お父さんを探せ
「おっはよー!」
「あ、おはよ」
今朝は偶然、登校途中で笹本に会った。
「何? 何か今朝テンション低くねえ? 風邪でもひいた?」
「そうじゃないけど」
リクはチャンスについて口に出すのを躊躇った。それは、チャンスというロボットに、リクの中の何かが引っ掛かっていたからだ。まるでSFの世界から来たみたいで、賢くて、訳わからない火を体の中に守っていて。
「桜井、困っていることがあるなら相談に乗るぜ」
笹本は親切だ。リクより頭もいい。リクは笹本に頼もうと決めた。
「実は俺、スマホは高校生になって初めて持って、この間笹本を登録してもらった時以外殆ど使ったことないんだ。詳しく使い方教えてもらえる?」
「へ? 使い方?」
笹本の目が点になっていた。口もぽかんと開けている。
「お前、十代の高校生だよな」
暫し呆れた顔をした後、笹本はやっと言葉を出した。
「うん」
中学三年までリクは携帯なんて持っていなかった。祖母自体も携帯は持っていなかった。新しい機械の使い方を覚えたがらない祖母は、携帯の操作を覚えるのは面倒臭いと言っていた。そしてリクにもそんな物は必要ないと聞く耳を持たなかった。当然パソコンも祖母との二人暮らしの家にはなかった。祖母が亡くなった時に弁護士からガラケーを渡されたが、住所録に入れなければならなかったのは弁護士の携帯番号とアドレスのみ。リクの部屋にパソコンとスマホが届いたのが実は先月のこと。例の弁護士が『お父さんから頼まれたんだよ』と言ってガラケーと交換して置いていった。とはいえ、親戚も笹本以外の友人もいないリクには宝の持ち腐れで、スマホは充電して持ち歩き偶に笹本と連絡取り合うだけ、パソコンに至っては部屋の隅に放置である。しかし昨晩リクはチャンスを何とか救う方法を考え、思い付いたのがスマホであった。
「お前スマホで何をしたいの?」
「父親を探したい」
頭を何かでポカポカと叩かれている衝撃で、リクは目が覚め掛けた。
なんか最近似たようなことがあったような……リクは直ぐに思い出した。チャンスだ。でもチャンスは故障している。でもこの衝撃はチャンスがなおり動き出したのだと思い、リクは凄い勢いでテーブルから顔を上げた。
「チャンス!」
「うぉ! おい、こら、寝ぼけるな桜井! 人にやらせといて寝るな」
リクの頭を叩いていたのはチャンスの腕ではなく丸められたキャンパスノートで、目の前にいるのは笹本だった。
周囲を見回すとそこは学校の最寄り駅から三駅離れた、笹本が電車を乗り換える駅にあるファストフード店で、リクはやっと自分が何をしていたか思い出す。
「ごめん!」
朝のあの後、笹本はリクにスマホの使い方を教えてくれると言ったが、校内でスマホを使うのは禁止されていたし、時間的に余裕のある放課後に外でやろうという話になった。そしてリクは笹本とこの店に入って、今日は外が思いの外寒かったので店の中は暖かいなとか思って、ココア飲みながらスマホ取り出して、電源を入れて、笹本に渡して、そう言えば昨日の夜はあまり寝てなくて眠い……そこからリクは記憶がない。
「お前寝不足? 明日にする?」
「いや、大丈夫、今頼む!」
両手を合わせて拝むリクに笹本は「しょうがねえなぁ、寝るなよ」と言って、逐一リクの質問に答えてくれた。
「こんなにスマホ使わない奴、初めて見た。じゃあ一番の目的、桜井のお父さん探しな。でも桜井のお父さんってある程度名の知れた人か? SNSとかやっててくれるといいけど。そうじゃないと例え検索してもヒットしないぞ」
「わからない、でももう探す方法がなくて」
「お前のところ、すごい親子関係だな。普通父親の携帯番号やアドレス位知ってんだろ」
「そうなんだ」
「おいおい」
昼に学食で笹本から、リクが父親を探している理由は大学受験とか将来とかの話がしたいのだろうと言われた。昨日予備校のパンフレットを貰ったばかりの為か、笹本はそう勘違いしていた。リクもこのまま勘違いをしてくれていた方が都合よかったのでそうだと答えておいたが、それは親切な笹本に嘘を吐く訳で、昼食を食べながら目の前の笹本と目を合わせ辛かった。
「で、お父さんの名前は?」
「エド=フォレスター」
「あーっ、そっか、名前アルファベットか。カタカナ検索はダメだよな。アルファベット検索か。そうすると検索結果も海外のサイトが出るかもな。くっそ、英語かよ。あいつら三人も連れてくればよかった」
