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蒼紅天使のマスカレード   作者: GT
第2章 Endless Masquerade
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閑話 とあるシスコンの日常



 その日、双葉志亜の弟双葉千次はかつてない事象と対面することになった。


 週明け月曜日の朝、千次がまだ眠い目を擦りながら居間に下りた時、朝食を準備中の母親から珍しい言葉を聞いた時点から、思えばそれは普段とは違う日常の始まりだったのかもしれない。


「千次、朝ごはんできるから、志亜ちゃん呼んできてよ」

「ん、わかった」


 普段、母親と同じぐらいの時間に起床する姉。千次が起きた頃には、母の手伝いをしながら一緒に朝食を作っている姿を毎朝見かけるものだ。

 しかし、この日の厨房には母一人しか居らず、その横に姉の姿がないのは最近では珍しい光景だった。

 それについては母も少し違和感を感じているのか、「もしかしたら体調が悪いのかしら?」とフライパンを握りながら心配そうな顔をしている。仮にそうだとしても、これまでの学生生活で滅多に欠席することがなかった姉にしては、この時間に居間に居ないのは相当珍しい事態だった。


 これは由々しきことだ……姉への心配で一気に眠気が覚めた千次は、自室から下りてきたばかりのその踵を返し、再び階段を駆け上がって姉の部屋へと向かった。

 そして部屋の前に立って軽くノックをしてみたのだが……部屋の中から返事が聞こえてくることはなかった。


「姉さん、朝飯できたってさ。……もしかして、着替え中?」


 呼び掛ければ何かしらの反応があると思っていたのだが、返事はない。

 千次が呼び掛けても、姉は全くの無反応だったのである。


「……まさか、本当に体調不良? ごめん、入るよ姉さん」


 実の姉とは言え、異性の部屋に入ることには気が引ける思いがあったが、本当に体調不良で返事が出来ないのであればそんなことを言ってられない。

 勝手に入室することを申し訳なく思いながらも千次はドアノブを回し、不安な気持ちで姉の部屋に入室した。



 ――そして、彼は見た。


 動物のぬいぐるみに囲まれた部屋の中、夏用の布団に小さな身を包まれながら静かに眠る、天使の姿を――。





「……すぅ……すぅ……」


 天使は無防備な寝顔を晒しながら、規則正しい寝息を立ててベッドの上に横たわっている。

 ドアを開けた瞬間から、千次はこの空間だけが世界から切り離された聖域であるかのように錯覚してしまった。

 それほどまでに、ここは侵してはいけない領域に思えたのだ。


「……きれいな顔してるだろ……姉なんだぜ、これ……」


 思わず、茫然としながらそんなことを呟いていた。

 しかし理性により即座に意識を復帰させた千次は自身がこの部屋に入った理由を思い出し、姉の眠るベッドの元まで移動を開始した。


「この時間でもまだ寝ていたなんて……いや、普通ならこっちの可能性を最初に考えるよな」


 自分より起きるのが遅い姉さんなんて、もしかしたら初めてなんじゃないだろうか。少なくとも物心ついてから、姉の寝顔をまともに見た記憶がなかった千次は、自分自身がこの聖域にとって異物であることを自覚しながら感慨に浸った。


 久しぶりに入った姉の部屋は、前に見た時よりも随分と女の子らしくなっているような気がする。


 何より変わったのは、その部屋に飾ってある数多のぬいぐるみだ。

 おそらくは親友の城ケ崎麗花と遊びに行ったゲームセンターなどで手に入れたのであろう物や、小さい頃に両親が買ってくれた物まで――多種多様なぬいぐるみが、どれもよく手入れされた状態で部屋中に飾り置かれていた。


 幼少の頃から大人びていた姉は、生き物だけでなく無機物も大切に扱っていたのだ。そんな彼女の性格が、ぬいぐるみ一つを取っても表れているように千次は思った。


「あの猫のぬいぐるみは、昔母さんが誕生日にプレゼントした奴だっけ? 物持ちいいな、姉さんは。俺なんか一か月ぐらいでボロボロにしちゃったのに」

「……ん…………」


 タンスの上に飾ってある懐かしい物を見ると、千次の記憶に当時の思い出が呼び起こされていく。

 しかしその意識は寝返りを打って布団をはだけさせた姉の寝息によって引き戻されると、千次は今も気持ち良さそうに眠っている彼女を前に、しばし腕を組みながら思考をまとめた。


