第14話
【イベントクエスト「生命の騎士の復活」を達成しました。
スキルポイントを200P獲得しました】
ファンファーレのような軽快なBGMが鳴り響くと、フィアの目の前に突如としてウインドウ画面が開き、見慣れない文字の羅列が浮かび上がってきた。
「ん……」
それは、極めて感覚が現実世界に近いこのHKOの世界において何とも異質な、至ってゲーム的な演出だった。
「どうして?」
しかし、フィアが驚いたのは演出のことではない。
出現したウインドウ画面に記されていた、フィアが一気に200Pもの「スキルポイント」を獲得したという突飛的な情報であった。
スキルポイントとは、この「HKO」における重要な成長システムの一つである。
このゲームには「レベル」という概念は無く、モンスターを倒すことによって「スキルポイント」と「スキル熟練度」を得ることが出来る。
スキルポイントはウインドウ画面を通して自身の固有能力である「スキル」へと変換することが出来、獲得したスキルは「スキル熟練度」を上げることによってよりパワーアップさせることが出来る。
獲得可能なスキルは個人のプレイスタイルによって変化し、戦えば戦うほど戦闘向きなスキルを、鍛冶をすればするほど鍛冶向きなスキルを獲得し、伸ばすことが出来るシステムになっているのだ。
このスキルシステムによってプレイヤーは自身のステータスを自在に伸ばすことが出来、一定の能力まで至った者は「上級職」へとクラスアップ出来る。そのことは基本的な情報として、フィアも友人のレイカから聞かされていた。
そして今現在入手した200というスキルポイントは、一度に貰える数値としては破格なものだった。
しかしフィアには、この降って湧いたような現象を素直に喜ぶことは出来なかった。
「フィアは、モンスターを倒していないのに……」
当たり前のように困惑し、フィアは疑問を抱く。
「HKO」ではモンスターを倒すことによってスキルポイントを得るというのがフィアの認識であり、まだ何もモンスターを倒していない自分が何故200Pものスキルポイントを得ることが出来たのか――フィアは今現在自分が置かれている状況を理解しかねていた。
「もしかして貴方は、こういう形で祝福を受けるのは初めて?」
困惑するフィアを安心させるように穏やかに微笑みながら、青髪の少女が訊ねる。
するとフィアは、彼女の言葉に小首を傾げて問い返した。
「祝福?」
「創造神ルディアから与えられた祝福……貴方達冒険者が、「スキルポイント」って呼んでいるもののこと」
フィフスは草の上に腰を下ろすと、擦り寄ってきたゴールデンカーバンクルの頭を柔らかな手つきで撫でながら言った。
華奢な身に清楚な白いワンピースを纏いながら、無邪気に小動物と戯れる姿には不可侵な神秘性すら感じる。
その姿もまた、「彼」の妹によく似ていた。
ほんの少しの仕草でも目の前の少女と彼女が重なって見えてしまい、その度にフィアは首を振って自身に言い聞かせた。
目の前に居る少女はフィフスであって、キズナではないのだと。
……キズナはもう、いないのだと。
内から込み上がってくる「彼」の感情を振り払うと、フィアは改めて「フィアとして」彼女と向かい合った。
「スキルポイントは、神様の祝福?」
「そう。冒険者の人達には、意外と知られていないみたいだけど」
「フィアも、知らなかった……」
メタ的な視点から言えば、スキルポイントとはプレイヤーがステータスを伸ばす為に必要な経験値的な要素に過ぎない。しかし、この世界においては神様から与えられた「祝福」に当たるらしい。
それは即ちプレイヤーは神様から祝福を受けることによって強くなるということと同義であり――何ともスケールの大きな話だとフィアは思った。
「ルディアの祝福は、鍛錬や実戦を積んで自分を磨いたりすれば誰でも平等に受けることが出来る。これは、冒険者のみんなにも広く知られていることだね。でもそれ以外にも、この世界にとって何か為になることをすれば、貴方のように大きな祝福を受けることがあるの」
