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Chance!  作者: 我堂 由果
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大火傷

 リクは先程の女性を探すのを諦めて、宿題ではない課題を取りだした。それは数ⅡBを自主的に出来るだけ早く始められるように数ⅠAを夏休み中に終わらせようと用意したもので、量も内容も結構ハードだった。でもやるしかない。笹本達は疾っくに数ⅡBに取り掛かっている。夏休み前にまだ習っていない内容を読み進んで問題を解く。後でキースやチャンスに聞きたい疑問点に線を引いたり付箋を貼ったり。数学だけで結構な時間が過ぎていった。


「直ぐ戻る」

 急にキースの硬い声がした。イヤホンを外しパソコンを椅子の上に置いて、キースはフロアの隅まで走って行った。会議室と同じように透明な壁で仕切られた部屋のドアを開けると、中にいる人物に話し掛けている。その部屋で今働いているのはポールの友人だ。キースはポールの友人と話が終わらずなかなか戻って来ない。先程からキースがおかしい。何が起きているのかリクにはわからない。不安になった。落ち着く為、水を飲もうとミネラルウォーターの入ったペットボトルの蓋を開けようとした時、何か硬い物が右肩、丁度肩甲骨の辺りに当たった。何だろうと思いリクは体を捻ると、自分の背中を肩越しに見た。そして息を飲んだ。生まれて初めて間近ではっきり見たそれに声も出ない。背後から突き付けられているのは銃だった。

 斜め後方を見上げると銃を突き付けているのは先程の女性。無表情で蔑むようにリクを見下ろしている。周囲を見回すと社員の数がいつの間にか少ない。リクは先程社員達がゾロゾロこの部屋を出て行ったのを思い出した。会議室へ向かうとキースが言っていた。かなりの社員が会議室に行っていて、何割かしかこの部屋には残って居ないのだ。エドは外出。キースは十五メートル位離れた場所でポールの友人と話していて、丁度リクに背を向けている。

 今リクの周りには誰も居ない。言葉が通じない為か、彼女は顔を出口の方へ向けて顎をしゃくって部屋から出ろとリクに示した。指示された通り外へ出るしかない。ゆっくり立ち上がると廊下へ向かった。廊下に出ると彼女は今度はリクの隣に並んだ。ジャケットの内側に手を突っ込んで銃を隠し、銃口をリクの脇腹にぴったり当てている。リクは心臓がドキドキして息苦しい。嫌な汗も出てきた。途中廊下で数人の社員と擦れ違ったが、誰も二人を不審がらない。助けて欲しいのに銃が怖くて声にできない。


 彼女はドアの一つを開けると、リクをその中へ突き飛ばした。リクは前のめりになって、床の上にうつ伏せに倒れた。ドアが閉まり、女性が部屋の奥に入って行く。その部屋の中は倉庫のようになっていた。棚が沢山置かれていて、棚には物を入れる箱が整然と並べられている。棚の間から一人の男性が出てきた。金髪に青い瞳の背の高い男性。この外見は二人共怪しいとリクにもわかる。多分一族だ。彼女はリクに銃を向けたまま、その男性と何かを話していた。話が終わると男性の方がリクの前に来て屈み、立ち上がろうとしたリクのTシャツの胸倉を左手で掴んで体を起こした。そして右手は握り拳。

 殴られる。リクは以前ウィルが部屋の中で起こした突風を思い出した。あの勢いで殴られたら、死ぬ。逃げようと暴れたがびくともしない。相手の体格の方がリクより遥かにいい。

 しかしその時だった。リクの胸倉をつかむ男性の左手が突然燃え上がった。驚いた顔をした男性はリクから手を離し、左手首を右手で押さえて蹲る。左手首から先は火傷で真っ赤だ。女性が悲鳴を上げて男性の左腕に触れて火傷の具合を確認している。次の瞬間、女性の服が一瞬にして燃え上がった。髪の毛も肩から下が燃える。驚いた女性は銃を放り出し、燃える服をはたきながら再度悲鳴を上げた。火傷はしていないようだが、目の前にはショーツのみの下着姿で、体中煤だらけの無惨な髪型の女性。そして女性の腹部には茶色の、一族を示す痣。やはり彼らはフォレスター家の人間かとリクは納得した。女性は体を隠すように蹲る。男性は火傷の痛みで動けないようだし、女性は下着で廊下には出られないだろう。今しかないとリクは必死にドアを開けて廊下に転がり出た。運良く十メートルくらい離れた所にキースの姿。