 そして耳元まで顔を近づけて、彼女の鼓膜を刺激しすぎないよう囁くように声を掛ける。


「姉さん、起きて」


 日頃から朝寝坊しそうになった時の自分に対して姉がしてくれるように、千次は見よう見まねで熟睡する姉に起床を促した。

 眠っている人間を起こすには大声で呼び掛けるのが簡単だが、姉にそうするのは彼の良心が許さなかったのだ。多分、両親も許さないだろう。それぐらい二人は姉に対して親馬鹿であり、弟もまたそんな両親と同じぐらい姉のことを想っていた。

 故に、出来うる限りの優しさを持って呼び掛けてみると……姉は枕に横顔を預けながら、目をしばたかせ、虚ろな視線を向けて可憐な声を漏らした。


「……むにゅ…………せん、じ……?」

「おはよう、姉さん。大丈夫? もしかして、体調が悪いの?」

「……ううん……しあ、だいじょうぶ……ちょっと、ねむいだけ……」

「そ、そう」


 むにゃむにゃと夢見心地な顔をしながら、姉は千次の気遣いに対して微笑みを返しながら上体を起こす。

 やや大きめなパジャマを纏った彼女の両腕には、抱き枕ほどの大きさのペンギンのぬいぐるみが抱えられていた。

 その感触を今も確かめるように、姉はスリスリとぬいぐるみの頭に頬を埋めながら呟く。


「ふふ……ぬいぐるみ、ふかふか……」

「…………」


 千次はそんな姉の姿を、外面では無表情で――内心では大変なことになりながら漠然と見つめていた。




 ――やべーよ! やべーって千次!! なにこの姉さんいつもと違う! いつもと違うよ! いつもと違っていつもよりやべーよ姉さん! くそったれ、戦闘力がまだ上がってやがる……! 俺はロリコンの存在を認めないッ!!

 あんな奴らに共感なんかしないんだからなっ!!




 ……そんな、半ば錯乱状態に陥っていた千次に向かって、姉の志亜はぬいぐるみを抱き抱えながら目覚めたてで呂律の回っていない声で言い放った。


「んみ……おはよう、せんじ。今日もいっしょに、がんばろうねっ」


 屈託のない笑みに千次の意識が現世から帰還し、再び旅立つまで刹那の秒数だった。

 そこから血を吐くような根性でどうにか気を取り直し、千次は今一度姉と向き直る。


「よ、よく眠っていたみたいだね、姉さん。珍しいね、姉さんがこの時間まで熟睡しているなんて」

「ん……あ、もうこんな時間?」


 今のように軽く寝ぼけている状態の姉を見たことは、千次は今までの人生で一度として無い。

 幼い頃から前世の記憶によるフラッシュバックに苦しめられていた姉は、自分より早く眠ることも遅く起きることもなかったのだ。

 双子の弟である筈の千次でさえも、今回のそれは初めて見る姉の姿だった。

 いつもの無防備さとは違うベクトルの無防備さだ。初めて目にした姉の一面を前に、内心大いに狼狽えていた弟に対して、姉――双葉志亜はぬいぐるみを膝の上に乗せながら、満面の笑みを浮かべて追撃した。



「起こしてくれて、ありがとう。千次が優しい弟で、志亜は幸せな姉」



















「……もう俺、今日死ぬんじゃないかって思いながら登校したんですよ。もうありえないですって。何なんですあのあざとかわいい生き物は? ああ、俺の姉だったわ。最高だね、ほんと。双葉家に生まれて世界一幸せもんですよ俺は」


 今朝自宅であった出来事を、いっそ気味が悪いほど何の差異も無く正確に記憶していた千次が畳み掛けるように述べていく。

 彼がその話を聞かせている相手はこの学校において比較的仲の良い先輩であり、彼らの今いる場所は自身が通学している「天阜嶺(てんふれい)高校」の「生徒会室」であった。


 今朝の幸せを振り返っている間に一日の授業が終わってしまった放課後。

 事の始まりは、スキップでもするかのような軽快さで生徒会室に入ってきた千次を見て、生徒会の先輩が「なんかすごい上機嫌だな双葉。何かいいことあったのか?」と訊ねてきたのがきっかけだった。


 その問いを受けた千次が、ここぞとばかりに今朝の出来事――自身の姉が見せてくれた可愛らしい姿について熱く語ってみせたのがこれまでの顛末である。


 尤も、そんな彼の盛大な姉自慢を前に話を聞いた先輩役員は「聞くんじゃなかった……」と少々やつれたように頭を抱えながら、今では虚ろな目で天井を振り仰いでいる始末である。