スキルポイントを獲得する方法は、モンスターと戦うことだけが全てではないということだ。
メタ的な視点で説明するのならば、戦わずとも今しがたフィアが達成したような「イベントクエスト」の達成報酬によって、莫大なポイントを得ることが稀にあるという話である。
これはフィアの知らないことだが、「イベントクエスト」の発生条件、達成条件はいずれも特殊なものばかりで、小まめにウインドウを表示しなければいつ受注したのかもわからない不親切な仕様となっている為、ほとんどのプレイヤー達がこういったレベルアップを狙ってすることは無かった。
フィアはいつの間にか偶然にもこの「生命の騎士の復活」というイベントクエストを無自覚に受注しており、そして最後まで気づかないまま達成を果たしていたのである。
「フィアは、何もしていない」
「ううん、私の封印を解いてくれたんだよ」
「封印?」
この世界の為になるようなことなど、フィアにはゲームを始めてから一度としてした覚えが無い。フィフスの口から告げられた「封印」などという不穏な言葉も、たった今初めて聞いたことだ。
「フィフス、封じられていた?」
「うん……私は、この始まりの森に封印されていたの」
尚も自身の置かれている状況が掴めないでいるフィアの心中を察したのか、左肩にゴールデンカーバンクルを乗せたフィフスがゆっくりとその場から立ち上がると、腕を組んで思案げな表情を浮かべた。
「……でも、いきなりそんなこと言われても困っちゃうよね。どう説明すればいいかなぁ……そうだ」
そして彼女はいいことを思いついたとばかりに笑みを浮かべると、フィアに提案した。
「せっかくの機会だし、私がこの世界について色々教えてあげよっか?」
「ありがとう。でも、フィアはペンちゃんから教わった」
「じゃあ、この世界の歴史も教えてもらった?」
「歴史は、知らない。キズナ……じゃない。フィフス、フィアに歴史、教える?」
「うん。この世界で冒険を続けるなら、知っておいた方が良いと思うし……損はないと思うよ?」
ペンちゃんとの会話で知ったことは多いが、未だこの世界の情報に関してフィアは無知な身である。
この世界は世界初のVRMMORPG、【Heavens Knight Online】――略称「HKO」の世界。ジャンルは王道的な剣と魔法のファンタジーで、モンスターと戦い世界各地を冒険していくゲームである。
しかしそれはあくまでゲーム的な知識、プレイヤーというメタ的な視点から見た知識に過ぎず、「ゲームの世界の知識」ではない。
フィアはこの世界の地理がどうなっているのか知らないし、この世界での常識も知らない。歴史も知らなければ、モンスターの種類、生態も知らないのだ。
未だ知らないことだらけのフィアだが、だからと言って探究心が皆無なわけではない。必要とする時が来れば、自分で調べる予定は当初からあった。
「フィアは、知りたい」
故にフィアは、申し訳なく思いながらもフィフスの好意に甘えることにした。
今が知る時なのだとすれば、それを自分から拒んでいく必要など何も無い。それに、何となく話したそうにしているフィフスの様子からこう応えるのが一番だと判断したのも理由の一つだった。
その裏には「彼」の妹と似ている彼女と、もうしばらく話していたいという思惑があったのかもしれない。
フィフスはフィアの返事に満足そうに笑むと、スッと手近な土の上に向かって手をかざした。
「えい」
フィフスが放った掛け声の一瞬後、ポンッと音を立てて何かが出現した。
その現象にフィアが外面上は無表情、内心では驚きながら目を凝らすと、現れたそれが現実世界の公園で見かけるようなベンチであることに気付いた。
「少し長くなるかもしれないし、とりあえずあそこに座ろっか」
フィフスは何も無い土の上に、二人で腰掛ける為のベンチを召喚したのである。
これも魔法の一種なのだろうか。プレイヤーであるフィアもまたアイテムボックスを使えば似たようなことは出来るが、彼女が見せたそれは少し違って見えた。
