カラオケは盛り上がると抜けにくい
※今回は少し長めです
「Are you ready?」
『イエーーイ!!!!』
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。ズーーー。
ストローでオレンジジュースを勢いよく啜った。ここは駅前のカラオケ店。中では1年3組のメンバーが歌い踊り騒ぎまくり、実にカオスな状況になっている。さっそくだが俺は、ここに来たことを猛烈に後悔し始めていた。
今日みんなが集まっているのは他でもない、委員長が企画した「1年3組せっかく出会えたのだから親睦深めて仲よくしよう! 手始めにカラオケに行こう!(命名:八王子蓮)」の会に参加するためだ。
その中で俺はとても不満そうな顔をしているに違いない。
まず、俺は騒がしいところは好きじゃない。むしろ苦手だ。カラオケなんて人生で2,3回しか行ったことがないし、それも斎藤と蓮の3人でだ。だから場の空気になんて付いていけるはずもなく、浮きまくっている。
次に俺の今の席だ。こいつが一番の問題でもある。右側は斎藤ががっちりガードしてくれていて安心なのだが、左はそうはいかなかった。
「日女川ー、この後さ、2人でゲーセンとか行かね?」
「あっ!お前っ、抜け駆けすんなよ!!」
「バーカ、早い者勝ちだよ」
⋯⋯バカはお前らだ。なんで俺のところに来る。遊びたいなら女子を誘え、女子を。
左にはよく知らないクラスメイトの男子が座っていて、しかも場のノリで緩くなっているのか異様にべたべたと触ってくる。気持ち悪い。全力で殴り飛ばしたくなるのを押さえるのに必死だ。俺的には蓮に来てもらいたかったのだが、あいつはあいつで即刻女子たちに連行されていった。
「なあなあ、姫ー、何か歌おうぜ~」
「⋯苦手なんで」
「ええー!? いいじゃん一曲ぐらい!!」
「⋯⋯⋯⋯」
ああっもう! う・る・さ・い!!!! 何なんだよお前らは!! 発情期の犬か何かか!? ちょっとは黙っとけ頼むから。
耳に優しくない騒音と度重なる男子からの猛攻撃に精神的にもかなり疲弊している。ヤバい、気分悪くなってきた⋯⋯。
もともと俺は行く気なんて無かった。しかし、斎藤の説得で渋々了承したのだ。こんなことなら無理やりにでも断るべきだった。隣を見ると斎藤が苦笑いを浮かべていた。
こんな時に蓮はどうしているのだろう。
周りを見渡すと、少し離れたところに大量の女子に囲まれた超絶美形の姿を見つけた。今日の蓮は薄手のシャツに淡い水色のカーディガンを羽織り、シンプルなスキニーを穿いている。めちゃくちゃかっこいい。どこの爽やか若手俳優だ。そんな蓮は自分を取り囲む女子たち相手に、実ににこやかに対応している。
さすがだ。やっぱりイケメンはコミュ力が違う。伝授してほしい。
ていうか本気で習おうかな。蓮仕込みの爽やか対話術、きっと社会に出てもかなり役立つに違いない。よし、まじで頼もう。お礼はしょうゆ味チョコレートでいいかな。この前買ってみんだが、⋯⋯⋯はっきり言って微妙なお味だった。辛いのか甘いのかはっきりしてくれと言いたい。あ、そういえば今日の朝刊取ってなかったな。うっかりしてたなー。
「なあ日女川、一緒にAK〇48の「ヘビーロー〇ーション」歌おうぜ!」
⋯⋯斎藤くん。俺渾身の現実逃避を邪魔しないでもらえるかな。てかなんでA〇Bなんだよ。そんなこと言ったら喰いついてくるやつが⋯⋯
「えぇ!?姫が「ヘビー〇ーテーション」振りつけ付きで歌うだって!!??」
ほら見ろ、やっぱり来た。しかも適当なことほざいてやがる。
「⋯⋯嫌だ」
「なんでだよ!? せっかくカラオケ来たのに一曲も歌わないなんてもったいねえじゃねえか!」
「じゃあなんでA〇B!? 他にも選択肢あるだろ!」
「いや、さすがの日女川でもA〇Bぐらいは知ってるだろうと思って⋯」
「はっ! すげえ余計なお世話だな」
斎藤とギャーギャー騒いだせいで喉が渇いた。俺はオレンジジュースを口に含みながら斎藤を睨みつける。
