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蒼紅天使のマスカレード   作者: GT
第2章 Endless Masquerade
60/80

第19話(紅)


 次元幻馬をカードに戻したクレナは、全ての力を行使することに何の躊躇いもなかった。

 玄武と白虎、それぞれ大剣と短剣を操るオーディスの戦闘人形――元召喚勇者達の攻撃を炎の剣で捌きながら、その全身から放出した紅蓮の渦で彼らを豪快に薙ぎ払う。

 一対一ならば勝負にもならないだろう。それほどまでにクレナの力は、同じ異能を持つ彼らを圧倒していた。

 しかし、依然クレナは本丸であるオーディスに一太刀も浴びせられずにいた。

 クレナ自身と戦闘スタイルの似ている前衛の二人はそれほどの脅威ではない。しかし杖を構えた後衛の少女が、クレナに対して厄介な能力を備えていたのだ。


「やるもんだ……」


 飛行魔法で空中を泳ぎながら、クレナは先ほどまで自分が居た場所が氷河地帯のように氷漬けにされていく光景に舌打ちをする。

 炎さえ氷漬けにし、一時はクレナをも封じ込めた彼女の「C.HEAT」。あのように心が壊れるまでは、さぞ手練れの勇者として活躍していたのであろう。それが今はオーディスの戦闘人形となり果て、虚ろな目でこちらを見据えている青髪の少女にクレナは哀れみを覚えた。


「最高傑作と言ったろう? 彼女が居る限り、君は私に指一本触れることはできん」


 青龍と呼んだ少女に守られながら、オーディスは尚も余裕の佇まいである。そんな彼に目を向ければすかさず三方向からの攻撃がクレナに襲い掛かり、鮮やかに捌きながらも三人がかりの包囲網を突破出来ずにいた。


「それとも、流石の君も彼女らは殺せないか? 君達の同胞である、チキュウの民は」

『安っぽい精神攻撃だな。私の邪魔をするなら、同郷の人間だろうと関係ない』

「非情だね。やはり君は私の同類だよ」


 戦闘人形として扱われている三人は、ただオーディスに利用されているだけでそこに自身の意志は無い。

 その不幸な境遇に同情はする。哀れにも思う。助けたいとも思う。しかし今のクレナにとってそれらの優先順位はオーディスを仕留めることよりも低く、彼女が良心の呵責で手加減をすることも、足を止めることもなかった。


『……このまま生き地獄を味わせ続けるぐらいなら、私の手で今楽にしてやる。私が先輩達に掛けられる情けは、その程度だ』


 飛行魔法で展開していた紅蓮の翼を広げ、斬り掛かる前衛の二人を力任せに弾き飛ばす。

 そしてその隙に炎の剣を携えたクレナは、最初に潰しておくべき厄介な青髪を見据え、自身に出せる最高の速度で急迫していった。

 相対する青髪の少女は杖を構え、魔力をみなぎらせた自身の周囲から冷気の篭った光の弾丸を撃ち出してくる。それぞれにタイミングをずらして弾丸を連射し、時折杖先から狙いを澄まして冷凍光線を迸らせる。

 クレナの飛翔する空間に弾幕が殺到する光景は、さながら弾丸を氷柱の針に見立てた剣山のようだ。

 だが、そこに隙間が無いわけではない。

 クレナは鳥のように優雅に舞い、時折迫る弾丸を炎の剣で切り払いながら、それら全てをかわしきる。


『この程度で、私は止まらない』


 炎の剣を用いた近距離戦が、未来のアカイクレナから受け継がれたクレナの十八番だ。

 そして今回のように遠距離砲撃を得意とする者の相手は、その知識上何度も経験したことがある。

 無数の化け物共が放つ数多の弾幕を掻い潜り、敵の急所を切り裂く。そうやって戦い続けて、アカイクレナはあらゆる強敵に勝ってきたのだ。


 ――もらった!