「キース! 助けてくれ!」

「リク!」

 キースが焦った声でリクに近寄る。キースはリクが飛び出してきたドアから部屋の中を見て明らかに嫌そうな顔をすると、中に居る二人に歩み寄った。そして服が燃えた時に女性が床に落とした銃を、部屋の外に蹴り出す。


「怪我は?」

 キースはリクの側へ戻って来た。

「俺はしてない。でも部屋の中の男の人が」

「ああ、わかっている」

 丁度終わったのか会議室から沢山の人がゾロゾロ出て来て、別の部屋からもこの騒ぎに気付いたのか人が廊下に出て来た。誰かが呼んだのだろう警備員も人を掻き分けてやって来た。

「とにかく、助かった。もうダメかと思った」

 警備員が何か大声で言い、近付かないように廊下に出ている人達を追い払う仕草をしている。キースが携帯で電話を掛ける。リクは電話の相手はこの状況からエドだろうと推察した。キースが携帯を警備員に渡す。今度は警備員が携帯で話している。リクは廊下にへたり込んだまま動けない。あの火傷の人は病院に行った方がいいのではと部屋の中に目をやると、二人は憎々しげに廊下のリクを見詰めていた。

 警備員から携帯を返してもらうと、キースは再び携帯を耳に当て話し始めた。そして今度は廊下に出て来たポールの友人に携帯を渡す。ポールの友人は暫くキースの携帯で話していたが、やがて廊下の社員達に何か説明をし始めた。ポールの友人の話が終わると、皆納得がいかなそうな顔をしていたが、ゾロゾロと各自の仕事部屋へ戻って行った。携帯を返してもらったキースも、リクの元へ戻りながら電話を切って携帯をポケットにしまう。

 初老の男性が数名の部下らしき者達を連れて廊下をやって来た。キースの話では副社長とその部下達だという。彼らは部屋の中の二人を人目に付かないようにこっそりと連れ出し、どこかへ連れて行ってしまった。落ちていた銃も回収していった。警備員も引き上げ、倉庫のドアの前にはリクとキース二人になった。

「立てるか?」

 リクはさっきからずっと廊下に座り込んだままだ。

「うん」

 ガクガクと膝の揺れる両足に力を入れて、何とか立ち上がる。

「もうすぐ社長が戻ってくる。それまで俺が付いているように言われたから」


 今日使わせてもらっていたキースの仕事用の机に戻ったが、勉強の続きをやる気が起きない。ゲームもやりたくない。スマホも見たくない。リクはただボーっと座っていた。リクの横にはキースが座っている。リクがぼんやりしている為か、机の上に広げていた勉強道具をキースが片付けてくれた。

「ありがとう」

 数十分ぶりにリクの発した言葉がそれだった。


 ぼんやりとしていたリクにはわからないが、どの位時間が経ったのだろう。二人で社長室へ来るようにキースに連絡が入った。リクはバックパックを背負うとキースの後に続いて廊下を歩く。次期守護者になってから、殺されそうになったのはこれで二度目。気持ちも足取りも重かった。ノックをして社長室に入ると先程の副社長もいた。どことなくエドに雰囲気が似ている。金髪ではなく白髪だが、青い瞳、長身。今までの経験から、多分一族の一人だろう。

