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「さぁーーて、今年も始まりましたベストカップルコンテスト!! 司会者はこの私、放送部3年西山京子です! よろしくお願いしまーっすぅ!!」
アニメ声と共に現れたツインテールの先輩が、観客席に向かって大袈裟に手を振り飛び跳ねた。スピーカから賑やかな音楽が流れ、会場が一気に盛り上がる。
「今年は合計13組が参加しています。手強いライバルたちを押しのけ頂点に立つのは一体どのカップルなのか!? さあそれでは行きましょう! 第一回戦は⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「恋人なら知ってて当然! プライバシーなんてくそ食らえ! ドキドキなんでもクイズぅーーー!!!!」
♦
⋯⋯始まった。
西山先輩に呼ばれてカップルたちが順番にステージへ上がっていく。俺たちはスペシャルゲスト扱いで登場は最後だ。カップルが入場するたびに湧き上がる歓声に柄にもなく緊張してくる。大丈夫だ俺、今日は朝からシンデレラという人生最大の黒歴史を演じてきたじゃないか。このくらい楽勝だろ。
ゆっくりと深呼吸していると、運営委員の一人がカーテンから顔を覗かせて手招きした。気合いを入れ直して舞台に上がる。眩しいスポットライトが当たり、その下で西山先輩がとびっきりの笑顔を浮かべた。
「最後は今回のスペシャルゲスト! 日女川梓くんと八王子蓮さんですっ!!」
「⋯⋯どうも」
「よろしくお願いします」
会場に爆破音のような歓声が轟いた。反射的に顔を引きつらせた俺に対し、蓮はにこやかに微笑みながら観客に手を振る。この余裕、さすがは天性のイケメンだ。
「学校の人気トップ2に君臨するお2人ですが、付き合ってはいないそうです。その代わり大変仲のいい幼馴染だとか! 情報によると家はお隣同士で、小学校の時からクラスはいつも同じ! これは期待できそうですね!」
「いや、普通ですけど⋯⋯」
「おーっといきなり惚気ですか!? 見せつけてくれますねーー!!」
⋯⋯⋯⋯なんだこの先輩、イラつくんですけど。
「では早速行きましょう! えーっと、一応彼女さんの方からチャレンジしてもらってるんですけど、この場合はどっちから行けば⋯⋯」
「あ?」
「⋯⋯⋯⋯ではなく当然八王子さんですよね!? じゃあ行きますっ、第1問!!」
ババンと背後のスクリーンに問題が映し出された。
「第1問、日女川梓くんの誕生日「1月1日」
「早っ!? 正解です!!」
問題を言い終わらないうちに蓮が即答した。会場が沸く。目を丸くする西山先輩に隠れて、蓮がパチンとウインクした。
まあ当然だろ。これが答えられなかったら、後できつーいお仕置きをするところだ。ちなみに蓮の誕生日は12月24日。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒にされる全国で最も不幸な人種の一人だ。
「続いて第2問!」
西山先輩がマイクを構えて叫んだ。
「日女川梓くんの好きな食べ物は!?」
「駅前喫茶店の”春限定青さ香るネギソフトクリームからし納豆トッピングバージョン”」
「大せいかーい!!」
またもや会場が歓声に包まれた。
「さすがは幼馴染! こんな変でレアで気持ち悪い食べ物をスラスラ答えるとは! ちなみに日女川くん、お味の方はどんな感じなんですか?」
「えーっと、新鮮なミルクの甘さの中にネギの青臭い風味と納豆のねばり気が絶妙な感じで⋯⋯」
「ノーコメントでお願いします」
蓮が笑顔を顔に張り付けたまま次の問題を促した。
「第3問、日女川梓くんの月曜日の寝癖は右寄り? それとも左寄り??」
「右寄り」
「第4問、日女川梓くんはドラ〇エ派? それともファイナルファ〇タジー派?」
「ド〇クエ派」
会場がどんどん盛り上がってきた。答えていない俺は暇なので、何となくちらりと最前列に目を向け、
「日女川ぁーー! 王子ぃーーー!! がんばれよベストラブラブカップル賞!!」
大きくため息をついた。