「それに歌ってない奴なら他にもいるだろ」
「え? どこだよ」
「ん」
俺は部屋の隅、1人でジュースを啜っている男を指差した。黒い短髪に日に焼けた肌。長い脚に広い肩幅。見るからにスポーツマンって感じの男だ。
「ああ、暮野ね⋯⋯」
「暮野?」
誰だそれ。
「お前クラスメイトの名前くらい覚えろよ」
斎藤が苦笑いしている。仕方ないだろ。まだ1週間と数日しか経っていないんだから。⋯⋯まあ覚える気もないけど。
「暮野秀平。野球のスポーツ推薦で入った野球部期待の星。あんましゃべってるとこ見たことない無口な奴で、まさか来てるとはな⋯⋯」
なるほど一匹狼ね。確かに見てる感じずっと、1人で携帯いじってるか飲み物飲んでるかの二択だな。会話に混ざろうともしないし、他のクラスメイトも話しかけない。
「へえ。どうでもいいな」
そう言ってまたストローを口に咥える。横で斎藤が「ひでえ」とかなんとか呟いていたが無視した。大体端から興味無いし、名前を覚えただけでも良しとしてほしい。
だが彼の寡黙な雰囲気は、どことなく昔の自分に似ていて、少しだけ親近感が湧いた。
ーーーーー
その後も会は続き、斎藤が1人で「ヘビーローテー〇ョン~振りつけver」を熱唱したり(意外と上手くてイラッとした)、からし入りシュークリームロシアルーレットをやって、阿部とかいう男がトイレにダッシュしたりと色々あった。
気がつけば、グラスの中身が空になっていた。新しく注いでくると言って席を立つと、斎藤が「じゃあ俺の分もよろしく」とか言ってグラスを押し付けてきた。仕方ないな⋯⋯。少しもったいぶってグラスを受け取り、内心ほくそ笑んだ。
⋯⋯⋯甘いな斎藤。俺にグラスを託すということは、それ相応の覚悟があっての所業だな。俺はコーヒーにコーラー、オレンジジュースにメロンソーダと適当に混ぜまくってどす黒い色になった液体を、零さないよう注意しながら階段を昇っていく。すると上階から誰かが降りてくる足音がした。
「⋯⋯暮野?」
「ああ、日女川か⋯⋯」
降りてきたのは寡黙少年、暮野秀平だった。もう帰るのだろうか。鞄を持ち、ジャケットを羽織っている。暮野は俺の視線に気づいてか、少し目を逸らした。
「カラオケとか苦手で⋯⋯。いてもいなくても変わんないだろうし、帰ろうと思って」
そう言って苦笑した暮野は、無口というより不器用という言葉の方がしっくりくるような気がした。
「そっか。気をつけてな」
「ああ。代金はもう払ってあるから。一応委員長に帰ったと伝えておいてくれないか?」
「分かった」
俺が頷くと、暮野は軽く会釈して階段を降りていった。
ーーーーー
「なんじゃこりゃ⋯⋯⋯」
予想通り斎藤は受け取った自分のグラスを見て呆然としている。俺の自信作(?)だ、喜べ斎藤。もし飲みきったら口直しにアイスでも奢ってやるよ。
あ、そういえば⋯⋯
「委員長、暮野が先帰るって言ってた」
「えぇ!?」
委員長は飛び上がって身を乗り出し、すぐに項垂れた。
「そっか、やっぱり帰っちゃったのか⋯⋯」
「え? 暮野くん、帰ったの?」
ここで口を挟んできたのは蓮だった。
「ああ。階段ですれ違った」
「⋯⋯⋯⋯」
蓮はなぜか申し訳なさそうな顔になると、立ち上がってドアへと向かった。
「ごめん、ちょっと暮野くんと一言話してくる」
そう言って、部屋から出ていった。
「本当王子って優しいよね」
「暮野とかほっとけばいいのに⋯⋯」
蓮に置いて行かれた女子たちが口々に暮野の陰口を言い出す。おいおい、さっきまでさんざん独占してたじゃねえか。少しぐらい大目に見てやれよ、暮野が可哀想だろ。
その後しばらく経ってから蓮が戻ってきた。暮野と何を話したのかは知らないが、次の日から2人は随分と仲が良くなっていた。
梓 「蓮と暮野、何話したんだろう⋯」
斎藤「気になるのか??」
梓 「いや? そうでもないけど」
斎藤「⋯⋯⋯」
梓 「どうした斎藤、人の顔じろじろ見て」