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ぼくは。素の嘘つきが嫌い  作者: 浅白深也
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第14話 夏祭り

 あっという間に土曜日が過ぎ、夏祭りの日がやってきた。


 俺は待ち合わせ場所に指定した噴水のまえに到着。ここは夏祭りの会場となる商店街からほど近くにある憩いの広場だ。


 待ち合わせ時間は午後八時。腕時計をみる。あと十五分か。デートではないが女子を待たせるのもどうかと思って早めに家を出たのだが、すこし早く来すぎたようだ。


 付近に視線を走らせ、座れる場所がないか探した。すぐにベンチを見つけて腰を下ろす。


 樹木を挟んだ向こうにある商店街のほうを見ると、木々の合間から淡い光が溢れていた。耳を澄ますと、かすかに人々の喧騒が聞こえてくる。夏祭りの開始時刻は午後八時からのはずだが、すでに多くの人達が集まっているようだ。花火が打ち上げられる頃には大勢の人たちでごった返すだろう。


 年一回のイベントに心が湧きたつ反面、歩くにも肩すれすれだった去年の人の多さを思い出し、少しげんなりとする。人混みは苦手だ。


 比べてここはひっそりとしている。街灯以外の光源はないので薄暗い。時折、浴衣姿の人達が現れ、光に集まる虫のように商店街のほうへと吸い寄せられていく。


 晴希たちもすでに夏祭りに来ているのだろうか。本来であれば俺もそちらに合流していたはずなのだが……。


 まったく、空井野の真意がわからない。なぜ二人きりで行動する必要があるのか。それなら俺よりもアカリと一緒に回ったほうが楽しそうなのに……まったく空気を読んでほしいものだ。まさか本当に集る目的じゃあるまいな。まぁそれを踏まえてあまり金は持ってきていないけど。


 それから指定時間を十分ほど過ぎたあたりで、噴水のまえでキョロキョロと辺りに視線を配っている女子を発見。かるく手を振りながら近づいていく。


「空井野、こっちだこっち」


 空井野は親を見つけた迷子の子供のようにパッと顔を輝かせて、歩きにくそうにトコトコとやってくる。


「遅くなってしまってすみません、少々着付けに手間取ってしまって。待ちましたか?」

「すごく待った」

「……そこは『俺も今来たばかり』って言うところですよ。安城さんは浴衣じゃないんですね」


 Tシャツに薄手のパーカーという俺の装いをみてそう言う。


「ああ、持ってないし、男で着てる人あまりいないしな。空井野はばっちり浴衣だな」


 派手な赤帯に、落ち着いた雰囲気の濃紺の着物。鮮やかな牡丹と桜が描かれている。前髪を顔の横で垂らし、三つ編みにした髪を後頭部でまとめている。純白の小さな髪飾りがつややかな黒髪に映えていた。


「せっかくの祭りですから、おめかしして臨まないと。もっと褒めてくれてもいいんですよ」


 袖をフリフリしてアピールしてくる。


「おう、似合ってるな。かわいいよ」

「ぼ、棒読み……普段と違う姿に見惚れたりしないんですかー」


 空井野は眉根を寄せて不服を申し立てる。


 たしかに制服や私服の時とは違って見る機会が少ないので、普段とのギャップにドキッとするのだろうが、それはあくまで好意を抱いている相手に限る。俺は空井野に対して恋愛感情は欠片もない。去年、好きな人の浴衣姿を見てることだし。


「俺は服装に無頓着だから上手い褒め言葉が出てこねえんだ。それよりも早く商店街のほうに行こうぜ」


 空井野は釈然としないというように睨んできたが、やがて「安城さんに期待した私がマヌケでしたね」と割り切ったようで、


「では、行きましょうか」


 明るい笑みを浮かべてそう言った。






    ***




 いつも暗く閑散とした商店街は、上空に吊るされた提灯の淡い灯りと建物の前に張り出された出店の蛍光色ライトで眩しいほど明るく、声が途切れないほどざわざわと賑わっていた。往来している人の種類は様々で、学生やカップル、小さい子供を引き連れた家族にお年寄りなど、皆一様に笑顔で年一回のお祭りを満喫している。


