生まれつきの痣
「ぶっ」
丁度お茶を飲もうとしていたスティーブは吹き出しそうになっていた。何とか堪えたといったところか、目を見開いてリクを見ている。
「だって今まで数回しか会ったことないんだよ。誰かに聞くしかないじゃないか」
スティーブは呆然としていたが、やがて下を向いてブツブツ独り言を言い始めた。『エド様はそんなに日本へ行っていないのか』とか、『二人は親子だろう』とか、『でも公表出来ない間柄だったし』とか。暫く黙って独り言が終わるのを待っていると、スティーブはやっとリクの方を見た。
「一族全員が尊敬し、信頼し、慕っている人物ですよ。来週会えるのですし三週間一緒に過ごすのですから、自分の目で確かめてみたらどうです?」
来週父に会う。でも未だにリクには父に会うという実感が湧かない。
「一族って言ってるけど、何人位いるの?」
「全員の顔を知っている訳ではありませんし、正確な数を私は知りません。ロバート様やエド様なら御存知ではないかと思います」
「スティーブも一族の一人だよね?」
「はい、名字もフォレスターですし。男系の子孫は殆ど名字にフォレスターを名乗っています。女性は結婚で名字が変わる者が多いのですが、名前の一部にフォレスターが残っている者もいます。女系の子孫は実は極端に少ないです」
「女系の子孫が少ない?」
「不思議ですが、そうなんです。十九世紀中頃までは自然に近い割合で生まれたらしいですが、急に女の子が殆ど生まれて来なくなったのです。一族の者達と親しくなっていけばわかってくると思います。例えば身近なところでは、ロバート様の子供はエド様一人です。エド様にもリチャード様とウィル様の息子二人だけ。私の両親も子供は私と弟達の三人です」
「ほんとに男ばっかりだ」
「なのでファミリーネームがフォレスターの者が多くなるのです」
リクはキースの名字を思い出した。フォレスターではなかった。リードと名乗っていたキースは女系の子孫だろうとリクは考えた。
「じゃあ、スティーブもトーチを感じているの?」
「フォレスター家の血族は、余程の例外を除いてはほぼ全員感じていますよ」
「余程の例外って?」
「血縁として遠くなってくると、一族の血が薄すぎて感じられなくなるケースが多いです。ただこれも個人差があって、どれ位近い血縁ならいいのかはっきりしていません」
どうやらリクはその余程の例外だ。
「生まれた時から感じているって聞いたけど、そうなの?」
スティーブは質問が理解できないと言いたげな顔をしている。それから何かに気付いたように急に驚いた顔に変わった。
「ま、まさかっ、リチャード様はトーチを感じてないのですか!」
「そうだけど」
夜中に声が大きいよとスティーブに言ってやりたいと思いながら、リクは自分に能力が無いという意味の返事をした。
またスティーブの鬱陶しい独り言が始まった。『そんなばかな』とか、『そんな筈はない』とか、『エド様の遺伝子が入っているなら』とか。仕方ないのでおさまるまで待っていた。
「リチャード様、あなたはフォレスター家の血が二分の一入っています」
「それって? 何?」
「フォレスター一族は十九世紀より前は外部の血が混じるのを嫌い、一族同士での結婚しか許されませんでした。でもそれは生物学的に限界がある。仕方なく一族以外との結婚を認め出したのが、十九世紀半ば頃。そこで十九世紀より前の、まだ一族が閉鎖的だった頃の血が何割入っているかで、一族内での格が決まるようになりました。トーチを利用する力もほぼその血の割合に比例しています。ただ」
「例外もある?」
「はい。血が濃いのにあまり力を発揮できない者、逆に殆ど血縁ではないのに驚異的な能力を発揮する者、何故なのかはわかっていません。エド様は血が百パーセント残っている貴重な方です。なので一般女性との間の息子のリチャード様は五十パーセント、本来これでトーチを感じられない筈はないのです。現に私は八分の一ですが感じています。多分生まれた時からトーチを感じているのだとは思うのですが、やはり記憶にあるのは物心ついた三歳頃からです。それ以前は小さ過ぎてまだ記憶がないですから」
「うーん」
チャンスもスティーブも参考になりそうもない。どうしてそんなに自然と感じられるのか。
「あの、そういえば、一つ大事なことを確認していないのですが。いやでもまさかそんな失礼な、基本的なこと」
「一人でブツブツ言ってないで、何? 確認していないって」
「え、その、エド様から話されていないようなので、私が話してしまっていいのか」
余計なことを言うとエドに怒られるのかスティーブの表情は困っている。
「ここまで言ってしまったらもう言うしかないですね。エド様に怒られるかな。あの、その、痣は体のどこにありますか?」
「痣?」
「生まれつきの痣です。あり……ますよね」
物凄く遠慮がちにスティーブは尋ねる。
「どんな痣?」
リクのこの一言で、スティーブは嫌な予感がしたのか全身が固まった。
「これです」
スティーブはそう言ってゆっくり右腕を上げた。二の腕の内側、脇に近い日頃は見えにくい場所に珍しい形の痣があった。
