第10話
「なっ……!」
「うん? 何だい君?」
彼女の介入に各々が反応を見せるが、最も驚いているのはスキンヘッドの男だった。
ペンちゃんが静観を決め込んでいるのが正しいように、この件ではスキンヘッドの彼こそが庇われてはいけない側なのである。
彼はこの始まりの森を焼き、多数のプレイヤーに迷惑を掛けた。そしてキラー達はそれに対してあくまでも報復という大義名分で対峙している今、当人達の人柄は別としても善側はキラー達であり、スキンヘッド達こそが悪であった。
しかし、ペンちゃんは失念していた。
この心優しい少女がそんな理屈に従って、自分が言葉を交わした者達が目の前で倒されるのを黙って見ているかということを。
「フィアはフィア。この人達は、反省している。悪いことは、もうしないと約束した。だからこれ以上、この人達をいじめないで」
「おい!」
必死にスキンヘッドを庇う彼女の言葉に、ペンちゃんが目を細める。
理屈の上では善はキラー達であり、悪は彼らの方だ。
しかしフィアの言うように、この場において三人掛かりで寄って集ってスキンヘッドに攻撃を仕掛けようとするのは、確かに「いじめ」のように見えた。
スキンヘッドの制止を振り切りながら、フィアは頭を下げてキラー達に懇願する。
それは、彼らの立ち位置が一転して変わってしまった瞬間である。
小さな子供の頼みというのは、やはり心理的に抗いがたいものがある。それも、幼い少女が健気にも目の前の人間を守ろうとしている姿は心に温かい感情を染み渡らせ、ペンちゃんは彼女の言葉を聞いて妙にほっこりとした気分になった。
彼女と向き合っているキラーの方もまた、場の空気が変わったことに気付いたのだろう。振り上げた剣を誰に当てることもせず振り下ろすと、彼は高らかに笑った。
「あははははっ! こりゃいいや、これじゃ僕達の方が悪役じゃないか!」
善はキラー達、悪はスキンヘッド達。しかしその間に純粋な幼女が仲介するとなれば、話は別だ。
彼女の懇願を無視してまでスキンヘッドを切り捨てたとなれば、彼らはいい悪役である。そうなったらそうなったでペンちゃんは嬉々として彼らのことを幼女を泣かせた外道PKギルドとしてその名をフレンド達に拡散させていくつもりだった。
これまでスキンヘッド達を守る気は微塵も無かったペンちゃんだが、フィアの為ならばその手のひらもとい翼のひらを簡単に返した。
「……キラーよ、どうする?」
「やめてあげた方がいいんじゃないか? 幼女の前でPKなんて後味悪そうだし」
キラーの仲間はフィアの登場と同時にすっかり毒気を抜かれてしまったのか、二人とも各々の武器を収めていた。PKギルドにもPKギルドなりの矜持があるのだろう。悪党が相手ならば思う存分PK出来るとはキラーの言葉だが、裏を返せば自ら進んで悪役になりたいわけではないと思える。彼ら二人に関しては、まさに随著な様子だった。
しかしその言葉を語った張本人である、キラー・トマトは違った。
「冗談はやめてよね。僕達はPKギルドだよ? PKギルドにPKをやめろだなんて、僕から笑顔を奪うつもりなの? そんなの、許せないじゃない?」
「その傲慢さ、俺は嫌いじゃないぜ」
「僕にはポリシーがあるの。やると決めたら誰を泣かせたってやり遂げる! 中途半端なPKはしない! それが笑顔なんだ!」
彼だけは、依然としてやる気満々である。
フィアの言葉は彼の仲間達には届いていたが、肝心の死刑執行人である彼には全く届いていない様子だった。
