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玉砕のそのあとで

玉砕のそのあとで2

作者: 西山ありさ

「玉砕のそのあとで」の続きです。

読まなくても大丈夫と思いますが、そちらもぜひどうぞ。



「嘘です。」



夕日のせまる時間帯、とある学校の教室内。とある女子生徒の声が響いた。



「なんで。」



次いで聞こえたのは無機質な――やや不機嫌を滲ませたような声。

長身の男子はだるそうにポケットに手をつっこみながら目の前の女子を見下ろす。


いや、そんな顔でそんなこと言われてもね、信じられる訳ないでしょう!?


どうして伝わらないのかと、歯がゆい思いに女生徒は唇をとがらせた。



私、今井梨乃が長い間片想いをしていた日向勝真先輩に告白をして、見事に玉砕した後。

先輩に告白をして、盛大に振られた、そのたった一週間後。


あろうことか、先輩は私と全く同じ方法で――げた箱に手紙を入れるというベタなやり方で――私を今この場に呼び出した。


あの時、粗相をしたことを咎められるのかとドキドキしながら教室内に足を踏み入れたが…

その彼に開口一番言われたのが、



「俺と、つきあって。」



なんて。


性質の悪い冗談にもほどがある。

驚きよりも呆れの方が上回り、先輩には悪いが鼻で笑ってしまった。それどころか静かな怒りすら覚える。先輩は、振った女にさらに悪戯を仕掛けて喜ぶような最低な人間だったのかと。

私のような底辺女子にもプライドはあるのだ。卒業後の暇をつぶすための退屈しのぎに人の恋心を利用しないでほしい。



「嘘です。」



私はそうキッパリと先輩に向かって言った。

そして、冒頭に戻るわけだ。




「なんで嘘だ、とか言うわけ?」

「だから、いいんですってば、そんな気を遣ってもらわなくても!」



私は半ばやさぐれながら先輩に食ってかかる。

しかし、先輩の相変わらずの素敵フェイスを眺めることは極めて心臓に悪いため、目をそらして床の木目を数えながら。



「…振られた私に、これ以上なにを言うんですか。」



ぽつり、と呟いた。


あの告白は、最初で最後のチャンスだった。

第一志望校に現役合格を決め、高校の卒業式も終わり。あとひと月で夢のキャンパスライフに突入する先輩を、高校に取り残されてしまうちっぽけな私が引き止めるなんて、センターで平均8割以上とるくらい難しい。到底、無理な話だ。


そう、無理だった。

一世一代の告白は見事に玉砕。涙が枯れるまで泣き、学校をサボり、やけ食いにより体重を数キロ増やした。

それで、終わった話だった。


なのに。


何だこれは。何なんだこの茶番は。

フった女子のアフターケアか何かだと思うが、それは本当に迷惑極まりない。

ふん、このイケメンが。後腐れなく終わらせるために再度呼び出すなんて、やることなすこと全て卑怯だ。だがそこがいい。



「振ってないよ、俺。」

「へ?」

「今井が振られたって勘違いしてるだけ。」



いきなり耳に届いたその重低音に驚いて、床から目線を上げた。

視界に入ったのは、もう制服を着る義務なんてないのに真黒の学ランに身をつつんでいる、均整のとれた体の男子。


やばい、カッコよすぎる。鼻血吹いちゃう。

なんて考える私はきっと頭がイカレてる。


いやしかし、もう本当に勘弁してもらいたい。表面上は失恋から立ち直ったように見せかけているが、実はいっぱいいっぱいだ。今だって、『もう会えないと思っていた先輩にまた会えるなんて嬉しい!』と私の乙女心は叫んでいる。


重症である。

恋の病につける薬などないのだ。


慌てて素敵過ぎる先輩から目を逸らし、ナイナイと顔の前で手を左右に振った。



「いや、だから嘘つかなくてもいいですって。」

「嘘じゃない。」



うそじゃない?うそじゃないって何が?

あ、分かった。ドッキリ?ドッキリでしょ?

あれだ、きっと日向先輩の悪友が「ドッキリ大成功!!」とかのプレート持って現れるんだ。それしかない。そうに決まってる。



「いや、ドッキリでもないから。悪友とか来ないから。」

「え!?なんでそれを!」

「さっきから、口に出してる。」

「うわぁ」



なんたる失態、はずかしい。私は顔を真っ赤に染めた。

ふっと笑う先輩を視界の端でとらえたが、それは見ない振りをした。


…気を取り直して。

ドッキリでもないとすると、あとは何だ?



「えっと、他になにが…あ、分かりました。ハンカチですね。」

「ハンカチ?」

「あの、あの時いただいた青い…」

「ああ、あれ。」



たった今思い出したように、先輩は言う。

私は机の上に置いていたカバンの中から、きちんと洗ってアイロンをかけたハンカチを取り出した。

…失恋した後、机の上に大切に置いて宝物としていたのは内緒だ。



「お借りしました、ありがとうございました。」

「ん。」

「じゃあ私はこれで。」

「待て。」



ハンカチを渡した後手を素早く引っ込めて、踵を返そうとしたが、案の定制止された。

ちっ、このまま逃げようと思ったのに。


静かに先輩の方を振り向くと、彼は少しいらいらしているように見えた。

ご尊顔が、さらに不機嫌そうにゆがんでいる。



「だから俺、お前のこと好きなんだけど。」

「エイプリルフールはまだ先ですけど。」

「嘘じゃない」

「あーはいはい、分かってます。振られたからって言いふらしたりとかしませんよ。そりゃあちょっとは恨みましたけどね、まあ最初から望み薄だったから…

「おい」


どん!!


