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蒼紅天使のマスカレード   作者: GT
序章 異世界帰りの双天使
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第1話

こちら様々な人気ジャンルを闇鍋したような作品になります。暇つぶしに読んでいただければ幸いです m(゜◇゜)m

 高度に発達した科学は魔法と変わらないという言葉がある。

 しかし今少女の前に広がっている「科学」の光景は、異世界に存在する「本物の魔法」よりも超常的に見えた。


「空気……」


 まず、空気がある。

 穏やかな風が少女の黒髪を揺らし、その五感に対して明確な刺激を与えている。


「自然……」


 次に、自然がある。

 少女が立っているこの大地と、周囲に生い茂る緑の草木。そして背後には、緩やかに流れている透き通った川の姿があった。

 それはいずれも都会の街では見ることの出来ない、ありのままの自然と呼ぶべき光景だ。

 しかしここにあるものは全て、地球上に存在する天然自然のものではない。


 にわかには信じがたい事実であるが……ここにあるのは現実であって現実でない、「仮想世界」の産物であった。


「これが、ばーちゃるの世界……」


 VRMMO――サービス開始から半年後、巷で流行りのその世界に潜り込むことになった少女だが、実際に体験してみればなるほど確かにこれは素晴らしい。少女はつい先ほど「キャラメイク」を終えたばかりでこの世界に触れてからまだ一分と経っていないが、この時点でも大衆が熱中する理由がわかるような気がした。


 「前世」の地球以上の科学技術の発展には、ことごとく驚かされるばかりだった。










 双葉(ふたば) 志亜(しあ)はかつて、勇者と呼ばれたことがある。

 ……と言っても、彼女自身がそう呼ばれていたわけではない。正確には志亜の「前世」に当たる人物が、世界中の人間からそう呼ばれていたのだ。


 「異世界召喚」、というものがある。

 それがフィクションの世界だけで留まっていればどんなに良かったか……しかしそれは紛れもなく、現実世界に存在する現象だった。


 この地球で生まれ育った、志亜の前世に当たる少年――「彼」は、日本人の一般的な高校生だった。

 手先が器用で大概の物事はそつなくこなすことが出来た「彼」は、多少口下手なところはあったものの理解のある友人や可愛らしい妹にも恵まれ、充実した日々を過ごしていた。

 そんな彼がある日、地球とは違う殺伐とした異世界に召喚されたのは、一体何の因果だろうか。


『君達は勇者として、魔王を倒せ』



 何の脈絡も無く、突如足元から広がってきた光の魔法陣に導かれ――「彼」の存在は地球から消え、異世界へと召喚された。

 

 そして召喚師から一方的に自らの役目を与えられた彼らは、右も左もわからないまま隷属の呪いを掛けられ、拒否権無く強制的に「魔王軍」と戦わされたのである。


 召喚された異世界では、色々なことがあった。


 多くの人々と出会い、戦い。

 多くの魔族と出会い、戦い。


 戦い、戦い、戦い――その挙句、最後には全てを失った。


 志亜の前世に当たる少年は、その戦いの中で掛け替えのない人々を……大切な仲間を失った。共に勇者として召喚された、十二人の日本人だ。

 同じ境遇に陥った者同士であるが故に、彼らは傷をなめ合うように仲間意識を抱き、友情を育んでいった。極限状態の中で時に恐慌に陥った者も居たが、そうなる度に他の仲間達と互いに励まし合い、支え合って生きていたのだ。

 そんな仲間達の存在は「彼」にとって、苦しみだらけの異世界召喚で得た唯一の宝物だった。


 ――しかしそんな大切な者達もやがては魔王軍との戦いで命を落とし、死に別れることになる。


 彼らの中には、血の繋がった妹も居た。


 生まれつき病弱で、身体が弱かった「彼」の妹。異世界召喚に巻き込まれるまで病院での生活を余儀無くされていた彼女だが、真っ直ぐな心を持ち、誰よりも優しい少女だった。

 自身と共に異世界召喚に巻き込まれてしまった彼女の存在は、「彼」にとっては己の命に替えても守らなければならない全てだったのだ。


『兄さんは、生きて』


 しかしそんな彼女すらも、異世界での戦いは奪い去った。

 魔王軍との戦いの中で彼女が死の間際に見せた優しい笑顔は、未来永劫忘れることはないだろう。

 優しい彼女は生きて地球へ帰ることを目標にしていた他の者達とは違い、勇者として純粋に、誰よりも本気で異世界の人々を救おうとしていた。自らが死を迎えるその時ですら、己を召喚した者達のことを恨まなかったものだ。


