表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Chance!  作者: 我堂 由果
43/427

戦闘訓練

 朝食後、エドはリクとキースを裏庭へ連れて行った。裏庭は芝生になっていて、バーベキューをしたり小さい子が遊具やボールで遊んだりする為のスペースのつもりで作られたのだろう。裏庭の隅にはガーデニングの道具等しまっておけるようにか、四畳半分位の広さの木製の物置もあった。

 エドとキースと二人で暮らしている頃から、裏庭も物置も全く使われていない。セシリアやウィルは滅多にここには来ないし、エドがニューヨークに行くことが多かったので、週末に裏庭でバーベキューなんてしなかった。更にエドがこの家を購入した時にはウィルもキースももう大きくて、この庭で遊ぶような年頃でもなかった。何の為の裏庭なのだろうとリクはエドの説明を聞いて思った。


「リックも戦闘訓練だ」

「え? 俺?」

 リクには痣はない。エドは何をするつもりなのか。

 エドはいつの間に用意したのか、庭の隅に二十本程の薪が山積みになっていた。エドはその内の一本を手に取ると戻って来た。直径十センチ長さ三十センチ位の暖炉用に売られているようなサイズの木だ。エドはリクとキースを連れて、隣家からは庭木に遮られて見えない場所に移動した。

 エドは薪の先端が天を向くように真っ直ぐ右手で握ると、リクとキースから良く見える位置に立った。そして次の瞬間一瞬で薪は燃え上がり、炭になった残骸が崩れてポロポロ芝へ落ちていった。

「ええ?」

 声を出したリクは驚いてそれを見る。キースは全く驚く様子はない。当たり前と思っていると示す無表情だ。エドは手に付いた燃えかすを両手で掃いながら、新たに薪を一本取ってくるとリクに渡した。

「燃やし損ねても、怪我はしない。やってみろ」

 リクはエドを真似て右手で薪を握る。トーチの移動で膝掛を焦がした時を思い出し、それを真似て試してみた。数秒後、握った部分から煙が上がった。手を離して薪を見てみると、握っていた部分だけ木の皮が焦げていた。

「勢いが弱いんだ。燃やすのだから、手の平で止める必要はない。もっとぶつけるつもりでいい」

「やってみる」

 再度トーチを右手の平に向けて勢いをつける。今度は薪から火が上がった。しかし燃えたのは木の表面だけ。皮は焼けても中身は残っている。案外難しい。もっと勢いがあっていいのだ。今度は左手で持ち直す。左手の平からぶつけてみたが、表面が焼けただけで、中心まで火が届かない。エドはあんなに簡単に燃やしていたがどうやっているのだろう。額から手の平への移動を、何回も頭の中でイメージしてみる。そして手の平へ向けて思い切りぶつける。

「うわっ!」

 突然持っていた薪が燃え上がった。火が上がったのはほんの一瞬。そして今手に握られているのは、炭になった薪。黒い塊が砕けて芝に落ちていく。

「本当に習得が早いな。早くても昼までは掛かると思っていたのに。その感覚を覚えておくんだ」

 エドがもう一本薪を投げて寄越した。リクはそれも受け取って、そのまま炭にした。でも何となく、コツを掴むと余力がある気がする。もう少し火力を上げられそうな。リクは薪を受け取ると、薪の先端を横に向けたまま思い切りトーチを手の平にぶつけてしまった。

「えっ?!」

 薪の先端に向かって、リクの手を包むように巨大な火球ができる。

「トーチを額に戻せ!!」

 エドの声に素早くその通りにする。しかし勢いは止まらない。火球は大きくなり続け、目の前の物置まで到達すると木製のドアを丸く焼いて、そして何事もなかったように消え去った。ドアのど真ん中は直径三十センチ程焼けて黒くなっていて、黒くなっている周囲にはまだ火が燻っている。キースが急いで庭の隅に転がっているジョウロに水を汲んできて水を掛けると、直ぐに鎮火した。薪は燃えた上に粉々に砕けたらしく、手の中には僅かな炭しか残っていない。ドアが焼ける時に裏庭中にかなりの煙が広がった所為か、裏に住む住人が出て来た。


 エドが境界のフェンス越しに裏の住人に嘘の事情を説明して謝っている、十代男子達の悪戯で騒ぎを起こしてしまったと言っている、とキースが訳して教えてくれた。裏の住人はこちらの庭を覗き見て、リクとキースを見付けて睨み付けていた。

「裏の住人には、ビビっているリクは反省しているように見えただろうし、無表情の俺は不貞腐れているように見えただろう。ふん。丁度いい。くだらない悪戯として文句を言われて済んでくれるのが一番だ。どうせ悪ガキの悪戯なんて日常茶飯事だ」

