集会所に着きました
「失礼します……、って俺以外全員いる感じですか」
待ち合わせしていた集会所に着くと、そこには既に俺以外の面々が揃っていた。……なんというか集まりで自分が一番最後に着くととても悪いことをした気分になる。たとえ時間通りにその場所に着いたとしても。日本人的思考だからこの世界では通じないだろうけど。
「ああ、いやいやわし等が早く着き過ぎただけですから気にせんといてください。それに勇者様であればいくら時間に遅れようとも全く問題ありませんぞ」
陽気な口調でそんなことを言いだしたこの爺さんがこの町の町長。一応最高権力者という立場にいるらしいが、俺に対して下手に出ているせいか、あまりそう言った印象を受けない。街を束ねてる時点で凄い人ではあるんだろうけど。
「いえ、流石に悪いですよ」
遅れていいと言われようが待ち合わせに遅れるつもりはない。勇者のくせに細かいと言われようとも俺はこのスタンスを貫くつもりだ。
「律儀だねぇアンタ。気に入ったよ」
と、俺と町長が話していると、誰かが会話に割り込んできた。声の主の方を見てみると、そこにいたのはいかにも海賊然とした一人の女性だった。ピンク色のロングの髪にいかにも海賊が被っていそうな帽子を被り、ビキニアーマーとまでは言わないがそこそ露出の高い服を着ている。これで海賊でなかったらただの痴女でしかないだろう。この世界の一般的な服装に詳しいわけじゃないから何とも言えないが。
「ハハハ! そう堅くならなくていいだろ!」
バシバシ笑いながら肩を叩いてくるがちょっと痛い。
「リンダ、やめなされ。そのお方は……」
「勇者ってんだろ? あんま豪傑って感じしねぇけどな」
そりゃそうだろう。いくら訓練を積んできたとはいえ、つい半年前までは日本で高校生をやっていたのだから。勇者になるだけなら適正だけで済むだろうが、残念ながら風格までは適正だけでは身につくわけがないのである。
……まぁいいや。爺さんは納得しないだろうが端から彼女を部下みたいに扱うつもりはないしな。これでも一応身の程はわきまえている。
「はぁ……。ねぇ、あなた少しは静かに出来ないのかしら」
しばらくの間ぼーっとリンダと爺さんのやり取りを眺めていると、不意に部屋の隅の方から一人の女性が会話に割り込んできた。やけに難しそうな本をずっと読んでいるだけで一切口を開いていなかったので完全に忘れていた。
それは他の二人も同じだったらしく、あまりに唐突過ぎる事態に両者ともにぽかんと口を開けたまま静止していたが、女性はそんな微妙な空気などお構いなしに、
「あら? 何故町長まで黙るのかしら? 私はそこのお喋りな海賊に黙りなさいと言っただけであって、あなたにまでは黙れとは言っていないわ。というよりむしろあなたは喋りなさい。だってあなた仮にもこの場の進行役でしょう? これ以上貴重な時間を潰さないようさっさと進行していただきたいのだけれど」
いや、そんな言い方されて平気な顔で進行できるわけないだろうが。ほら、爺さんめっちゃ困ってるし、それにリンダはリンダでちょっと不機嫌そうだし。しかし勿論こんな雰囲気にしてくれた張本人がそのことに気づくわけもなく、彼女は再びため息を一つ着くと
「話す気がないというのなら帰らせてもらうわ。私は仲良しこよしの同好会に入るつもりはないの。勇者ごっこがやりたいのなら近所の子供でも誘ってやりなさい。それじゃあ……」
そして爺さんがあたふたしながらも止められないのをいいことに、そのまま踵を返して出口の方へと歩き出し、
「おい待てよ」
そのまま集会所を出て行こうとする彼女を引き留めたのは案の定リンダだった。先程から散々な言われようだったし腹が立っても不思議じゃない。だがリンダのあからさまな怒りの感情を前にしても、彼女はまるで動じることはなく、
「馴れ馴れしく触らないでくれるかしら。不愉快だわ」
そう言いながら自分の左肩に置かれたリンダの手を振り払い、
「ごめんなさいね、私生憎弱者と共闘する趣味はないの。私が許容できるのは強い人間だけよ」
誰かの血管がぷつんと切れた音がした。ついにリンダが切れたかと思ったが、どうやら違うようだ。
「魔女如きが図に乗らないでください。ご主人様の足元にも及ばない矮小な存在が」
