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Chance!  作者: 我堂 由果
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トーチの怒り

 スティーブは頭を抱える。スティーブはリクの質問に親切に答えてくれるだけあって、どうもまだエドが教えていない余計なことまで口にしてしまう。キースのように普段から殆ど口を利かないのが、余計なことを話さなくて済む一番の方法なのかもしれない。

「セシリア様は社長の奥様、ウィル様のお母様です」

「え? お父さん、仕事はカリフォルニアだよね。奥さんはニューヨークなの? 一緒に暮らしてないの?」

「セシリア様は東海岸がお好きでエド様の所へは滅多に行きません。逆に出来るだけ週末にはエド様が飛行機でニューヨークへ行って、セシリア様やウィル様にお会いになっています。セシリア様は優秀な方ですし資産家のお嬢様ですから、ニューヨークで投資やチャリティー等の事業をしていらっしゃいます。私だけではなく五月にウィル様を捕まえに一緒に来た二人と後もう二人、計五人が社長の命令でセシリア様のところで働いています。ただ働いていると言ってもセシリア様のサポート業務だけではなく、実際はセシリア様とウィル様の周辺の警備も言いつかっています」

「日本に来ちゃって大丈夫なの?」

「まだ後四人いますし、日本語が話せてウィル様を止められるのは俺位しかいないので、リチャード様の護衛が回って来たんです。先日キースと直接話してキースも納得していました」


 スティーブと話し終えたリクは夕食の支度を始めるが、チャンスが居ないと食材の使い回しがイマイチ上手くいかない。何とか賞味期限のあるものは渡米前に使い切ってしまいたい。隣のコンロを見るとスティーブはフライパンで分厚い肉を焼いている。一キロ近いステーキをぺろりと食べるスティーブを見ながら、リクは一般的な日本人の食事を食べる。元気な時でも夕食に一キロも肉を食べられない。リクの背が低いのは食生活の違いかなと残念に思った。


 寝不足で疲れていたので食後直ぐにシャワーを浴びて布団に入った。首から下げている小さなトーチの入った袋をギュッと握り締める。遥か海の向こうを知りたくて思いを巡らせた。チャンスはスペアボディに入れてもらえたのだろうか。チャンスとキースは今どこに居るのだろう。今頃チャンスは仕事を制限されているのかな。こうして握っているとその向こうにチャンスが居るような気がした。リクが床に着く前にスティーブが夜中もリビングで仕事をすると言っていた。スティーブだって昨晩リクに付き合って眠い筈だが、元気に仕事を始めるそのタフさが今のリクには羨ましい。

 耳を澄ますとキーボードを叩く音やマウスの音が微かに聞こえる。その音を聞きながらリクは眠りについた。


 何事もなく四日が過ぎた。友人達のお蔭で宿題もどんどん片付いていった。今日は全員部活や用事があるそうで誰もリクの所には現れない。部屋の中はリクとスティーブの二人である。リクは宿題を数時間やっては仮眠を取ったり、ゲームやスマホで遊んだりしていた。スティーブはパソコンにへばり付いている。今日はリクの所為でスティーブはパソコンから離れられない。またリクが夜中に目を覚ましたからだが、リクが寝不足の日のエドはメールの本数が増えるのだとスティーブは嘆いていた。リクが眠れないと、父、キース、チャンス、スティーブ、これだけの人数に迷惑を掛けてしまう。ゲームの手を止めると溜息を吐いて自分の胸元に視線を落とす。何とかならないものなのか。Tシャツの上から右手でトーチの入った袋をギュッと握った。その行動をスティーブが見ていたようだ。

「あの、リチャード様」

 声を掛けられてリクは袋を握ったままスティーブを見た。

「何?」

「ここ何日か不思議に思っていたのですが、よく握り締めている首から下げている物は何ですか?」

「え?」

 確かに今自分の右手を意識してみると握っている。多分無意識に握っているのだと思う。

「そんなに握っている?」

「はい。特に夜中に。夜中の様子を偶に見に行くように社長から頼まれているので、失礼ですが夜中に何度かお部屋を覗かせていただいています。その時よくそれを握り締めて寝ていらっしゃいます」

 全く知らなかった。スティーブの行動はリクの父の過保護に巻き込まれているだけだから怒る気はないが、夜中にそんな行動をしていたとはリクは気付いていなかった。

「これはトーチだよ」

「え? ええ?」

 スティーブの疑問に答えてあげたのにスティーブはやけに驚いている。

「何?」

「そうでした。あなたは次期守護者でした」

 スティーブは何をしに日本へ来ているのかと聞きたくなるような、リクの立場をすっかり忘れている言葉を放った。リクとてこれを持ちたくて持っている訳ではない。リクは昼食を作ろうと立ち上がった。そんなに食べたくもないが食べないと体に良くないので、スティーブも食べられるサンドイッチを作る。スティーブも一旦パソコンを止め手伝いに来た。スティーブは豪快かつ大雑把にパンに野菜やハムを挟んでいく。冷蔵庫内を見てリクは今晩のスティーブのおかずのステーキ肉がないのを思い出し、夕方渡米前の最後の買い物にスーパーへ行くことにした。


 夕方スティーブと買い物を終え帰宅すると、リクは眠かった。肉を冷蔵庫にしまうと椅子に腰を下ろして既に居眠り状態。とても夕食など作れそうもない。どうにも眠くてリクはテーブルに突っ伏すとそのまま寝てしまった。スティーブが何か言っているが眠くて聞く気が起きない。ポールを呼ばれたりしたら困ると思いながら、でももう口も動かせなかった。


