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蒼紅天使のマスカレード   作者: GT
第3章 Crimson Heat
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第54話

 鮫島(さめじま) 狩也(かりや)――それは、志亜の前世であるユウシが共に戦った勇者の一人だ。

 影山(かげやま) (とおる)――同じくその人物も、ユウシと共に異世界召喚された勇者の一人である。

 那楼市内にある公立高校に通う二人は現在15歳。志亜と同い年であり、ユウシにとっては一つ年下の少年達だった。

 部活動は共に陸上部に所属しており、そんな二人がグラウンドを走り回っている姿を外から確認すると、志亜は胸を抑えながら目を瞑り、すぅっと大きく息を吐いた。


「……みんなも、ここにいるんだね……」

「ああ、ここにいる」


 ユウシの記憶を取り戻している今の志亜は、かつて異世界に召喚された自分以外の同胞達のことも思い出していた。

 今何も知らずにグラウンドを走り回っている彼らも、かつての世界ではユウシと共に戦い――ソロと出会う前に死んでいった仲間達だった。

 早々に命を落としてしまった為に、絆を育んだ時間はあまり長くはない。しかし間違いなく、彼らはユウシにとって大切な存在だった。


「彼らのことは調べておいた。君と同じ学校に通っている紫藤や青木以外の、他の勇者の無事もこちらで確認しているよ」

「そっか……良かった……」


 乗ってきたバイクを傍らに置きながら、ヘルメットを脱いだソロが微笑を浮かべながら語る。

 彼が志亜に見せたい場所と言っていたのは、ここのことだ。

 この町で何事もなく日常を謳歌しているかつての仲間達の無事を確かめてもらう為に、ソロは志亜を連れ回したのである。

 そしてそれは、志亜がソロに問いたかったことの一つでもあった。


「安心したみたいだね」

「そのことを、ずっと知りたかったから」

「そうか。紅井クレナはその辺り、あまり気が回らないからな」


 かつての自分自身である白石勇志と白石絆の姿は、この目で見て確認し、クレナからも話を聞いている。

 しかし二人以外のかつての仲間の姿を確認できたことは、また一つ志亜の心から不安を取り除く結果となった。

 そんな志亜をさらに安心させる為か、サングラスの裏で目を細めながらソロが言った。


「そして二度とあの歴史を繰り返さない為に、彼らには私から、それぞれに護衛をつけている」

「ごえい……?」


 そう言って、ソロは周りに人気のないこの場所でおもむろに人の名を呼んだ。


「ロア君」

「!」


 瞬間、志亜の目の前にどこからともなく金髪の少年が現れた。

 明らかに日本人ではないとわかる色素の薄い肌を持つ彼は、まだ成長期に入り立てと見えるあどけない顔でソロの目を窺った。


「紹介するよ。彼はロア・ハーベスト。那楼市の勇者を担当する召喚防衛師だ」

「はじめまして、双葉志亜さん」


 ロア・ハーベスト――その名前で紹介された少年は、志亜より頭一つ高い背を折り曲げて丁寧に挨拶をする。

 登場の瞬間に驚いた志亜だがすぐに気を取り直し、志亜も頭を下げて応対する。

 しかし、志亜は彼の名乗ったファミリーネームに首を傾げた。


「ん、はじめまして。……ハーベスト?」

「そう。僕達が辿った歴史では出会う前に殺されていたが、彼はロラの弟だ」

「ロラ様の、弟?」

「あはは……あんまり似ていないと言われますね」


 ハーベストとは、ユウシ達に大きな影響を与えた神巫女ロラ・ルディアスの本名である。

 同じファミリーネームを持つ彼は彼女の弟だと言い、声変わりの始まった声で苦笑した。

 ユウシが辿った歴史では、会ったことのない人物である。


「弟が、いたんだ……」

「僕達の歴史では、出会う前にオーディスに殺されていた人物だからね。ユウシの記憶にいないのは当たり前だよ」

「その節は、本当にありがとうございました。ソロ様やクレナさんがいなかったらと思うと、僕は……」

「返礼は既に受け取っている。言いっこなしだ、ロア君」

「……ありがとうございます」


 本人が語る以上疑うわけではないが、確かに彼はユウシの知るロラ・ルディアスの弟のようだ。

 ソロやクレナが起こした行動による影響を受けて、既にこの世界がユウシの知るものとは違う歴史を歩んでいることは、高校二年生になった白石勇志や元気な白石絆の姿を見たことで実証されている。

