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Chance!  作者: 我堂 由果
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父の奥さん

 リクは話し声に目を覚ました。声の一人はエド。もう一人の声は聞き覚えがない。成人男性ではあるが二人の会話は英語なので、何を話しているのかはわからなかった。リクは眠る前の状況を思い出してみる。リクが寝たのは社長室の三人掛け用のソファでエドの膝枕の筈だ。もう一人の声は上方からしているということは、話し相手は立っている。うっすらと目を開けてソファの横に立つ人物を確認してみると、栗色の髪にブラウンの瞳をした背の高い細身の白人男性であった。年齢は三十歳位だろうか、スティーブよりもう少し年上に見える。リクの開けた目と男性の目がばっちり合った。リクは固まってしまい男性には何も言えず、話し中悪いと思ったがまずはエドに声を掛けるしかなかった。

「お父さん」

 上を向いて男性と話をしていたエドが会話を中断してリクを見た。

「体はどうだ?」

 日本語の通じなさそうな彼に焦ってしまい最初気に掛けなかったが、言われてみれば確かに先程よりは熱は下がっていた。

「さっきほど熱くない」

「そうか、良かった。彼はダニー=フォレスター。一族の医者だ。シリコンバレーの病院に勤務していて、リックを見てもらおうと電話で呼んだんだ。普通の医者としてはまだ日は浅いけれど、一族の医者としては子供の頃から厳しく親から教育されているから信頼できる。一昨日の騒動の火傷も彼が完璧に治療してくれた」

「良かった」

 あの火傷治ったのだとリクはホッとした。見た目は酷い火傷だった。

「さっきは熱が三十九度七分あった。ダニーが三十七度台まで下げてくれたんだ。状態は二カ月前と同じだ。栄養不良、睡眠不足、トーチのストレス。一日では治せないから、数日間に分けて治療に来てくれる。今、ダニーに俺の住所とメールアドレスを渡すから」

 ダニーはエドの机からメモ帳とペンを取って来てエドに渡した。そこでやっとリクは、リクがエドの膝の上で寝ている所為でエドが立てないのだと気付いた。急いで上体を起こしソファに腰掛けたが、その時点で世界が回った。額に手を当てて呻くと直ぐに頭をエドの膝の上に押し戻される。

「まだ動かない方がいい」

 エドにそう言われた。エドはメモ帳にスラスラと書くと、ベリッとその一枚を破ってダニーに渡す。

「エドワード様、リチャード様、また明日」

 ダニーはどこで覚えたのかたどたどしい日本語でそう一言だけ言うと、メモを持って部屋を出て行った。それと入れ替わるように今度はキースが入って来た。

「失礼します」

 態度が少し焦っている。

「どうしたキース? 何かあった?」

「社長、それが、今、社長に訪問者が」

「え? こんな時間に? 社員はもう殆ど帰っただろう?」

「はい、夜勤の警備員が対応しています。ただ相手が相手ですので、お通しして宜しいですよね」

「誰?」

「セシリア様です」

 最近どこかで聞いた名前だとリクは記憶の中を探した。そして思い出した。スティーブがポロっと言ってしまった名前。エドの妻、ウィルの母。

「リクが居ることを話したのですが、構わないと」

 言い難そうに言うキース。エドは困った顔でリクを見下ろす。

「追い返す訳にもいかないし。ここに来てもらって」

 リクにとっては初めて会う人物。しかも良好な関係を築ける間柄とも思えない。リクはエドの隠し子で、リクとウィルはトーチのことで凄まじく険悪な関係だ。リクはできれば会いたくなかった。エドはリクの緊張を感じ取ったのかリクの肩を摩る。キースがセシリアを呼ぶ為社長室を出て行った。


 数分後ドアがノックされた。ドアが開いて入って来たのは、ウェーブの掛かった胸元まで伸びる金髪に青い瞳を持つ美しい中年女性。リクよりも遥かに背が高いとその自信に満ちた立ち姿でわかる。エドとセシリアとウィル、三人の外見は完璧で誰が見ても理想的な家族だ。

 初対面の相手にこの体勢は失礼だろうとリクは起き上がりソファに座った。今度は先程のように目眩はしなかったが、座った体勢は思ったよりも辛い。エドは立ち上がるとセシリアに近付きハグとキスをした。エドとセシリアは何か話し始めたが、リクは聞きとろうという気も起きなかった。頭がクラクラする。セシリアとの話は終わったのか、エドはリクの元へ戻って来た。

「彼女は誰だかわかる?」

「お父さんの奥さん」

「そうだ。俺に会いに来たんだ。セシリアは一族達のような過激な人間ではないよ。その辺は大丈夫だ。でも一族の秘密は知っている」

 リクはセシリアを見上げた。立つのは無理そうだが挨拶だけはしなくてはと、それしか頭が働かない。

「I’m Rick. Nice to meet you.」

 このところエドの知り合いに紹介される度に言っていた言葉を、何も考えず口から出した。

「I’m Cecilia. Nice to meet you……」

 セシリアは挨拶をしてくれた上に何か言ったようだが、リクにはそこから先まで聞きとろうという気力がもうなかった。大事な話ならエドが通訳してくれるだろうと思った。ソファの背凭れに仰向けに思いっきり体重を預け目を閉じる。


