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Chance!  作者: 我堂 由果
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ロバートとリリー

 午後買い出しから戻るとリクはキースと手分けして、食材を一つずつ冷蔵庫や収納にしまっていった。リクとキースの好物の豆腐。これもリクは両手で大事に持って冷蔵庫へ。アメリカでも健康食品として注目されているようだがエドは食べられない。スティーブ同様和食は好きではないと、今日スーパーの日本食材の前で言っていた。でも先日の寿司は結構な量食べていた。二人が食品を全部しまい終わる頃インターホンが鳴った。外で車の止まる音がしていたので誰か来たのだろうとは予想できたし、エドも玄関へ出て行った。リクはキースと乾いた衣類を畳もうと、衣類乾燥機から洗濯物を取り出しに家の奥の洗濯室へ向かった。


 外から賑やかな声が聞こえる。そしてその一団がリビングへと入ってくる音。リクとキースは洗濯物を畳むのを後回しにしてリビングへと戻った。リビングに居たのは白髪に青い瞳の大柄な男性と、同じく白髪に青い瞳の女性。六十代か七十代か、はっきりとはわからない。そして後から一緒に入ってきたのはセシリアとウィル。

 リクはこの男性と女性が誰だか直ぐにわかった。この二人はエドの両親だ。『ロバート様とリリー様』。キースやスティーブがそう呼んでいるのを思い出す。リクは生まれて初めて父方の祖父母と対面した。リクにとっては血の繋がった祖父母なのに震えそうな程怖い。二人から向けられる圧力に、体中に緊張が走る。

 リリーがキースの前にやって来た。キースを抱きしめて何か笑顔で言っている。久し振りに会ったとかそういう挨拶をしているのだろう。キースはリクの横に立っているから、リリーとリクとの距離は五十センチとない。リクの心臓の鼓動が早くなってきた。ロバートは無表情で離れた所からリクを睨んでいる。セシリアはエドと玄関先で何か話していて、ウィルはつまらなそうにその横で壁に寄り掛かっていた。リリーはキースから体を離すと、横に居るリクをじっと見た。何も言わず、何もせず、ただリクをじっと見詰めている。エドとよく似た澄んだ美しい青。でもその瞳は良くない力を感じさせた。あの瞳は危険だとリクの中の何かがそう報せる。心臓の鼓動が尚早くなっていった。青い瞳がリクを絡め取ろうとしているようで、リクを見詰め続ける青い瞳から伸びる何かがリクの全身を支配しようとしているようで。指先が、背中が冷たい。冷たさを感じる所から今度はじわじわと感覚が失われていく。震えそうな右手を何とか動かし、胸元のトーチをしっかりと握り締める。自分の力では何もできないから、ただ只管守って欲しいとトーチに祈るしかない。

 リリーの右手がリクの方へゆっくりと伸びて来た。訳がわからずに突っ立っていると、その手が眼前に迫る。頭の中で警報が鳴る。逃げろと。リクはその手から逃れるように体を捻ると階段を駆け上がった。必死に自分の部屋に飛び込むとドアを後ろ手に閉める。心臓がバクバクしたままだ。そのままズルズルと床にへたり込んだ。何度も深呼吸して何とか立ち上がるとリクはベッドの上に座った。


 この身内の中で自分は歓迎されていない。今の出来事で身に染みた。膝の上でぎゅっと両手を握る。もう日本に帰りたい。そこでいきなり凄い勢いで、リクの部屋のドアが開いた。入って来たのはキースとチャンス。ドアが閉まりチャンスは床に下ろされると、リクの足元まで歩いて来た。

「リク様、大丈夫ですか? 不快な奴らです」

「俺は大丈夫だよ。何か言われた?」

「反撃してやりました」

 キースが溜息を吐いている。リクはチャンスを持ち上げると膝の上に乗せる。

「何を失礼なことをしたんだ? あまり無茶するなよ、心配になる」

 チャンスは物理的な攻撃手段を持たないし、自力で逃げることもできないのだから。

「さっきの暗示は大丈夫だったか?」

「暗示?」

「リリー様の得意とする能力の一つだ。暗示を掛けて、人を思い通りに操る」

  キースの説明に、さっきリリーはそんなことをしようとしていたのかとリクは驚いた。あのままリクが逃げなかったら一体リリーはどうするつもりだったのか、今こうして離れて考えると恐ろしい。

「大丈夫みたいだ。多分守ってくれた」

 そう言ってリクはトーチを握り締める。

「ロバート様とリリー様とウィル様でリクを襲う気ではないようだな。その点は安心できそうだが。一階では今どんな話をしているのだろう」

「大丈夫です。それなら今ばっちり録音しています」

 気を利かせてくれたチャンスが嬉しそうに言った。やはりやらかしていたかとリクはチャンスに何か言ってやりたいのだが、リクも録音を聞いてみたいので何も言えない。二人が入って来てから五分と経たずドアがノックされた。

「リック、キース、入ってもいいか?」

 どうぞと言うとエドが入って来た。

「四人共帰ったよ。それぞれの言いたいことを言ってね」

 エドは溜息を吐いた。チャンスは再生の準備が整ったらしくエドに許可を求めている。

「気が利くな、チャンスは」

 エドがチャンスを褒める。リクは盗聴はいけないとチャンスに教えたくても、それはできなかった。聞きたいという欲求に抗えなかった。リクは耳を傾けた。


 再生はリクが自分の部屋に逃げ込んだところから始まった。ゲラゲラ笑い声が入っている。ウィルがリリーの暗示とリクの逃亡がかなり面白かったらしく、大笑いしているのだとエドは言った。