 そんな妹が目の前で命を落とし、魔王軍との戦いの佳境でたった一人だけ生き残ってしまった「彼」は――彼女や散っていった仲間の無念を背負い、強制された使命である魔王の討伐を果たした。



 しかし、度重なる戦いによって酷使された彼の肉体と精神は、既に限界を迎えていた。


 魔王を倒したところで、その余命は幾ばくと残されていなかったのだ。特に最後の心の拠り所だった大切な妹を失ったことによる苦しみは、「彼」の精神を一気に崩壊へと導き、既にまともな言葉すら話せなくなっていた。


 しかし精神が崩壊してもなお、「彼」の心の中で膨れ上がった召喚師達への憎悪だけは変わらず残り続けた。


 魔王を倒したことによって行き場をなくした「彼」の憎悪が元凶たる召喚師達へと向かったのは、至極当然の流れだった。

 最大の敵である魔王さえも葬った「彼」には、その復讐を可能にするだけの力があったのだ。

 彼が望まずして得たその力は、皮肉にも仲間と妹の命を引き換えにして手に入れた力だった。



 「彼」が召喚された異世界には、「C.HEAT」という現象があった。



 通称は「チート」という根も葉もない呼び方をしていたが、正式名称は「クリムゾン・ヒート」と言う。

 それは地球で生まれた適性のある人間が異世界に渡った時、神の如き特殊な能力を手に入れるという異世界召喚症候群とも言われる現象である。

 「彼」と十二人の仲間達にもまた例外は無く、一同の身体には異世界に召喚されたと同時にその現象が発現していた。

 元々その可能性を見込まれたからこそ、彼らは召喚師に目を付けられてしまったのだ。


 「彼」の発現した「C.HEAT」は【死の力】という――ヒトの死を自らの力に変え、戦闘能力を爆発的に増幅させるという能力だった。


 そしてその死の力は、皮肉にも死んだ対象が自分にとって大切な存在であればあるほど強さを増していく性質があった。

 故に十二人の愛する仲間を失った「彼」は限界まで高まったその能力の覚醒によって、とうとう召喚師に掛けられた隷属の呪いを断ち切ったのである。


 そうなればもはや、心が壊れてしまった「彼」の暴走を止められる者は居ない。


 そうして勇者から復讐者へと成り果てた「彼」は最後に残った力の全てを振り絞り、自分達を召喚した者達へ圧倒的な暴力という名の制裁を行い、復讐を果たしたのである。


 「彼」が最期を迎える時まで行ったのは、目を覆いたくなるほどに凄惨な虐殺だった。


 自分達の召喚に関わった者達を誰一人として逃さず、「彼」は男女例外なく全てを殺し尽くしたのである。

 大国の王も、民も、召喚師達も。

 泣いて許しを乞う者も居た。魔王軍からこの世界の人々を守る為には仕方が無かったと、貴方達地球の民に頼るしかなかったんだと情に訴え掛ける者も居た。しかし既に人としての理性すら失い、憎しみだけで動いていた「彼」の心に彼らの言葉は通じず、無惨にも全員が息の根を止められることになった。


 ――そして全てを終えた「彼」の命は自ら葬った宿敵の屍の上で途絶えると、若い生涯に幕を下ろしたのである。



 勇者として召喚され、復讐者として死んだ。


 要約すれば、これが異世界召喚された「彼」の人生である。

 異世界召喚という出来事に導かれた結果、大切な全てを失った挙句、最後まで故郷に帰ることが出来なかった哀れな青年の物語である。




 ――そして、ここからが「彼女」の人生となる。


 死んだ筈の青年の魂は、思わぬ形で地球への帰還を果たした。

 前世の記憶の一部を保有したまま新たな人生を始めるという、「転生」という形で。

 それが「彼」ではなく、「双葉志亜」という一人の少女として始まった、第二の人生だった。

 




