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案の定、教室に戻った俺はクラスメイトから質問攻めに合い、それは担任が来るまで続いた。
「災難だったな、日女川。」
「⋯⋯斎藤、見てたんなら助けろよ」
「やだね。めんどくさい」
「死ね」
「ハハハ」
隣の席のこいつは斎藤大喜。小学生の時から何かと一緒にいる男友達だ。サイドを刈り上げた髪を明るい金色に染め、首や腕にジャラジャラとアクセサリーをつけている。少し吊り目気味の瞳に高い鼻、薄い眉。見た目は頭が弱そうなヤンキーだが、気さくで良い奴である。
「で、実際のところ、姫と王子はどこまでいったんだよ?」
⋯⋯この余計な口さえ利かなければ。
「⋯やめろよそのあだ名。俺は姫じゃない」
俺は日女川だから”姫”。蓮は八王子だから”王子”。
これは小学校の時から呼ばれ続けた俺と蓮のあだ名だ。同じ学校の生徒なら知らない奴はいない。最も、今の高校に同じ小中学校出身の奴はほとんどいないが。
そして俺はこのあだ名が大嫌いだ。”姫”なんて呼び方、俺が女顔なことを明言してるみたいじゃねえか。
「それにあいつとは腐れ縁だ。なんでもない」
言いながらちらりと横目で蓮を見た。どこから見ても変わらず蓮はかっこいい。シャープな横顔と伏せた瞳からは色気が溢れ出し、絵画の中から抜け出てきたような美しさだ。全く実にうらやましい。
「でもさ、良いコンビだと思うよ? 俺は」
斎藤が陽気に笑った。
「なんたってイケメン王子と美少女な姫だもんな」
「俺は姫じゃねえ!!!!」
ガタッ、
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
クラスの視線が痛い。
「日女川くん、とりあえず座ってもらえるかしら?」
先生が顔を引きつらせて声を震わせた。こめかみが若干引きつっている。そういえば今はホームルーム中だった。俺は羞恥と戦いながら小さく謝って座り直し、斎藤を睨みつけた。奴は椅子の上で震えながら、全力で笑いをこらえている。
「日女川最高。腹痛い、死ぬ」
「じゃ、死ね」
「やだ」
どうするんだよ、これ。今ので絶対”姫”ってあだ名が広まったぞ。しかも自分で広めたみたいになってるし。
いや、頭では俺が悪いって分かってるんだけれど。
「斎藤、あだ名広めるの手伝ってくれたお礼にこれやるわ」
「なんだよこれ。飲むタケノコ? 新商品か。さんきゅー、さすが姫!」
上機嫌で受け取る斎藤に、俺は内心にやりと笑った。悪いな斎藤。それ、超まずいぞ。えぐみのあるタケノコエキスを10倍に濃縮したものに、桜餅の風味をつけた感じだ。ホームルームが終わったようなので、ささっと帰る用意をし早足に教室を去る。背後から激しくむせる音と斎藤の絶叫が聞こえてきたが、俺は聞かなかったことにした。
斎藤大喜
見た目は怖いけど中身は良い奴です。梓の数少ない友達の一人。