 研ぎ澄まされた感覚が、クレナの身を羽のように軽くさせる。

 青い髪の少女が放つ弾丸の嵐をかわしながら、流れるようにその身へと向かう。

 一瞬にして懐に飛び込み、たちまちのうちに剣の間合いに入ったクレナは、感情のない目を向ける敵に対して容赦なく右腕を振り下ろした。


「……わるくおもうな」


 せめて、痛みもなく。

 哀れな戦闘人形に成り果てた先輩勇者に対して、クレナなりの情を掛けてその細首を斬り落とそうとする。


 しかし次の瞬間、クレナは吹っ飛ばされた。


「やめろ」


 弾き飛ばされたのだ。

 相手は白虎や玄武と呼ばれた少年達ではなく、高みの見物を決め込むオーディスでもない。

 突如としてこの世界に割り込んできた一人の青年が、青髪の少女とクレナ両方の身に体当たりを浴びせ、少女の命を断とうとしたクレナの攻撃を妨害したのである。


「悪いが、彼女らを殺すのは勘弁してくれないか」

「――!」


 そして、クレナは空中で体勢を立て直しながら、新たに介入して来た人物の声を耳にする。

 聞き覚えのある声だ。

 そして、オーディスと同様に二度と聞きたくなかった声でもある。

 嫌悪感を露わに睨みつけるクレナの視線の先には、一同を見下ろすような位置で青年の姿が浮遊していた。


「……なに?」


 その存在に目を見開いたのは、攻撃を妨害されたクレナだけではない。

 戦況を見つめていたオーディスもまた、同じように怪訝な表情を浮かべていた。


「私の結界を破り、この場へ割り込んできた……? 何者だ?」


 彼にとってもまた、その青年の登場はイレギュラーな事態だったのだろう。

 クレナとオーディスの両方から視線を注がれた青年は目元に掛けたサングラスのズレを調整し直しながら、不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「地球からやってきた、ただの巫女オタクだ」


 上質な黒いスーツを身に纏う彼は、その服の上にミスマッチな白いマントを羽織っている。

 そんな彼の容姿の中で一際目を引くのが黒でも白でもない、白銀よりもくすんでいる灰色の髪だ。

 その声とその姿は紅井クレナにとって初対面の人物であったが……彼女にある未来の知識は憎悪を抱くほどに彼のことを知っていた。


「魔王……ソロか」



 ――彼こそが、アカイクレナとユウシ達が戦った時代に君臨したフォストルディア人類の敵……「魔王」その男だったのだ。



 そんな彼とアカイクレナの関係は勇者と魔王というわかりやすい関係でありながら、一文では説明しきれない様々な事情から複雑な関係でもあった。


「久しぶりだな、アカイクレナ。本当に久しぶりだ」


 サングラスで目を隠した青年は、しみじみと感慨に浸るような態度でクレナを見据える。

 この時代では完全に初対面な筈のクレナに対して、それはあまりにも不自然な態度だった。

 そんな彼の姿を見て、クレナは即座に理解する。

 いや、改めて確信したと言うべきであろう。何故ならばクレナは、ロアが持っていた召喚獣を使役する「地球臭い」カードを見た時点で、当初から彼の存在を懸念していたのだから。


『魔王……やはり、お前も来ていたのか』


 ――この男、魔王ソロはクレナと似た境遇の者であると。


 少なくとも自分と同じように未来の知識を持っているであろうことが、既にクレナの頭では想像ついていた。


「もっと驚くかと思っていたけど、案外落ち着いているんだね」

『カードだ』

「カード?」


 最初に違和感を感じたのは、ロアが使っていたあのカードだった。

 あのカードには未来でアカイクレナが幾度となく目にしたものと同じ痕跡があり、そしてロアはそのカードを姉であるロラから貰ったものだと言っていた。


『ロラの弟、ロアが持っていたカード……あれからは、僅かだがお前の力を感じた。大方未来知識からこの時代でロラの身に危険が迫ることを知っていたお前が、彼女を守る為にアレを渡していたんだろう』

「正解。それだけの情報で、よくそこまで気づいたね」

『私が関わっていないところで、私の知る歴史にないことが起こっていた時点で、この世界のイレギュラーが私だけとは思えなかった。だがお前がこの時代に居るのなら、今までの不可解な出来事も説明つく』