 すでに混雑。誤って人の足を踏んでしまいそうだ。


 隣を覚束ない足取りで進む空井野。


 俺はシューズだからいいが、彼女は下駄だ。慣れない履物で歩きづらいのだろう。努めてゆっくりした速度で歩くことにした。


「最初はどこに行きますか? お腹はあまり空いていませんのでゲームとか?」

「そうだな。俺はなんでもいいぞ。空井野は何のゲームがしたいんだ?」

「全部です」

「……え?」


 言下に返ってきた答えに思わず立ち止まる。すぐにポケットからパンフレット(商店街の入り口で配布されていた)を取り出し、開いて見る。


 ざっと目を通した感じ、ゲームの出店は数十種類にも及ぶ。それを一つずつやっていたら圧倒的にお金が足りない。空井野が遊んで俺は観賞するだけに止めれば無駄な出費は抑えられるが。


「恥ずかしながら今日のようなお祭り事に行くのは初めてなので、楽しみで心が浮足立っているんです!」

「そ、そうか」


 俺の手にあるパンフレットを覗きこみながら無邪気な笑みを向けてくる。こんな様子なのに金をケチって一人で遊んでこいとは言えない。今日は思い出を買ったと思う事にするか。はぁ。


「射的や型抜き、ヨーヨー釣り、宝探しなんかもあるんですね。金魚すくいは……あとで育てるのが大変ですから却下で、あとこれも――――きゃっ!」


 パンフレットに気を取られていたからか、空井野が何かに躓いたようで体勢を崩す。


 前のめりになったところを、俺がすかさず両肩を掴んで支えたので倒れはしなかった。セーフ。


「大丈夫か?」

「は、はい。すみません助かりました」


 空井野はふぅーっと安堵の息をつく。


 舗装されているとはいえ、人が行き来した地面は砂や泥が落ちている。転んではせっかくの浴衣が台無しだ。俺、グッジョブ。


 空井野はしゃがんで下駄を調整し、履き心地を確かめるようにその場で数回足踏みする。


 それから何やらじぃーっと俺のほうを見てきた。


「な、なんだ?」

「あの安城さん、すこし歩きづらいのでよろしければ腕を貸してくれませんか?」

「腕?」

「はい。あんなふうに」


 彼女が指差した先には、仲睦まじく腕を組んで歩くカップルの姿があった。


 俺は考える。もしその行為に及べば周りからどういう関係に思われるのかは想像に難くない。その状況でこの人混みのどこかにいる晴希たちに会えばどうなるか。


 答えは簡単だ。絶対に誤解が生じる。腕はNGだ。


 しかし歩きにくそうなのは事実だし、空井野の様子をみるかぎり他意はなさそう。


 身勝手な理由で断るのも人としてどうかと思ったので、仕方なく左手を差し出した。


「腕はその……あれだから、手でいいか?」


 拒否される前提だったのか、空井野は意外というように少し目を瞠ったあと、小さく笑って俺の左手に右手を添えた。


「はい。ありがとうございます」






   ***




 宣言したとおり、空井野は片っ端から出し物に参加していった。


 つまり俺も。片手に提げた大きいサイズの袋。射的や宝釣りなどで獲得した景品が入っている。代わりに財布の中身はスッカラカンになってしまった。


「小腹が空きましたね~。……あっ、あれなんかどうですか?」


 徐々にテンションが高まってきている空井野に手を引かれていくと、その屋台には包装されたりんご飴がずらっと並べられていた。


「一度食べてみたかったんですよ。わっ、いちごバージョンもあるんですね。安城さん、食べましょ食べましょ」

「ああいや、俺は遠慮しとくよ。金が無いし」

「それでしたら私が奢りますよ。──すみません、りんご飴といちご飴を一つずつください」


 俺が断るまえに、空井野は財布から硬貨を取り出して屋台のおじさんに手渡す。


 そのままりんご飴といちご飴を受け取ったあと、いちご飴のほうを向けてくる。


 購入してしまったあとでは断るのもあれなので、お金は後日返すことを決め、今はお言葉に甘えることにした。「なんか悪いな」と謝って受け取る。女の子に奢ってもらうなんて、なんと情けない男なのか。