ことの元凶がものすごい大声で叫んでいる。すっごくいい笑顔だ。きっと楽しいんだろうな。反対に隣にいる暮野の顔が死んでいる。どんまい暮野。俺も頑張るからお前も頑張れ。
ステージの端の方でポケットに手を突っ込みながらぼーっと蓮の快勝劇を眺めていると、いよいよ最終問題になったらしい。西山先輩が最後はボーナス問題だと熱を込めて叫んだ。
まあ、蓮のことだ。どんな問題だろうとスラスラ答えてくれるに決まってる⋯⋯。
「第6問! 日女川梓くんの初恋の人は!?」
「は、はあぁ!!??」
⋯⋯と上手くはいかなかった。
「な、なんですか日女川くん、いきなり大声出して」
「なんだじゃねえよなんだその質問! てかなんでそんなこと知ってんだ!?」
「ふっ⋯⋯。”南校のチャーリーズエンジェル”と呼ばれる私の情報網を舐めないでください」
「そんな古いネタ誰が分かるかよ」
西山先輩が鼻を高くして得意げに笑うので、すかさずへし折る。ちなみに分からない人のために”チャーリーズエンジェル”のことを軽く説明しておくと、70年代に流行った女探偵たちのドラマらしい。俺は見たことがないので全然知らないが。
でもそんなことより今は蓮だ。これはかなりの難問。きっと困っているに違いない⋯⋯
「うーん⋯⋯、シンデレラの継母か白雪姫の女王か、雪の女王か、どれかだと思うんだけど⋯⋯」
⋯⋯あれ? 意外と良い線行ってるんだが。
「⋯⋯⋯よし、答えは白雪姫の女王様」
「大せいかぁーーーーーい!!!!」
西山先輩がステージで飛び上がり、大歓声が沸く。
⋯⋯⋯ま、マジかよ正解しちゃったよ。さすがは俺の幼馴染。俺ですら当時の俺がどんな心境だったのか全然さっぱりちっとも覚えていないというのに。いや本当マジで覚えていない。幼稚園の将来の夢のところに”白雪姫の女王様の騎士”なんて書いたりしていない。
あぁ、そういえば。
不意に頭の中に、忘れていた記憶の切れ端が蘇った。
⋯⋯⋯⋯⋯。
「梓、次出番だよ。がんばってね」
「⋯⋯⋯⋯初恋、か⋯⋯⋯」
「梓?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え? いや、なんでもない。任せろ」
いつの間にか蓮がそばまで来ていたらしい。頭の中の人影を急いで追い出し、ごまかすように蓮の髪を軽く撫でた。蓮はどこか複雑そうな顔をして少し視線を落とした。
♦♦♦♦
「さあ、続いては日女川梓くんの挑戦です! 日女川くん、準備はいいですか?」
「あぁ、はい」
「分かりました! それではいきましょー! 第1問!!」
「八王子蓮さんの今日の下着の色は!?」
⋯⋯⋯⋯は?
「ちょっと待てっ!!!」
本日2番目(1番はもちろん激辛りんごを食べた時の絶叫)に大きな声で叫んだ。
「なんだその質問!? 知るわけねーだろ俺が! てか本当になんで知ってるわけ!?」
「言ったじゃないですか。私”南校のチャーリーズエンジェル”だって」
「いやいやそれ探偵の域越えてるから! ただのストーカーだから!! なあ蓮⋯⋯」
ドヤ顔でストーカー宣言をする西山先輩に全力でツッコミを入れつつ蓮を振り返る。すると信じられないことに蓮は、いつも通りの爽やかイケメンスマイルを浮かべていた。
「れ、蓮!? そんなにこやかにしてないで言いたいことあるだろ!?」
「確かによくご存知ですね」
「はあ!? 違うだろうが!!」
「いやーん! 王子に褒められちゃいました!」
「お前も黙れ! くねくねするな気持ち悪い!!」
ダメだこりゃ。話にならない⋯⋯。
息を切らしてステージに手をつく俺を、西山先輩がにやにやしながら見下ろしてくる。
「日女川くーん、早く答えてくれなきゃ時間切れですよー?」
⋯⋯⋯⋯⋯。
「」
「はい? 今なんて言いました? もう一度おねがいしま⋯⋯「白!!!」
涙目でやけくそになりながら叫んだ。
「正解でーす!!」
一瞬の間の後西山先輩がパチンとウインクをした。会場がざわめく。
ああ、合ってたのね? でも何だろうこの罪悪感⋯⋯。「当てちゃったよ」みたいな感じがたまらなく嫌だ。
「続いて第2問!」
ババンッ!