 キースがつまらなそうに言う。エドが戻って来た。

「ここまでの威力が出せるとは、計算外だった」

 エドは溜息を吐いた。

「リック、気を付けてくれ。この辺は高級住宅街なんだ」

「俺達はあと数日で居なくなりますよ。夏休みに問題児達の面倒を、ボランティアで見てたことにすればいいでしょう。相手も躾の悪い俺達の無謀な行動と納得します」

 エドはキースの言葉を聞くと再び溜息を吐いた。

「気分のいい話じゃないぞ、キース。リックはトーチの力加減に気を付けて練習してくれ。このままだとあちこち焼いて火事になる。とにかく、怪我人が出なくてよかったよ」

 あの火球の周りに誰か人が居たら、炎に巻き込まれて間違いなく死んでいる程の威力だった。午後もリクは木の陰に隠れて薪を燃やしていた。そして用意していた薪二十本を使い切ることなく、ほぼ思い通りに薪を燃やす力加減を覚えた。キースはその様子を無表情で見続けている。

 結局練習は午後二時前に終わり、エドはリクを休ませた。リクは全く大丈夫と言ったのだが、何かあったらまたポールに夜中絡まれるとエドにお願いされた。リクをソファに寝かせ、エドとキースは食卓でチェスを始めた。眠くないリクは二人の会話に耳を傾ける。

「本人気付いていないけど、初めの内は結構体力使って疲れている筈なんだ。慣れてくれば疲れなくなるんだけどリックはあの体格だから、疲れなくなるまで時間が掛かるかもしれないな」

「これだけ早くできるとは凄いですね」

「守護者に向いているんだろう。明日はまた別のことを教えてみるかな」

 リクが寝たと思ったのか二人の会話がここで英語に変わる。リクはその英語の会話を聞いている内に、やはり疲れているのかいつの間にか眠りに落ちた。


 翌日はまた別の練習。今度は逆に威力を押さえて使う方法だった。

「今度は、薪を燃やさない」

 エドは手にした薪をリクに渡した。

「温かい」

「もう一つはこれ」

 エドは新たな薪を手に取ると、また直ぐにリクに渡した。

「穴?」

 もう一つの薪には直径一センチ以下の小さな穴が薪を横から貫くように開けられていた。

「トーチの力を最小にして込める方法だ。手の平にうっすらと分散させれば温まるし、指先や手の平の皮膚の一カ所に集めれば小さな穴が開けられる。但し、ゆっくりやっては駄目だ。トーチにスピードを付けて額から手の平に移動させながらやるんだ」

 リクは薪をじっと見詰める。どちらもゆっくりトーチを移動させれば簡単にできそうな技術だが、スピードが乗った状態でコントロールするのは難しそうだ。温めるにしても、勢いを弱め過ぎれば薪の温度に殆ど変化は起きない。逆に強過ぎれば薪は温かいと感じる温度を超えてしまう。穴を開けるのも、貫通させられなかったり、逆に大穴が開いたりと安定させるのはかなり難度が高い。

「何時間で成功させられるか時間を測るぞ」

 エドはそう言って腕時計を見る。まずリクは温める方から始めた。薪を握り締めてトーチを動かしてみる。そう簡単には温まらない。その内煙が上がって、手で持っていた部分の木の表面に焦げ目が付いた。失敗だ。薪の焦げ目の付いていない側に持ち替える。リクは再び何度かトーチを動かしてみた。トーチもリクが何をしたいか理解し始めたようだ。協力的に動いてくれ出した。暫くしてリクは笑って薪をエドに差し出した。受け取ったエドも笑顔になる。


「早いな。参ったな」

 この間二十分。リクは直ぐに新たな薪を手に取るとトーチに神経を集中した。次は穴を開けたい。最初に開けた穴はやはり貫通しなかったし、直径三センチ程でちょっと大きい。次に開けた穴は貫通はしたが直径は二センチ。これではまだ合格とはいかない。リクは右手の親指の先にトーチに頻りに誘導して見せた。親指の先端へ向けて細くなっていって欲しいとトーチに教える。何度か試している内に、やっと先程エドが開けたのと同じサイズの穴が開いた。見事に貫通している。三十分と掛からなかった。その後直ぐに同じ穴をもう三つ開けた。昼近くなるとトーチはほぼ、リクの希望通りに動いてくれるようになった。

 今までの練習はリクとトーチのコンビネーションを鍛える物だとエドは教えてくれた。トーチはリクが思った通りの熱を発生させてくれる。トーチの熱で発火させる応用も覚え、練習は薪が無くなるまで――丁度裏の住人から焦げ臭いと苦情が入るまで――続けられた。


 昼食の後、エドはリクに横になるように言った。リクは疲れてないと言ったが、エドは眠れなくても横になるように命じた。リクは渋々ソファに横になり、また二人の会話を聞いていた。

「この二日でリックとトーチは随分成長したな」

「凄いですね。先生が教えていることは、短時間で出来るような簡単なことではない。でもリクとトーチは驚異的な早さで熟していく」

「リックに守護者の素質が元からあったんだろう。まさか帰国前にここまで覚えるとは思わなかったよ」

「俺はずっと、リクに守護者は無理であろうと考えていました。痣がない――トーチを利用できない――守護者など考えられないからです。しかしトーチに関してだけは、リクの才能は素晴らしい。ただ一族全員がそれで彼を次期当主として認めるかとなると、話は別です。本妻の子供ではないし、アジア系混血だし、痣もない。これがどれだけマイナスに働くか。やはり一族は賛成・反対二つに割れるでしょう」