 そんな彼の態度に気づき、千次はむうっと眉をしかめて頬を膨らませる。


「聞いてます? 白石先輩」


 生徒会役員の先輩――二年生の「白石勇志」が少々疲れた顔をしながら、呆れたように返す。


「……聞いている。同じ話を、さっきから五回は連続で聞いているぞ」

「正確には七回だな。双葉君がシスコンだというのは噂されていたが、ここまで極まっているとは私も見誤っていた。素晴らしい! それでこそ我が生徒会役員だ」


 もう勘弁してくれ……と弱音を溢す勇志の後に続いたのは、彼と同じ二年生役員である「田中正雄」だ。

 一年生の頃、田中が取材と称して自身が執筆しているネット小説の参考にする為に、何故か勇志を引き摺りながら生徒会室に乗り込んできたのが二人の役員生活の始まりだったと聞く。そんな彼らは片や天阜嶺高校一の変質者、片や天阜嶺高校一の苦労人として生徒達の中では中々に有名人だったりする。


 そんな二人に自身の姉自慢に対する各々の感想を受けた千次は、今しがた行った姉自慢をさらに重ねるように飄々と言い訳の言葉を並べ立てた。


「いや、俺だって普段は抑えているんですよ。だけど今朝の姉さんはマジでやばかったんですって。あんな姉さん初めて見たって言うか、だからこその破壊力だったと言うか」


 実際、千次は普段からこのような姉自慢をしているわけではない。

 と言うよりも、そんなことをしたのも今回が初めてである。普段の彼は教師はもちろん生徒からも印象を良くする為に模範生であることを心掛けており、実際のシスコンぶりを知っている人間は数少ない。

 故に、今回の姉自慢は生徒会役員達にも想定外だったようだ。彼らはそれまで模範生だった後輩が見せた思わぬ一面に対し、ある者は歓喜し、ある者はドン引きしていた。

 因みに、白石勇志が返した反応は後者に当たる。

 ま、まあ……と、論点をすり替えるように彼は後輩の暴走をフォローする。


「まあ、よく眠れたっていうのは良かったんじゃないか。不眠症だったんだって? お前の姉さん」

「最近は治り始めているみたいですけどね。でも確かに……少なくとも、俺は今まであんなに気持ち良さそうに眠っている姉さんは初めて見ましたよ。昨日、新しい友達と遊びに出かけたって言ってたから、それで疲れていたのかも」

「ほう、姉上はデートをしていたのかな?」

「いえ、女の子の友達なんで大丈夫ですよ。って言うか、男とデートしてたんなら俺が今こんなところにいるわけないでしょう」

「そ、そうか。怖いなお前……」


 田中正雄が問いかけた心外な言葉に対して即座に否定し、千次は断定して言い切る。

 自分は姉さんに対して身勝手な独占欲を抱いているわけではないし、自分の自己満足よりも第一には姉の幸せを願っている。ただもしも、本当に姉に交際相手が出来た時にはどういう相手なのか見極めたいと思っているだけだ。

 大半の下心を持った男達は姉の優しい心を目の当たりにすることで勝手に浄化されていくのだが、それでも人を疑うことをしない姉だからこそ、弟として色々と心配になってしまうのだ。