 本来なら死んでいた筈の人物だというロラの弟が生きているのも、そんな変化が起こした一つなのだろうと志亜は納得した。


 しかし、ならばどうしてロラの弟が……あの世界の住民である彼が、この町に居るのか――志亜にはその理由がわからなかった。


 それにはおそらく、先ほどソロが紹介した聞き覚えのない職名が関わっているのかと推測する。


「召喚防衛師って?」


 ロア・ハーベストを紹介する時、ソロが言っていた言葉だ。

 召喚と防衛、その二つの単語で作られた固有名詞を、ソロはそのまま言葉通りの意味だと答える。


「地球人を異世界召喚から守る人達のことさ。ロラが聖地ルディアから派遣してくれた、いわゆる正義の味方だよ」

「正義の、味方?」

「そ、そう言われるのはかなりむずがゆいですが……」


 子供にもわかりやすい言葉で言い直したソロの説明に、志亜が首を傾げ、ロアが照れくさそうに頭を掻く。

 異世界召喚から地球の人々を守る――それは即ち、かつてのユウシやソロ達のように、異世界から使われた召喚魔法から人々の拉致を防ぐことである。

 有無も言わさず、脈略もなく、何の抵抗も許さない。そんなフォストルディアの召喚魔法の恐ろしさを知る志亜だからこそ、召喚防衛師と呼んだ彼らの存在の大きさを理解することができた。


「クレナがこの世界の君達、白石兄妹を守ってくれたことは知っているだろう?」

「うん……聞いた」

「僕も召喚魔法は嫌いでね。彼女に倒されたことでオーディスはもういないけど、今後この世界の誰かが異世界召喚されることがないように、召喚対象者を守れるよう各地に警備を置くことにしたんだ」

「それが、召喚防衛師……」


 異世界召喚の対策である。

 志亜の知らない世界には、人知れず異世界召喚から人々を守っているヒーローのような者達がいたのだ。

 クレナがこの世界の白石兄妹を守ってくれたことは知っていたが、そんな彼女のような守護者が他にもいたことに志亜は驚いた。

 そんな志亜は再びロア・ハーベストと向き直り、彼の紺碧の瞳に尊敬の眼差しを送って頭を下げた。


「ロア様、ありがとう、ございます」

「え……い、いや、僕なんか何も……って言うか様づけはやめてくださいっ! 僕は姉上のような立派な人じゃありませんから……志亜さんがクレナさんと同い年なら、僕の方がずっと年下ですし」

「じゃあ、ロアくん……?」

「あ……はい、それでお願いします。……ちょっと、絆さんに似ているかも……」


 今学校のグラウンドにいる鮫島達の平穏も、彼がいてくれたから守られているのだ。そう思ったからこそロアに向ける感謝の気持ちは惜しみなく大きかったが、そんな志亜の眼差しをロアは恐縮そうように受け取っていた。

 照れくさいとも感じているが、泳いだ視線には彼がどこか負い目を感じているようにも読み取れた。

 異世界人である彼が地球人の異世界召喚を防ぐ立場にいることに対して、志亜も気になってはいたがここで問い詰めることは躊躇われたる。そんな、ロア・ハーベストの表情だった。


 志亜の無垢な視線にたじろいでいる少年の様子を微笑ましそうに眺めた後、ソロが仰々しい手振りをしながら語り出す。

 それは、召喚護衛師という立場を総括している者――自身の取り組みについて明かす言葉だった。


「ある時は新次元のVRシステムを生み出した、世界随一のゲーム会社。またある時には、異世界召喚から人知れず人々を守る秘密組織――それが僕の作った会社、「SOLO」の正体さ」