「ということで、残念でした! 僕は彼を許しません。悪いのは彼の方なんだからね。だから僕達は正義の下に、彼を裁きます」
スキンヘッドの死刑は結局、免れることはない。堂々と言い放たれる彼の宣告に、フィアは俯く。
そしてフィアは両手で胸を抑え、苦しげに声を震わせながら言った。
「……違う、そんなもの、正義、違う……」
「ん?」
「フィアはフィア……「彼」とは、違う……」
「君、何を言ってるの?」
「違う……フィアは……そんなこと、したくない……!」
それは、異変だった。
まるでここには居ない誰かと話しているように、虚空を眺めながら彼女は繰り返して言い放つ。
フィアはフィア――と、彼女の口癖を。
「……何だ?」
ペンちゃんはフィアの様子が何やらおかしいことに気付くと静観を止め、ペンギン走りで前に出ようとする。しかしそのペンちゃんの動きを横目にしたフィアが、左手を上げて制止させた。
彼女の揺れる瞳には「手を出すな」と……言葉は無かったが、そのような意図が込められているように感じた。
程なくしてフィアは一歩ずつゆっくりと前に歩きながら、キラーを相手に呟くように語りかけた。
「そんなに殺したいのなら、フィアを殺せばいい」
「は?」
一歩歩く度に、フィアは全身から一つずつ武装を外していった。
最初に大剣を。
次に弓を。
腰からは片手剣を、杖を、躊躇いも無く外していった。
自ら戦う術を放棄していくその奇行にスキンヘッドが慌て、キラー達が戸惑う。
「お、お前、何勝手に……!」
「フィアは抵抗しない。武器も使わない」
「わお」
最後に両腿から二本の短剣を外し、フィアは完全に武装を解除する。
無手となったフィアはキラーの手が余裕で届く距離で歩を止めると、彼の顔を下から見上げる視線を逸らさぬまま言った。
「……フィアを斬って笑顔になれるなら、フィアを斬ればいい。でも、現実の世界でそんな考え方をしたり、他の人を嫌な思いにさせたら駄目。現実もこの世界も、みんなはみんなで暮らしている。みんなが居るから、貴方が居る」
スキンヘッドの男を庇い、自らが代わりになると。
自らの存在が犠牲になることを、フィアは躊躇いもしていなかった。
「だからフィアを斬って、それで……この人達のことを、許してあげて」
その言葉がどのような意図で放たれたものか、ペンちゃんは自身の知るフィアという少女の性格から推理する。
スキンヘッドを助けたいのはわかる。彼女は彼らと話し、彼らが森を焼いたことについて反省していることを知った。
反省しているのなら、許してあげよう――それが彼女の考えなのだろう。
そしてキラー・トマト。この少年は正義のPKという大義名分でスキンヘッド達を襲ったが、それはあくまでも建前に過ぎず、言動から察するに単にPKが好きだからPKをしたいだけのように見える。
フィアもまた彼の思惑について似たようなことを察したのだろう。だからこそ、彼女はこう思ったのだ。
――スキンヘッドを斬る目的が単なる自己満足ならば、自分でも代わりが務まるのではないかと。
自分が斬られることで彼の心が満たされれば、スキンヘッドの男のことを見逃して貰えるのではないか?と。彼女はきっと熟考した末に、そのような考えに至ったのであろう。
いじらしい。
何とも、いじらしい少女である。
(トマト野郎め、やれるものならやってみろ。その前に私がお前を氷漬けにしてやる……!)