「八王子蓮さんのお気に入りのパンツの色は!?」
「だからなんだその質問は!!!!」
本当マジでふざけんなよ!? いいかげんにしろよ! 本当ギリギリなんだよこれは健全な高校生のクイズ大会なんだもっとまじめにやれ!!
「もー日女川くんったら! 女子で言う”パンツ”ってズボンのことなんですよ? 何想像しちゃってるんですか、ムッツリさん❤」
⋯⋯⋯⋯そしてあなたは一度死んでください西山先輩。全国のロリコンを虜にしそうなほど可愛いルックスしているくせに何言ってるんですか。口にジッパー縫い付けますよ。
でもこれ答えなくちゃいけないよな⋯⋯。全然わかんないけど、ズボンっていうと蓮はいつも白っぽいものを穿いてるような気がする⋯⋯。
「⋯⋯⋯じゃあ白で」
「ぶっぶーー!!」
頬を膨らませながら手で胸の前にバッテンを作った。
「答えはアイボリーホワイトですぅ!」
「それって結局白じゃねえか!」
「違いますよー! 白とアイボリーホワイトは全然違う色ですーー!!」
小さく首を傾げながら人差し指をピッピと左右に振る西山先輩。動作がいちいち癪に障る。
「もういいです次行ってください」
いい加減疲れてきた。一日中慣れないテンションで突っ切ってきたせいで、そろそろ発狂しそうだ。ここで西山先輩を殴り飛ばさない俺を誉めてほしい。
「よーし、気を取り直して!! 第3問!」
「八王子蓮さんのカラオケの十八番は!?」
よし来た普通の質問だ!!
「1/3の純情な感情!!」
「正解!!」
沸き起こった歓声に押されて気を取り直す。この手の質問なら大歓迎だ。俺と蓮が何年幼馴染をやってきたと思ってる!
「第4問、八王子蓮さんが小6の時に町の川に生息する亀に付けた名前は?」
「スプラッシュかめ子12世(雄)」
「正解!!」
「第5問、八王子蓮さんが日曜日の朝一番にすることは!?」
「窓を開けて伸びの後、右側の寝癖を撫でつけ、1,5倍速ラジオ体操3連発」
「大正解!!」
よしよし良い感じだ!! だんだん調子が出てきたぞ!
「最後のボーナス問題でっす!」
西山先輩のアニメ声がマイクを通して会場に響く。俺は気合を入れ直した。ベストカップルコンで優勝するためにはこの問題を逃すわけにはいかない。何としても正解しなくては!
「いきます、最終第6問!」
ババン!
「八王子蓮さんのカップの大きさは!?」
「もらったぁあああ!!! Aカッ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ひゅん、ドゴッ! ズザザザザザドカンガシャンガラガラガラガラ⋯⋯⋯⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
何が起こった??
答えようとした瞬間、風を切る音と共に右頬に強烈な打撃が走って、そのまま後ろの壁に叩き付けられた。痛みがじわじわと背中から広がってくる。上下が反転した視界の中で、西山先輩と数名の運営委員が真っ青な顔で硬直している。
その隣に、怒りの無表情を貼りつけて俺を見下ろす蓮がいた。
「梓。B、だから」
「⋯⋯⋯⋯え?」
「B」
「あ、はい⋯⋯」
完璧美形の視線に背筋が凍り付き、胃が縮みあがった。身体の本能が危険を訴える。
「B、です」
震える声で答えると、蓮は口元だけにっこりと笑った。怒りのオーラはそのままで。
「せ、正解、です⋯⋯。合計得点は19点、トップですぅ⋯⋯⋯⋯」
シーンとした会場の中、西山先輩の泣きだしそうなか細い声が響いた。
⋯⋯⋯⋯。
不意打ちだったとはいえ、空手の有段者を一撃で吹き飛ばすってどういうこと?
やっぱり蓮は怒らせてはいけない。
西山京子
放送部3年。愛らしいルックスとコテコテのアニメ声で、一部の男子に熱狂的な支持を持つ。だが可愛い見た目とは裏腹に中身は意外と黒く、特に気に入らない男子には容赦しない。蓮のファンクラブ幹部の一人でもある。”チャーリーズエンジェル”と自称するだけに情報通で、メンバーに様々な情報を流している。