怒りの発生源はそのまま俺の前へと出る。確かに先程から何も喋らないからおかしいなとは思っていたが、喋らなかったのではなく怒りをこらえていたから喋れなかったのか。
「へぇ? あなた私を誰だと思っているのかしら?」
普通なら流せそうだがプライドの高い彼女には流すことが出来なかったらしい。余裕そうな口調を必死に作ろうとしてはいるものの、そこには明らかな怒気が孕んでいる。
「さぁ? 私基本的にただの人間には興味ないものでして」
おい勘弁してくれ、これ以上そいつを煽ってどうする。ここまで来たらもう向こうだって後には引けないんじゃ……、
「いいわ。そこまで言うのならそこの勇者の実力を見せてもらいましょうか。もし私が負けたなら先程の発言は前言撤回、あなたの下につくことを約束するわ。ただし、あなたが負けたときは金輪際私に関わらない、私の前に姿を現さないと約束しなさい」
ああ……。やっぱりこうなったか……。全く何が悲しくて旅始める前に人と戦わにゃならんのだ。いや、嫌なら逃げればいいというのはそれはそうなんだが、そうすると今度はリンダまで下につきたくないとか言い出しかねないし……。こうなった以上もう腹をくくるしかなさそうだ。
「わかったわかった。お前の望み通り戦ってやるよ。ただ勝負の方法はどうする? 実戦形式か?」
すると彼女は当然だといわんばかりに頷き、
「ええ。戦闘不能、または降参で決着とするわ。禁止は故意な殺しだけのシンプルなルールで行きましょう」
つまり故意じゃなければ殺してもいいってわけか。全く物騒な……。
「ううむ、彼の力をここで見せておくのも一興か。いいじゃろう、着いてきなされ」
流石に集会所で戦うのはアレなので用意してくれるのは助かる。まぁ恐らく爺さんが言っているのはあそこだろう。
「うむ、ここなら問題なかろう。二人とも思う存分戦ってよいぞ」
やはりというべきか。俺たちが連れてこられたのは集会所の裏手にある競技場だった。この町で祭りをやる際によく使われている場所だが、普段は滅多に使われることがない。当然今も俺たち以外は誰もこの場にはいなかった。
「戦うにはまさにうってつけの場所ね。いいでしょう」
そういうと彼女は競技場の中央へと歩き出す。俺も彼女を追って中央へと向かい、大体100mくらい距離を取る。
「初期位置はここでいいか?」
言葉はなかったが頷くのが見えたので、
「よし! じゃあ爺さん! 合図を頼む!!」
「うむ! それではいざ尋常に……」
場の緊張が高まっていくのが分かる。俺は限界まで体内で魔力を練り、そして頭の中にイメージを浮かべて、
「始め!!」
そのまま合図と同時に相手に向かって魔術を解き放った。発生したのは広範囲に及ぶ水の奔流。死なれては困るので多少威力は落としたが、それでも水流は周りを全て破壊しつくさんばかりの勢いで敵の元へと向かっていく。しかし、
「あら、その程度」
彼女が並に向かって手をかざした瞬間、先ほどまでの破壊の並が嘘のようにその動きを止めた。何故なら、
「どんなに強い波であろうと液体である以上凍らせてしまえばその動きは停止する。理科で習わなかったかしら?」
成る程、三態を操るってことは水属性を得意とする魔術師か。確かにこの魔術に対しては相性が悪いな。まぁいい、なら別の魔術で対応するだけの話だ。
「燃やし尽くせ」
即座に手を振って今度は火属性の魔術を発生させる。イメージは導火線、相手に向かって一直線に走らせる。
「水属性を甘く見過ぎね。生憎応用はいくらでも効くのよ」
そういうと火の先端を包みこむように水が発生、酸素を吸収できなくなった炎は相手に到達することなく消え去っていった。うーん、流石に自信があるだけあって中々に厄介な魔術師だな。普通ならこれだけでも十分お釣りがくるレベルだというのに。
「諦めなさい。あなたじゃ逆立ちしても私には勝てないわ」
どうやって倒そうか考えていると、不意に彼女の方からそんな言葉を投げかけられた。また挑発かと思ってそちらを見ると、彼女の顔に浮かんでいたのは挑発や嘲りではなく純粋な憐憫だった。あれ? 何か俺間違ったことをしただろうか。
「分かってないようだから教えてあげるわ。いい、人間の魔力には絶対的なキャパシティがあって、同様に使える属性もあらかじめ決まっているの。例えば私なら四属性のうち水だけって言うようにね」
急に何を言い出すのだろうこの魔女。そんな事今更別に説明されなくても知っているのだが……。