「いえいえ、お気になさらず。ゲームに付き合ってくれたお礼です。――んん~っ、美味しいですね!」


 りんご飴をぱくっと一口かじってご満悦の表情。


 彼女につづき、俺もいちご飴にかぶりつく。いちごのほどよい酸味とコーティングされた飴の甘みが溶け合ってなかなかに美味い。ここまで何も口にしていなかったので、より味が濃厚に感じた。


「いちご飴は美味しいですか?」

「ん? ああ、うまいぞ」

「本当ですか、ぜひ味見させてください!」

「え……いやでも、もう口つけたけどいいのか?」

「はい、べつに気にしませんよ」


 空井野がいいというなら俺はべつに構わないが女子的にこういうのは気にすると思っていた。


 いちご飴を差し出すと、空井野は受け取らずにそのままぱくりっ。「いちごだけに、いちごの美味さにイチゴロ~、なんちゃって」と自信満々にダジャレを披露したあと、


「はい。安城さんもどうぞ」


 俺の口元にりんご飴を向けてくる。


 瞬間どうするか迷ったが、へんに意識して断ると小馬鹿にされそうな気がしたので、ここは自然体でいくことにした。ただ味見するだけだ。なにも問題ない。


 そしてりんご飴に口をつけようとしたときだった。



「――ん? 真昼……それに空井野さん?」



 前方からそんな声を掛けられたのは。


 聞き覚えのある声音に俺は石像と化した。


 動悸が高鳴る中、意を決して振り向くとそこには、頭にゆるいネコキャラのお面、片手にわたがしを持ったお祭り気分全開の晴希と、巾着袋を手に提げた、ピンク色の華やかな浴衣姿のアカリがいた。


 晴希はわたがしをもそもそと食べながら、俺と空井野を交互にみて二ヤッとする。


「お邪魔だったか?」


 やっぱり誤解された! 俊敏な動作でりんご飴から顔を離して否定する。


「い、いやこれは違うんだ!」

「手ぇ繋いでるじゃん」

「こ、これは空井野が歩きづらいって言うから……」


 弁明を続けようとしたが、時すでに遅かったようで。


「まぁまぁ、みなまで言うな。……オレとの約束を断ってまで空井野さんと二人きりでデートかぁ。お前もやっと新しい恋をスタートさせたんだな。オレは安心したよ」


 まったく聞く耳を持ってくれない晴希は空井野に向き直り、


「空井野さん。こいつは内向的な性格で素直じゃないけど、根は悪いやつじゃないから空井野さんがどんどん引っ張ってやってくれ」


 それを受けて空井野は「はいっ」と満面の笑みの明るい声で――――いやいや『はいっ』じゃねえよ! 今すぐ誤解をとけぇ!


「よーしオレたちはお邪魔みたいだし、そろそろ行こうかアカリちゃん」

「う、うん」


 アカリは俺たちとすれ違う直前に言った。


「えーと、二人ともお幸せに」


 そのまま晴希とともに人混みの中に消えていってしまった。


 俺の中で何かが崩壊していく。力尽きたようにその場にへたりこんだ。もうダメだ。完全に誤解を与えてしまった。


「あらら、行っちゃいましたね~。大丈夫ですか安城さん?」


 空井野は口元を押さえて笑いを堪えていた。こいつ、人の恋路を弄んで楽しんでやがる。いちご飴を奢ってくれて案外優しいところもあるなと思った矢先これだ。さっきまで上がっていた空井野に対する好感度が急激に下がっていく。


 他人の視線など気にもならないほど後悔している俺の隣で、不意に空井野が声を上げた。


「あっ、安城さん安城さん。もう花火が打ち上げられる時間ですよ! へんな格好していないで今すぐ河川敷に向かいましょう!」

「誰のせいだと思って……って、引っ張るな!」


 もう帰りたい。


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