「なるほど、だから気づいたと」

『やはり、あのカードはお前がロラに与えた自衛手段だったんだな』

「好きだった人を守る為さ。彼女には断られたけどね。勇志達を使い魔で監視している君と似たようなものだ」

『……巫女オタクめ』

「ありがとう、いい褒め言葉だ」


 叩き合う軽口の中で、クレナは彼が自分の知る「魔王」であることを確信する。

 これまでにクレナの前で起こった、彼女が関わらずにして起こった数々の「正史にない出来事」。その原因を、クレナは彼の存在を確認したことではっきりと理解した。


『私よりもずっと前に、お前はこの世界に来ていたのか』

「ああ、君が動けなかったのをいいことに、好き勝手暗躍させてもらっているよ」

『ふん……巷で人気らしいカードゲームを作ったのも、お前か』

「会社を立ち上げたんだよ。いつか君達にも語っただろう? 僕の夢は、世界中の誰もが楽しめるゲームを作ることだっって」


 ……本当に、未来知識通りの人物だ。彼に抱いている感情に呆れが混ざりながら、クレナは彼の辿った人生と自分達の身に起こした出来事を思い出し、深く溜め息をついた。



 魔王ソロ――神巫女ロラ・ルディアスと愛し合い、一時期は勇者達と手を組んで共に戦った男。

 勇者達と共に「ヘブンズナイツ」を結成し、世界の危機と戦った男。

 しかし最後は勇者達を裏切り、世に絶望を撒き散らす大魔王となってアカイクレナを殺した(・・・・・・・・・・)男。



 彼とアカイクレナの関係は、まさしく複雑怪奇と言って良いだろう。

 クレナも彼との因縁を振り返れば、今この場で首を絞めてやりたいぐらいの気持ちだった。


『よくもまあ、おめおめと私の前に出てこれたもんだ』

「相変わらず手厳しいね、君は」

『剣を向けられないだけ感謝しろ』

「そうかい」


 マントを靡かせながらクレナの元へ近づいた彼は、身を翻して周囲の気配に顔を向ける。

 クレナもまた再びゼン・オーディスを睨みつけ、図らずも二人は背中合わせの格好となった。

 彼の魂胆は、はっきりとは読み取れない。

 しかし今は一体誰と戦うべきなのか、それは考えなくともわかることだった。


『だが、ここでは力を貸してもらうぞ、魔王。今はまずコイツを倒す』

「わかった。だけど三人の相手は僕に任せてもらおう。君に任せたら三人とも殺してしまいそうだし、君は僕が彼らを抑え込んでいる間にオーディスをやるといい」

「わたしに、さしずするな」


 彼には聞きたいことが山ほどある。

 そして、彼がゼン・オーディスの味方ではないことは未来の知識からわかっている。

 今最も優先すべきなのはオーディスの抹殺だ。それ故にクレナは、胸の内では最大級の警戒を払いつつも彼との共闘を選ぶことにした。


 ――そしてその判断は、おそらく正しかったのであろう。


 青龍、白虎、玄武、この三人の厄介な戦闘人形の相手を全て彼に押し付ける形で、ようやく本丸に挑むことが出来たのだから。





「よくぞ、たどり着いた。君こそが、本物の勇者なのかもしれないな」


 三人の包囲網を突破し、彼らは今ソロが食い止めている。

 ゼン・オーディスと一対一になった絶好の機会の中、クレナは地に下りて向かい合っていた。


 ――全ての力を、剣に込める。


 勇者の力「C.HEAT」。浄化の炎の力を炎の剣一点に集中させ、その刀身を身の丈以上の大きさへと肥大化させていく。

 これが最初にして最後の一撃だと、そう示し合わせるように。

 大剣と化した炎の剣を両手で構え、クレナは真紅の双眸で敵を睨む。


『決着をつけるぞ』

「良かろう……来い」


 クレナと対峙したオーディスが、薄ら笑いを消してその手元に光の魔方陣を展開する。

 魔方陣の中に手を突っ込み、どこからともなく現れた一本の槍を引っ張り出して右手に構える。

 彼の得意とする「召喚魔法」――それによって、彼はクレナを倒す為の武器を召喚したのだ。


 左手で手招きし、クレナを挑発する彼がこの期に及んで選んだのは小細工無しの一騎打ち。

 罠を疑ってしまうほどに、意外にも正々堂々としたオーディスの姿だった。


「!」


 両者数拍の間を置いて。

 短く――長い時間が過ぎ。

 クレナが動き、地面を蹴った。

 助走をつけるように数歩の走りを刻んだ後、背中に紅蓮の翼を広げて少女が飛ぶ。