「おいで」
先にベンチの上に座ったフィフスが、自身の隣を指定しながらフィアを手招きする。
フィアとしてはこのまま立って話を聞くつもりだったが、この場合は言われた通りに座った方が喜ぶだろうかと過去の教訓――リアルでの友人との触れ合いから学び、大人しく彼女の隣に腰を下ろすことにした。
「それじゃ、話を始めるね。まず最初にこの世界の名前はフォストルディアって言うんだけど、それは知ってるよね?」
「ふぉすとるでぃあ? ……フィアは、初めて知った」
「あ、そうなんだ。なんだろう、なんだか妹が出来たみたい……」
「? フィフス、どうした?」
「あ、ううん、何でもない。私ったら何考えてるんだろう? ……えっと、とにかくこの世界の名前は混沌世界フォストルディアって言って……」
フィフスは傍目から見ていて他人に説明する行為にはやや不慣れな様子であったが、それでも彼女なりに懇切丁寧に語りを始めた。
【Heavens Knight Online】。このゲームの世界の舞台の名を――「混沌世界フォストルディア」と言う。
大地は東にこの「ルアリス大陸」、西に「フィクス大陸」が広がっており、その地には人や動物の他、どちらにも属さない怪物――モンスターの姿がある。
同じ人間として一括りにしても、人類の間でも獣人やエルフと言った亜人類が共存しており、モンスターもまた然り。この世界では地球と同じように、無数の生物達が同じ空気を吸って存在していた。
そしてそんな多種多様な生物達が暮らす混沌な地上を、雲よりも高い場所から管理する者が居る。
それこそが人々から「神」と崇められている存在だった。
神の名は、「創造神ルディア」。この混沌とした世界の名にもなっている、この世で最も偉大な存在である。
太陽の神とも言われているかの神は火の鳥の姿をしており、この世界を創った創造主として崇められている。実際、その力は神の名に恥じない強大なものだった。
しかしこの広い地上を管理するに当たって、かの神が一柱だけでは手が回らないことがあった。いかに神と言えど、たった一柱が天上から見下ろす二つの目では、地上の細かな部分には対処が行き届かなかったのだ。
かと言って神が地上に降りてしまえば今度は天上から地上を見渡す者が居なくなり、世界全体を把握することが出来なくなってしまう。
創造神とて、全知全能ではなかったのだ。故に神は自らの目の行き届かない場所を管理する為に、己の臣下を集って十三柱からなる騎士団を結成したのである。
――彼らの名は、「ヘブンズナイツ」。
今現在も存在するのは1の騎士アイン。2の騎士ツヴァイ。3の騎士ドライ。5の騎士フィフス。6の騎士ゼクス。7の騎士ズィーベン。8の騎士エイス。9の騎士ナインズ。10の騎士エクス。11の騎士イレヴン。12の騎士ツヴォルフ。13の騎士サーティーンス。
創造神ルディアに絶対の忠誠を誓う彼らは地上の何者をも凌駕する力を持ち、その力と知力によって長き歴史に渡って地上界の秩序を守っていた。
「管理」と聞くとどこか窮屈で厳格そうな印象を受けるが、彼らのしていたことは別段民の生活を圧するものではなかった。
彼らが民に強いたことと言えば無益に生命を奪わないことと無益な争い、環境破壊をしないことぐらいなものだ。自然の摂理を乱すような愚行をしたり、世の秩序を著しく崩壊させるようなことさえしなければある程度の自由は許容する、良くも悪くも寛大な組織であった。しかし、それを破れば比類なき力によって相応の制裁を受けることになる。
天上から使わされた絶対なる地上の守護者――それが彼ら、「ヘブンズナイツ」なのである。
「……とても、素敵だと思う」
「そう? ふふ、そう言ってくれると、私も嬉しいな」
フィフスの話を聞いて、この組織のことをリアルで言うところの警察官のようなものだと認識したフィアは、素直に格好良いと思った。
地上を守る彼らはとても優しくて、強かったのだろうと――想像を膨らませるフィアの眼差しには、憧れの色すら浮かんでいた。
