第9話
「誰だ……誰がやりやがった!」
弓矢に撃たれ、一人、プレイヤーキャラクターが死んだ。
正確な狙いだった。そして「敵」の攻撃への警戒を怠っていたこともまた彼の死因であろう。
皮肉なことにも、フィアとの会話が周囲への危険意識を薄くさせてしまったのだ。
彼らは依然として、PKに狙われている身であった。
「僕だよ」
仲間の死に動揺するスキンヘッドとモヒカンの前に、一人の少年が現れた。
背はそれほど高くなく、160センチ台中盤程度の身長だ。身体の線も細く、筋骨隆々の二人と見比べればその体格差はまさに大人と子供だった。
しかしそう言った体格差という指標が何の意味も為さないのが、このVRMMO界隈でのお約束である。寧ろ体格の大きさは敵の攻撃が当たる面積が広くなるということもあってか、プレイヤー達の間ではあまり推奨とされていなかった。それでも彼らがこの体格に設定してキャラメイクをしたのは、単に彼らの趣味による理由が大きいだろう。
閑話休題。
仲間が撃たれた二人の元に、律儀にも堂々と姿を現した優男のような顔立ちをした少年は、そんな彼らを小馬鹿にした口調で言った。
「せっかくいい大義名分が出来たのに、勝手に改心するなんて許せないじゃない?」
「てめぇは……!」
この場所に逃げ込む前もまた、彼ら三人はこの少年を相手に戦っていた。
そしてその圧倒的な実力差を前に手傷を負ってしまい、悔しくも敗走したのがフィアと出会う前までのいきさつだった。
恐るべきPK――その恐怖の対象たる名前を、スキンヘッドと残る一人のモヒカンが声を重ねて叫んだ。
「PKギルド【自由同盟】! キラー・トマト!」
「ご丁寧にありがとう。今度は逃がさないよ」
……と、彼らが送るどことなく演劇めいたやり取りをジト目で眺めながら、ペンちゃんは不審げに呟いた。
「なんだあいつ……私のフレンドじゃないぞ」
その目線が向いているのは先ほどモヒカンの一人を撃った少年、キラー・トマトというプレイヤーだ。
彼の目的は森を焼いた張本人である三人のプレイヤーの討伐であることは間違い無さそうだが、ペンちゃんはその名とその姿に見覚えが無かった。
確認の為とばかりに手元のウインドウを操作して捜してみるが、やはりキラー・トマトというプレイヤーの名はフレンドリストには載っていない。
と言うことは即ち、彼はペンちゃんが依頼したプレイヤーの一人ではないということだった。
「この野郎!」
「おっと」
仲間のモヒカンが倒され、怒り心頭のモヒカンが手に持った杖から火炎魔法「ファイアボール」を放つ。フィアとの会話が彼の心境に確かな変化をもたらしたのだろう。彼の放ったその魔法は先にこの森を巻き込んで放った「ヒャッファイヤー」とは異なり、範囲を一点に絞った被害の少ない一撃だった。
しかし、その魔法攻撃は少年の衣服を焦がすことも出来ないまま遠方の地面へと着弾する。発射の瞬間少年が目にも止まらぬ高速移動でその場から立ち退き、ファイアボールを回避したのである。
「スマイル・スラーッシュ!」
「ぐあっ!?」
回避と同時、少年はすれ違いざまに左腰に収納していた「片手剣」を振り抜く。剣はそのままモヒカンの胴部から横一文字に斬り裂くと、続けて少年は軽やかな身のこなしからその背中に蹴りを喰らわせた。
「……やめて……」
蹴り飛ばされたモヒカンはサッカーボールのように吹っ飛んでいき、五メートルほど派手に地面を転がされていく。
この「HKO」は中高生もプレイをするゲームであるが故に、斬り付けられた箇所から真っ赤な血が飛散したりだとかと言ったグロテスクな方向にリアルな演出はされていない。
しかしダメージが大きければ大きいほど行動に制限が掛かる点では現実と同じであり、今の二擊で体力を著しく減らしたモヒカンはすぐには動くことが出来ず、うつ伏せに倒れたまましばらく起き上がれなかった。
「ドーク! ちぃっ」
「させないよ。スマイル・アロー!」
「ぐはぁ……!?」
仲間を助ける為に動き出したスキンヘッドの男に対して、少年は即座に手持ちの武器を片手剣から背中に背負っていた「弓」へと切り替え、一瞬にして矢を引き放った。