 ソロという人物が社長を務め、クレナが協力しているのだ。真っ当なゲーム会社ではないだろうということは志亜も勘づいていた。

 秘密結社とも言うべきか――裏の顔として異世界召喚と戦っていたという「SOLO」の真の姿に対しても、志亜は思ったほど衝撃を受けていない自分がいた。

 それには彼の方も予想外だったのだろう。意外そうな声で、ソロが言った。


「反応薄いね。もう少し驚くと思ったんだけど」

「あの世界に……」

「うん?」


 異世界人であるロア・ハーベストの存在に、異世界召喚から人々を守るという召喚防衛師の立場。

 そして以前クレナが言っていた話から、志亜は改めてソロを問い詰めた。


「あの世界に、行けるの?」


 この地球から、自分自身の意思で異世界へ行くことができるのかと。

 かつてユウシ達がどんなに探し回っても見つけることができなかった、世界と世界を渡る方法が見つかったのかという問いである。

 短い言葉の中に混沌とした思いを込めて言い放った志亜の問いに、数拍の間を空けてソロが答える。


「ああ、行けるよ。研究を重ねた結果、僕の創造の力で次元渡りのアイテムを作ることができたんだ」

「……そう、だったんだ」

「今ならもし召喚魔法からの防衛に失敗しても、すぐに連れ戻すことができる。本当に、今更手に入れた帰還方法だけどね」


 今のソロは、自在に異世界へ行き来することができるのだ。

 それができるようになるのがユウシ達が苦しんでいた前世の世界であったなら、どんなに救われただろうか。

 ――どれほど多くの人が救えただろうか……そう考えて、志亜の心は深く沈んだ。


「……ユウシがいた世界には、帰れる?」

「いや、残念ながらそれはできない。行けるのはこの世界のフォストルディアであって、僕達のいたあの(・・)フォストルディアではない。なにせ、時代が違うんだから」


 異世界に行けるからと言って、前世のユウシがいた世界に行けるわけではないようだ。尤もダメもとで訊ねてみた質問であり、自身の存在が双葉志亜であることを肯定できた今、志亜には自分がユウシだった頃に帰りたいと思うような気持ちはなかった。


 ただこの地球と同じように、異世界も同様に逆行していたことは明らかになった。


 ならば……かつてユウシが守ることができなかった異世界の民も、ユウシが殺してしまった異世界の民も生きているのだと理解した志亜には、その事実が救いになる。


「……じゃあ、ロラ様も生きているんだ」

「ああ」

「クレナさんが助けてくれたんです!」

「クレナが?」



 聞けば、この世界でのフォストルディアはクレナやソロの介入を受けて大きく歴史が変わっているらしい。

 そしてこの場にいるロア・ハーベストもまたそれに貢献した身であることを聞かされ、志亜はまたも驚きに目を見開いた。


「ああ、僕がロラに渡した次元渡りのアイテム……ロア君を経由してそれを受け取ったクレナが、この時代のフォストルディアへ赴き大暴れしたんだ。まさに「強くてニューゲーム」って奴かな? あれは爽快だったよ」

「フィクス帝国は?」

「ゼン・オーディスが討ち取られたことで大混乱。因果応報だけどね」

「魔王軍は?」

「事態をややこしくする黒騎士ソロがいないから、僕達が辿った歴史ほど理不尽な強さはないね。魔王バアルは健在だが、こっちの戦力事情も結構苦しいみたいで、今は人類領にも攻め込めていないらしい」


 未来の知識という最強のアドバンテージを持つクレナとソロの活躍によって、かつてユウシ達が苦しまされた大半の問題は既に円満な形で解決しているとのことだ。

 なにせ、全ての元凶であり、最も厄介だった召喚師ゼン・オーディスを早期に滅ぼしたのだ。彼がいなくなることによって回避できる悲惨な事象は、志亜でさえ即座に三桁以上思いつくほどだった。


