初対面のその後
ウィル達が出て行くと、部屋の中はリクとキースのみになった。先程までの騒ぎが嘘のように部屋の中は静まり返って、細かい雨の音だけが伝わってくる。
アメリカに父の家族がいた。前から予想していたのでショックは受けていない。それよりも、夜中にナイフを持った人間に襲われた方がショックだった。キースが止めに入ってなかったら、どうなっていたかわからない。殺すつもりはないなんて言っていたけれど、下手したらあのナイフが刺さっていたかもしれない。その上にあの剣幕。殴られていた可能性だってある。キースとスティーブ達が何とかしてくれたが――リクの中に今頃になって急に恐怖心が湧き上がって来た。深呼吸をして恐怖からくる震えを堪える。
「もう夜遅いから、詳しい話は別の日にしよう。眠れるか?」
リクはレースのカーテン越しに、窓の外の街灯が照らす雨をぼんやり見ていたが、キースの言葉に我に返った。リクがボーっとしている間に、部屋の中はほぼ元通りに片付いていた。片付けてくれたのはキース以外にいない。
「明日テストだし、もう寝ないと」
とは言ったものの、すでに眠気は吹っ飛んでいた。
「リク様、大丈夫ですか?」
チャンスがゆっくりとした足取りで、リクの部屋に入って来た。急斜面や段差でなければ、ゆっくりとだがチャンスは自力で移動できる。
「うん、大丈夫」
「よかった」
リクは布団の脇に辿りついたチャンスを持ち上げると、膝の上に乗せた。
「このままチャンスと寝てもいいかな?」
「ああ。おやすみ」
キースはリクの部屋の電気を消すと、ドアを閉めてくれた。
「おやすみ」
キースにそう答えると、リクはチャンスを抱えて毛布に包まった。チャンスは目のブルーのライトと機械の音を極力弱めた。
「Sweet dreams.」
そして静かに言う。
「ありがとう。おやすみ」
ぬいぐるみが無いと寝付けない子供みたいで情けないとわかっているが、リクは今どうしてもチャンスと離れたくなかった。というよりも一人が怖かった。
翌朝は目覚まし時計も鳴ったが、キースもリクを起こしに来た。
布団から上半身を起こしたリクは、部屋の中を見回す。いつの間にか眠れていたようだが、あまり寝た気がしない。夜中の出来事が現実のような気がしなくて、でも布団の上にはチャンスがいる。
「Good morning.」
チャンスが英語で挨拶した。チャンスの目の青い光が大きくなると、辺りを見回すように左右に動く。
「Good morning, Chance.」
返事を聞くとチャンスは器用に自力で立ち上がり、ドアの方へ歩き出した。チャンスの為にドアを開けてやると、キッチンではキースが朝食を作っている。
「おはよう、冷蔵庫から牛乳を出してくれるか?」
「おはよう、わかった。料理できてるお皿、テーブルに運ぶな」
通常通りの会話だが、キースの態度がどうもぎこちない。リクを気にしてチラチラ見ている。
今朝になって考えてみれば昨晩事件後のリクは、ショックを受けてチャンスをぬいぐるみ代わりにして寝てしまったと取られてもおかしくない態度だった。キースは今リクの扱いに困っているように見える。リクは出来るだけ普段通りに振る舞おうとした。
食事を終えて皿を洗うと支度をして家を出る。キースとチャンスは日本支社での仕事は終わりで、今日からまた部屋で仕事をすると言っていた。
夜に降った雨は上がっていて水溜りの残るアスファルトに薄日が差していた。このまま晴れると蒸し暑い一日になりそうだ。そんなことを考えながら一人学校へ向かって歩いていると。
「おはようございます、リチャード様」
聞き覚えのある声がリクを呼び止めた。
「おはよう、え? スティーブ? 何でここに?」
振り向くとそこにはスティーブが立っていた。
「学校に行きながらでいいですから」
リクとスティーブは学校に向かって歩き出した。
「ウィル様は今残りの二人が見張っているし、もう空港へ向かっているでしょう。私もこれから直ぐに追い掛けて、一緒に帰国します。ここへ来たのは、リチャード様とキースがやはり心配だったので」