「『何をやっているんですか!』」

 エドがリリーを非難する声がした。

「『あの子がリチャードでしょう?』」

 リリーは楽しそうに言う。

「『挨拶しただけよ。だって言葉が通じないんだもの。日本人にはハグしちゃいけないっていうし』」

 リリーの言葉に、再び笑うウィル。

「『だからっていきなり暗示を掛けようとするなんて、どういうつもりですか』」

「『あら、手加減したし掛からなかったじゃない。ちゃんと振り切って逃げたわよ。一般人なら金縛りに掛かって動けないし、そのまま私に操られて……』」

「『あのレベルの暗示、俺達の間じゃジョークだろ? 普通笑って終わりだぜ。何マジに怒ってんの?』」

 ウィルはエドをバカにしたように言う。

「『一応次期守護者だな。痣が無い一族は普通あの金縛りは振り解けん』」

 ロバートは当然のように言う。それから複数の人間がどこかへ歩いて行くような音がしたが、それが突然ぶつりと途切れた。チャンスが一旦再生を止めた所為だった。

「あの二人がローテーブルの上の私を見付け、近付いて来たんです」

 リクはここでチャンスが『反撃』に当たる何かをしたのだろうと予想した。チャンスは再生に戻る。

「『ほぅ、これがチャンスか?』」

「『まぁ、かわいらしい』」

 またチャンスはぶつりと再生を止めた。

「この女、私に勝手に触ろうとしたんです! 触られたくありません! 気持が悪い!」

 再生を中断してまでして言いたかったことを言い終えると、チャンスはまた再生を始めた。しかし、いきなり耳を塞ぎたくなるような不快音がした。

「『チャンス! 防犯ブザーの音を止めろ!』」

 リリーが近付いて触れようとしたので、チャンスはいきなり強烈な不快音を出したのだった。キースが止めようと叫んだが、チャンスは止めない。寧ろ音量を大きくした。リクはベッドの上に座った頃だと思うが、考え事をしていたからかこの音を聞いた記憶がない。

「『飼い主以外には懐かないのね。でもこの家のペットはこうじゃなくちゃ』」

 気分の悪くなる音が響く中、リリーが声高らかに笑った。更にチャンスの出す音が大きくなる。

「『チャンスを二階へ連れて行きます』」

 それでキースとチャンスはリクの部屋へ入って来たのだった。キースがチャンスを抱えて二階への階段を駆け上がる音がしたと同時に不快音がピタリと止んだ。そしてドアの閉まる音がした。


「『チャンスは素晴らしいわ。気に入ったわ』」

 嬉しそうに言うリリー。

「『ここにリックが来ていることは知っているでしょう。何の用事ですか!』」

 エドの声はかなり怒っている。

「『あら、息子の家に遊びに来てはいけないかしら?』」

「『お前の不始末を詫びる為に、セシリアの御両親にお会いしたんだ。わざわざサンフランシスコまでやって来たから寄ったのに、何の用はないだろう? お前はとうとうあの子をここまで連れて来たのか。社内もうろつかせて顔を広めているらしいな。このままではフォレスター家はあの子に乗っ取られる』」

「『乗っ取られるって、リックは御二人にとっては孫ですよ』」

「『お前が勝手なことをして産まれて来た子供など、孫だと思ったことはない! 孫はウィルだけだ! 本来の跡継ぎはウィルだ!』」

「『あなた方がいくら騒いでも、トーチからの同意が得られなければ守護者は変えられません。そういう契約の筈です』」

「『忌々しい』」

「『先日社内で怪我人が出たばかりの事は御存知でしょう。一族が大事なら、これ以上怪我人や死人が出るような言動は慎んでください』」

「『私達が炊き付けなくても、どうせ一族の大半はあの子を認めん。一族を真っ二つにする原因を作ったのはお前だ』」

「『一族の方が今後を考え直すべきです。このままなら、いつか我々はトーチを失う』」

「『私はお前の方針を支持するつもりはない。本家に日本人の血を入れるつもりもない。私とリリーはウィルの通う大学の側に家を購入した。私達はウィルを次期当主とみなし、付きっきりで守護者としての教育をしていくつもりだ。お前と話すことはもうない。帰るぞ』」


「『じゃあね、パパ。俺が十六歳になったら、今度こそあいつを殺してやるよ』」

 帰り際ウィルがエドにそう言い残す。

「『止めておけ』」

 返事はない。エドの言葉をウィルは無視している。

「『ウィルに何かあったら、私はあなたを決して許さない』」

 録音中今まで一度も話さなかったセシリアがそう言い放った直後、何人もの足音が遠ざかって行った。

「先生、御二人は……もしかして一族の誰かがリクを殺すのを待っているのですか?」

 キースの質問にエドは頷いた。

「多分、その通りだよ。やっぱりキースは賢いな」

「でも何故、自分達でやらないのですか?」

「二人が直接手を下せない理由はわかっている。だが他の誰かがやればいいなんて話はそんなに単純にいかないことも、二人はわかっている筈なんだが」

 エドは考え込む。これからどうなってしまうのかリクには不安だった。そしてエドはまだ何も、リクに話してくれてはいなかった。

読んでくださってありがとうございました。

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