コウテイペンギンの着ぐるみの中でペンちゃんは鬼気迫る表情を浮かべながら、アイテムボックスから引っ張り出したハンマーを装備して戦闘態勢に入る。
マジ顔であった。
もしキラーがこの後フィアの言う通りの行動を移したとすれば、ペンちゃんはその身を投げ出してもフォアの身を守るつもりだった。
フィアの真摯な言葉の一つ一つが鍵となり、ペンちゃんの頭の中におかしなスイッチが入ってしまったのである。
人はそれを――ロリータ・コンプレックスと呼ぶ。
「はは、アホらしくて斬る気にもならないや。いいよ、彼のことは見逃してあげる」
「……この人のこと、斬らない?」
「ああ、斬らない。そんな顔されて斬れるわけないだろ」
「本当?」
「ホントもホント。僕だって鬼じゃないからね、そこまで言われたら笑顔になれないよ」
しかし幸か不幸か、事態は悪い方向に向かわずに済んだようだ。
横合いに立つペンちゃんのただならぬオーラに当てられたのか否か、キラーは観念したようにフィアの元から背を向けて言った。
フィアの思いは無事、彼の心に届いたのである。
「天晴なり……」
「俺、たまには普通のプレイもしてみようかな」
キラーの仲間である侍と弓兵が緊張を解き、口々に呟く。
二人の言葉はどちらも、武器も持たずにPKとの対話を行った小さな少女の勇気を称えるものだった。
(それでいいのかPKギルド……まあ、あんな顔でお願いされたら誰だって戦う気を失くすか)
呆気ない幕切れにペンちゃんは拍子抜けするが、案外こんなものなのかもしれないと納得する。
PKとて人の子だ。よほど屈折した性格でもなければ、面と向かってこうまで健気に語りかける少女の言葉を無視は出来ない。
キラー・トマトにもまた、そういったごく一般的な良心があったのだろう。
ペンちゃんは安心した表情でハンマーをアイテムボックスにしまい、フィアの元へ歩み寄ろうとする。
――しかし、ペンちゃんは気付いてしまった。
「ま、嘘なんだけどね」
フィアの元から背を向けたキラーが両手で剣の柄を握り直し、殺意に溢れた笑みを浮かべていたことに。
それはまるで、死神のような笑みだった。
「くそっ!」
走る速度を上げ、ペンちゃんは全速力を持ってフィアの盾となるべく駆け出す。
しかし彼女の手が届くより前に、キラーはその剣を閃かせた。
「フィア、離れろ!」
キラーが嬉々とした表情で振り向き、両手に構えた剣を頭上から真下、フィアの頭を目掛けて振り下ろす。
見事なまでに、鮮やかな騙し討ちであった。
彼の心には決して、フィアの思いは届いていなかったのだ。ペンちゃんがそのことに気づけなかったのは、彼と面識が無いが故に彼の狡猾な性格を知らなかったからだ。
彼のプレイスタイルを知る者は、口を合わせてこう呼ぶ。
――騙し討ちのキラーと。
その情報を持っていないが故の失態だった。そうでなければ正々堂々と、武器を捨ててまで対話に臨もうとした少女を相手に、わざわざ回りくどい騙し討ちを仕掛けてくるなどとは誰が思うことか。
(すまない、フィア……!)
駄目だ、間に合わない――自らの迂闊さを呪いながら、ペンちゃんはフィアに対して心の中で謝る。
まだプレイを始めて日の浅い彼女にこんな形で初のデスペナルティを負わせる羽目になるとは、完全にこちらの判断ミスである。
お詫びとして今度会った時は自分の鍛えた武器を無償で譲り渡すことを心に誓いながら、ペンちゃんはフィアの最初の「死」を見届け――
「……!?」
――見届けることは、なかった。
キラーの剣の切っ先は、フィアの頭部まで到達しなかったのである。
それは、キラーが良心の呵責により自らの凶行を寸でのところで止めたわけではない。
他の誰よりも、キラー自身がその光景に驚いていたのだ。
――斬り裂かれる筈の目の前の少女が、彼の剣の到達を両手で封じ込めたのだから。
「白刃取りだと……?」
侍風の姿をしたキラーの仲間が、両手で直接剣の進行を阻んでいるフィアの姿を見て驚愕の声を上げる。
ペンちゃんもまた、その光景には思わず足を止めて見入ってしまった。
「貴方は……嘘つき」
真剣白刃取り――その技法を何食わぬ顔で披露してみせた少女は自身の抑え込んだ剣の切っ先には見向きもせず、俯いた表情で、悲しみに震える声で呟いた。
「……なに?」
「嘘つきは駄目……こんなことをしてたら、きっと貴方も駄目になる」
彼女は騙し討ちを受けたことに対して憤るわけでもなく、ただひたすらに悲しんでいた。
顔を上げて、彼女はキラーの目を見据える。
彼女の瞳を見たキラーの顔が、僅かに強張った。
そしてペンちゃんもまた、彼女の瞳を見た途端目を大きく見開いた。
キラーの目を見据えるフィアの瞳には、涙が浮かんでいたのだ。