【Heavens Knight Online】というこのゲームのタイトルもまた、恐らくは彼らの名から拝借して名付けられたものなのだろう。
青色の髪の少女はそんなことも知らずにこの世界に飛び込んできた無知なフィアを叱ることもなく、尚も丁寧に語りを続けた。
「そして私……フィフスは、ヘブンズナイツ「5の騎士」。生命の騎士のフィフス――改めてよろしくね、フィアちゃん」
「フィアはフィア。フィアもよろしく」
改めてフィフスは自らの素性を明かし、隣に座るフィアと握手を交わす。
地上の秩序を守る天上の騎士団、ヘブンズナイツ。彼女こそが、その一員だったのである。
この話を彼女がしたわけが、フィアにはようやくわかった。
「フィフスは、地上を守る?」
「私はなりたての二代目なんだけど、一応ね。やっぱり、見えないかな?」
「そんなことない。フィフス、すごい」
「ふふ、ありがとう」
偉大な使命を背負った特別な存在――それが、彼女らヘブンズナイツだと言う。
そんな彼女らのことをフィアは賞賛し、尊敬の眼差しでフィフスの顔を見つめた。
一方でフィフスは純粋なフィアの視線を受けて照れたように、やや気恥かしそうに笑う。
「今話した通り、私達はみんなが特別な使命を持った天上の騎士……なんだけど、ある日、そんな私達の存在を脅かす「力」が生まれてしまったの」
「力?」
それはお伽話のような、この世界の昔話である。
「大昔、私が生まれるよりもずっと前のフォストルディアに、「魔王」っていう怖いモンスターが現れたんだ」
「まおう?」
魔王――RPG物では、プレイヤーの前に立ちはだかる最後の敵として有名な存在である。
友人のレイカに奨められてフィアがプレイしたことのある従来のRPGでは、そのほとんどが強大な悪として世界に君臨し、人々を恐怖に陥れていた。
いずれも優しさとは正反対の性質を持った者として描かれることがほとんどの、悲しい宿命を背負った存在である。
そしてフィフスの説明によると、その役回りはこの「HKO」においても変わらないらしかった。
「えっと……その魔王が自分の軍団を作って、創造神ルディアに戦争を仕掛けたの。この世界を支配するのは神ではなく自分だって……創造神は秩序を保つ為の管理はしても、支配なんてしていなかったんだけどね」
「……神様とまおう、戦争になった?」
「そう。ルディアと魔王による、この世界の歴史で一番大きな戦争が始まってしまった。長い長い戦いが」
それは多くの犠牲を払うことになった、歴史上最大の戦争だったと言う。
人知を超えた神と魔王の戦いは数千年にも及び、その余波によって数多の大陸が消滅していった。現代のフォストルディアの大陸が東と西に分かれているのもまた、この時の戦いが原因であるとフィフスが補足を入れる。
「当時のヘブンズナイツは地上の勇者達やルディアと一緒に戦って、最終的に魔王を倒すことが出来たんだけど……ルディアは戦いの傷を癒す為に、長い眠りについたの。今になっても目が覚めない、長い眠りに」
神と魔王の戦いは遂に神が制したが、代償は大きかった。
神は深く長い眠りに着き、フィフスの話によれば今もまだ眠り続けているらしい。それを聞いてフィアは、神が現代において自らの役割を何も果たせていないという現状に気付いた。
「神様眠る? そんなことしたら、世界が大変」
「うん、そうなんだ。神様が眠っている間、管理する人が誰も居ないままだと、地上の秩序が乱れて大変だよね。復興もしなくちゃいけなかっただろうし」
神は休眠し、自らの手で地上を管理することが出来なくなった。
しかしその時代では既に、天上から地上を管理することが出来る者は神だけではなくなっていたのだ。
神の生み出したヘブンズナイツという騎士団ならば、その役目を引き継ぐことが出来たのである。
「だから戦争が終わってからは、私達ヘブンズナイツが創造神ルディアの代わりに地上の管理をするようになったの」
「フィフスは、神様の代わりしている?」
「そういうことになるね」
神の騎士団が、神の代わりに地上を管理するようになった。