笹本がもう一度「英語」と言ってから、ブツブツと独り言を言っている。
「でもまぁ、仕方がない。エドはエドワードの愛称でいいのか?」
笹本はEdward Foresterと入れてくれると、リクにスマホを返してきた。リクは検索をタッチした。画面にズラッと何かが並んだ。そう、二人にとっては意味のない何かだ。
「……」
「……」
二人は暫し無言になった。検索結果は予想通りアルファベットの恐ろしいまでの羅列。
「一応どれかサイトに入ってみる?」
笹本のやる気のない声に、リクも何も言えなくなった。
「明日、雨宮か川原か田端に手伝ってもらおうぜ」
英語が絶望的な二人は、早々に諦めた。
「あの三人は、英語得意なのか?」
「川原は見ての通りだよ。雨宮と田端の顔は、日本人の遺伝子だけっぽくないだろ? 三人共日本とアメリカのハーフ。よーく見ると、田端の瞳の色なんてかなり薄いライトブラウンだし、雨宮の瞳の色もライトブラウンに近いぞ。気付かなかった?」
「そこまでじっとは見てないよ」
その時、入口の方角から華やかな声が聞こえてきた。少し甲高い女子達の声。男子二人は当然反射的にそちらを見た。
「え? こんな所にクラスの女子達だ。しかも最強最悪の三人」
笹本はまずいって顔をしている。女子三人はリクと笹本の席の横を通り過ぎようとして、でも立ち止まり、彼らを見下ろした。
「笹本? そっちも顔見たことある気がするんだけど……誰?」
クラス一の美少女、水野が話し掛けてきた。リクは真横から見上げる形になってしまった水野の大きな胸が気になって、視線が定まらない。
「桜井だよ。同じクラスの」
「え? そんな名前の奴いたっけ?」
他の二人の女子が爆笑した。
「お前らもう少し静かにしろよ。周りの迷惑だろ」
笹本の言葉に更に大爆笑。何がそんなに面白いのだろうと、リクには理解できない。
「あのさ、水野って英語得意だよね。今検索かけたら結果が英語だらけで困ってるんだ。ちょっと見てもらえると――」
そこまで言いかけてリクが笹本を窺うと、その笹本の顔はマジかと言っていた。それから首を振った。止めとけと言っている。
それが却って水野を悪い方へ刺激したらしく、水野はリクの手からひょいとスマホをつまみ取ると、検索結果を見始めた。無表情で、どんどん結果をスクロールしていく。やっぱり笹本は正しかった。話し掛けるべきじゃなかったかもしれない。何を言われるだろうとリクはビクビクして待っていたが、水野は興味があるらしく時間を掛けて一通り見てから口を開いた。
「あんた達、自由課題でフォレスターグループの研究発表でもするの?」
「「へ?」」
笹本とリクの口から、同時に間抜けな声が出た。
「はぁ? あんた達フォレスターグループの会社の一つ、フォレスト社の社長のエドワード=フォレスターを調べているんじゃないの? 検索結果もその人の会社の業務とか、研究とか多いけど、違うの? 別の人?」
笹本がリクに小声で聞いてきた。
「そうなのか?」
「わからない」
リクも小声で返す。
「そんな奴らほっといて、早く食べよう!」
水野の友人の一人が先にテーブルに座りながら彼女を呼んだ。
「じゃあね」
水野はスマホをテーブルに置くと、ストローから飲み物を吸いながら立ち去った。
「ありがとう!」
礼を言うと水野はちらりと二人に視線を向けたが、何も言わずに友人達のいる席に向かって歩いて行った。
女子達がテーブルで食事を始めると、笹本は深く息を吐いてテーブルに突っ伏した。
「はぁー、何か疲れたわ」
「でも教えてくれたよ、親切じゃないか」
「気まぐれだよ。それで、お前のお父さんは、その社長さんなのか? 今そこが問題だろう?」
「それは、ハハハ、わからないや」
祖父母はリクに父については何も教えてくれなかった。
「よし、気を取り直して、次は画像だ」
テーブルから顔を上げた笹本は、次の提案をした。
「画像?」
「会社のホームページとかSNSとかに画像があるかも。お父さんの顔は知っているんだろう?」
「かろうじて知っている」
「英語はダメでも、画像はいけるぞ」
その画像は検索で直ぐに見つかった。しかもかなりの数。
「どーだ? 桜井?」
リクは言葉を失う。
マジ?