 それこそ、先輩の言い放つささやかな冗談すら許容できないほどに。


「ほう、では私が君の姉上に交際を申し込んでみようか。君の話を聞くに、相当チャーミングな子のようだからね」

「ぶち殺すぞ田中!」

「申し訳ありませんでした」


 目上の先輩に対して、一年坊主である千次が容赦なく吠える。

 これには田中も真面目な顔で謝るしかなかった。

 しかし建前上、学校の模範となるべき生徒会役員がこれでは示しがつかない。そう思ったのか、常識的な思考を持つ白石勇志が千次の後輩らしからぬ態度を嗜めてきた。


「双葉、気持ちはわかるが落ち着け。仮にも先輩相手に……誰にもしちゃ駄目だが暴言はいかんぞ、暴言は」

「でも白石先輩だって、妹さんのことを同じように扱われたらどうしますよ?」

「ぶち殺すぞ田中!」

「変わり身が早いな! 流石は我が盟友白石、やはり君を生徒会に入れた判断は正しかった!」

「無駄にテンション高いですねあんた……」


 ……もしかしたらこの生徒会室に常識人は居ないのかもしれない。そんなことを考えている他の役員達を尻目に、田中がふむ、と下顎に手を添えながらしみじみと語った。


「しかし、あれだな。我々からしても君達は実に羨ましい立場だよ。君達の身内自慢を聞かされる度に、私にも姉や妹がいたら良かったのにと思ってしまうな」

「はは、それはそうだね」


 そんな田中の言葉に追従したのは、これまで記帳机で真っ当な仕事として書類整理を行っていたメガネ男子の生徒会長だった。


「僕は何より、ここにいる生徒会メンバーの華のなさにため息が出るよ」

「あー……」


 実際にため息を吐く彼の姿には、どことなく哀愁が漂って見えた。

 何故、彼が落ち込んでいるのか――それを知らぬ者はこの生徒会室には居らず、その理由もまた高校生男子であれば誰にでも理解出来るであろう単純なものだった。


「……会長」

「何故か男子しかいないっすからね、うちの生徒会」


 この天阜嶺高校の生徒会メンバー――大学受験の為、早々に三年生から二年生に引き継がれて間もない今の生徒会室には、誰一人として女子役員が居ないのである。

 生徒会――というものにどこか甘美な幻想を抱いていた者も中には多いのだろう。少々みっともなくはあるが切実でもある生徒会長の呟きは、千次にすら容易く切り捨てることは出来ないものだった。

 夢破れた男子しかいないこの場所で、くっそかわいい姉の自慢をしたのは間違いだったのだと……冷静になった今になって、千次は理解し反省した。


 そんな何とも言えない空気の中で、ええい!と何故か廃棄予定の書類の裏に美少女のイラストを殴り書きし始めた田中が叫び出す。


「まったくだ! 生徒会と言えばラブコメだろう!? よくよく考えたら中身はないけど和気藹々としたこう……青春要素に満ち溢れた萌えであろうに……! 何故男子校でもないのに生徒会に女子が一人もいないのか、これがわからん! 何故だね双葉君!? 双葉千次ッ!」

「俺にはあんたの存在の方がわけわからないんですけど……っていうか無駄に絵上手いなあんた」

「相変わらず余計なスキルだな……」


 ぬおおお!と叫びながらプロの絵師もかくやというばかりのスピードで次々と廃棄書類の裏に美少女イラストを書き込んでいく彼の姿は、凄いには凄いのだがこの場でやる意味は本当にわからなかった。実際に本人に聞いてみても「意味なんかあるわけないだろ」と真顔で返されるだけであることを千次はここに入って一月で理解していたし、勇志達の反応を見ても彼の奇行にはもはや慣れたものだった。


 ただ一応、彼が悔しがっていることは生徒会としての活動にも無視できないものではあった。理由はともかくとして。

 今度は真面目な雰囲気の中で、生徒会長がそのことを議題に上げる。


「田中君の下心はともかく、せめて一人か二人は女子役員が必要だと思うんだ。先輩達がいた頃は良かったけど、男だけだとどうしても会の運営に差し障りがあるからね」

「……まあ、俺達だけでやっていくとどうしても男子側の立場に意見が片寄りますからね」

「うん、そういうこと」


 公正で公平な運営を行っていく為にも、男子のみで構成された生徒会というのはあまり推奨されたものではない。

 その事実を合理的に語った会長は、自身の執務に取り掛かろうとしていた千次に視線を向けて提案した。


「そこでだ、双葉君。僕は君に、一つ会長権限で仕事を与えたい」

「……何です?」

「一年生の中から、どうか役員になってくれそうな女の子を勧誘してきてほしいんだ。ほら、君結構モテるみたいだし」


 一応募集は掛けているんだけど、どうにもそこの男のせいで上手くいっていないんだよ……そう嘆きながら、会長は自身の描いたイラストの完成度に高笑いを浮かべる田中の側を一瞥しながら言う。

 ああ、とその話に納得したのは千次の方だった。

 要は、見た目は無害そうに見える自分に勧誘を一任したいということだろう。理にかなっている話だ。

 

「……まあ、あんまり似てなくても双子の弟ですからね。姉さんの弟なら、モテて当たり前ですよ」

「なんて奴だ……やはり君は鼻持ちならんな! だが私の小説ではこうはいかんぞ、覚悟しろ!」

「何言ってんだこの人」


 実際、千次は女受けは悪い方ではない。というよりも実家が裕福であり両親譲りの恵まれたルックスを持つ千次は、その手の話に困ったことは一度も無かった。

 しかし多くの男子生徒を敵に回すようなことを平然と口にする彼もまた、やはり常識人とは言い難いのかもしれない。

 そんな生意気な後輩に対して、田中が今度は切実そうに言い放った。


「今は君が頼りなんだ双葉君! それと、新しい役員にはツンデレと素直クールのワンセットを所望する! やはり実物を観察しなければ、創作にも生かせぬものよ! んああ、今回は是非とも私が勧誘したかったのだがなぁっ!」