 自分が何故、前世の記憶を持って生まれたのかはわからない。

 「彼」の人生を異世界の神が哀れんでくれたのかもしれないし、何か大きな理由が隠されているのかも定かではない。しかしどのような理由であれ、双葉志亜という少女が「彼」の記憶の一部を引き継いで生を受けたという事実は確かだった。


 しかし前世の記憶というものを持って生まれて、志亜自身が良かったと思えたことは一度も無い。


 「転生」という言葉を聞けば、志亜は俗に言う「強くてニューゲーム」をその身で体現していることにもなるのだろう。しかし志亜は、自分が転生者であるが故に幼い頃から苦悩し続けていたのである。


 その最たる例が、「フラッシュバック」である。


 フラッシュバック――強い心的外傷を受けた場合、後になってその記憶が突然かつ鮮明に思い出されたり、悪夢として夢に見たりする現象だ。心的外傷後ストレス障害、通称「PTSD」や、急性ストレス障害の特徴的な症状の一つである。

 前世の悲惨な出来事がこの障害を発症させ、志亜の脳内では幼い頃から「彼」の妹や仲間達が死んだ時の光景が鮮明に映し出されていたのだ。

 その為に、志亜は薬無くして満足な眠りにつくことが出来ない身である。

 そして不眠症以上に大きかったのは、志亜自身の人格形成である。


 フラッシュバックもそうだが、前世の「彼」から引き摺ってきた記憶は何かにつけては彼女の精神を圧迫し、汚染していった。

 幼稚園に入園した頃から、志亜は他の子供達が和気藹々と遊んでいるところを同じ輪に入ったことがない。

 人との関わり合いを、徹底的に避けていたのだ。

 それは自身の精神年齢が高いからと同年代の子供達を見下ろしているからではなく、全て前世の経験から知ってしまった事実にあった。


 志亜の心にはフラッシュバックの度に刻まれていたのだ。大切な友人を失う怖さと、友人を誰一人守れなかった自分自身の弱さを。


 要するに、救われない結末を迎えた前世の記憶は志亜の性格を必要以上に卑屈に育ててしまったのである。

 「彼」の最大の無念――それは、仲間を誰一人として守れなかったことにある。

 記憶の継承と共にその無念に引き摺られて生きているが故に、志亜は非常に歪んだ考えを持って育ってしまった。


 友人を失うのが怖いのなら、始めから作らない方が良い。

 そもそも前世であれだけのことをしてしまった罪深い自分に、友人を作る資格なんてない。


 そんなことを常から考えていた彼女の自己評価は、やはり極端に低い。

 本来は一度しかない筈の人生を二度も送っている自らの人生について、志亜は他の人間よりも価値が無いものだと考えていた。死んだ筈の人間が生きているなんて、そんなの嘘の人生だと。

 そんな志亜の自身への卑屈さは物心がついて前世の記憶を理解した時、自分がこの世界にとって異物であることを悟り、すぐにでも自殺を謀ったほどである。

 その自殺が未遂に終わり……高校一年生になった今も尚生き恥を晒し続けているのは、双葉志亜という人間が居なくなることによって悲しむ存在が居ることを知ってしまったからだ。


 こんな卑怯な人生を送っていることを知りながら、娘として愛してくれる両親。

 こんな自分を気持ち悪がらず姉として認め、慕ってくれる弟が居た。


 自分のことはどうでも良い。しかし、せめて彼らの為には生きていようと思えるぐらいには、志亜は周りを見ることが出来た。

 そう、双葉家の家族は皆、志亜が転生者であることを知っている。言葉を話せるようになった幼児期、志亜は自身の持つ「彼」の記憶を本能的に前世のそれだと理解した時、自らの口から話したのだ。


