九歳のリク
キースが今話しているのは七年前、リクが小学校三年生の頃の初夏の出来事。リクは記憶の中から一つ、日常とは違う忘れられない思い出を引っ張り出した。あれは九歳の六月。
「次に目を覚ました時俺が寝かされていたのは、見たこともない部屋のベッドの上だった。俺は体に管やらコードやらが沢山付けられていた。ベッドサイドに居たエド先生の話では、あれから一週間が経っていて、俺はその間全く意識がなかったらしい。俺が最後に記憶のあるあの日、俺の部屋を飛び出した佐久間先生は、かなり大胆な行動を起こした。佐久間先生は一族に理解があるというだけあって、ロサンゼルス在住の一族を調べ上げていた。一族の医者もどこに誰が住んでいるか知っていた。そして医者の一人の元を訪れ、エド先生の名前を出して俺を治療してもらおうとしたが、得体のしれない東洋人の話になど耳を貸してくれる筈もなく、佐久間先生はその医者をそのまま拉致した。医者は気絶させられ、あっという間に佐久間先生の家に運ばれ、俺の前で叩き起こされた。目を覚ました医者は俺の顔を知っていて、直ぐにエド先生とセシリア様が育てている子供だと気付いてくれた。医者は直ぐに治療を開始し、俺はその後一族の息のかかった病院へ運ばれた」
それは九歳のリクにはとても辛い出来事だった。
「その頃やっと、佐久間先生はエド先生に連絡が取れた。エド先生は日本に居た。俺の症状の原因は、痣の使い過ぎだった。俺は痣を通したトーチの力を使って脳を人一倍利用するのが得意だった。丁度その頃の俺は昼間ずっと日本語や日本についての勉強をし、夕食後から夜寝るまで高校の勉強をしていた。しかし朝から夜まで痣を利用し続けて勉強なんてできるのは十代半ばを過ぎてからで、まだ九歳の俺には負担が掛かり過ぎていた。結果、酷いオーバーワークで頭痛と発熱が起きた。本来ならここで一族の医者が見て回復させるのだが医者が捕まらず、適切な処置をされず熱と嘔吐で脱水も起こした俺は危険な状態になっていた。治療のお蔭で、それから一週間で俺は歩けるようになったが、その間一度も佐久間先生を見掛けなかった」
七年前の日本とアメリカ。キースのお蔭でリクの頭の中で話が一つに繋がり始めた。そしてリクは確信した。
「エド先生に佐久間先生はどうしているのかと聞くとちょっと言い難そうに、『実は日本で問題が起きてて。俺の代わりに佐久間先生に行ってもらっているんだ。佐久間先生は凄く心配していて、電話ではアメリカに戻ったら直ぐにキースに会いたいと言ってくれているが、最短でもあと一週間は戻って来られないだろう』と言った。エド先生に全く連絡が付かなかった位だから、できて間もない日本支社で大変な事態が起きていたのかもしれない。佐久間先生はエド先生を帰国させる為に、代わりに日本へ行ってくれたんだろう。動けるようになった俺はセシリア様にニューヨークへ連れて行かれ、そこで過ごしていた。それから二週間位して、佐久間先生が俺の見舞いに来た。その頃には俺は力を使う許可はまだ下りていないが、日常生活は問題ない位元気になっていた。佐久間先生はついつい夢中になってやり過ぎてしまったようだと言って謝っていた。しかし佐久間先生はどうやって一族の医者を簡単に拉致したのか」
キースは目を瞑って考え込む。
「医者とはいえ一族の人間だ。そう簡単に気絶させられるとは思えない。かなりの抵抗に遭うし、戦闘になってもおかしくない。更に佐久間先生は身長百七十センチで細身。医者は百八十五センチで筋肉質。どうやって運んだんだろうか。エド先生はその医者を油断し過ぎと言って注意していたが、そんなことはないような気がする。佐久間先生は一族ではないとエド先生は言っていた。でも……拉致の手際のよさはとても一般人とは考えられない。あの時の俺の予想は、佐久間先生はフォレスターではない痣を持つどこかの一族の出身者だった。あれから七年経つが、未だに佐久間先生の正体は教えてもらっていない。その後佐久間先生は東京の邸宅に移り、ロサンゼルスの家は引き払われた。俺やエド先生は日本に用事があるとそこを宿代わりにさせてもらっている。――リク?」
