充電
午前八時三十分。昨日よりは早く目が覚めたが、九月からの登校時間を考えるとこれでは遅刻する。昨晩も夕食後の片付けの後直ぐに寝てしまった。あんなに早く寝てしまっては、宿題をしている時間がない。一階を見下ろすとソファでキースとチャンスが読書をしていた。エドは見当たらない。昨日は何時まで二人はチャンスに付き合わされていたのか寝てしまったリクにはわからない。朝食はできていてキースはもう食べ終わっていた。リクも自分の分だけ食べる。
「昨日は何時までチェスやってたんだ?」
「十一時半頃までかな。先生はその後メールを送ったりしていたみたいだから、寝たのはかなり遅いだろう」
それではエドは早く起きて来そうもない。
しかし。シャワーを浴びながら、リクはこの四日間を考えていた。折角エドが休みを取った四日間が落ち着かないまま終わりそうだった。人が訪ねて来てのんびりとは行かなかった。リクがアメリカに居るのも後五日と思うと、あっという間に夏休みが終わっていく気がする。
リクはシャワーを終えて部屋に戻るとパソコンを立ち上げて、一昨日エドから貰ったUSBメモリーの中身を見始めた。確かにバースデーカードの内容は今更なことばかりで、本当はゴールデンウィークに会えたのだと残念に思った。チャンスの取扱説明書も大した内容は無い。蓋の開け方とか、コードやケーブルの繋ぎ方とか、スリープモードとか、今のところ全てキースがやっているから、リクは当分必要ないだろう説明が多かった。もしもの際は中の白い箱だけ引き抜いて、本体は置いて逃げていいとあった。また、白い箱の中はデリケートにできているので、中を開けて見ないようにと重要注意事項として書かれていた。チャンスを壊したりしたらキースに殺されそうだから、絶対に白い箱の中なんて見ようとは思わないが。
しかしバースデーカードと取扱説明書。中は平仮名だらけだ。笑える漢字の誤変換もいくつか。物凄く読み難い。漢字力は小学校低学年レベルだ。エドの会話はあんなに上手いのに、書く方は不得意だと見て取れた。このエドの作文力を見て、リクは捨ててしまって悪かったと改めて反省した。取扱説明書を一通り読み終わると、書いてあると思ったのに書いてないことがあった。チャンスの充電方法がない。四月にチャンスが動かなくなったのはバッテリー切れだ。てっきり取扱説明書に充電方法が書いてあると思っていた。リクはUSBメモリーを取り出してパソコンの電源を切ると、一階のキースに聞いてみようと部屋を出た。
「キース」
一階に下りて声を掛ける。エドはまだ起きてきていない。食卓の上にエドの分の朝食がそのまま置かれている。ソファでチャンスと読書をしていたキースが顔を上げてリクの方を見た。チャンスもリクの方を見る。
「聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「今お父さんから貰ったチャンスの取扱説明書を見てたんだけど、充電方法が書いてないんだ。四月にバッテリー切れで動かなくなっただろう? 何でかなと思っ」
リクはそこまで言って気が付いた。キースが困っている。一瞬目を見開いた後リクから目を逸らして、テレビの方向を見ている。
「それは」
言い辛そうにそう一言だけ言って、口籠った。
「キース?」
チャンスも呼び掛けてキースの顔を見上げている。
「それは、チャンスは本来充電の必要がないからだ」
リクの方を向くと、仕方なさそうにキースはそう言った。
「どういうこと? だって、キースが来日したのは」
「チャンスは自力で十分電気を作れる。でもそれには条件がある。まさかこういう事態になるとは開発当初考えていなかったから」
「だから、どういうこと?」
「チャンスが機能するのに十分な量の電気を得るには、二つのトーチのどちらかで電気を作らなければならない。その為にはマスターになる人物が、トーチとチャンスを上手く繋ぐ必要がある。それにはどうしても痣を通さねばならない。君には痣がないから、どうしても電気が足りなくなる。チャンスの開発当初は、痣を持たない人間がマスターになるとどうなるかまで想定していなかった。ただ今のところ問題は電気に関してだけで、それ以外のチャンスの能力に問題は起きていない」
