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「梓⋯⋯⋯」



間一髪だった。あとほんの少し遅れていたら、この武骨な腕が蓮を殴っていただろう。そう思うと耐えようもない怒りが込み上げてきた。


「い⋯⋯ってえな!!」


男が腕を振り払う。


「なんだてめえは!! 邪魔なんだよコラァ!!」


そしてそのまま殴りかかってきた。


はっ、遅え。


すばやく肩を引いて避け、引いた方の腕で反動を利用し全力パンチをお見舞いする。続いて右ストレート、みぞおちに一発と、反撃する暇も与えず殴り飛ばした。他の2人は呆気に取られたように棒立ちしていたが、すぐに我に返り、襲いかかってきた。


がむしゃらに繰り出されるパンチを難なく避け、殴る蹴るの連続コンボ。喧嘩というより一方的な暴行だった。

気づけば2人が伸び、1人は信じられないという顔を浮かべながら、殴られた腹を押さえて呻いていた。



「梓⋯?」


蓮が心配そうな顔で近づいてきた。大丈夫だ。こんな連中相手に負けるわけないだろ? 俺は平気だという意味をこめて蓮の髪を撫でた。


「⋯⋯⋯ち⋯くしょう⋯っ、なんでこんなちび相手に⋯」


そのちび相手にボロ負けですからね。ダサすぎますよ、先輩。


「お、お前らただじゃおかねえからな⋯⋯っ!!」


おお。それは困りますね。じゃあ記憶がぶっ飛ぶくらい強いの、もう一発いっときますか。

往生際が悪い男にとどめを刺してやろうと腕を振り上げた俺を止めたのは、意外にも蓮だった。


「いいよ、梓。その辺にしてあげて?」

「でも蓮⋯⋯」

「ていうかやりすぎだよ」


そうやって笑うが、腕を掴む蓮の腕は強く有無を言わさない雰囲気がある。俺が渋々腕を下ろすと、蓮は小さくありがとうと言って男に向き直った。



「先輩。私の不注意で不快な思いをさせてしまったこと謝ります。申し訳ありませんでした」



そう言って深く頭を下げた。


男はポカンと口を開けたまま硬直している。無理もない。さっきまで不当に罵っていた相手からこんな丁寧な謝罪をされたら、戸惑うに決まってる。


そして顔を上げて、にっこりとほほ笑んだ。



さっきのような愛想笑いではなく、絶対零度のほほ笑みで。


背後にブリザードでも吹き荒れてそうなほど、冷たい笑顔だった。男がじりりと後退あとずさりする。顔は真っ青になり、大量の冷や汗が吹き出していた。蓮は笑顔のまま男に歩き寄り、強引に胸倉を掴んで引き寄せた。


「でも、梓に手は出さないでください」


心の底から冷えるような、ドスの利いた声。男は首振り人形のように高速で、何度も何度も頷いた。決して小柄でない男子生徒が、細身な女子生徒(男装)に詰め寄られて涙目になっているのは、どうも居た堪れない。不覚にもすこし可哀想かなと思ってしまった。



ーーーーー



蓮に解放された男が残りの2人を叩き起こして逃げるように去った後、蓮がおもむろに口を開いた。


「梓。なんで助けてくれたの?」

「は?」


何言いだすんだ急に。


「友達だからに決まってんだろ」


そんなのあたりまえじゃねえか。


「友達⋯ゕ⋯⋯」


「蓮? 何か言ったか?」

「なんでもない。ありがとう」


おかしいな。確かに何か呟いたような気がするんだが⋯⋯。小さくてよく聞こえなかった。


「お腹すいたね。お礼に何かおごるよ」


どうもすっきりしなくて微妙な顔をする俺の横を、蓮がすたすたと通り過ぎる。そして振り返って笑った。


「梓、―――き」


ぶわっと風が強く吹いた。木が葉を揺らしてざわめき、地面に落ちた桜の花びらが舞い上がる。







「⋯⋯⋯え?」


今、なんつった?



「⋯⋯行くよ。梓」

「え? あ、おい! 待てよ蓮!!」


いきなり門の外へ走り出した蓮を、慌てて追いかける。その時俺は、蓮がいつもと違う儚い笑みを浮かべたことに気づかなかった。


「梓、何食べたい?」

「んー、じゃあ駅前喫茶店のネギソフト食べてみたい」

「⋯⋯⋯。梓って食の好み変わってるよね」

「そうか?」

「⋯⋯⋯」

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