エドとキース
チャンスがギャンギャン喚いている。喚き散らしているのはセシリアの悪口だ。嫌いとは聞いたがリクもここまでとは思わなかった。
「チャンス、そんなに騒がなくても、俺はお父さんとキースを嫌いになったりしないよ」
そう言った瞬間、チャンスの罵声がピタリと止まった。
「お父さんの奥さんが言っていたことは噂だろう? 百パーセント真に受けたりしない」
リクの母親の話。エドとキースの話。このチャンスの剣幕だとセシリアからの話は、直ぐにエドの耳に入るだろう。でもその前にセシリアが何をリクに話すのか、エドは予想がついていると言っていた。
「俺、何か連日長い話聞いて、頭の中の整理がつかなくて、疲れたわ。ちょっと寝る」
ドアを少し開けると、リクはベッドに横になった。
「一階に下りたければ、キースを呼んで」
早速チャンスはドアの隙間から廊下へ出て行った。キースを呼び付けて、一階へ下ろしてもらって、二人にガンガン話し捲るつもりだろう。
「キース! キース! 早く下ろして!」
「チャンス、今行くからそんなに階段から身を乗り出すな! 危ない!」
キースとチャンスの大声が、開いたドアの隙間から聞こえてきた。
色々なことを考え過ぎて、疲れてリクは目を瞑った。先程のセシリアの話は取り敢えず頭の隅に置いておくことにして。
目を開けると見慣れてきた木の天井が目に入って、リクは上半身を起こした。ドアを見ると閉まっている。チャンスがドアを閉められる訳がない。チャンスを下ろしに来たキースが閉めてくれたと思う。リクは起き上がって部屋のドアを開けた。
一眠りしたら幾分か頭はすっきりしたが、物を考える気力が湧かない。階段に向かいながら一階を見下ろしエドとキースとチャンスの様子を見ると、三人は食卓に居てエドとチャンスでチェスの対戦をしていた。食卓の上に立っているチャンスは駒をどう動かしたいかをキースに命令していて、キースはその通りにしてやっている。
「リク様、このゲーム楽しいです」
チャンスが真っ先にリクが起きて来たのに気付いたようで、二階を見上げて言った。
「よかったな。お父さんもキースも強いんだろう?」
「はい、挑戦し甲斐があります」
チャンスは頭を使うのが楽しそうだった。一ゲーム終わるとエドとキースは交代。今度はキースが相手でエドがチャンスの為に駒を動かしてやる。
「セシリアからの話、チャンスから聞いたよ。今回は盗聴していなかったんでチャンスから直接話の内容を聞いて、まぁ、大変だった」
大変とはどういうことかとリクはチャンスを見たが、チャンスは駒と盤しか見ていない。エドの話を無視していた。
「息継ぎの必要のないチャンスが、マシンガントークで話したからだ」
キースが駒を動かしながら教えてくれた。チャンスはリクが眠る前、急いでドアから出て行ったし、一階に下ろせと階段上で騒いでいた。話したくてうずうずしていた。
「しかし皆、噂話が好きだなぁ」
エドはそう一言だけ言って、それ以上は何も語らなかった。そしてリクもそうあっさり言われてしまうと、何も聞けなくなってしまった。今エドは噂話と言った。セシリアの話は単なる噂話であっても、その噂話が真実か否か最も知りたいそれをエドは語らなかった。
夕食を食べ終わるとチャンスはまたチェスを強請った。相手はキース。駒はエドが動かしてやっていた。チャンスは目の前のゲームに夢中になっている。読書の次はチェス。チャンスのお気に入りがまた増えた。エドもキースも暫くしつこくされるだろうと思いながら、リクは食洗機の中の洗い終わった食器を棚にしまっていく。今日は余り皿の枚数も無かったしチャンスが早く遊びたそうだったので、片付けはリク一人で引き受けていた。
「チャンスの能力は素晴らしい。あっという間に強くなっていく」
エドは感心しながらチャンスの為に駒を動かしてやっていた。
「俺達じゃあ物足りなくなるかもしれないですね」
「一族の中で、一番チェスが強いのは誰だ? ネットで対戦させるか」
しかし当分は、エドかキースが相手をしなければならない。
「そういえば三日前に、ポールからメールで滅茶苦茶怒られた。先週の中頃、ダニーからポールへ連絡が行ったらしいんだよね。リックが熱を出したんで、その病状と治療の報告。このところリックはずっと安定していただろう? 熱を出すなんておかしいと思ったポールは、こちらで何があったのかをダニーに事細かく報告させた。それで、会社で起きたあの銃やら火傷やらの一件がポールに全部ばれちゃった。直ぐにポールから俺に連絡が来た。俺がリックの面倒をきちんと見て、リックがのんびり過ごせると思ったから渡米を許可したのにどういうつもりだって。こちらで起きたことを洗い浚い全部教えろ。リックとキースが日本に戻って来て話を聞いて、もし俺の報告と食い違いがあったら即刻主治医を下りるって脅すから、俺の親が訪ねて来たとか全部報告したんだよ。そうしたらポールが滅茶苦茶怒ってね。何をやっているんだって」
「先生が悪いです」
「お前もそう言うか。今日セシリアが来て、リックと会って話をして帰ったってポールにメールしなきゃならないんだぞ。きっとまた怒られる。当分リックは渡米できなくなる」
「今日会わせなきゃよかったじゃないですか」
「俺の目の届かない所でリックに接触された方が困るからだよ。言いたいことがあれば、セシリアは日本へも行きかねない」
「ならポールに怒られてください」
「リク様のお体の為には日本に居るのがいいでしょう。エド様の周辺は酷すぎます」
「チャンスも俺を責めるのか」
「でも次の渡米の機会は早くても年末年始ですよ。もしかしたら来夏かもしれません」
「エド様が日本に会いにいらっしゃればいいのです」
「冬にそっちに行くかな。でも纏まった休みを取るのが大変そうだ。日本は近くないから。それにもうそろそろ旅行とか連れて行って、セシリアの機嫌も取らなきゃならないし。あーっ、それから、日本へ戻ったら直ぐにまたポールが診察に来るよ。リックが寝てばっかりいるのが気になるらしい。このままだと夏休みが終わって学校へ行くのに支障が出るだろう?」
「最近は毎晩十時間以上お休みになっています」
「体重を増やすようにともポールに言われているんだ。明日また寿司食べに行こう」
リクは黙って三人の会話を聞いていた。リクからすれば凄い会話である。極端に自分勝手な思考と遠慮ない発言をする彼らに、リクは呆れていた。
「食費は足りている?」
「ほぼチャンスが管理している状態なので、大丈夫と思います」
「チャンスが管理?」
「買い物は私が指示しています。栄養管理も私がしています」
「そういうことにも使えるのか、チャンスは」
「そう偏った食事もしていませんし、後は食事の量が春頃のように戻ればいいんですけど。ちょっとチェスに集中します」
エドとキースは会話を中断した。リクは考える。エドは確かに自分の思い通りにする為なら何でもしそうだが、リクの母が邪魔だからキースの頭脳が欲しいから、などという理由で殺しまでするとはリクには思えなかった。逆にエドは問題が起きれば極力殺さずに解決する方法を探す気がした。そしてキースもそれをわかっているのでは。
「眠いからもう寝る。おやすみ」
リクはそこで思考を止めた。エドとキースを信じようと思った。
「リック、さっきから大人しいが大丈夫か?」
「眠いだけ、大丈夫」
体ではなく頭が疲れていた。シャワーは明日の朝に浴びようと、リクは一人で二階への階段を上った。
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