元々存在として神に近い立場にあったヘブンズナイツは、その時代の民からもすんなりと受け入れられたそうだ。
……と言うよりも、当時のヘブンズナイツは民から頼まれる形でその位に就いたのだとフィフスが語った。
戦後の荒れ果てた地上をまとめ上げることが出来る存在は、もはや彼らしか居ないと。人々から縋り付くように頼まれた彼らが、やむなくそれを受諾したのというのが事の流れだった。
「その時代の人々の判断は、正しかったんだと思う。それでしばらくは、平和な時代が続いていたんだけど……」
「続いていた? 今は、違う?」
そうしてヘブンズナイツが地上の管理を代行するようになってから、小さな諍いこそ絶えないものの世界のバランスが崩壊するような事件は起きなかったと言う。
しかし含みのあるフィフスの言い方に、フィアが即座に悟る。
平和な時間は近代になって終わりを告げたのだと、フィフスが語った。
「八年前、再びこの世界に魔王が現れてしまったの」
地上の平和を乱す存在は、またしても魔王だ。
フィアはぎゅっと目を瞑り、その存在を脳裏に想像した。
「魔王は生まれて間も無い内に、西のフィクス大陸の半分を支配してしまった。このまま放っておいたら世界の秩序が大きく乱れてしまうから、私達現代のヘブンズナイツはその魔王をやっつけようとしたんだけど……」
この世界に新しく現れた魔王は悪逆非道を地で行くような悪しき存在だったと、フィフスは語る。
フィアには自分の目で見なければ魔王を悪と決めつけることは出来なかったが、フィフス達にとって戦わなければならない存在であることを否定する気は無かった。
フィフス達ヘブンズナイツは、世界の為に存在する勇者なのだ。故に魔王とは分かり合えない、分かり合ってはならないのだと――不思議にもフィアの頭の中では、何故か自然的にそう認識されていた。
「フィフス達、勝った?」
「……ううん、負けちゃった。普通に戦えば負けなかったと思うんだけど、私達ったらチームワークが悪くて悪くて……」
フィアが勝敗を問い、フィフスが言い訳も交えながら苦々しく応える。
勝った負けたで言えば、彼女らヘブンズナイツは負けてしまったのだと言う。
しかしその言い訳には、妙に引っ掛かるものがあった。
「フィフス達、仲良し違う? 仲が……悪い?」
「……うん。やっぱり創造神ルディアが居ないからかな……みんなバラバラで、誰も助け合わなかったんだよ」
フィフスは言い辛そうに苦い表情を浮かべながら、魔王と戦った時のことを語る。
時が過ぎたことによってヘブンズナイツの面々はかつて神と共に先代の魔王と戦ったそれとは変わっているが、現代のヘブンズナイツの団員もまた全員が国家の軍事力を凌駕する最強の騎士団である。全員が力を合わせれば生まれたての魔王程度、討伐するのはそう難しくない……筈だったと。
「アインとツヴァイは来ないし、他の騎士達も助け合うどころか味方ごと巻き込んで攻撃したり、戦っている間に魔王をそっちのけにして仲間同士で喧嘩を始めたり……本当に酷かった。一人ひとりの力は弱くても、団結して協力し合える人間のことが羨ましいよ」
「同じヘブンズナイツ、フィフス達、仲間じゃない?」
「一応、仲間なんだけどね……ごめんねフィアちゃん、思い出したら頭痛くなってきた」
「痛い? 大丈夫? フィア、撫でる?」
「ありがと、フィアちゃんの手はとても温かいね」
話の途中で頭を抱えたフィフスの体調を心配に思い、フィアが彼女の青色の髪を撫でる。
体調や気分が優れない時は、誰かにこうしてもらうと良くなるものだ。フィア自身がそうであるが為に自然的に移した行動だが、フィフスにとっても不快ではなかったようでフィアは安堵した。
数秒間ほどそうしていると、フィフスが風呂上りのような温まった表情で話を再開する。
「それでチームワークの悪さを魔王に突かれて、罠に掛かって……私達は散り散りの場所に封印されちゃったの。恥ずかしい話だね」