「守護者に痣は関係ないということだけでも、一族も早く気付いてくれるといいんだが。しかしこれなら常に張り付いた護衛は、ウィルが動くまでしなくても大丈夫そうだ。どちらかというと、必要なのは見張りかな」

「見張り?」

「現状でも実力が中以下の一族が下手にリックを襲うと、リックを守ろうとするトーチから手酷い返り討ちに遭うだろう。もう先日の社員の火傷程度では済まない。それに今はコンビネーション良くやっているが、トーチがこのまま大人しいとは思えない」

 エドの言葉に、トーチとのコンビネーションを褒められていたリクは、ふと今まで感じなかった不安を覚えた。トーチが何かしでかすというのか。来月に入れば学校も始まる。エドが居ない日本で何か起きたら……もしもの際は、リクはキースを頼るしかない。

「ソファをリックに取られたな。俺も眠くなった。部屋で寝てくる」

「俺は寝てないよ。お父さんここで寝たら?」

「疲れたからベッドで寝るよ」

 リクは起きているのに、エドは少しずれたリクの毛布を掛け直すと、階段を上って寝室へ入って行った。


 リクが目を覚ましたのは午後三時頃。結局あれから直ぐに寝てしまった。リビングにはキースしか居ない。食卓の上にパソコンを置き、何か作業をしている。

「お父さんは?」

 毛布を畳んでソファの隅に置きながらキースに尋ねた。

「寝室へ入って行ったきり、まだ出て来ない」

 実はエドと話したいことがあった。でも寝ているなら起こすのも申し訳ない。リクの所為でこのところ疲れている筈だと思うと尚更起こせなかった。どうしようかと考えていると、しかし程無くエドは寝室から出て来た。そして欠伸をしながら仕事部屋へ。もうエドとゆっくり話ができるのはこれで最後かもしれない。リクはどうしても一つだけ聞いておきたかった。正確にはこれを聞いたエドの反応を見たい。リクはエドの仕事部屋をノックする。返事があって、リクは部屋へ入った。

「お父さん、帰国する前に一つ聞いていい?」

 ドアを後ろ手に閉めると、リクは突然そう切り出した。

「何だ?」

「どうしてもお父さんの口から、これだけは直接聞いておきたかったんだ」

 エドは何もリクに言ってくれないが、でもチャンスからこの話を聞いている筈。

「お母さんが死んだのは……事故だよね」

 リクがそう言った瞬間、エドは表情を失った。

「何故今それを、確認したいんだ?」

 思いも寄らぬ質問だったらしく戸惑った声で、エドは聞いてきた。

「……事故だと言ってくれると思っていた」

 エドとリクとの間に気まずい空気が流れる。やはり触れるべきではなかったと、リクは不用意な質問をしたことを後悔した。


「ごめん、今の質問は忘れて」

 エドから目を逸らすと、リクはそれだけ言った。エドの顔を真っ直ぐ見られなくて、自分の足元を見る。部屋を出ようと思った。

「リック」

 呼び掛けられて顔を上げる。リクを見詰めているエドと目が合った。

「一族内は悪意のある噂が多い。この件に関して一族達もセシリアも、皆、必死に自分ではないと言う。一族達の不審な行動や証拠も、調べられる範囲内でしかないが見付からない。もしも、もしもお母さんの死んだ原因が事故じゃないとして、セシリアは自分ではないと言っていたんだよな」

 リクは頷く。

「俺もこれだけは言える。俺ではない」

 エドが言えるのはそれだけなのだろう。

「変なこと聞いてごめん」

「いや、セシリアと話した後、お前と話をするべきだった。放っといて悪かった」

 リクはエドの部屋を出た。


 帰りの飛行機はサンフランシスコ国際空港から。エドはリク達を見送ったら、直ぐに会社に戻るという。サンフランシスコはリクの想像よりも遥かに寒くて、エドは確りスーツを上着まで着込んでいた。リクは風邪の予防の為、厚手の長袖のパーカーを着せられている。飲み物を買ってくると言ってキースが席を外した。出国ロビーでエドと二人きりになる。きっとキースは気を利かしてくれたのだろう。

「体調が悪い時は直ぐにポールに相談するんだぞ」

「わかっている。また会いに来るよ」

「本当は傍で暮らして欲しいが、お前の選んだ道だからな。どんなことでも困っていることがあったら、直ぐに俺に連絡しろ」

「ありがとう。日本で頑張る」

「何かあった時は、キースの力を借りろ。キースは頼りになる」

「うん。お父さんも元気で」

 エドはリクを抱き締める。人生でリクがエドに会うのはこれで四度目。四度目にして、初めて三週間も一緒に過ごした。

『一族全員が尊敬し、信頼し、慕っている人物』

『あなたが考えている程、真面な人間じゃない。エドの嘘と隠し事には気を付けなさい』

 スティーブとセシリアの言葉を思い出す。

 でもこの三週間のリクの前でのエドは、息子の身を案じ愛情を掛けるただの父親だった。

 性格はかなり問題ありだが。

読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