放たれた矢はスキンヘッドに回避の隙を与えず、その鎧を一直線に貫く。
弓に矢をセットする動作が見えなかったのは、矢が実体を持つ物理的な矢では無く、「魔力」で構成された魔法の矢だからであろう。その技は数多のプレイヤーを見てきたペンちゃんにとっても、あまり見たことのないものだった。
(あいつのクラスは魔法弓師とか、そんなところか……何にせよ、あれが上級職なのは間違い無さそうだ)
随分と慣れた動きと言い、煌びやかに整った装備と言い、少年がこの初心者御用達のダンジョンには不似合いな熟練者であることは一目見てわかった。
自分が戦ったら勝ち目はあるかと言えば……無いことはないだろう。しかしペンちゃんには進んで彼と矛を交えるような理由は無かったし、目の前のマッスル達を助けに行く理由も無かった。
寧ろこの畜生ペンギンは少年の行動を賞賛しており、いいぞやっちまえとすら思っていた。
マッスル達がフィアの言葉によって反省したのはいい。しかしだからと言って、彼らがフィアを始めとする他のプレイヤー達に迷惑を掛けたことはれっきとした事実である。
ならば何らかの罰を受けるのは当然のことであり、それがPKによって裁かれるというのならばそれはそれで良い落とし前だった。
尤もそのPKが自身の依頼したフレンド達でなかったことは、ペンちゃんにとっては少々不服だったが。
「ぐっ……てめぇ」
「いやあ、笑顔の為に悪い人を懲らしめるのは気持ちがいいね」
「てめぇは、PKが好きなだけだろうが!」
「それはそうなんだけどね。でも最近はPKに悪いイメージを持っている人ばかりで困っていたんだ。PKすると面白いスキルが手に入ったりするのにね」
光の矢に射抜かれ、苦悶の表情を浮かべながら地に伏するスキンヘッドを見下ろしながら、キラー・トマトが愉悦に笑む。
そんな彼はここで一気に決着をつけることはせず、聞いてもいないのに何やらPKギルドの実情を語り始めた。
「僕達はモンスターよりもプレイヤーと戦う方が笑顔になれるだけなのに、みんなから悪く言われるんだ。でも、過剰な攻撃で森を焼いて、他のプレイヤーに迷惑を掛けてる悪党が相手なら、PKをしても怒られないじゃない? 寧ろ、みんな笑顔になるでしょ?」
「はっ、違いねぇ」
フィアとの会話直後というのは何とも間が悪いが、確かにキラー・トマトはPKではあっても今ここで世間から後ろ指を差されるようなことは何もしていない。
この場合、確かに正義の味方は彼の方と言えた。
「というわけで、僕に倒されて笑顔になってよ」
「そうは行くか!」
しかし自業自得とは言え、狙われるプレイヤーの方からすれば彼がいけ好かないPKの一人であることに変わりは無い。スキンヘッドの男は背中に背負っていた武器――「斧」を両手に構えると、当然のように抵抗を行った。
瞬間、先ほどまでキラーが立っていた地面に斧の切っ先が突き刺さる。豪快な破壊力を秘めたその一撃は、直撃していればキラーの身にも相応の効果をもたらしたことだろう。
彼の斧が抉った地面の傷跡を一瞥すると、キラーがひゅうっと感心げに口笛を吹いた。
「やるね、中々のパワーじゃない。アバター通り、君はATKを重視して伸ばしているみたいだね」
「上級職だろうが何だろうが、俺達世紀末トリニティを舐めるなよ!」
「そうこなくちゃ!」
キラーとしても始めから抵抗されることを期待していたのだろう。斧を構え直し、憤怒の表情で睨むスキンヘッドの様子に、キラーは楽しげに唇をつり上げる。
悪徳プレイヤー対プレイヤーキラー、第三者としての立場に居るペンちゃんとしては中々に見応えのある戦いの構図である。
レベルでは恐らくキラーの方が上。しかし、数の面では二対一とややスキンヘッド側に分がある。スキンヘッドとキラーが睨み合っている間にモヒカンの男が先ほどのダメージから復帰し、キラーを挟み撃ちの形に取り囲もうとした。
「だけど」
しかし、その動きをキラーは――キラー達は許さなかった。
後方、遠方斜め上方向から突如として一本の矢が飛来し、モヒカンの頭をモヒカンヘアーごと撃ち抜いたのである。
「ドーク……!」
スキンヘッドが呼びかけるが、モヒカンの返事は無い。