「!!?」



大きな音が教室中に響いた。

先輩が机をたたいた音だった。壁ドンならぬ、机ドンだ。

あんまり大きな音だったから、私はびっくりして飛び上がった。



「な、…なんですか。」

「人の話を聞けっての」

「き、聞いてますよ。」

「じゃあ、もう一回言うからよく聞いて。」

「はい…?」

「好きだ。」

「―!!」



ストレートな言葉と眼差しに、どきん、と心臓が高鳴った。

どきどきどきと、鼓動が早まっていく。

うそだ、夢だ。これは私が見ている幸せな夢に違いない。

こんな良いことが、起きるわけない。



「あんたも、俺のことが好きなんだろ?」

「…っ」



うわあ、なんてナルシストな台詞なんでしょう!これがただの思いあがっている不細工な男子なら鼻で笑ってやるところだけど、実際に私は先輩が好きで、しかも言葉に言い尽くせないほど大好きだから全然間違っていない。


そう、間違っても。

先輩に嫌いだなんて言えるはずがない。



「……す、すき、ですケド…」

「じゃあいいだろ、何の問題もない。」

「いや!違うんです!」

「……何。」

「だ、だって、もう終わったんですって、私の恋は!なんでぶり返そうとするんですか!」

「…なんで、俺が振られたみたいになってんの。」



がしがしと頭をかいた先輩は、



「面倒くせぇ」



そう言ってゆらりと私の方に向かって踏み出した。

先輩、完全に目が据わっている。

正直言って超怖い。



「あんたのその勘違いしてナナメ上の方向に突っ走るとこ、面白いと思うけどさ、」



また一歩。先輩が近づく。

その分だけ、私も下がる。



「いい加減、面倒くさい。どうすりゃ信じるわけ?」



とん、と壁に背がついた。

まるで追い詰められたネズミだ。冷や汗がたらりと額を伝う。



「じゃ、じゃあ分かりました!ちゅーしてくれたら、本当だって信じます!」



これならどうだ!といった風に私は人差し指をぴんと立てた。

流石に冗談の告白相手に唇は許すまい。ハグはできてもキッスはダメとかいう、あれだ。

我ながら名案を思いついたと、ふんと胸をそらす私。

しかし。



「分かった。」

「は?」



言うが早いか、先輩は、机二つ分は空いていたスペースを一瞬で詰め、私の腰に手をまわした。

そして、顔に影が降りてきたと思ったら、唇が重なっていた。

驚く間もない、一瞬の出来事だった。

唇を離した先輩は、ぺろ、と舌をなめた。



「意外と積極的なんだな、今井。」

「な……な、な……」

「なにしてるんですか!!?」

「ん?ちゅー。」



ちゅーとかクソ可愛いな、おい!ちょっとスマフォで録音するのでワンモアプリーズ!

…ってそうじゃなくて!!



「ちょ、先輩!キスは一番好きな人とじゃないとしちゃいけないんですよ!?安売りしちゃダメ!もっと自分を大事にしないと!」

「…男子が女子に言う台詞だろ、それ。」

「シャーラップです!ああもう、どうしよう先輩!ごめんなさいっ」

「何が、どうしようなわけ?」

「だ、だって…これから輝かしい大学生活を送る(予定)の先輩の邪魔を……」

「何が邪魔なの。」

「だ、だだだから」

「うるさいからもう黙って。」



また、先輩の顔が近づいて、唇が重なった。

しかも、今度は触れるだけじゃなく、ディープなやつだ。口の中にぬるりとした舌が入り込み、貪られる。当然、初心者が対応できるはずもなく…唇同士が離れた時には、体の力が抜けて軟体生物のようになった私。先輩のたくましい腕に完全に体を預けてしまう。



「俺はあんたが好き、あんたも俺が好き。だから付き合う。そんだけ。分かった?」

「へ…ふぇ…」

「分 か っ た?」

「わ、分かりましたぁ……」

「ん。」



すると先輩はにこりと笑った。

その爽やかさと言ったら、真夏の空に吹く一陣の海風のごとく清涼感に溢れていて、『まるでシー○リーズのCMみたいね!』と思ったが、私はそれ以上何も言えず、ただ赤面したブサイク顔を先輩にさらしていた。



かくして、今井梨乃・十七歳、念願の彼氏ができました。それも二年弱片想いしていたカッコイイ先輩です。


そのことに自覚したのは、その日の夕方、携帯電話に先輩のアドレスと携帯電話が登録されているのに気がついた時で、近所の迷惑も顧みず絶叫してしまったのは今となってはいい思い出です。



END



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