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蒼紅天使のマスカレード   作者: GT
第1章 Heavens Knight Online
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第17話

 双葉 志亜、十五歳、高校一年生。

 自らの前世の記憶を持って生まれた彼女は初めて友人を得た中学時代以来、以前よりも格段に明るくなっていた。


 そんな彼女の変化を小さな頃から間近で見てきた少年――双葉(ふたば) 千次(せんじ)は自身の気苦労が減りつつある現状に安堵の日々を過ごしている。


 双葉というその苗字からわかるように、千次は志亜の家族の一人であり――彼女と同じ日に生まれた、双子の弟である。

 故に必然的に彼女と多くの時間を過ごしてきた彼は、彼女の本質を理解している希少な人間の一人でもあった。

 彼女が前世の記憶を持っている「転生者」だということも、彼は知っている。しかし、それでもなお千次は双葉志亜という存在を実の姉として認めており、心から慕っていた。


 これは、そんな彼の日常の一コマである。



「千次、朝。起きて」


 ――早朝、朝6時三十分前。


 ぐーすかと気持ち良く寝息を立てて眠っている千次をベッドから起こすのは、彼よりも一足も二足も早く先に起きていた姉の志亜だ。

 早起きな志亜が就寝中の千次の耳元で囁くように呼びかけ、彼に起床を促す。こう言った朝の始まり方は小さい頃、彼が物心ついた頃からもずっと続いていることだ。


「……ん、もう朝か……」

「おはよう」

「ああ、おはよう姉さん、助かるよ」


 昨夜は遅くまでゲームを――流行りのVRMMORPGを遊んでいた為に睡眠時間は短かったが、聴き当たりの良い姉の声のおかげか千次の寝起きは快調な気分だった。これが目覚まし時計で起きる時などは鬱屈した気分で二度寝に入るのだが、現金なことに姉の声で目覚めた時はパッチリと目が覚めるのだ。

 ……実は昔、小学生の頃に千次は一度だけ彼女に起こされた時もまだ眠いからと構わず二度寝を決め込もうと布団に潜り込んだことがあったのだが、その際に「せんじ、たいちょうわるい?」「おこしにきて、ごめんね……おやすみなさい」と千次の体調を勘違いし、青ざめた顔で心配する彼女にとんでもない罪悪感を感じた為に、千次は今後彼女に起こされた時は絶対に起きようと心に誓った過去がある。

 あの時は、健気に起こしに来てくれた姉にいじわるをするなと父からきつくお叱りを受けたものだ。しかし、申し訳なく思う一方でオロオロした姉の姿が不覚にも可愛いと思ってしまったのはここだけの話である。

 双葉千次、十五歳。彼は思春期真っ盛りな年頃の少年としては珍しく、姉思いな男だった。



 起床すれば真っ先にすることは着替えと洗顔、そして歯磨きだ。千次はそれらを済ませて居間に顔を出すと、ベランダの向こう側で我が家の愛犬「イッチー」に餌をあげている志亜の姿を見つけた。


「イッチー、いつも食べてくれて、ありがとう」


 イッチー。犬種は大型犬のゴールデンレトリーバーで、今年で八歳になるシニア犬だ。千次と志亜が小学生の頃から双葉家に居り、共に成長してきた家族の一員である。

 ゴールデンレトリーバーの性質に漏れず温厚で人懐っこい性格だが、飼い主である志亜の身に何かがあれば真っ先に駆けつける忠犬であり、かつては志亜を誘拐しようとした変質者を千次と共に追跡し、拘束したというドラマめいた出来事があったものだ。その一件こそが千次の性格が今に至るまでの大きな影響を与え、彼が巷の小児性愛者ロリータ・コンプレックスを激しく憎むようになったきっかけでもあるのだが……それはともかく。


 大型犬は通常の犬種と比べ、寿命が短い。八歳のイッチーとて、あと四年も経てばゴールデンレトリーバーの平均寿命である。双葉家は裕福な家庭である為に日頃から質の良い餌を口にしているが、それでも我が家の愛犬の老い先がそう長くないことは確かだった。

 だからか、志亜は無意識なのかもしれないがイッチーに餌をあげたりする時は必ずスキンシップを取り、イッチーの命を肌で感じようとしていた。イッチーもそうされると嬉しいのか、決して拒む素振りを見せることはなく、それどころか尻尾を振って彼女の抱擁を受け入れていた。