大きさは三センチ、色は薄い茶色。どんな形かというと真ん中に丸い部分があって、そこからでた二本の腕が綺麗に巻かる渦巻状。リクは何かに似ていると思った。直ぐに気付いた。本で見た渦巻銀河の写真だ。真ん中の丸い部分だけ若干色が濃くて、周囲に延びる腕は外側に行くに従って薄い色に暈けて行く。
「色はこういう茶色以外に、黒、青、赤、白を見た事があります。大きさは五ミリ以下の小さな物から五センチ位まで人それぞれです。形だけはほぼ皆同じです。普段は服で隠れる場所にある者が多いので他人には気付かれませんし、水着になる時等は意識的に薄くすることも可能です。親は子供が生まれるとこの痣を探します。これが無いとどんなに血が濃くてもトーチを感じたり力を使ったりはできません」
リクはやっと納得した。リクには痣なんて無い。じゃあ到底トーチを感じるなんてできない。下を向いてリクは黙ってしまった。
「リチャード様?」
「ああ、ごめん。俺には痣はない」
嘘吐いたって仕様がない。正直に告げた。
「は? じゃあ、その。リチャード様はフォレスター家の血が半分入っているのに痣が無い……痣が無いのでトーチを感じることも利用することもできない……それなのにトーチはあなたに守護者となって欲しがっている……そしてチャンスは痣の無いあなたを通してトーチの力を与えられ発揮している……ということになりますが」
スティーブは話を一つずつ纏めていく。
「そうなるけど」
スティーブは難しい顔をして考え込んでいる。スティーブの反応からこれは前代未聞の異常な事態になっているのだとリクにもわかった。でも今晩スティーブから話が聞けてよかった。痣の話は初耳だ。
「ありがとうスティーブ。眠れるかわからないけど、布団に入ってみる。」
コップをシンクに置くとリクは部屋に向かった。スティーブもリクの為に起きてくれていただけかもしれないので、部屋に戻らせてあげたかった。窓から見える空はもう大分、明るかった。
結局リクは眠れず七時にキッチンへ入って朝食を作っていた。
今日は田端と笹本が宿題を手伝いに来てくれると連絡がきていた。海の日の連休中からずっと、その日部活のない友人がリクの宿題の手伝いに来てくれていた。アメリカへ宿題と勉強道具も持って行くつもりだが、少しでも宿題を減らしておけと皆が協力してくれた。笹本は数学や理科が得意だし他の三人は言うまでもない成績なので、とても有り難い申し出だった。
「おはようございます。早いですね、眠れませんでしたか?」
スティーブが起きてきた。寝足りないのか大欠伸をして目を擦っている。
「おはよう、朝はどれくらい食べる?」
「適当でいいですよ。朝はコーヒーさえあれば何とかなります」
スティーブはそう言って自分でコーヒーを用意し始めた。リクにも飲むか聞いてきたが、断る。
「それより大丈夫ですか? 顔色が悪いですが」
「いつものことだから」
「ポールを呼んだ方が」
「発熱した時だけでいいよ」
午前十時頃に田端と笹本がやって来た。この二人もスティーブに対する反応が異常に鈍い。そこまでボディガードがこの学校では珍しくないとはリクには思えないのだが。リクはボディガードが付きそうな金持ちがクラスメートにいるか一人一人その人物を思い浮かべてみたが、親の経済事情まではわからない。唯一水野ならボディガードを連れた姿が似合いそうではあった。
リク達が宿題をやっている間スティーブはまたパソコンで、せっせと何かやっている。昼食の時間になったのでリクとスティーブでサンドイッチを作って四人で食べた。食の細いリクをスティーブは心配していたが、夢を見た翌日は夕方近くまであまり食欲はない。リクはもう慣れた。スティーブや田端や笹本は宿題を中止して横になった方がと勧めたが、夕食は沢山食べるからと答えて宿題を続けた。
この日も何とか夕方まで宿題を終えて二人を見送ると、再びパソコンの相手をしているスティーブに尋ねてみようと思った。
「スティーブのパソコンは仕事? スティーブのアメリカでの仕事って何?」
「ここで毎日やっているのは仕事と言えば仕事なのですが、一日何本も社長からリチャード様の様子を尋ねるメールがくるんです。返信が遅れると怒るので小まめにチェックしているんです」
そういえばキースも言っていた。一日に何本もメールが来ると。
「社長もキースも今、仕事でアメリカ東部に居ると思うんです。日本とアメリカ東部は昼夜が逆なのに、社長は日本が夜中以外の時間を狙って頻繁にメールを寄越します。社長も暇ではないですから、余程リチャード様が心配なのでしょう。それ以外にもキースからも連絡がきます、チャンスがらみの内容で」
メールが終わったのかスティーブはメール画面を閉じた。そして別の画面を開ける。
「私の日頃の仕事はセシリア様のサポートです」
「セシリア様? それ誰?」
スティーブの顔がしまったという表情になった。
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