「あ、キース? そっちはキリがいい? もう帰るよ」

 目を開けて机の方を見るとエドが電話でキースを呼んでいる。エドの側に居るセシリアは何故かリクをジロジロと見ている。言葉の通じない彼女にリクはこれ以上何も話し掛けることができないし、それは相手も同じだろうと思う。気まずい空気の中へ、呼ばれたキースが直ぐにやって来た。そしてテキパキと無言でチャンスを包んで鞄にしまった。社長室を出ると自然と日本語で話すリクとキース、英語で話すエドとセシリアに分かれ、そのまま四人で駐車場へ歩いて行った。リクにとって歩くのは思ったよりも辛かった。フラフラと歩くリクが倒れないか心配なのか、キースはリクの腕をしっかり掴んでいる。

「大丈夫か?」

「さっき医者が来て治療してくれたから、熱は大分下がったよ」

「そっちじゃない。セシリア様のことだ」

「え?」

「こんな体調の時に初対面だろう」

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

 家に着くとリクは自分の部屋に直行した。何も考えずに横になりたかった。


 どの位の時間が経過したのか、ドアをノックする音がした。「はい、どうぞ」とだけ返事をしてみると、トレーを持ったキースが入って来た。トレーの上には湯気を上げているスープボウルが二つのっていて、出汁のいい匂いがした。夕飯だとキースは言った。

「夕飯の準備ありがとう。お父さん達は?」

「二人は大人だ。自分達でやると言っていた」

 キースがきつね饂飩を作ってくれた。久し振りの和食が熱のあるリクには凄く嬉しい。饂飩だけではキースは足りないのか、ホットドッグとサラダも作って持って来た。リクはあまり食欲はない。饂飩とリンゴだけで十分だった。熱の所為で喉が乾いているのか、キースが持ってきてくれた冷えたミネラルウォーター二本を一気に飲んでしまった。キースの部屋から椅子を持って来て椅子を二つにし、リクの部屋の机に食べ物を載せて二人で食事を取った。階下には居たくないとキースは言っている。

「どうして?」

「二人の間の空気が面倒臭そうだったからだ」

 キースはリクの知らない、エドとその家族の関係について色々話してくれた。


 この四月までエド、セシリア、ウィルの家族三人は一緒に暮らしてはいないが良好な関係を保っていた。それが崩れたのがリクが次期当主に決まった所為だった。ウィルは周囲の大人達の長年の隠し事に腹を立て、エドやセシリアを非難して家出した。

 五月下旬日本で捕まりニューヨークに連れ戻されたウィルの為に、エドは必ず毎週末カリフォルニアから飛行機でウィルに会いに行っていた。メールや電話も毎日何回もセシリアにしていた。しかし六月下旬、エドが毎週末ニューヨークに現れなくなり、メールや電話が減った。セシリアに対する言い訳は仕事が忙しいだった。そしてウィルの再度の家出。今度は祖父母が付いているからとエドはセシリアに心配しないように言ったが、既にかなりセシリアはエドの対応を怒っていた。

 七月中旬のある日エドは突然セシリアの元を訪れ、この半月のことを謝罪し白状した。このところの忙しいは実は仕事だけではなく、日本のキースと頻繁に連絡を取っているからだと話した。エドのもう一人の息子リクにトーチ絡みの問題が起きていて心配なのだと。そして夏休みの間リクを引き取って面倒を見たいので、ニューヨークへは当分行けないと告げた。


「さっき警備員の所で久し振りにお会いして挨拶した時セシリア様は、エド先生の話を信じていない、セシリア様に隠したいことがあるから嘘を吐いているのだろうと俺に言ってきた」


 日本に行っているスティーブがニューヨークへ戻れば、リクがアメリカに来ていると気付いたセシリアは、今日エドの会社へと休暇を取ってやって来た。そしてセシリアはエドとリクの居る部屋へ。 


「さっき駐車場でセシリア様が言っていたんだが、社長室に入ってリクを見た瞬間、エド先生が嘘を吐いていた訳ではないとわかったらしい。見るからに具合が悪そうで栄養状態も良くなさそうなリクを見て、セシリア様は逆にちゃんと養育費を払っているのか心配していた」

「……俺、ここに来ちゃまずかったかな」

「何で? 先生はリクの父親なんだから、リクがここに遊びに来るのは当たり前だろう」

「だってここに奥さんが来るの、予想できただろう」

「この国では離婚が多いから家族や家庭の事情が複雑なのは珍しくないし、大人の事情は子供には関係ない。遠慮する必要はない」

 キースは食器をトレーに回収し、布巾で机の表面を拭いた。

「話が長くなって済まない。座っているのは辛いだろう。リクは寝た方がいい」

 キースは体温計をリクに渡した。三十七度六分。

「食器を片付けてくる」

「俺は歯を磨いたら寝るよ」

 二人で階下へ行くと、エドとセシリアはデリバリーのメニューを見ていた。

「リクの熱は三十七度六分です。もう寝るそうです」

 そう報告しながらキースは食器を片付けている。リクは歯を磨くとお休みなさいとだけエドに言って、自分の部屋へ引っ込んだ。

読んでくださってありがとうございました。

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