「リック、大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

 エドの問いかけに一応大丈夫と答える。気持ち的には大丈夫とは言い難いが、今の気持ちを説明する方が面倒臭かった。

「キース、今日あったことを説明してくれないか? まだキースからの報告を聞いてないから。日本語でいい。副社長には英語にして俺が伝える」

「わかりました」

 キースはまず今日の昼、リクが女性に話し掛けられたところから話した。

「嫌な感じがしたので、昼休みに地下室のチャンスと相談して、その女性について調べ始めました。リクの言った外見の説明から、まず何人かの女性社員に絞れましたがその中で一人、リリー様とかなり親しい一族の女性がいることに気付きました。フォレスター家の血が八分の一、トーチの使い方も上手くフォレスター家特有の外見もリリー様に気に入られています。大学の成績も申し分なく実力で入社していました。彼女の可能性が高いのと一族が何かしてくる事態を考えて、本社内に居る一族全員を調べました。すると一族の男性の一人が彼女とよくメールを交わしているのを見付けました。リクが来てからのここ三日程メールの本数も急に増えていて、総内容をチェックしましたが全部仕事についてでした。しかし仕事にしては妙に内容が薄っぺらいメールが多いので、多分暗号が入っていると考えてチャンスと協力して解読しました。解読の結果、リクに危害を加えようという計画らしき話し合いが読み取れました。ポールの友人が彼女達の上司だったので、彼女達の今日の居場所を聞きに行きましたが、その隙に逆にリクを連れ出されてしまいました。社内の人気のなさそうな部屋を探し回っていたところ、助けを求めて倉庫から飛び出してきた彼に出くわしました」

「そうか、リックからも話を聞かせてくれ」

 リクは今日の午後起きたことを全部話した。副社長も英語に訳されたそれをエドの口から聞いている。キース同様一通り話し終えると、副社長が二人について話してくれた。今度エドはそれを日本語にする。副社長の話はこうだった。


 二人は元からロバートやリリーを尊敬していた。そして女性の方はフォレスター家の将来を憂うリリーからのメールや電話を何度か受けていて、それに同調していた。二日前にリクが会社に現れた時、一族を悩ませている元凶の人物だと彼女は直感した。何とかしたいと仲の良い同じ一族の男性社員に相談し計画をたてた。最初昼休みに誘い出そうとしたら、英語が通じず連れ出せなかった。そこで午後になってから銃を用意して脅して連れ出した。そして逆に酷い目にあった。

 彼女の話ではこれらの計画にリリーは関わっていないという。自分の意志だと。男性の火傷は先程から一族の医者が治療しているので心配ないらしい。実は男性は副社長の息子だった。女性と同様に優秀な経歴で、こんなことに加担するとは副社長は思わなかったそうだ。

「社内の一族には何が起きたのか説明することにした。全員共通の秘密を抱えているから口は堅い。ただその他の社員には納得してもらえるだけの適当な説明をしなくてはならない」


 エドは二人が持ち込んだ銃を倉庫でこっそり見ていて、暴発したとだけ社員に伝えることにした。リクはたまたまドアの前を通りかかっただけで関係ない。騒ぎを起こした二人は退職させて、別の都市にあるフォレスターグループの会社で働けるよう頼むことにした。副社長は酷く責任を感じていて息子の代わりに自分を処罰して欲しいとエドに申し出ていた。これだけの事件の処罰とは死とキースに聞かされて、リクはエドにそれは止めて欲しいとお願いした。エドも今回はそこまでする気はない。それならば辞職をと副社長は言っているが、エドはそれも引き止めている。二人の上司であるポールの友人は、今回の一件を見抜けなかったミスで降格と減俸を申し出ている。しかしこちらもエドは保留している。今回の一件、どんなに否定されてもロバートとリリーの関与が疑わしいからだ。


 エドが帰宅できるにはもう少し時間が掛かると言われ、リクとキースは社長室を退室した。

「目を離してしまって悪かった。まさか銃を持ち込むとは思わなかったから」

 廊下を歩きながらキースが言った。キースは悔しそうだ。でもキースはリクの為に精一杯やってくれている。今日もエドが不在の中自分の仕事を中断して、たった一人で調べてくれていたと思うと、自分と大差ない年齢のキースの働きにリクは深く感謝していた。

「気にしないで。キースは凄いよ。ありがとう」

 キースが目を見開いて、意外だという顔でリクを見た。リクは自分が変なこと言ったかなと気になった。


 二人はまたキースの机に戻って来た。そしてキースもリクの隣にただ座っている。

「仕事しなくていいのか?」

「今日はもう仕事どころじゃないだろう。社長からもリクに付いているように言われた」

 リクは何もする気が起きない。無意識に胸の巾着をギュッと握り締めた。やっと落ち着いてきたリクは、トーチがあの状況から自分を助けてくれたのを思い出した。燃え上がった男性の手と女性の服。男性の手はリクの胸倉を巾着ごと掴んだ所為だろう。よくはわからないが女性に点いた火は、触れた男性から移ったと考えられる。ありがとう助かったと心の中でトーチに礼を言う。リクはトーチに伝わって欲しいと願った。

読んでくださってありがとうございました。

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