学園祭
リクは今、化学実験室に居る。化学部の上級生から白衣を貸してもらって、化学部の学園祭の裏方を手伝っていた。何でこんな所に居るのかというと、くだらない企画から逃げてきたのだ。
リクのクラスは喫茶室の手伝いを任されていて、昨日までは教室の掃除や飾り付けや机・椅子の移動等の準備をしていた。学園祭当日は、男子は食べ物や飲み物が入った箱を学食から運ぶ力仕事、女子はテーブルの清掃やゴミの片付けなどを、手分けしてするように頼まれていた。展示のある文化部員や発表のある部活をしている生徒はそちらの活動が優先で、手空き時間のある生徒達で数時間ずつ担当を決めることになっていた。
しかし当日の朝リクは初めて、自分の名前が女子の欄に書かれているのに気付いた。名前の書き間違えと思って学園祭の企画委員に聞きに行ったら、七月のアンケート調査で決まった女装する奴の一人と平然と答えられた。見た目は女性なのに、声が男というウケを狙うらしい。何なら一番かわいいと思う子をお客さんに投票してもらうとか。
頭の腐った企画委員の話では、七月に女装に違和感なさそうな奴というアンケートをクラスで取った。それでリクともう三名、小柄とか、可愛い顔しているとか、皆興味があるのかイケメンとかが選ばれて、学園祭の女子のグループの方に分けられた。
「そんなアンケート俺は知らないぞ」
と言ったら、
「うん、お前は絶対選ばれるからアンケート用紙渡さなかった」
と言われた。
彼の話では六月から七月にかけてリクはクラスで話題になっていた。何の話題だと思ったら、六月の家庭科の調理実習だった。課題の料理をさっさと作って早く終わらせようと家でいつもしているように手際よく作ったら、リクの所属する班はあっという間に終わって班のメンバーから感謝された。しかしその日リクは食欲がなかったのであまり食べず、残りは班の底なし食欲男子達に片付けてもらっていた。
その間、リクはまだ調理の終わらないあちこちの班に呼ばれ手伝いに行った。何故か女子の多い班の方が作業がとろい。このクラスには料理不得意、それどころか、基本から何もできない女子が多かった。リクのようなもてないタイプの男子には、日頃彼女達の態度や言葉はきつい。しかしその日は悔しそうな顔をしながらも、大人しくリクの言う通りに動いてくれた。出来上がった料理を食べて美味しいと驚く女子もいた。
水野のいる班も頼まれて手伝ったら水野から、『私が料理不得意なことをキース君にばらしたら、あんたを絶対に許さない。酷い目に遭わす』と脅された。水野も少しは料理の練習をすればいいのにと思ったが、怖いから言わなかった。キースの料理は美味いとも、怖いから教えなかった。
その後女子の間で、桜井料理上手い→家事全般できるらしい→育児も行けるかも→彼氏としてはお断りだけど、案外可愛い顔している(投票数が多いのはこの所為)→見るからに草食系→嫁実家と上手くやれそう→旦那にするのはありかも、に認識が変わった。女子って怖いって、リクはつくづく思う。そして男子達は、小柄で細身で料理が得意で、桜井女に生まれた方が幸せだったかも、に認識が変わった。そして最悪のタイミングで七月のアンケート調査。
リクは女装なんてしたくない。絶対にやらないと決めた。リクは企画委員を横目で睨む。ヘラヘラと説明するこいつにリクは怒りが湧いた。体の中でリクの怒りに反応したトーチが右手に向かう為、右肩へと移動を開始した。トーチはいつ相手に襲い掛かろうかとうずうずしているようで、小刻みに揺れている。これはちょっとヤバいので一旦離れようと、リクはトーチをこれ以上刺激しないよう、ゆっくりとその場を離れた。学園祭の企画に腹を立てて、クラスメートを焼き殺した揚句に教室に放火なんて笑えない。リクは化学実験室へ行って笹本を探すと、例のアンケートについて尋ねた。
「え? お前アンケート知らなかったの? 企画委員酷いな。噂も知らなかった? そういやあの頃お前、登校するだけで一杯一杯だったもんな。うーん、何とかしてやりたい」