リクはショックだった。リクに痣がないから、だからチャンスはキースに充電してもらわなければならない。今までそんなに自分に痣がないのを気にしなかったが今回はかなり落ち込んだ。スティーブはリクには五十パーセントフォレスター家の血が入っていると言っていたが、リクに痣は無い。全身どこにもそんな物は見当たらない。周りに居る一族達を思い出す。祖父母、エド、キース、ウィル、ポール、スティーブ、ポールの友達、リクを襲った二人、副社長、ダニー。きっと皆体のどこかに痣がある。
「私のマスターは、リク様以外考えられませんから!」
チャンスはそう力強く主張してくれているが、仕事が制限されたり充電が必要だったり。
リクを慕ってくれているチャンスにかなりの不便をさせているのだと思うと、リクは尚更落ち込んだ。リク以外の誰かがマスターだったらこんなことにはならなかった。落ち込むリクを見るキースの目が、だから言いたくなかったんだよと語っていた。
エドが起きて来たのは昼近く。リクとキースは昼食を、エドは朝食を食べていた。
「昨晩は偉い目に遭って」
エドはまだ眠そうだ。
「寝る前にポールにメールを打ったんだ。こちらの夜中は日本の夕方だろう? 仕事の終わっているポールから直ぐに返信がきた。そして予想通り、怒られた」
リクは昨日の話を思い出した。ポールにアメリカ国内で起きたことがばれたと。
「ポールの怒りのメールが明け方近くまで来続けて。やっとそれから寝られた。まだ眠い」
エドは欠伸をしている。
「ポールは何て?」
キースが質問した。
「まず昨日のセシリアのこと、怒られた。二人きりで話なんてとんでもないって。それから、リックの帰国の延期の許可をお願いしたんだ。学校の登校日の直前まで、可能なら新学期が始まるまで傍に居たいと。それも駄目だって。ここは空気が悪過ぎるそうだ」
「予想通りでしたね」
昨日のセシリアとの話はリクにとっては然程負担ではなかったのだが、でもその為にエドはポールを更に怒らせた。
「帰国は予定通り。帰ったら直ぐにポールの診察を受けろと言ってきた」
エドはかったるそうに立ち上がると、今晩また寿司食べに行こうと言いながら、食洗機に皿を入れていた。
昼食の後、リクは自分の部屋でチャンスと話をした。内容は朝、キースから聞かされた件についてだ。チャンスは再びリクに対する忠誠心を熱く語ってくれたが、リクはあまりに申し訳なくて何度もチャンスに詫びた。自分の力のなさに落ち込んでしまったままだった。結局、一階に下りチャンスを食卓に居るキースに返したところで、ソファに座っているエドに呼ばれ隣に座らされた。
「何かあったのか?」
エドはリクの顔を覗き込むように見ながら心配そうに尋ねる。観察の鋭いエドにはリクの様子がおかしいことを気付かれていた。キースとチャンスは食卓でチェスを始める話をしている。キースが一人で自分とチャンス両方の駒を動かすそうだ。
「ううん、ただ、チャンスが充電必要なのは、俺の所為って聞いたから。俺の体に痣があれば、周囲に迷惑や心配を掛けずに済んでいたのかなと思って」
エドはじろりとキースを見た。
「何があったんだ?」
「今更取扱説明書なんて渡すからですよ」
キースがはっきり言い返す。エドは溜息を吐くとリクの頭の上に手を置いた。
「それがそんなに気になるのか? 株分けされたトーチもチャンスもお前をあんなに慕っているのに? 大元のトーチもお前を次期守護者と認めているぞ。お前は一族の中からトーチに守護者として選ばれたんだ。逆に痣があったって、選ばれない者が一族には沢山いる訳だから――」
リクの頭をゆっくりと撫でる。
「くよくよ考える必要はないし、そんなことに貴重な時間を使うな。お前はまだ子供で高校生だ。ちゃんと教育を受けて一人前の大人になることだけ考えろ。将来の為に今やらなければいけないことや、自分が今やりたいことをするんだ。時間はその為に使え」
エドがリクの頭を抱えて肩の上に乗せた。エドの隣はリクにとって最も安心できる場所だ。でもやはりリクは日本へ戻り、友人達と高校生活を送る道を選びたかった。
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