思いがけない方向から攻撃を受けたモヒカンはその場に崩れ落ちると、光の粒子となってその場から消滅していった。
二人目の「死」である。今度は遺言の暇すら与えない即死だった。
「残念だったね、君の相手は僕だけじゃないんだよ」
キラー一人に意識を集中させていた為に、彼らは気づかなかったのだ。
スキンヘッドの男に二人のモヒカンが居たように、この場にはキラーの他にも二人の仲間が居たのである。
「我ながらナイス命中率だぜ」
ペンちゃんとスキンヘッドが矢の放たれた方向に目を向けると、いつから待機していたのやら、焼き焦げた木の上に弓を構えたまま座っている青年の姿があった。
キラーがその青年に軽く手を振ると、弓兵の青年はグッと親指を立てて爽やかに応じた。
「そしてもう一人」
続けてキラーが頭の上で気取ったように指をパチンと鳴らすと、今度は真横の木陰から音も立てずにもう一人の人物が姿を現した。
江戸時代の武士のような袴と羽織を身に纏い、懐には一本の日本刀が鞘に納刀されている。
顔立ちは渋く、プレイヤーキャラクターとしては珍しい三十代後半から四十代前半と言った壮年の男の姿をしていた。
「…………」
「この二人が僕の仲間だ。因みに二人とも上級職でね。僕達はフィクス大陸から来たんだ」
ロールプレイの一環なのかは定かではないが、何も語らず無言で刀を構える姿には得体の知れない凄みを感じた。
三人に囲まれたスキンヘッドの姿を見て、これは一方的な勝負になってしまいそうだなとペンちゃんは初めて彼に同情した。
「三人か……」
「そう、僕達は三人だ。だから勝てると思うのはやめてよね」
三人に勝てるわけがないだろう? と、挑発げにキラーがせせら笑う。
質も下回っていれば数も下回っている。これでは勝敗は明白だ。しかし彼らがここで早々にとどめを刺さないのは、恐らくはこの状況をもう少し楽しみたいからであろう。
狩りというのは獲物を追い詰める時こそ最も楽しい時間だと聞く。キラー・トマトもまたその時間に長く浸っていたがっている様子とペンちゃんには見えた。
正義の味方を自称する割には、何とも性格が悪い。そう思うペンちゃんだが、依然としてスキンヘッドの側に加勢する気は無かった。
――しばしの沈黙が場を包み、そしてその沈黙を破ったのはスキンヘッドの言葉だった。
「ちっ、やるならさっさとやりやがれ!」
手持ちの武器である斧をアイテムボックスの中に収納すると、彼は投げやりに吐き捨てる。
武器を解除し無手となったのは、彼にとって「降参」の意思表示であった。
その対応が意外だったのか、キラーがあれ?と首を傾げた。
「随分あっさりしてるんだね。悪党は悪党らしく、無様に抵抗すると思ったのに」
「元々悪いのはこっちの方だ。……そうだろう?」
「ふーん、つまんないの」
少し追い詰めすぎちゃったかなと心底残念そうな表情で呟くと、キラーはゆっくりとスキンヘッドの元へと近づいていく。
そしてその間合いを三メートルほど前まで狭めたところで足を止めると、手持ちの武器を弓から片手剣へと持ち替えた。
「じゃ、死んで」
淡々と死刑を宣告し、わざわざ見せつけるようにゆっくりと剣を振り上げる。それが振り下ろされた瞬間、スキンヘッドの身体は光の粒子となって仲間達のようにこの世界から消えることになるだろう。
ペンちゃんはそれをいい気味だとまでは思わないが、いい落としどころだとは思った。彼らはフィアの言葉で心を入れ替え、PKによってこれまでの罪を裁かれる。これで森を焼いたことが他のプレイヤー達にとって不問になるかまではわからないが、少なくともペンちゃんは金輪際今回の件に触れる気はなかった。
――しかし、結果としてキラーの剣がスキンヘッドを断罪することはなかった。
横合いから割り込んできた小さな影が、彼の身体を守るように立ちふさがったのである。
「やめて」
スキンヘッドの腰ほどの身長しかない少女が、殊勝にもキラーの目を見据えて言った。
三人の狩る者が居て、ペンちゃんは静観を決め込んでいて……しかしこの場において彼女――フィアだけは、スキンヘッドの男を庇ったのである。