「……戦争は、どうなったの?」


 終わる気配のなかった魔王軍と人類の攻防。勇者の召喚が成り立たなかったことでその戦いがどうなったのか……志亜はユウシとしてではなく、志亜として気になった。

 立て続けに掛けた志亜の質問に、ソロは最も重大な発表をもたらす。


「創造神ルディアが蘇った」

「え……」


 永き時を眠り続けていた偉大なる神が、異世界に復活した。

 それは魔王軍と人類が地球の民を巻き込んでまで続けていた終わりなき戦乱の世を、一気に激変させる情報であった。


「ルディアが、蘇った……?」

「クレナや僕がこうして安心して地球にいられるのも、それが一番の要因かもね。復活した創造神が睨みを効かせている間、魔王軍もフィクス帝国も下手な動きは出来ない。つまり、仮初めの平和が訪れたんだ。あのまま、徐々に情勢が安定してくれればいいんだけど」


 創造神の存在はその肩書きの示す通り、唯一にして絶対のものである。

 幻想世界フォストルディアの創造神、ルディア。火の鳥の姿を持ち、太陽の神とも呼ばれるかの神の前では帝国の王であろうと魔族の王だろうと太刀打ちすることは出来ず、一度世に復活してしまえば永きに渡る戦争さえもたちまち停戦へ向かっていく。


 かの神の復活は、かつてのユウシ達が辿り着いた最大の切り札であり、ロラ・ルディアスの願いである戦争終結への最後の希望でもあったものだ。


 かつてのユウシ達もまた、かの神を蘇らせることに成功し、一時はその手に平和への希望を掴んだのだ。


 だが――


「破壊神フォストは?」


 創造神がいれば、対になる破壊神もいる。

 その神の名は「フォスト」。巨大な黒蛇の姿を持ち、万物の破壊を司るルディアと同格の神だ。

 フォストとルディア、二柱の神の存在がそのまま世界に「フォストルディア」という名前を与えたことから、かの神々の絶対的な強大さは窺えるだろう。

 そしてフォストという破壊神は、一睨みで戦いを終わらせる創造神に対して唯一抗うことができる存在だった。


 思えばかの神の存在が、かつてのユウシ達が破滅に向かっていった最初の分岐点だったのかもしれない。


「フォストか……やっぱりルディアのことを言えばあの神が出てくるよね」


 前世の記憶を振り返るように、苦い顔をしながらソロが語る。


「前の世界では僕達がルディアの復活に成功して、さあこれから戦争終結だってところでバアルがフォストを蘇らせた。おかげでヘブンズナイツの計画はガタガタになって、挙句ロラやみんなを死なせる遠因になった」

「………………」


 復活した創造神ルディアは、神巫女ロラとの交信を経たことにより、人間の味方として世界を安定に導こうとした。

 しかし呼応して当時の魔王バアルの手で蘇った破壊神フォストは、魔族の味方として世界の調和を保とうとしたのだ。


 お互いに相容れぬものがあった二柱の神はぶつかり合い、その結果、相打ちとなって再び姿を眩ました。


 それが、ユウシに残っている神々の最後の記憶だった。

 戦争終結に掛けた最後の希望として蘇らせた創造神ルディアの威光は、破壊神フォストによって不発に終わったのだ。

 それが後の悲劇へ続く破滅の始まりとなったのだから、志亜も心のざわつきは収まらない。この件からクレナなどは創造神のことを無能神と陰口を叩いていたほどであり、ヘブンズナイツの皆でどれほど苦い思いを抱えたものか。


