ニューヨークから来た護衛
今日は夏休み初日。キースとチャンスが帰国する日だ。キースは仕事の為、一旦サンフランシスコへ向かうと言っていた。そして今日の朝、護衛として日本に来たと連絡をしてきたのはリクもキースも知っている人物。
「スティーブ」
ドアを開けて入って来たスティーブは前回のスーツ姿とは違い、カジュアルな服装だった。普通にTシャツとジーンズ。
関東地方は先週梅雨明けして猛暑の日々が続いている。今日は最高気温が三十度を楽に越える予報が出ていた。朝九時の時点で既に外は二十九度。室内はエアコンを効かせているのだがスティーブにはまだ暑いらしい。もっとエアコンを強くしてくれと泣き付かれた。キースがリクの体に良くないからダメだとスティーブに言っていたが、リクは大丈夫だからと言ってエアコンの設定温度を下げ風量を上げた。
キースとスティーブは食卓の椅子に座って申し送りをしている。二人の会話は英語だからリクには話の内容はさっぱり解らない。リクはリビングの隅の床の上に座って壁に背を預け、英単語の本を広げて暗記をして時間を潰した。やがて話は終わったらしくキースは荷物を持つと玄関に向かって行った。
キースの部屋にはチャンスのボディが置かれている。チャンスの頭脳部分だけを取り出しそれを持って行くそうだ。ボディはスペアがいくらでも向こうで調達できるからとキースは言っていた。チャンスは二日前に解体されその後リクはチャンスとは話していない。その時、チャンスの中に収納されていたトーチはリクが持つように言われた。
『え? 俺?』
とキースに言ったら、
『当たり前だろう。本来は君がこれの所有者だ』
と渡された。
仕方なく受け取った。久し振りに見る小さなケースの中で、小さな火はしっかりと燃えていた。でもこれはどうしたらいいのかあまりにも小さくて失くしそうだ。キースがどこから調達してきたのかプレーンレザーの、紐の通った幅・高さ共五センチ位の小さな巾着を投げて寄越した。受け取り損ねないように慌ててそれを両手でキャッチする。
『それに入れて首から下げておけ。巾着はシャツの下に入れて人から見られないようにしておけよ』
そう言われて首から下げて二日経つ。
キースが行ってしまうと部屋の中にはリクとスティーブと二人きり。スティーブは何か言いたげにリクをじろじろと見ている。そうじろじろ見られると居心地悪い。
「悪いことをしたと、気になっていました」
いきなり謝られた。
「へ? 何を?」
リクを通学路で傷付けたことをエドに報告してエドを不機嫌にさせた話や、リクに謝ろうとキースに連絡を取ろうとしたらキースの連絡先が社内のトップシークレットになっていて教えてもらえなかった話や、監視に失敗して今回またウィルに逃げられてしまった話や、アメリカでの色々な話を聞かされた。つまりスティーブはリクにずっと謝りたかった。
二カ月前の出来事なんてもう気にしていないし、ウィルが逃げた話もスティーブの所為だとは思っていない。スティーブにはそう言ったのだが。
「リチャード様、二カ月前と比べてかなり痩せましたね。ストレスと聞きました。定期的にポールの診察を受けていると社長がおっしゃっていました」
そう言ってやはりリクをじろじろ見ている。
「そんなに痩せてないと思うけど。お父さんの話が大袈裟なだけだよ。それから名前の後に様って付けるの、気持ち悪いから止めろ」
実際、制服のズボンのウェストがかなり緩い。でもリクはそれをスティーブに言うつもりもないし、スティーブに責任を感じてもらう必要もない。風邪も治ったし、じきに元の体型に戻るだろうと前向きに考えていた。
「日本語で敬称・敬語なしはできない。立場上、それだけは勘弁してもらいたい」
スティーブは譲らない。もう直ぐ川原と雨宮が来る。リクの夏休みの宿題を手伝ってくれる。二人にスティーブを説明するのは憂鬱だ。
しかしやって来た川原・雨宮は、スティーブを見ても殆ど気にしていなかった。ボディガードだろと素通りした。
リク達が宿題を解いている間、スティーブはパソコンを開けて何かをしている。仕事かもしれない。でもスティーブのアメリカでの仕事をリクは知らない。日頃はニューヨークに住んでいるとウィルが逃げ出した話をした時に言っていた。
夕方、川原と雨宮が帰ってからリクとスティーブはスーパーに買い物に出掛けた。スティーブは日本食が苦手なので、海外の食材の手に入るスーパーの場所をキースが予め調べておいてくれた。そこで購入したスティーブの数日分の食料は凄い量だった。確かに今日の昼食時、スティーブの食べた宅配ピザの量は高校生の川原や雨宮よりも多かった。趣味は運動だから大丈夫とスティーブは言っているが、リクは楽観的過ぎるだろうと思った。
その晩リクはまたあの夢に起こされた。風邪の状態が良くなった所為か最近は夢の中で走っても咳込むことは無くなった。代わりに、もうこれ以上走れなくて息が苦しくて心臓がドキドキして目が覚める。本当に走り続けたみたいに疲れていた。そして疲れている筈なのに眠れない。
胸元にあるトーチの入った巾着を右手でぎゅっと握りしめる。水を飲もうと部屋を出てキッチンに向かったら、キースの部屋からスティーブが出てきた。スティーブはキースの部屋を使わせてもらっている。
「ごめん。起こした?」
リクは冷蔵庫からミネラルウォーターを出しながらスティーブに謝った。
「いえ、まだ寝ていなかったので」
きっと嘘だろうと思ったが、リクは椅子に座ると真っ暗なリビングでペットボトルの水を飲み始めた。
「エド様とキースから聞いています。眠れない日があると。」
スティーブはあのことを知らされている。
「リチャード様が眠れなかった日は、キースに連絡するように言われています。キースはその日はチャンスを仕事に使えないのでしょう?」
そうだった。キースが居なくなってリクはすっかり忘れていた。
「スティーブにもキースと同じように俺が睡眠不足の時は伝えないといけなかった。気を付けるよ」
リクはペットボトルを冷蔵庫にしまうと部屋に戻ろうとした。
「眠れますか?」
スティーブに声を掛けられた。
「……」
リクは何とも答えようがない。ほぼ百パーセント眠れないだろう。
「じゃあ、話でもしますか?」
「いいよ、スティーブは寝て」
「時差ボケで、眠くないんです」
これも嘘かもしれないがスティーブは電気のスイッチを入れた。リビングが明るくなって、スティーブはコップを二つ出すとカフェインフリーの冷茶を入れて食卓の上に置いてくれた。二人は椅子に着いた。
「実は子供の頃、五年間日本で暮らしていたんです」
「スティーブが? だから日本語、話せるんだ」
「はい。当時父親の仕事が日本だったので、六歳から十一歳まで日本に住んでいました。その後は高校までニューヨークで過ごしました。帰国しても日本語を忘れないように、アメリカでは日本語教室に通わされていました」
「五年も住んでいたのに日本食がダメなの?」
「両親ともアメリカ人ですから、普段食卓に上る食べ物もアメリカの家庭料理ばかりでした。当時日本食も食べた記憶はあるのですが、子供ですし、美味しかったという記憶はないですね」
こうして会話していてリクは気付いたが、スティーブの日本語は聞き取り易く自然だ。日本に住んでいたからだった。では住んでいた訳ではないのにあの上手さのキースはやっぱり天才なのかと、リクは改めてキースを凄いと思った。
「ところでさ、折角だから色々聞いてもいい?」
「色々?」
「うん」
「何ですか?」
「俺のお父さんってどんな人?」
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