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蒼紅天使のマスカレード   作者: GT
第1章 Heavens Knight Online
33/80

第24話



 かつて、大戦があった。


 フォストルディアの創造神ルディアに反旗を翻した「魔王」――地上にて異常な進化を遂げたその者の名前を「バアル」と呼んだ。

 「勇者」と呼ばれる人間に加えてヘブンズナイツという最強の騎士団を擁するルディアに対して、魔王バアルは七十体もの強力な悪魔を従え、これに対抗していた。そんな彼らの総称を「バアル七十幻魔」と呼び、地上全生命を恐怖に陥れたと言う。

 数千年に及ぶ大戦は死闘の末に魔王が敗れ、勝利者となった創造神も戦いの傷を癒す為眠りについた。そして魔王の配下であるバアル七十幻魔もまた大半が表舞台から姿を消し、以来魔王バアルと共に伝説上の存在として語り継がれることとなった。


 ――幻魔アスモデウスもまた、かの伝説として唄われる悪魔の一柱である。


「この祭壇にはその悪魔、アスモデウスが封印されておる」

「あすも……でうす?」


 豪奢ながらもどことなく禍々しさを感じる巨大な祭壇を前にして、ボボが語り出す。

 かつて創造神やヘブンズナイツと戦った恐ろしい「魔王」が居たと言う話は以前フィフスから聞いたこと話だが、その魔王の配下については今しがた初めて知ったことだった。


「要は、昔暴れた魔王軍の幹部がここに封印されているということですね」

「まあ、そんなところじゃ」


 今しがた語られた話をかいつまんだレイカの解釈を、ボボが肯定する。

 この「アスモデウスの祭壇」という場所にはかつて神と戦い、世界を恐怖に陥れた存在が封じられている。

 遥か昔に起こった出来事である「大戦」のことを神妙に語るボボの目を見ていると、そのアスモデウスという存在がいかに危険な存在だったのか十分に伝わった。

 フィアは直接会ったこともない者に対して善悪を決めつける気は無かったが、当時を語るボボがどう思っていたのか気になり、彼に訊ねた。


「アスモデウス……は、悪い人?」

「ああ、同情の余地が無い悪党じゃった。奴の為にいくつの命が奪われたことか……数えることも出来んよ」

「見てきたように言うのですね」

「実際に見てきたからのう。わしはこれでも大戦経験者なんじゃ。死に損ないの、生きた化石じゃよ」


 創造神ルディアが眠りにつく切っ掛けとなった戦争の話を、懐かしそうに語るボボ。

 分厚い体毛に覆われた顔からは表情が見えにくいが、フィアの目には彼が悲しんでいる様子がはっきりと見えた。フィフス以上に憂いの篭った目は、彼が実際に当時のことを見てきたことの何よりの証だと、フィアは悟る。


「ボボさんは、長生き……ずっと、ここに居た?」


 遥か昔の大戦争をその身で経験してきたと言うこの雪男は、一体どれほどの時を生きてきたのだろうか。

 人間には想像もつかないような年月をこの地下で過ごしていたのだろうかと思うと、彼には惜しみない敬意を払うべきである。

 そんなことを考えていたフィアの問いに、ボボが答える。


「うむ。大戦が終わって以来、わしはこの祭壇を監視してきた。他にすることもなかったし、ほとんど眠ってばかりじゃったがの」

「そう……」

「わしが自分で勝手にやり始めたことじゃ。じゃから、お主に憐れまれることではない」

「……ごめんなさい」

「感受性が高い奴じゃのう。色々と損な奴じゃ」


 彼は誰に命令されたわけでもなく自分の意思でここに住み、永き時を祭壇の見張りに費やしているのだという。老人の道楽としてはあまりに時間を掛け過ぎていると思うが、彼自身に困っている様子はなかった。

 その姿は彼がこの祭壇に、ひいてはアスモデウスという存在に対して特別な感情を抱いているようにも見えて、フィアにはそれ以上の詮索は憚られた。


「それで、貴方はフィアさんに何をさせたいのですか?」


 この「アスモデウスの祭壇」という場所がどういう場所なのか概要を教えてもらったところで、話を次に進めるべくレイカがフィアの横から質問を投げ掛ける。

 地下深くの鍾乳洞で出会った自分達人間と、祭壇を守る雪男のボボ。祭壇を見張るのが彼の役目だと言うのなら、侵入者である自分達は追い払われる方が自然的ではないかと思ったのだろう。ゲーム的に考えて。