次にリクの頭の中がその言葉で一杯になった。
目の前の画像、フォレスト社社長エドワード=フォレスターは間違いなくリクの父親だった。
「おーい、桜井、帰って来い」
十秒間位ボーっとしていたリクは、笹本の呼び掛けに我に返った。
「ごめん。ボーっとしてた」
「それで?」
「あ、ああ、この人だ。間違いない」
「マジか? すごいイケメンじゃん、しかも社長?」
世の中不公平だと言い、笹本が溜息を吐く。
「で、どうすんだ?」
リクの父の正体が判明した。フォレスターグループ。フォレスト社はその中の一つ。こんな大会社の社長にいきなり日本の高校生が電話しても、きっと取り次いでもらえない。会社宛に社長に取り次いで欲しいとメールや手紙を送っても、頭がおかしいと思われて相手にされないだろう。その前に言語の問題だ。向こうは英語だ。リクは行き詰った。
「おーい」
リクはまた笹本に呼び掛けられてしまった。
「ごめん。また思考が飛んでた」
「ここで行き止まりかよ。あ、でもさ、水野が自由研究課題って言ってたよな。じゃあ日本語検索でも何か引っかかるんじゃないか?」
笹本の言う通り、今度はフォレスト社と日本語で検索してみる。出てきた。
「おーっ、凄え。フォレスターグループの日本語版ホームページ。フォレスター一族って富豪一族だぞ。財閥並みだな。世界中に関連会社もあるみたいだし。お父さんの社長やってるフォレスト社は時代の流れでできたIT関連の企業なんだ。あ~あ、今まで頭の中で繋がらなかった。有名だぞ、このFと針葉樹の合成っぽいグループのマーク」
リクは全く知らなかった。リクにとって父はこんなにも遠い存在だった。チャンスを何とかしてやりたいといくらリクが望んでも、父に行き着くのは不可能だった。前の席で笹本は興奮した様子で画面を見ている。
リクは弁護士を待つことにした。もう彼しか頼れる人間は思い付かなかった。
笹本と別れて家路についた。その帰路の間考える。
祖父母との生活でもその後の一人暮らしでも、父についてリクは知る必要がなかった。リク自身も調べようとはしなかった。リクの人生に父は必要のない人であったし、父の影は余りにも薄過ぎた。リク一人では解決できない面倒な何かが起きたから、仕方なく父はいつも海の向こうからやって来てリクの前に現れる。ただそれだけの人だ。父は電話も手紙もメールも一切の連絡手段を断って、リクに極力関わらないようにしている。忙しいだけにしては極端過ぎた。
両親について、リクは二人が結婚して一緒に生活していたとは全く思っていなかった。ただ祖母は父をエドさんと呼んで、祖父が亡くなった時に頼りにしていたのは幼いリクの記憶にあった。
それよりもアメリカに家庭があるのではと、リクは何となくそう確信していた。父はアメリカの家族にはリクの存在を話せないし、リクにはアメリカの家族の存在を話せない。アメリカの家族との生活が最も大事でリクに興味がないのかもしれないが、親としての責任だけは取ろうとしているのではとリクは考えていた。リクが成人したら、あの大会社の社長なら、隠し子の存在をお金で解決できる。そう結論付けてもあまりリクにショックはなかった。もとから親子らしい触れ合いなんてほぼ皆無だった。別に手切れ金とか口止め料とかもらわなくても、父がエドワード=フォレスターだと世間にふれ回るつもりなどない。養育費は大学の学費まで出してもらえたらラッキーかな、程度だ。駄目なら大学の学費は奨学金を借りるつもりだった。
考えごとをしているうちにリクは家に着いた。相変わらず部屋の中は暗く、喋らなくなったチャンスが机の上に、朝と同じように立っていた。
翌朝。今日は土曜日。リクは笹本に礼を言って、それから水野にも礼を言いに行った。女子達と立ち話をしていた水野はリクを見下ろす(リク身長百六十四センチ、水野百七十二センチ。並んで立つと普通に見下ろされてしまう)。
「フォレスターグループ内の会社は将来就職したいと思っている企業の一つなの。何を調べているんだか知らないけど、面白そうな話題見つけたら教えてね」
水野はリクに対して一方的にそう言うと、女子達との会話に戻った。まずばれないとは思うけれど、昨日水野に声を掛けたのは間違いだったかもしれないと、その時リクは後悔した。――リクはエドワード=フォレスターの隠し子だ。
昼で授業は終わり、笹本は今日は部活の先輩達と顔合わせだと、昼食の後急いで学食を飛び出して行った。
先週と違い帰ってもチャンスは出迎えてくれないが、リクにはどこかへ出掛ける当てもない。予備校の資料でも見ようかと、先日貰ったあのパンフレットの山を思い出した。まずは英語、英語何とかしなければ、六月の中間テストで何とか英語を一つ上のクラスに上げたい、そんな希望を思い描きながらリクは家に向かった。
学校からそう遠くない場所に部屋を借りたので、午後二時半には家に着いた。動かないチャンスを布で拭いて、部屋に軽く掃除機をかけて、予備校のパンフレットを手に取る。笹本が通うつもりと言っていた予備校のパンフレットからページを捲っていると、突然インターホンが鳴った。リク一人暮らしのこの部屋に訪問者なんてまずいないのだが、そういえばもうそろそろ弁護士が来る時期かもしれないと、リクはキッチン脇の壁に付いているインターホンのモニター画面を覗き込んだ。しかしそこに映っていたのは見知らぬ男の外国人で、弁護士ではなかった。どう対応しようか迷っているリクはモニターとにらめっこを続ける。白黒の画面なので映りが悪いが、どう見てもアジア系には見えない。年齢は大学生位。正直気味が悪かった。無視するか出ようかが迷っている間にも、インターホンは何度でも鳴る。諦めて帰る気はない様子だ。リクは意を決してインターホンのマイクに小声で返事をした。
「はい」
「早く……早く中に入れてくれ!」
相手の声はかなり悲痛で切羽詰まっている。
「俺はキース。チャンスの様子が見たい!」
聞き覚えのある、現状のチャンスの救世主であろう名前が、リクの耳に飛び込んできた。
読んでくださってありがとうございました。