笹本は考え込む。そして閃いたようだ。
「丁度人手が足りないんだ。化学部に仮入部しねえ?」
「え?」
「入部はいつでも歓迎だけど、仮入部なら活動を何回か見てから本入部に切り替えられるぞ。今日仮入部して、学園祭の見学と裏方の手伝いして、暫くして仮入部取り消しても大丈夫だし、楽しければ本入部すれば? 多分先輩達はいいって言ってくれると思う。幽霊部員もかなりいるし、誰も気にしてない」
ということで、リクは化学部に仮入部。女装は企画委員に断りに行った。企画委員は他の三人にも断られ、「桜井も駄目なのかよ、皆ノリワリィな」と企画倒れでぼやいていた。
そして化学実験室で顧問の化学教師と上級生達に教わりながら、リクはあまり危険のない試薬を作った。実験台の前では、二年生達がお客さん達に化学実験を見せている。お客さんと一緒にリクも見学もさせてもらう。実験が終了すると、リクは先輩達が使い終わったビーカーや試験管やピペットを洗った。直ぐに次のお客さんが来る。そうこうしていて午前中が終わった。午後はビラを配りに笹本と校舎の出入り口へ行かされた。そこで入ってくる人達に、化学部でやっている実験の紹介のビラを配った。
午後二時半になって今日のビラ配り終了。笹本から三時からの吹奏楽部の発表を見に行こうと誘われた。リクは朝のあの企画への怒りの所為で、川原の演奏時間をすっかり忘れていた。笹本が覚えていてくれて助かった。
笹本はホール前で雨宮・田端と待ち合わせをしていた。発表場所はホールのステージ。ホールでの発表予定表を見ると、ダンス部とか、グリー部とか、結構ホールを使うクラブ発表が詰まっている。ホールの入口に行くと、雨宮と田端が既に待っていた。
「笹本、桜井、遅い」
田端にそう話し掛けられる。ホールに入って行く女子達が、チラチラと雨宮と田端を見ていた。イケメンは人目を引く。
「悪い、悪い」
「ごめん、二時半までビラ配りしてたんだ」
「ビラ配り?」
リクの言葉に雨宮が聞き返してきた。そこで今朝からの一連のことを説明する。途端に雨宮と田端は大爆笑。
「確かに夏休みに桜井の部屋に行った時、桜井の作る昼飯美味かった。部屋もきちんと掃除されていたし。俺、お前を嫁にしたい」
と雨宮。リクは嬉しくない。
「やればよかったのに。女装似合ったと思うぞ」
と田端。抵抗がないなら田端がやれと思う。
「早く行かないと四人並んで座れる場所が無くなるぞ」
笹本に言われて、四人はゾロゾロとホールに入った。席に着いて客席を見渡すと、結構人がいる。
「人気あるんだよ、吹奏楽部。結構上手いんだ。夏休み練習頑張っていたし。三時にはホール満員になるぞ」
笹本が説明してくれた。
「おいおい、あれ見ろよ」
田端が何かに気付いた。四人はホールの真ん中辺りの席に陣取ったが、田端が指を差しているのはホールの前方、舞台のある方角だ。
「前から三列目に今座った、あれ、アリスだよな」
とはいえ、前から三列目は満席で女子だらけ。それにリクはアリスが何者だか知らない。
「アリスって?」
「川原の妹」
そう言って田端は、夢中になって前方を見ている。確か『美少女』と話を聞いたのをリクは思い出した。田端同様、夢中になって前方を見る。雨宮と笹本も前方を凝視。
「何か特徴ないのか?」
同じ制服の女子が、後ろ向きにこうズラッと並ばれては見分けがつかない。それにやはり顔が見たい。
「ハーフだから髪の色が少し茶色いかな。演奏が終わったら、後ろのドアから出ることを期待しよう。俺らは動かずに待つ。そうすれば顔が見られる。向こうがこちらに気付けば、顔見知りだから話し掛けてくるかも」
田端は何とかアリスに接触しようと作戦を練っている。
「サイドのドアから出たらホール周辺を探して、偶然を装って声を掛ける」
田端の気合いに笹本は、「川原にばれないようにやれ、俺達を面倒に巻き込むなよ」と言っていた。
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