スティーブはあの後、仲間の内の一人を朝までリクとキースの所に置いておくべきだったと悔やんでいたと言った。
「どうして?」
「二人が未成年であることを失念していました。キースが日頃しっかりしているから、つい」
スティーブは大人が一人もいない状態で夜中に二人を放置してしまい、気になって今朝様子を見にマンションへ向かっていた所にリクと出くわしたと言った。
「ウィル様のことは聞かされていなかったのですか?」
「全く、存在自体知らなかった。でも父はアメリカに家族がいるだろうとは思っていたから、そんなに驚いてはいない」
「そうですか」
「ただウィルの行動には驚いたけど」
「ああ、あそこまで気性の荒い方ではないのですが、今酷く荒れていて」
「俺の所為?」
リクは、チャンスとトーチを横取りしたと喚いていたウィルを思い出した。
リクには嫌という程わかっている。チャンスとトーチ本来の所有者はウィルで、リクはウィルにとってもフォレスター一族にとっても許せない人間だと。でもそれはこの事態を引き起こした父が一番悪い筈だとリクは悔しくなってきた。
初めて会った時のキースの言葉を思い出す。
『今フォレスター家側では悪いが君を長男とは認めていない』
スティーブから返事はない。真面目そうなスティーブに対して意地の悪い言い方だったとリクも思う。
「ちゃんと学校へ通うし、相談事があったらキースに頼んで父に連絡してもらう。俺は大丈夫だよ。気にしないで。じゃあ」
「リチャード様!」
リクは逃げるようにただ只管走って校門の中へ駆け込んだ。スティーブも校内までは追って来られないと踏んで。出国前にわざわざ様子を見に来くれたスティーブがいい人間であっても、正直今はうっとうしかった。
その晩キースがウィルについてリクに話をしてくれた。
ウィルはエドとアメリカで結婚した女性との間の子供だった。三月に十五歳になったばかりだというから、リクとの年齢差は一歳もない。日本なら同学年だ。ウィルは小さな頃から優秀で、九月から大学へ進学する。
現当主のエドの息子で前当主の孫であるウィルがフォレスター家の次期当主と一族全員考えていたし、当然本人もそのつもりでいた。フォレスター家ではウィルやその他の次世代にリクの存在を知られぬように、細心の注意を払って隠していた。前当主も将来的にはお金で解決し、リクにはフォレスター家と無縁になってもらうつもりであった。
しかし今回エドが勝手なことをした結果、リクという人間を一族中に伝えなければならなくなった。それはウィルの耳にも入り、ウィルは異母兄が次期当主になったと聞いてかなりのショックを受けていた。それから暫くして現在住んでいるニューヨークから姿を消して、ウィルに好意的な一族の家を転々として匿ってもらっていた。しかし姿を消す直前に日本へ行きたがっていたので、日本に現れる可能性が高かった。
キースとチャンスが毎日日本支社に行っていたのはウィルの居場所を探し、これからの行動を予想する為。それ以外にも万が一を考慮して、リクを一人にしないよう周囲に必ず一人か二人、エドが手配したフォレスター家の人間がこっそりリクを見張っていた。
ウィルも頭が切れるので一週間以上キースとチャンスから上手く逃げ回った。ウィルが日本に入国したのをやっと確認できたので、マンションに来るだろうと捕まえる為にキースやスティーブは待ち構えていた。
翌々日の夕方、ウィルがニューヨークの母親の元へ戻されたというメールが届いたと、キースがリクに教えてくれた。
何故リクが夜中に刃物を持った、腹違いの弟に襲われねばならないのだ。何故父の親戚から嫌われねばならないのだ。全ては父の所為だ。リクはウィルとそれを止めたメンバーたちの異常な能力を思い出した。ウィル以外の彼らはリクを守ってくれたが、リクに消えてもらいたい一族の方が多いのだろう。あんな能力を持つ連中に襲われたら一溜りもないと思うと、リクは恐ろしかった。
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