「通常は生まれつき属性は一つしか使えない。けれど稀に二属性、三属性、酷いときは四属性と使える便利な方達がね。でも残念ながら欠点がある。それは魔術が均等にその属性に配分されるという点よ」
ああ、成る程。だから憐みの目で見ていたのか。確かに属性というのはその性質上常に当人のおよそ二十パーセントの魔力を与え続けなければならない。故に単色の場合残された八十パーセントの魔力を自由に使えるから、デュアルやトリプル、カルテットに比べて強いとされている。が、これはあくまで通常の話である。
「あー気にしなくていい気にしなくていい。確かにカルテットの俺が自由に使える魔力はほんの20%程度だが俺にはそれを補って余りある力がある」
強がりでもなんでもなくこれはただの純然たる事実でしかないのだが、残念ながら信じてはもらえなかったようだ。
「はぁ……。認めたくないのならそれはそれでいいわ。少し痛い目見せてあげる」
そういうと彼女は左手を前に突き出し、
「果てなさい!!」
背後に無数の魔方陣を起動、そしてその一つ一つから氷の刃がこちらへとめがけて飛んできた。面倒だが仕方がない。
「終わらせてやるよ」
そして今度は四属性のうち土を起動、地面から木を生やしそこに水属性の魔術を加えて急激に成長を促し、大木となったそれを目がけて火球を飛ばす、それと同時に風属性魔術を利用して木を媒体に燃え盛る炎の威力を一気に増大させる。
「ちょっと……何よそれ……」
目を疑うのも無理はない。何故ならそこにあったのはこの町一帯を焼き尽くさんばかりに肥大した炎、いや炎を纏いし不死鳥の姿があったのだから。
「これがカルテットの武器だ。多属性魔術を累積させることによる威力の増幅さ」
勿論通常であれば他に比べて魔力の少ないカルテットは相当な時間を掛けなければこんなものは作れない。こんなことがカルテットの誰でもできるならカルテットが馬鹿にされるわけがないからだ。だがそこに異常な魔力量という条件を加えると話は変わってくる。通常のカルテットが1を2にしかできないとすれば、元の魔力が多い俺はベースがそもそも10であり、累積するものの威力故に倍率も変わるため一回の累積で10が50にも100にもなる。つまり、俺は単色に比べて少ない魔力量で同等、いやそれをはるかに上回るレベルの威力を生み出すことが出来るのだ。
「さて、これに対抗できる手段があるなら続けりゃあいい。だが、もしないなら意地張って続けない方がいいぞ。こんなところで命を落とすのも馬鹿馬鹿しいだろ?」
彼女だって言われずともそんなことは分かっているのだろう。少し悔しそうな顔をしたが、一つだけ大きなため息をつくと、
「負けよ。降参」
その言葉を聞き終えると同時に俺は即座に不死鳥を解除した。これでようやく一息つける……。
「ご主人様!!」
「うぉあ!?」
丁度皆の所に戻ろうとしたまさにその時、いきなり横から何者かのタックルを受け、完全に油断していた俺は受け身を取ることも出来ずにそのままあおむけに倒れ込んだ。
「いってぇ……」
「流石です!! 私またご主人様に惚れ直しちゃいました!!!」
いや惚れ直すのはいいんだけどさ。頼むからこちらがぼーっとしたいときに飛び掛かってくるのはやめてくれ。割と真面目に危ないから。
「全く、私を倒した癖に随分と情けない倒され方をしているわね」
その通り過ぎて返す言葉がない。なのでとりあえず黙っているとまたしても呆れたようにため息をつき、
「まぁいいでしょう、約束は約束だもの。私も今日からあなたの下につかせてもらうわ」
「ああ、よろしく頼む。えっと……」
そこでようやくまだ名前を教えてもらえていなかったことに気づく。
「メリルよ。氷結の魔女メリル。覚えておきなさい」
そういうと彼女の方から手が差し出された。俺は差し出された手を握り、
「了解。改めてよろしくな、メリル」
こうしてようやく俺たち四人はパーティーを組むことになった。サラ、リンダ、そしてメリル。実力者ぞろいで信頼のおける最高のパーティー。だが俺は彼女たちにまだ話していないことがある。そう、俺の目的は本当は魔王退治ではないということ。そんなものはあくまでもついででしかない。だって俺の目的はあくまでただ一つ。
新見たちへの復讐でしかないのだから。