 我が姉と愛犬ながら、朝っぱらから何とも心温まる光景である。


「姉さん、いつも言ってるけど制服でイッチーに抱き着くのはやめなよ。イッチーの毛で凄いことになってるよ」

「あ……大丈夫、志亜は気にしない」

「でも、また麗花さんに怒られても知らないよ?」

「……着替えてくる」

「そうしなよ、まだ時間あるし」


 家族の一員として共に育ってきたイッチーは、千次にとっても志亜にとっても兄弟のようなものだ。だからこそいずれ来るであろう別れの日が心苦しく、感傷的にもなる。

 イッチーの背中を上から下へと撫でながら、千次は考える。VRゲームで仲間と過ごす時間も楽しいが、一番大事なのはリアルでの生活だ。世界でたった一匹の愛犬との時間も大切にしなくちゃな、と――改めて自分の時間というものを見詰め直すことにした。




 居間のテーブルには、既に姉の作った朝食が並んでいた。

 双葉家の朝食は普段母が作っているのだが、今朝は用事があって留守にしており、姉が代わりに作ってくれるのだ。料理が出来ない千次は制服を着替え直して戻ってきた小さな姉に対して感謝の言葉を伝えると、彼女の作った豆腐の味噌汁を口に運んだ。

 家庭的で温かみのある味に満足すると、千次はふと、彼女に訊きたいことがあったことを思い出した。


「あ、そうそう、「HKO」はどうだった?」


 千次が常日頃から愛好しており、最近は姉も友人の令嬢様と共にプレイを始めたVRMMORPGについての話題だ。

 志亜は中学二年生の頃からその友人の影響によってかゲームを趣味にしており、以来、その友人とゲームのことで話をすることが多いらしい。

 一方で千次はと言うと、こちらも昔からゲームが好きだったわけではない。中学時代までは模範的なスポーツ少年であり、室内で遊ぶよりも外で運動をすることが多い生活をしていた。

 そんな彼も高校二年生の今では訳あって運動に対する情熱を失っており、福引で「HKO」を当てたことを期にVRMMORPGを主な趣味とする立派な帰宅部員となっていた。


「綺麗だった」


 閑話休題。

 千次が問いかけたHeavens(ヘブンズ) Knight(ナイト) Online(オンライン)――略称「HKO」についての感想を、志亜が小学生めいた言い方で述べる。しかし千次は姉弟としての付き合いの長さ故に姉が感じたであろう感動を読み取り、頷きで同意を示した。


「綺麗だよね、HKOの自然は。始まりの森にはもう行った? 姉さん植物とか好きだし、きっと気に入ると思うよ」

「最初に行った場所、そこだった。自然だった……本物と同じ」

「はは、仮想現実だって言うけど、あれじゃ現実と変わらないよね。俺なんてウインドウを開くまで本当に異世界に行ったのかと思ったよ」

「異世界……うん、そうだね」

「あ……ごめん」


 世界初のVRMMORPGである「HKO」ではバーチャル・リアリティ(仮想現実)の名の通り、限りなく現実に近い形でゲームの世界を体感することが出来る。現実でありながらも現実世界とは違う非現実的な体験は、まさしく少年達の誰もが空想した異世界そのものだった。

 ゲームに対する最大級の賞賛としてそう言った千次だが、言った直後でその言葉が姉にとってNGワードの一つであることに気付き、慌てて頭を下げた。

 千次にとって異世界とは漫画やアニメのような「夢の世界」であるが、志亜にとっては違う。彼女にとっては前世の自分が現実として体験してきた「地獄の世界」なのである。それがどれほど悲惨な記憶なのかは千次には想像することしか出来ないが、事実として姉が今でもフラッシュバックとしてその心を悩ませている以上、千次の発言は明らかな失言だった。


「頭を下げるの、駄目。もう、終わったこと……千次は悪くない」

「ごめんよ、姉さん……」

「千次の言う通り、あそこは異世界。この地球とは違う、もう一つの世界」


 姉さんを悲しませてなるものか、せっかく姉さんが早起きして作ってくれた朝食を空気の重さで不味くしてなるものか。千次は普段は活気のない脳細胞をフルに稼働させると、自らが作り出した重い空気を変えるべく即行で次の話題を切り出した。