目を開けたキースはリクを見て声を掛ける。相槌を打つこともなく質問をすることもなく、ただキースの長くなってしまった話を聞くリクの様子が、キースにはおかしいと見えたらしい。
「リク? 話が長かったか? 佐久間先生は不思議な人なんでつい夢中になって喋ってしまった。わかり難かったか?」
「え、あ、いや、話はちゃんと聞いていた。ありがとう」
確かにキースの話は覚えていること全部話そうとしているのか長い。しかしわかり難い訳ではない。寧ろリクの頭の中でリクの記憶とキースの記憶が一つになるのに役立った。
「どうしたんだ。何か変だぞ。話の中の何が気になっているんだ?」
「何って、お父さんの代わりに佐久間さんが日本へ来たのって、今から七年前、キースが九歳の六月終わりから七月に掛けての話……でいいのか?」
「そうだ。俺の十歳の誕生日の少し前だ」
七年前のその頃何故エドが日本に居たのか、リクはその理由を知っていた。
「キース、多分だけど、その、お父さんが日本に居たのは仕事じゃない」
「え?」
「俺のお祖父ちゃんが亡くなったから」
キースが息を呑む。リクは思い出す。あの日現れたエドは直ぐにいなくなった。あの時は祖父の死後の手続きの為エドは仕方なく日本へやって来たから、さっさとアメリカへ帰ったのだと思っていた。そうではなく、キースが危険な状態だったからエドは急いで帰ったのだ。エドの代わりに佐久間が日本に来たとキースは言っていたが、リクは佐久間には会っていない。子供のリクは蚊帳の外で、祖母が弁護士に会って今後について話し合ったと言っていた。この時佐久間も弁護士と一緒に尽力してくれたのだろう。もしかしたらあのゲーム機も、エドに頼まれた佐久間が送ってきてくれたのかもしれない。
「リク、済まなかった」
突然のキースの謝罪にリクは困った。
「キースが謝る必要ないだろう」
キースが謝る必要はないしどうしても謝りたいのならば、それはリクにではなくエドにだろう、とリクは思う。長い間リクに誤解されていたのはエドなのだから。
「キースが助かって良かった」
お蔭で今リクはキースにどれだけ助けられているかしれない。
「キース! リク様はご無事ですか!」
キースの部屋からチャンスの叫ぶ声がした。リクの様子を見にリクの部屋に来たキースがなかなか戻って来ないので、チャンスが痺れを切らして苛々しているらしき声音だった。
「大丈夫だ、チャンス!」
そう答えて部屋に戻ろうとしたキースは、部屋の入口に放り出されている制服の入った紙袋を拾い上げると、リクに差し出した。リクは受け取る。
「ありがとう」
リクは貰った制服を掛ける為のハンガーをクローゼットから取り出す。その様子をキースが部屋に戻らずに見ていた。
「ズボンが短くなっちゃって、雨宮の着られなくなった制服貰ったんだ」
「背が伸びたのか?」
「みたい。でも身長測る方法がなくて」
「チャンスに測らせればいい」
「え? そんなことできんの?」
「物のサイズを捉えるのがチャンスは得意だ」
キースが自分の部屋からチャンスを連れて来た。
「リク様、背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見て」
結構チャンスの注文がうるさい。暫くするとチャンスの目の中の青い光が左右に動き始めた。そして止まる。
「百七十・八センチ」
「え?」
六センチ以上伸びた。
「やった! まだまだ伸びるといいな」
因みにチャンスの話だと、キースもここ四カ月で三センチ伸びた。百八十六センチ前後になっているとチャンスは言っている。この勢いだとキースはエドと同身長にはなりそうだった。
夜遅くなって(向こうでは朝)エドから返信がきた。佐久間は今、日本に居る。一度リクとキースとチャンスに会いたがっていた。リクのメールアドレスを教えたので、近々佐久間から連絡がくるから会ってくれと書かれていた。リクの担任に佐久間は会ってくれる時間はあるのか。リクにとってはそれが心配だった。
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