「田中は黙っていろ」


 変質者の戯言を無視しながら、千次はやれやれと息を吐いて思考を巡らせる。

 一年生――同学年の女子の中から生徒会役員候補を探してみるとなると、彼がその中で最近コミュニケーションを取ったことがある相手はそれなりにいた。

 尤もことごとくビッグネームな相手ではあるが、それぞれ十分な能力を持った優秀な生徒であることにも違いなかった。


「……まあ、当てがないわけでもないんで一応当たってみます」

「なんだ? 良い候補がいるのかい?」

「二人だけですけどね。田中先輩じゃないですが二人ともかなりの美人ですし、一年生の中でも有名な子だと思います」


 当てと言われて真っ先に思い浮かんだのは、今日日「姉」のことで色々と質問を受けることになった二人の同級生だろう。

 その二人はこの学校で一二を争うほどの美少女で、他の者達とは明らかに雰囲気が違う生徒だった。

 そう千次が語ると、自身が落書きした書類を敬礼しながらシュレッダーに送り込んでいた田中がその人物の詳細を察したように問い掛けてきた。


「……まさかそのお二方、「蒼紅天使」のことかな?」

「何ですそのクサい呼び名? 初めて聞きましたけど」

「ああ、私が今名付けたのだよ。青き瞳を持つ快活な少女「東條ルキ」と赤き瞳を持つ儚げな少女「紅井クレナ」……彼女らはまさに、現代に生まれた麗しき天使だよ! うむ、インスピレーションが沸き立つな! 次の小説のヒロインは彼女らをモデルにしよう」

「あんたマジで気持ち悪いな」


 東條ルキと紅井クレナ。確かに、それは千次が誘ってみるかと思い浮かんだ少女達の名前である。

 もちろん、千次は二人の勧誘がそう上手く行くとは思っていない。特に赤い方は絶対に受けないだろうと確信しているほど気難しい少女である。

 少なくともあの子は、田中の想像しているような儚さとは無縁な人間なのではないかと千次は認識していた。

 反対に目が青い方は気さくで人懐っこい性格をしているので、こちらが上手く言いくるめれば案外協力してくれるのではないかと期待しているが。


「……まあ、最近ちょっと話す機会があったんで、二人に聞いてみますよ」

「ぜひ頼むよ!」

「な、なあ双葉? その二人ってその、紅井クレナって子なんだよな?」

「ええ、そうですけど」

「そ、そうか……」


 あまり期待しないように他の役員達に言い聞かせながらも、千次は会長の頼みを受けることに決め、話はあっさりとまとまる。

 しかし「紅井クレナ」の名前が出てきたことで、それまで冷静だった白石勇志がどこか不審な挙動を見せ始めた。


「どうしました? 紅井さんが何か?」

「いや……意外な名前が出てきたから、少しな」

「ふむ」

「ほう……これはこれは」


 何やら要領を得ない調子で返す彼に、らしくないなと思いながら千次はそれ以上の詮索を避ける。 

 しかし会長と田中は彼の様子から何かを察したように相槌を打ち合うと、田中が再び意気を上げて宣言を始めた。


「よし、ならばただ今を持ってSLK計画を実行する!」

「なにその計画?」

「生徒会ラブコメ化計画だね。流石は同志田中、僕の考えをわかっているじゃないか」

「会長の片腕たる副会長ならば、このぐらいわけないさ」

「フッ……こいつぅ」

「フハハ」


 もはやツッコむ気にもなれないくだらないことを言い出した彼と、常識人だと思っていた生徒会長が意気投合している姿を見て、千次はこの生徒会はもうだめだなと速やかに諦めへ至った。


「この生徒会、ほんと気持ち悪い」

「……二人とも、悪い奴じゃないんだ。ただちょっとノリで生きているところがあるだけで、これでも仕事はちゃんとするし。困ったら相談相手になるから、どうかあいつらを見限らないでやってくれ」

「先輩……あんたいい人っすね。女子が来ないの、絶対この人らのせいだろ」


 おそらく自分の味方は、自分とは違うタイプのシスコンである白石勇志先輩だけだろう。

 そんな認識をこの一日でより深めた千次は、内申点目当てにこの生徒会に入った数か月前の自分の判断を重ねて後悔する。

 そして、思った。



 ――ああ、早く家に帰って姉さんに癒されたい、と。












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