 真っ直ぐに、正面から。

 身体中に満ち溢れる全エネルギーを解放し、最高のスピードで。

 迎え撃つオーディスもまたカウンターを決める為、一切の怯えも小細工もなく、槍の切っ先を差し向けた。


 ――そして、二人の怪物が激突した。


 瞬間、紅蓮の火の粉と青白い閃光が弾ける。


 クレナの突き出した大剣は、その使命を果たした。

 鮮血が飛び散り、返り血となってクレナの頬と服をおびただしく濡らした。

 そして自身の身体から噴き出した赤に染まる彼女を見て……オーディスが、満足そうに笑う。


「……! きさま、なぜ!?」


 動揺の反応を見せたのは、この決闘を制したクレナの方だった。

 クレナの突き出した炎の剣は、深々とオーディスの胸に突き刺さり、背中から貫通している。

 間違いなく心臓を貫いた――誰の目に見てもわかる、クレナの勝利だった。

 しかし、クレナはこの一撃を放つ瞬間、オーディスの取った不可解な行動に目を見開いて狼狽えた。


 オーディスの手には今、何も握られていない。


 クレナにカウンターの一撃を放とうとした瞬間、その手から彼の槍が消え失せたのだ。


「……見事だ……アカイ、クレナ……」

『何の……真似だ!?』


 交錯する瞬間、オーディスは自らの武器を捨てたのである。

 まるでわざと負けることを選んだような行動に、クレナは強敵を仕留めた喜びもなく、血を吐いた彼に問い詰める。

 オーディスは自嘲するような顔で、しわがれた頬を歪めて言い放った。


「なに……丁度いい機会だと思っただけだ」


 返って来たのは、要領の得ない言葉だった。

 ただ死にゆく彼の顔は不可解なまでに満足そうであり、はっきりと喜びの色が浮かんでいた。


「これで、私も神の世界へたどり着ける……感謝するぞ、紅井クレナ……これからの君が、楽しみだ……」


 そして彼は、最後の言葉を言い残す。

 その瞬間、クレナの心に過ったのは不完全に燻ったままの怒りの炎だった。


「ちっ!」


 彼の身に食い込んだ炎の大剣を抜き放ち、彼の身体が力無く倒れ伏す。

 物言わぬ屍と化した彼の肉体を見下ろしながら、クレナは怒りに任せて剣を振り上げた。


『最後まで、お前の考えていることはわからなかった……お前とは、わかり合う気もない!』


 おそらくは既に絶命しているのであろう。意識も無く、息も無いオーディスの身体を目掛けてクレナは紅蓮に染まる剣を有り余る力任せに振り下ろし――この戦いを終わらせた。


「きえうせろ!」


 炎の大剣がオーディスの遺体を砕いた瞬間、叩きつけたその部位から紅蓮の爆発が広がってはこの城を覆い尽くすほど膨大な量の炎が柱となって昇っていく。


 魂さえ浄化し、跡形も無く消滅させるクレナの必殺技――自身の技に名前を付けるという発想のないクレナには特にその技を放つ際に名を叫ぶことは無かったが、その一撃は未来のアカイクレナが幾度となく強敵を葬って来たものだった。


 広がっていく紅蓮の中で、クレナは見届ける。

 オーディスの肉体が完全に滅び、消滅していくところを。

 どんな魔法でも、それこそ未来の白石絆の「生命の力」でも再生不能な状態になったことを見届けて、クレナはようやく脱力の息を吐いた。


 しかしその心に達成感はなく、かと言って虚しさも感じていなかった。心の割合を占めていたのは、彼の最期に対する困惑だ。


「なんだっていうんだ……」


 ゼン・オーディスを殺した。

 完全に滅ぼした。

 魂の一欠けらも残さず、この炎で跡形もなく葬ってやった。

 なのに、何故……とクレナは自らの手を握りしめて困惑する。



 ――何故こんなにも、倒した気がしないのかと。



「なにがしたかったんだ……おまえは……」


 処刑人として彼の最期を見届けたクレナの声が、炎の向こうへと消えていく。

 彼のことなど理解したくもない。

 しかしあまりにも不可解な決着は、因縁の敵を相手に成し遂げたものとしては疑問が残るものとなった。



 その真相は、未だ解明されていない。





 ――以上が、紅井クレナが追憶する紅の出来事……一年前に起こった、彼女による異世界召喚への決着だった。


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