「……そう言えば、姉さんはキャラメイクどうしたの? 名前とか種族とか、クラスとか」

「名前は「フィア」。種族は、人間」

「やっぱり、シアと響きが似てるんだ。でも人間かぁ……姉さんならエルフとか似合いそうだね」

「志亜は志亜。人間以外にはなれない」


 HKOのキャラメイクではプレイヤーキャラクターの名前とアバター、種族とクラスを決めることが出来る。特に種族とクラスは各ステータスの伸び方やゲーム中のイベントに深く関わる為、最重要な要素となっている。

 志亜が選んだ種族は最も標準的なステータスでバランスの良い「人間」らしいが、喋り以外は大概器用にこなせる姉ならばそれも向いている種族だろうと千次は思った。


「種族も姿も、志亜じゃなくなるのが怖かったから……」

「……姉さんらしいね。ってことは、もしかして、姿も声も姉さんのままだったり?」

「うん」

「わーお」


 弟として志亜のことを見続けてきた千次には、彼女の性質をそれなりに理解しているつもりだ。

 志亜は本人にどれほどの自覚があるのかはわからないが、行動原理の一つとして自らのアイデンティティーを失うことを過剰に恐れている節がある。高校生になっても自分のことを名前で呼び、志亜は志亜という言葉を口癖にしているのもその為だろう。


 しかしそれは即ち、双葉志亜という存在を彼女が自分の手で、自分の意志で守っているということと同義だ。

 それが意味することは、やはり彼女は本質的には怖がりで、寂しがりな人間だということだろう。

 彼女の友人である城ケ崎麗花も、そんな彼女だからこそ構いたがるのかもしれない。

 麗花本人の前で口にする気はないが、つくづく姉は良い友人を持ったものだと思う。最初はなんだこの悪役令嬢はと思ったものだが。


「駄目だった?」

「……駄目ってことはないさ。珍しいとは思うけどね」


 怖がりなのも寂しがりなのも、気丈なのも悪いことではないと千次は思う。彼女がどんな人間であろうと、千次にとって彼女が双葉志亜というたった一人の姉であることに変わりはないのだから。


 ……さて、それはともかくとして志亜がリアルと同じ容姿でゲームを始めたとなると、選んだ種族がまだ「人間」で良かったとかもしれないと千次は思った。

 HKOにおけるプレイヤーの種族は獣人やエルフ、吸血鬼等とバリエーションに富んでいるが、この姉の容姿にそれらの属性が追加されるところを想像すると、弟として危惧を抱かざるを得ないからだ。


 猫耳やエルフ耳にでもなってみろ。絶対ロリコンが寄って来る。

 「HKO」では人間の他にも吸血鬼や鬼人族と言った亜人でプレイすることが出来るのだが、ファンタジー世界特有のフェチ野郎共がそれらの属性を手にした姉を前に、欲望を抑えられるとは思えない。

 全くもって嘆かわしい。

 ロリコンなんてみんな死ねばいいのにと思いながら、シスコンの弟は溜め息をつく。


「千次?」

「……なんでもないよ」

「大丈夫? 考え事なら、志亜、相談に乗る」

「いや、本当になんでもないんだ。ついボーっとしちゃって」

「本当?」

「ほんともほんと」


 憎しみに染まり、暗黒面に堕ちそうになった千次の心は、心配そうに顔を覗き込んできた志亜の言葉によって浄化される。

 双葉千次、十五歳。彼は妙な意味で姉離れ出来ない弟だった。



「千次、そろそろ時間」

「……ん、早いね。じゃあ、行こうか」

「一緒に登校、久しぶり」

「帰宅部になってから、朝練が無くなったからね」

「千次……」


 そうこうしている間に時計の指針は回り、登校の時刻となった。

 小学校時代は同じ学校に通っていた双葉姉弟だが、今では千次の学力不足故にそれぞれ別の学校に通っている。

 志亜の通っている高校は、地元の中高一貫校である「私立那楼(なろう)学園高等部」。

 対して千次が通っている高校は彼女とは違い、自宅から少々離れた町にある「天阜嶺(てんふれい)高校」という公立校である。

 家から出れば別々の高校に登校する二人であったが、意識的な差か志亜の登校時刻が通常より早めであり、逆に千次がギリギリまで家に居るほど遅めということもあり、玄関から出て途中までは同じ道を歩き、方向を違えるバス停にて別れた。



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