 しかしボボはフィア達を追い払うのではなく、寧ろ自らこの祭壇へと招き入れた。これまでの話ではその目的は何一つ明かされておらず、不可解だったのだ。

 そんなレイカの質問に、ボボはその巨体からフィアの姿を見下ろしながら答えた。


「ここに来る前に言った通りじゃ。フィア、お主にコレを見てもらいたい」

「フィアが、見る?」


 ボボが語った要件に、フィアが首を傾げる。

 目の前に佇む巨大な祭壇――それをフィアが目にすることこそを、彼は目的としていたのだ。

 しかし、何故フィアに頼むのか……フィア自身としては彼の頼みを受けるのは全く構わなかったが、その理由が解せなかった。


「近頃、どういうわけか外からこの祭壇を狙ってくるモンスターが多くての。気のせいならば良いのじゃが、妙な胸騒ぎがするのじゃ」


 心底煩わしいと言いたげな様子で、ボボが語る。

 彼の話によればここ最近、この祭壇を目指して度々外来種のモンスターが訪れてくるのだと言う。

 モンスターの多くは地下にあるこの祭壇にたどり着く前に雪原を拠点にする冒険者、いわゆるプレイヤー達や偶々通りがかったヘブンズナイツなどに駆逐されているのだが、それらの激戦を運良く生き残り、ここまでたどり着いたモンスター達は一心不乱に祭壇を破壊しようと襲い掛かって来たらしい。


「もしかして、さっきのあの炎もそのモンスターの仕業なのでしょうか?」

「あ、ああ、そうなんじゃないか?」

「炎? まあ、そうやってここに来た連中はわしが追い払っておるんじゃが、奴らの様子はどれもこれも異常じゃった。理性が無くなって、凶暴化しておってな。これはもしや、祭壇に何か異変が起こっておるのではないかと思ったのじゃ」

「なるほど」


 祭壇を破壊しようとしていたモンスター達はいずれも通常より凶暴化しており、まるで洗脳か何かでこの祭壇に吸い寄せられているかのように集まって来るのだとボボが思い出しながらそう語る。

 ボボはそんな近頃の異変を調査する為に、フィアに目を付けたのだと説明した。


「でも、どうしてフィアが?」

「異変の中心にあるこの祭壇を調査するのなら、アスモデウスを封印したフュンフ様亡き今、後継者のフィフス様に見てもらうのが一番じゃろう。じゃがお主のような「生命の騎士の祝福」を受けた者なら、フィフス様に頼らんでも一目見れば何かわかるのではないかと思ってな」

「フュンフさま?」

「初代ヘブンズナイツの5の騎士じゃ。フィフス様はあの方の後任に当たる」

「フィフスの、先輩……」


 この祭壇に幻魔アスモデウスを封印したのはヘブンズナイツの一員である、生命の騎士の「フュンフ」という天使だと言う。

 フュンフはヘブンズナイツ結成時からのメンバーであり、フィフスと同じ力を持ち、その力であらゆる魔を焼き払った。しかしそのフュンフは永き歴史の中で起こったある戦いに敗れて戦死し、5の騎士の座を後任のフィフスに受け継がせたのだとボボは語った。

 そう言えば、とフィアはそれを聞いてフィフスが自分自身のことを「なりたての二代目」と言っていたことを思い出す。この世界の守護者であるヘブンズナイツの中でも、何らかの事情で世代交代は起こるのだと理解した。


「ただのしがないイエティ族のわしが祭壇を調べても何もわからんが、フュンフ様の後任である生命の騎士フィフス様から祝福を受けたお主なら、異変の原因が何かわかると思ったのじゃ」

「フィアに、わかる?」


 そう言って、ボボはフィアに目を付けた理由を語り終える。要約すれば――


 この祭壇には魔王軍の幹部アスモデウスが封印されている。

 近頃から、地下深くに隠されているこの祭壇に各地から凶暴化したモンスター達が押し寄せてくる異変が発生。

 祭壇の守り手であるボボは、モンスター達を引き寄せている原因が祭壇そのものにあるのではないかと疑う。

 アスモデウスを封印したのは初代ヘブンズナイツ5の騎士フュンフで、その後任であるフィフスから祝福を受けた人間なら何かわかるのでは?

 丁度良く会えたので、何かおかしいところはないか見てもらおう。


 ……と、こんなところである。

 これまでの語りから彼の意図を理解したフィアは、その頼みを快く引き受けることにした。





 ボボの巨体をも上回る仰々しい祭壇を前に、フィアは前に出てその威容をじっくりと覗き込む。

 黄金の石造りの祭壇は天井の隙間から入り込む太陽の光を薄っすらと反射させており、それが中心となってこの鍾乳洞に神秘的な光景を作り出しているようにも見える。それでも祭壇の造形に禍々しさを感じてしまうのは、両端で何かを崇めるような姿勢で佇んでいる赤子のような姿をした二体の石像の所為なのかもしれない。


