掻き分けて進んでいくと、リクは気になる教室を見掛けた。偶々リクは生物部が展示に使っている教室の前を通ったのだ。開いているドアから中を覗き込むと展示の動植物が見える。中学時代気になっていたあの子の顔が頭に浮かんだ。リクはクラスに友達がいなかったけれど、あの子は部活の時リクを変な目で見ずに普通に話し掛けてくれた。ハーフだって言ったら信じてくれた。動物好きの心優しい子だった。高校では生物部に入りたい、将来は獣医になりたいと言っていた。後から知ったのだがあの子の進学した高校は、最初にリクの進学希望先として祖母が学校に届け出ていた近所の公立高校だった。兄弟が多いから、妹や弟の為に公立しか進めないのだと言っていた。学費の高い私立に進むリクを、『家がお金持ちなんだ、凄いね』と驚いていた。もしリクがここの高校へ進学していなかったら、公立高校へ行っていたら生物部に入って、今もあの子と一緒に部活動をしていたのかもしれない。中学校の卒業式の日、遠目からあの子が母親と歩いているのを見たのが最後で、それから一度もあの子の姿は見ていない――。

「あれ?」

 生物部の教室の中に、リクは思わぬ人物を見付けた。

「川原?」

 川原は水槽の前でじっとカメを見ている。扉から覗きこむリクには距離があるのでわかり辛いが、多分あれはミドリガメ。水の中のカメはピクリとも動かずに、頭だけ水面の外に出している。そのカメと目を合わせるように屈む川原。

「お、生物部? 彼女を思い出した?」

 急に立ち止まったリクに、先に行ってしまった笹本が引き返して来て声を掛けた。

「いや、じゃなくて川原が」

「川原? え? ほんとだ、何やっているんだ? あいつ動物好きだっけ? でも取り敢えず今は川原は後だ。とにかく急げ、時間オーバーしている。先輩に怒られる」

 何であそこに居たのか川原に聞くのは後にして、リク達は化学実験室へ急いだ。


 化学部の発表は何事もなく無事に終わり、リクは化学実験室の後片付けを手伝っていた。片付けが終われば、後夜祭だ。後夜祭とはいえ午後六時には解散なので、五時になると軽音楽部のバンド演奏が、校庭に設置された舞台で始まった。

「皆、急げ!」

 化学部の先輩が大声で皆に言う。白衣を畳んで火元の確認と戸締りをして、リクは化学部員達と一緒に校庭へ急いだ。校庭は既に人が一杯で、もはやどこに雨宮・田端・川原がいるのかわからない。笹本と逸れずにいるのが精一杯だ。バンド演奏は暗くなるまで続き、学園祭は終了した。


 午後七時。教師達が早く帰れと廊下で怒鳴っている。もう校舎に鍵を掛ける時間だ。廊下や教室に屯っていた生徒達は、皆ゾロゾロと下駄箱の方へ移動し始めた。

 後夜祭後クラスメートの企画委員から、喫茶室になっていた教室の片付けがまだ全部終わっていないと言われたので、リクと笹本は教室を元の状態に戻すのを手伝っていた。それから廊下で化学部の顧問の先生に捕まって、本入部しないかと勧誘された。そうこうしているうちにこの時間で、リクと笹本も下駄箱へ移動。話しながら人の流れに乗って校門へ向かって行く。明日は学園祭の代休でお休みだ。笹本がどこかに遊びに行こうと誘ってきた。夜スマホで話し合おうと約束した。

「あれ? 川原だ」

 校門の脇に川原が立っていた。リクは川原に昼休みのことを聞いてみようと思った。

「おーい、川原、お前昼に生物部に居ただろう。動物好きだったっけ?」

 リクより先に笹本が声を掛けた。川原は相変わらず不機嫌そうで、ゆっくりリクと笹本を見る。

「通りすがりだよ。それよりアリスと待ち合わせしてるんだ。お前ら早く帰れ」

 川原はリクと笹本を追い払う。アリスがここに来るのならリクとしてはまた会いたいが、川原は無言でリク達を睨む。


「こんばんは」

 リクと笹本に背後から声が掛けられた。川原はリク達に向けて、あからさまに嫌そうな顔をする。振り向いて声の主を確認すると、やはりアリスだった。リク達も「こんばんは」と挨拶した。

「吹奏楽部の片付けと反省会で遅くなるって聞いたから、待っていたんだ」

「一人で大丈夫なのに。部活の友達も同方向へ帰る子何人もいるし。最近ちょっとお兄様ウザイ」

「この間もバス停でバスを待っている間、男子生徒からしつこく話し掛けられたんだろう? 今日はいつもの下校時刻よりも遅いんだし」

「だから大丈夫だって、それに心配されなくても私は」

 アリスはそこで言葉を切った。アリスは何を言い掛けたのか、リクは気になる。

「じゃあな、行くぞアリス」

 早く帰りたいらしい川原は、バス停に向かって歩き始めた。

「さようなら」

 アリスもそう一言言って、川原を追い掛ける。リクと笹本も二人の数メートル後ろを歩き始めた。二人は何か話しながらバス停の列に並び、リクと笹本は駅方向へ向かう為、じゃあなと言いながら二人の脇を通り過ぎようとした。その時偶然リクの耳に、アリスの声が届いた。

「……学園の男の子なんて興味ないわ。エドおじ様が言っていたの。かわいいアリスには、大人になったら素敵な男性を紹介してあげるって」

 エドおじ様。リクは思わずその名に反応して立ち止りそうになった。しかし、エドなんて愛称で呼ばれる人間は、数え切れないほどいる。Edwardは海外ではよくある名前だ。アリスの言っていたエドという人物と、リクの知っているエドという人物が、同一人物である可能性はほぼゼロだ。


「おい、おい、桜井!」

 リクは考えることに集中し過ぎて、笹本から話し掛けられているのを気付いていなかった。

「ごめん、考え事してた。何?」

「ああ、あのな、丁度一年半前、アリスが中学に入学しただろう? あの時、物凄く可愛い子が入学したって、中学校中で大騒ぎになったんだよ。男子生徒達は用もないのにアリスの教室覗きに行くし、女子生徒達の中には注目されるアリスを嫌う奴らもいた。俺達その頃中三で中学校の校舎に居たから、男女問わず絡まれて困っているアリスをよく目にしていたんだ。入学早々これじゃあアリスが可哀想だって川原が色々動いて、何とかアリス周辺は静かになったんだけど、未だにやっぱりいるんだよ。そうやってバス停とかでアリスに絡む奴。アリスは気にしてないって言っているけど、川原が気にしている」

「そんなことあったんだ」

「アリスはああ見えて性格は男みたいにさっぱりしているんだ。将来はアメリカで医者になりたいとか言っているし。兄貴の川原はただ妹がかわいいんだろうけど、アリスが嫌がる位にべったりなんだよ。アリスのことになると、あいつ性格変わる」


 リクと笹本は駅近くの交差点で別れた。笹本は駅へ。リクは住んでいるマンションへ。

 しかしリクは先程アリスの言ったエドおじ様が、気になって仕様がない。

 時計を見ると七時五十分。リクは閉店間際のクリーニング店に飛び込むと、化学部の先輩から借りた白衣を預けた。

読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] りく、おかえりなさい\(//∇//)\ エドとの良き時間(命を狙われたりとかはしましたが)を過ごし。 そして、トーチのすごい才能を開花させて。 はじめはどうなることやら…∑(゜Д゜)な夏休み…
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