「しあにはぜんせのきおくがある」


 そう言って、志亜は全てを話した。自分の頭には、前世の「彼」として生きていた記憶があるのだと。

 二度目の人生を幸福に生きようとするならば、それは明かすべきではない情報だった。下手をすれば家族から自身の存在を否定されかねない情報だったが、志亜はその事実を何の躊躇いもなく告白した。


 志亜には降って湧いたこの二度目の人生を、幸福に生きたいと思えなかったのだ。


 彼女にとっては嘘塗れな二度目の人生を送る喜びなどよりも、自分のような異物を養っている家族への負い目の方が遥かに大きかったのである。

 だからこそ、志亜は拒絶を求めた。「お前は娘じゃない!」だとか、「この家から出て行け!」だとか、寧ろ彼女はそういった言葉こそを望んでいたのだ。そうされることで、自身の存在を否定されたかったのかもしれない。


 ――しかし、志亜は受け入れられた。


 彼らの前から消えようとしていた彼女は抱き締められ、母が言った。前世の記憶を持っていようと、貴方は私達の娘だと。

 お前はただ珍しい個性を持っているだけだと、父は笑った。

 前世では全てを失い、心も壊れて抜け殻になってしまった自分を温かい手で抱き締める二人を前に、志亜は名前も顔も覚えていない前世の両親のことを思い……生まれて初めて嬉し涙を流したのだ。


 双葉志亜は前世の記憶を持っているが、その記憶は完全ではない。

 おそらくは死ぬ間際の「彼」の精神が崩壊状態にあり、それに伴って「彼」の心から記憶の大半が消滅していたからであろう。残された僅かな記憶は鮮明でありながらも、酷く断片的だった。


 自分の名前も、前世の両親の顔もまた、全部忘れてしまった。


 悲しい筈のその事実が、志亜には嬉しかった。

 この世で双葉志亜が両親として認識出来るのは前世の「彼」の両親ではなく、間違い無くこの二人だけなのだとわかったからだ。


 思えばこの時、志亜は初めて「双葉志亜」という自己を確立したのかもしれない。


 自分が双葉志亜として生きている「彼」なのか、「彼」の記憶を持っている双葉志亜なのか、その曖昧な境界に答えを出すことが出来たのは、やはり家族が双葉志亜の存在を認めてくれたからであろう。


 「彼」は死んだ。そして、双葉志亜が生まれた。


 故に双葉志亜は、双葉志亜である。自分は「彼」の記憶を持っているだけの「彼」とは異なる存在であり、名前も忘れてしまった前世の「彼」はもう居ないのだと――これが、最終的に志亜の出した答えだった。

 自己を確立したところで相変わらず嘘塗れな抜け殻の人間だが、それでも家族を泣かせない為には生きていこうと心に決め、少女は双葉志亜としての人生を歩み始めたのである。




 ……ここで話は戻るが、志亜は前世の記憶の影響の為、非常に卑屈で自分嫌いな性格だ。それは、家族から自身の存在を認めてもらった後も変わらなかった。

 しかし行動原理が家族第一であるが故に、家族に恥はかかせまいと勉学には人並み以上に取り組んでいた。小学校や中学校程度の内容は精神崩壊と同時に「彼」の記憶からも消滅していたが、元々持ち合わせていた素養なのか物覚えは良かったのだ。

 その結果、志亜は小学校生活を校内一の才女として卒業を果たし、県内一のエリート私立中学校への入学を果たすことになった。

 勿論最初は学費を渋り教師や両親からの薦めを拒否しようとした志亜だが、双葉家の家計に彼女の心配は無用だった。それには父が高額の年俸を稼いでいる現役のプロ野球選手であり、専業主婦の母もまた結婚するまでは大手企業の社員として相応の貯金をしていた裕福な家庭だったことが理由の一つである。

 最終的には両親の名誉の為にも高いレベルの学校に入った方が良いだろうという両親の思惑とは少々ずれた判断により、志亜はなんやかんやで私立中学校への入学を決めることとなった。一方、双子の弟はと言うとこちらも志亜と同じ学校を志望したのだが、学力不足により近所の公立中学校へと入学することになった。



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