「どうじゃ? 何か感じんか?」


 フィアが言われた通りしばらく祭壇を見つめていると、何か発見はあったかとボボが問い掛けてくる。

 しかしフィアが漠然と祭壇を見つめている間は、最初に抱いた時の印象の他に感じるものはなかった。

 それでも何となく、何の引っ掛かりも無いとは思えなかったフィアは、おもむろに右手を伸ばして祭壇の一部に手を触れた。


 その時だった。


「あ……」


 ――思わず、声が漏れる。

 指先からの感触ではない。祭壇に触れた瞬間、フィアの心の中に微かに染み込むような「何か」を感じたのだ。

 それは確固たる形としてあるものとは言い難いが、錯覚ではなかった。

 フィアにとってそれは、今世の人生ではあまり感じたことのないものだった。


「……冷たいを、感じる。深くて、冷たい……」


 まるで、この祭壇の中に居る何かから睨まれているような冷たい「視線」。

 どこまでも深く冷たく、おどろおどろしい感情が込められた気配を、フィアははっきりと感じたのだ。

 そんなフィアの感想に、ボボは自らの顎先を撫でる。


「ふむ……おそらく、アスモデウスの妖気じゃろうな。それが祭壇の外からも感じられるようになったということは、封印の力が弱まっておるのかもしれん。考えたくない可能性じゃったが、真実じゃったか……」


 フィアが受けたその感覚の正体を幻魔アスモデウスのものであると断定したボボが、確信を得たようにそう呟く。

 近頃凶暴化したモンスター達がこの祭壇を壊そうとしていたのも、僅かに漏れ出たアスモデウスの妖気に当てられたからなのだろう、と。


「わしの予想は正しかったようじゃ……すぐにヘブンズナイツを呼ぶ必要があるな。調査感謝する、フィア」

「うん……」


 もう良いと言われ、フィアは指先で触れていた祭壇から手を離す。

 しかしフィアの視線は、以前として祭壇に向いたままだった。

 正確には、祭壇の中に居るアスモデウスに対してである。


「……かわいそう」


 そしてぼそりと、肩に乗っているリージアにしか聞き取れない小さな声で、フィアは自分でも気づかない内にそんな言葉を呟いていた。

 祭壇に封じられたアスモデウスの視線を感じた時、フィアはその妖気を感じた。

 冷たい感情に満ちたそれが、外の世界に居る者達への敵意であるということも察している。


 だがそれ故に、フィアは思ってしまったのだ。


 彼が本当に悪い人だったのだとしても……彼が永い時をここに閉じ込められ、自分の言葉を誰かに聞かせる機会さえ与えてもらえないのは、悲しいことだと。


 尤もそれは、アスモデウスという悪魔のことを知らない自分だからこそ言える戯言だとフィアは理解している。

 彼の存在がこの世界を悪い方向に持っていってしまった過去は生きた化石であるボボに明言されており、フィフス達ヘブンズナイツとも敵対する関係であった事実がある以上、このまま封印されたままで居る方が正しいのだとわかっている。


 しかしそれでも……どうしてもフィアは、悪魔である筈の彼に対して同情心を抱いてしまった。


 そんなフィアを慰めるように、唯一彼女の呟きを聞き取ってリージアがぺろりとその頬を舐める。その感触にはっと我に返るように目を開いたフィアが、リージアに礼を言い、後ろへ振り向いてレイカ達と合流した。


「これも、新しい魔王が生まれた影響なのかもしれんのう。なんでも西の大陸では、大戦で死んだ筈の他の七十幻魔がちらほら見つかっておるとか……物騒な話じゃ」


 フィアの調査によってアスモデウスの封印が弱まっていることを悟ったボボが、遠くを眺めるような目で呟く。

 この世界では遥か昔に創造神と戦った魔王が居て、その魔王が亡き今、数千年ぶりに新たな魔王が誕生した。それは、フィフスからも聞いた話である。

 その魔王がどんな者なのかはわからない。しかしその魔王にプレイヤーが挑むことがこの【Heavens(ヘブンズ) Knight(ナイト) Online(オンライン)】というゲームの中枢を担う要素なのだということは、フィア自身も何となく理解していた。


「この世界は何か、変革を迎えようとしておるのかもしれん……」


 ゲーム的に言えば、フィフスから祝福を受けた自分がここに封印されているアスモデウスという悪魔を感じたのも魔王に挑戦する前の過程――些細なイベントに過ぎないのだろう。

 しかしフィアには何か、純粋な意味でゲームとして受け入れることの出来ないものがここにあるように感じていた。

 ……それはそれだけ自分が、この世界を現実のように没入しているということなのだろうか。

 祭壇の中から感じた、まるで生きた人間のような冷たい「感情」――それを受けたフィアは、感傷的になってしまったのだ。



 そんなフィアの思考に、突如上から響いてきた威勢の良い声が割り込んできた。


「その通り!」


 天井から、ガラガラと崩壊音を立てて石や岩が落ちくる。その破片が地底湖に落下すれば小刻みに水しぶきが上がっていき、フィアの視線が祭壇から上へと向いた。

 その瞬間、フィアは彩り豊かな影が横切っていくのが見えた。

 外から何者かが強引に天井を突き破り、この鍾乳洞の中へと入り込んできたのだ。

 上から姿を現したその者は二枚の翼を大きく羽ばたかせながら降下していくと、一寸の迷いさえ見せずにフィア達の居る祭壇の前へと降り立った。


「ワハハハ! 死ななかった、この俺降臨!」


 高らかにそう叫びながら、おびただしい土煙を上げながらソレは着地する。

 突如現れた新たな存在の乱入に、ペンちゃんとレイカが揃って目を見開いた。


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