「うわ!」

 スティーブの驚く声がした後、バチッという音がした。眠っていたリクは飛び起きる。

「え? な、何?」

 辺りを見回すと自分の部屋でリクは布団に寝かされていた。布団の横には顔を歪めたスティーブ。スティーブは右手を押さえていた。

「どうした? 何があった?」

 リクはもう一度部屋の中を見回したが変わったところは何もなかった。取り敢えず布団から出て照明のスイッチを入れた。部屋がパッと明るくなる。

「起こしてしまってすみません。何があったのか今、説明します」

「ちょっと見せて」

 スティーブの押さえている右手を確認すると、親指の爪の周辺と、人差指中指の第一関節から上が熱い物を触ってしまった時のように赤くなっていた。

「火傷?」

「はい、トーチにやられました」

「トーチ?」

「リチャード様が寝てからのことを話します」


 椅子で寝てしまったリクをスティーブは取り敢えず布団へ運んで寝かせた。ポールを呼ぼうかと思案したがリクに熱が無かったので、そのまま様子を見ていた。十分置きに様子を見に部屋に来たが、二時間後に見た時寝返りを何度か打ったのか首から掛けた袋が背中へ回っているのに気付いた。背中の下に袋があっては寝難いのではとリクの背中を少し浮かせて袋を右手で摘まんだ瞬間、あの感電したみたいな派手な音がしてスティーブの手は火傷させられた。

「俺はトーチに触るなということみたいですね。リチャード様は感じていませんか? 今トーチは俺に向かって臨戦態勢であるというシグナルを堂々と送り付けてきています」

 リクには全く感じられなかった。胸元のトーチの入った袋を見るがいつもと違うところは無い。

「この小さいトーチは俺達一族を信用していないようです。トーチ側に言わせれば無理もない話なのでしょうが、ここまで一族を拒絶するとは拗れてしまいましたね」

「ごめん、スティーブ。それよりポールさんを呼ぼう。火傷の治療を」

「大丈夫ですよ。二、三日すれば赤みも引くでしょう」

 スティーブはリクに危害を加えようと思った訳ではない。親切心でやってくれたのにトーチは触るのさえ許さない。リクはスティーブに申し訳ないとやはりポールを呼びたかった。もう一度ポールを呼ぼうとスティーブに提案しようと思ったが――。

「一族は皆この程度の怪我は戦闘訓練でします。この程度では医者は呼びません」

「せ、戦闘訓練?」

 ウィルが来た日を思い出す。あの時の全員の動き、力。

「一族達はこの痣の向こうにエド様のトーチを感じているんです。そして痣を通してトーチの力を体の中に集める。一族の子供は小さな頃からその痣を通した力での戦闘訓練をさせられるんです。女の子でもです。もちろん痣のない者は訓練などされませんが。一族の中での上下関係を決めるのに血の濃さだけではなく痣の使い方の上手さも絡んでくるので、皆必死で訓練します」

 痣のないリクには関係のない話だが、少しでも上手く痣を使おうと皆訓練しているとは知らなかった。

「ただ生まれ付き物凄く上手な者もいます。才能です。これには敵いません」

 スティーブは指を冷やしに洗面所へ行った。リクはキッチンへ行ってみると御飯とスープだけ用意されていた。スティーブは日本食が殆ど作れない。リクは寝てしまう前に全く夕飯の支度をしていなかったから、リクが寝ている間にこの二つだけはスティーブが用意しておいてくれたのだろう。リクのおかずは冷蔵庫内を空にする方向で作っているので、今庫内にある物を食べ切ってしまいたいしそれで十分である。リクはスティーブの肉を取り出すと焼き始めた。後片付けも自分一人でやろうと思う。当分はヒリヒリするであろうスティーブの指を思い出すと気の毒だった。


 食事を終えてリクが食器や調理器具を洗っているのをスティーブはじっと見ていた。スティーブも手伝うと言ったが指が痛そうだから全部リク一人でやると言って、スティーブには触らせなかった。

「リチャード様こそお疲れでは」

「寝たから大丈夫」

 リクはかなり頑固な態度でスティーブが手伝おうとするのを止め続けた。スティーブは仕方なさそうにノロノロとパソコンを取り出した。エドに先程の出来事をメールで伝えるという。右手の指を庇いながらキーボードを打つ姿をリクは皿を洗いながら横目で見て、少し胸が痛んだ。

「社長からメールが返って来ましたよ。多分トーチは今攻撃的になっているから極力触らない方がいい、もっと酷い怪我をする可能性もあったのでこの程度で済んで良かったと書いてあります」

 リクが洗い終わった皿を布巾で拭いて食器棚にしまい終わった頃、スティーブがエドからのメールの返信内容を教えてくれた。           


 アメリカに行く当日、スティーブはリクを空港まで送り届けてくれた。スティーブはまだ日本で仕事が残っているので、このまま東京に残るつもりだと言った。

「六日間ありがとう」

「何事もなくて良かったですよ」

「向こうではスティーブに会える?」

「私は直接ニューヨークへ戻るので、シリコンバレーで仕事があって呼ばれるか、ニューヨークにエド様と一緒にいらっしゃるかしないと会えないと思います」

「じゃあ、当分スティーブには会えないのか」

「残念ですが」

「でもまた会おう。元気で」

「リチャード様も」 

 お互い手を振って別れた。リクは出国審査へ向かう。完全にスティーブの姿が見えなくなる前に、リクはもう一度振り返りスティーブに手を振った。

読んでくださってありがとうございました。

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