新しく生まれた魔王は生まれて間もない為、まだ先代魔王ほどの力は無いが、今代の魔王は先代よりも狡猾で頭が良かったのだとフィフスは語る。
そして何よりも、今代の魔王は野望達成の為には努力を惜しまない魔王らしからぬ直向きな性格をしていたと。
対してヘブンズナイツはなまじ各々が最強の戦力であるが故に慢心があったのか、そこを突かれた挙句、魔王がヘブンズナイツ対策として入念に張り巡らした策謀によってまんまと嵌められてしまったのである。
見過ごせない悪ではあるが、そう言った魔王の姿勢は見習うべき点であり、これではどちらが世界の守護者かわからないとフィフスは爽やかな表情で毒づいた。
そして魔王の罠に嵌められた騎士達は、フィフス同様に地上の何処かへと封印されているらしい。
ここまで一通りフィフスの語りを聞き終えて、フィアは最も気になった質問を彼女に掛けた。
「フィフスは、八年も……ずっと、ここに居た?」
自分が何かをしたという自覚は依然フィアには無いが、フィアが来るまでフィフスはずっと、この花畑に一人ぼっちだったのだ。そんな彼女の心境が、フィアには他の何よりも気に掛かった。
「たった八年で良かったよ、私達には寿命が無いし。西の大陸に居る魔王も、私達との戦いで受けた傷が響いているのかな? あれから侵攻が止まっているみたいだしね」
フィアの問いを肯定しつつ、自分自身の苦しみについては大して気にしていない様子でフィフスが言う。
確かにここは綺麗で穏やかで、ずっとここに居ても良いと思えるほど良い場所だ。しかしそれはあくまでもフィア個人の認識に過ぎず、地上の秩序を守るという崇高な使命を果たさなければならないフィフスにとっては、永遠に出られない場所に縛り付けられていた時間は地獄の日々だったに違いない。
この美しい花畑は、彼女にとって脱出不可能な牢獄だったのだ。
「え……どうしたの、フィアちゃん?」
ここに居る間、彼女が感じたであろう無念さと寂しさを思うと、フィアはこれまでの自身の愚かさ、能天気さを呪わずには居られなかった。
「ごめんなさい……気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
「え……」
ベンチから立ち上がり、フィアはフィフスに対して深々と頭を下げる。
そんなフィアの行動が予想外だったのか、フィフスは数秒間ぽかんとした表情を浮かべた後、慌ててフィアに頭を上げるように促した。
「あ、謝らないで。八年間封じ込まれていたけれど、私は貴方のおかげで解放されたんだから!」
「でも……」
「だから顔を上げて、ね?」
フィアが気付いていれば、彼女はもっと早く解放されていたのではないか?
何よりも先にフィアの頭に浮かんだのは、ずっとこの時を待っていたであろうフィフスに対して申し訳なく思うその気持ちだった。
するとフィフスがベンチから立ち上がり、尚も頭を下げているフィアの元へと歩み寄る。
そしてその小さな身体を、彼女が優しく包み込むように抱き締めた。
「フィアちゃんは優しいね。だけど、とても厳しい子」
私は、大丈夫だよ、と。
罪悪感に支配されたフィアの心を解すように、そう言ってフィフスは微笑んだ。
フィアは決して、自分の善行に満足しない。
決して自分の功績を、誇ったりはしない。
他人は全肯定し、自分は全否定する。そんなフィアの歪な在り方を読み取って、フィフスは抱き締めながら寂しげな表情を浮かべた。
そして。
「そんな貴方には、フィフスの名の下に祝福を与えましょう」
これまでとは違った凛とした声音でそう言い放ったと同時に、フィフスの額から光で刻まれた紋章が浮かび上がる。
数字の5を意味する、「V」と刻まれた紋章が。
紋章はまばゆい輝きを強めると、そこから放たれた青い光が瞬く間にフィアの全身を覆っていった。
【スキル「生命の騎士の祝福」を習得しました】
クエスト達成の時とは違う効果音が軽快に鳴り響き、フィアのウインドウ画面がひとりでに前に開く。
そのことにフィアが気づいたのは、フィアがフィフスの胸から離れ、顔を上げた時のことだった。