 創造神ルディアが蘇っても、破壊神フォストが蘇れば意味が無くなるのだ。

 それどころか、破壊神の祝福を得たことを大義名分に魔王軍の動きがさらに活発になっていったのが、志亜の知る破滅の記憶だった。


 しかし、この世界ではその心配はないとソロは首を振る。


「今回は、どうにかフォストの復活を食い止めることができたよ」

「食い止めた?」

「僕の組織にはフォストルディアの神様に詳しい、とっておきのジョーカーがいてね。そのジョーカーが、フォストの復活を阻止してくれたんだ」

「ジョーカー? それは……」

「それだけは、君にも言えないことだ。クレナにも話していない」


 強引にはぐらかすようにそう言ったソロは真剣な顔で、志亜が思わず言葉を詰まらせてしまう剣幕だった。

 この辺りの事情は詳しく言えないが、ともかく破壊神の復活だけは阻止することが出来、創造神の威光が不発に終わった前回の過ちは繰り返していないとだけソロは説明した。

 そんな彼はふっと息を吐くと、愛車のバイクに背中を預け、グラウンドの方向を眺めながら言った。 


「伊達に未来の知識を持っていないってことさ。おかげで今回の世界ではルディアの威光が存分に発揮されて、魔王軍やフィクス帝国にも釘を刺してくれているよ。それ以来あの世界の人々はロラを中心に、少しずつ平穏に向かっている」

「……うまく、いったんだね……」

「ああ、そのことを君に伝えたかった」

「ソロは……下手くそ」

「はは、ユウシにも、お前の話は回りくどいってよく言われたね」


 異世界のことは、上手くやっていると……これまでのソロの話は、それを伝える為のものだったのだ。

 その親切心に志亜は、一つ気になることがあった。

 他ならぬソロ自身のことである。


「ソロは……志亜のこと、どう思っている?」

「ん……君のことかい?」


 ユウシの辿った未来では魔王となり、敵となった筈の彼。

 そんな彼だが、今のソロからは世界に対する憎しみも絶望も感じない。

 まるで魔王に戻る前の……友達だった頃に戻ったような彼に、志亜の中にいるユウシも戸惑っているようだった。

 故に、訊ねたのだ。

 彼には自分と死闘を繰り広げたシライシユウシの生まれ変わりである双葉志亜に対して、思うことはないのかと。


「かわいい女の子……かな?」

「……………………」


 おどけたように語るソロの答えは否で、彼は志亜とユウシの間に線引きを入れているようだった。

 しかし、何か誤魔化されているように志亜は感じる。

 そう言った際のソロがサングラスを掛けたままで、未だ一度も本当の「目」で見ていないからだろうか。

 それでも彼は、今窺える状態としては最大の誠意を込めたように志亜に言った。


「ユウシはもういない。僕はクレナと違って、そう思っているよ」

「……そう、か……」


 彼の中では、シライシユウシの存在は既に過ぎ去った過去の一つに過ぎないのだろう。

 それが良いことなのか悪いことなのかはわからなかったが、また敵になる気はないという決意表明として受け取ることもでき、志亜の心情は嬉しさと寂しさで半々だった。


「異世界の問題は、何かあっても僕らSOLOが動く。だから地球の人々を巻き込むことはないし、君も気兼ねなく平和に暮らしていていいんだ」


 ユウシの仲間だった頃、ユウシの友達だった頃に戻ったような頼もしくも優しい言葉に、志亜は思わず返事を詰まらせる。

 複雑な胸中から振り絞るような声で、ただ一言彼のやっていることを肯定した。


「……ありがとう」


 皆を守ってくれたこと、守ろうとしていること。

 彼の真意がどこにあるのであれ、その行動は間違いなく、人々の救いになっていた。

 解せないのは、合理性を抜いた感情の面だけだったのだ。


「でも」

「ん?」


 例えば。



「ソロは、ロラ様のところにいなくていいの?」



 彼女の死後狂い続け、魔王に堕ちてまで世界を憎んだ彼。

 そんな彼が存命中のロラ・ルディアスと共にいない理由が、志亜には解せなかったのだ。


 だがソロが言い放ったその理由はあまりに冷たく、しかし納得できてしまうものだった。


「彼女はロラでも、僕が愛したロラじゃないからね」


 双葉志亜をユウシとして見ていないように、彼はこの世界のロラ・ルディアスをかつて自分が愛した女性と同じ存在だと認識していない。

 はっきり別人として、彼はこの世界の人々を認識しているのだ。

 そう語る彼の表情には、魔王時代と同じ闇が宿っているように感じた。


「ソロ……貴方は、やっぱり……」


 ――まだ、あの人の死に囚われているのか。


 自らの中でそう呟くユウシの気持ちを、志亜は胸の痛みと同時に受け取った。

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