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蓮SIDE



教室内は予想外に暗く静かで身体が震えた。私は暗いところが苦手だから、こういったものにはあまり入ったことがない。あったとしても、梓と一緒にだ。


そして今一緒にいるのは、梓じゃない。


隣を歩く暮野は、お化け屋敷に入ってから一言も話さない。元々寡黙な彼だが、ここまで沈黙が続くのは初めてだ。今2人の間にあるのは規則正しい足音と微妙な隙間だけ。本音を言うとすごく居心地が悪い。


怒ってるのかな⋯⋯。

蓮はそう思い人知れず落ち込んだ。暮野とは4月のカラオケ以来少しずつ仲良くなったつもりだった。お互い人と慣れ合うのは得意じゃなくて、顔を合わせても少し言葉を交わすだけだったが、それでもこんな気まずい雰囲気は初めてだ。


怒ってるんだろうな⋯⋯⋯⋯。


私が同意も聞かずに連れ込んでしまったから。


恐る恐る暮野の横顔を盗み見るが、圧倒的な身長差と暗さのせいで全く見えない。球技大会ではペアを組み、たまにラインやメールで無駄話ができる仲にまでなれたというのに⋯⋯。

私の感情任せの行動で全部振り出しに戻ってしまった。それに今はお化け屋敷の中。心の中では怖さと後悔がぐちゃぐちゃに混ざりあっている。


梓だったら、裾を掴んでも許してくれるだろうな⋯⋯。


ふと怒って置いてきてしまった幼馴染のことを思い出した。小学校の遠足で入ったお化け屋敷で、怖がる私の手をずっと引いてくれた。その彼も随分と怖がっていたけれど、震える手で必死に握っていてくれたのがとても心強かった。


なんだか、今日は後悔してばっかりだ⋯⋯。

梓がいないとすぐにマイナス思考に陥ってしまう自分が大嫌い。


1人で悶々としていると、いつの間にか歩みが遅くなっていたらしい。暮野との間には1メートルほどの距離が生まれていた。

急激に襲い来る恐怖に押され、駆けだしたその時、



「ばぁ!!!!」



!!!!!!!!!!!!!???????



脇からお化け役の生徒が飛び出してきた。


心臓が飛び上がる。声にならない悲鳴が炸裂し恐怖が限界値をぶっちぎった。冷静な思考が吹っ飛び頭が真っ白になる。


咄嗟にそばにいた人影に飛びついた。





「は、八王子?」


頭上から戸惑った声が降ってきたが、竦んだ身体は脳の命令を跳ね除け、しがみついたまま震え続ける。



「⋯⋯⋯⋯」


呼ぶ声は無言に変わったが、私を引き剝がそうとはしなかった。





♦♦




「ごめんなさい⋯⋯⋯⋯」


恐怖が収まり頭が再起動したところで、自分のしている行動に気がついた。再度飛び上がり後ろの壁に頭をぶつけ、痛さに耐えながら必死に頭を下げる。


本当にバカすぎる⋯⋯。驚きのあまり暮野に抱き着いてしまうなんて。きっととんでもなく不快な思いをさせたに違いない。もう絶対に嫌われた。


クラスでは王子、王子と呼ばれる私の醜態に、彼は幻滅しただろう。



恥ずかしさで俯いたままの蓮に、暮野は薄く息を吐くと唐突に腕を掴んだ。



「⋯⋯⋯⋯え?」


咄嗟に顔を上げると、暮野は焦ったように目を逸らした。そのまま服の裾を掴ませてくる。



「⋯⋯暮野?」


「手、握られるのは嫌だろうから⋯⋯。その⋯⋯」




「服を、握ってろ」



なぜか少し上擦った言葉に心が落ち着くのを感じた。恐怖で強張っていた身体がふんわりとほぐれ、自然に笑みが浮かぶ。


「ありがとう、暮野」


暮野は何も言わずそのまま歩き出す。さっきよりも遅いペースで、私に合わすように。



その顔が真っ赤に染まっていたことに、後ろを歩く蓮は当然気づかなかった。




ーーーーー


梓SIDE



「⋯⋯⋯⋯なあ日女川、さっきからどうしたんだよ」

「何が」

「機嫌悪いよな? 悪かったって、俺も少し悪ふざけが過ぎたっていうか⋯⋯」

「別に」

「⋯⋯⋯⋯」


別に機嫌が悪くなんてない。ただ少しイライラして落ち着かなくて、ほんの少し虫の居所が悪いだけだ。


せっかくのお化け屋敷を早足でどんどん歩き進めていく。


強い苛立ちを抱えながら。



途中驚かそうと飛び出してくる生徒たちは、みんな俺の視線を怖がって悲鳴と共に引っ込んでしまう。おかげでお化け屋敷としての機能が全く果たされていない。もっとも、自分の目つきが悪くなっていることは自覚している。でもどうすることもできない。

頭の中で、さっきの光景がループし続けていた。


なんで蓮はさっき、暮野の手を引いてお化け屋敷に入ってしまったんだ。


確かに誰が悪いかと聞かれれば間違いなく俺だ。みんなの前で弱みを暴露したあげく、恥ずかしい記憶までカミングアウトしてしまったのだから。


それでも、なんで暮野の手を⋯⋯。



頭では分かっているのにどうしても納得できない。今頃彼女らは2人きりだと思うと、無意識のうちに歩調が速くなった。


「ひ、めかわ⋯⋯、ちょっと待てって!」


斎藤が息を切らして追いかけてくる。一瞬歩みを止めて振り返った。いつの間にか駆け足で進んでいたらしい。追いついた斎藤が息苦しそうに肩を上下させて膝に手をついた。


「ハァハァ⋯⋯、お前、何、急いでんだよ⋯⋯」


とぎれとぎれの言葉が胸に引っかかる。


「急いでない⋯⋯」


イラつく頭でぶっきらぼうに言った。今は話している時間さえ惜しい。斎藤に背を向け歩き出そうとした俺に、背後から呆れたような声がかかった。


「王子と暮野が気になるのか?」


⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ!



顔がカッと熱くなり、思わず拳を握りしめた。心臓が痛いほど大きな音で拍動する。


⋯⋯知るかよ、そんなこと。むしろ俺が聞きたい。


「違う」


吐き捨てるように言って、歩みを再開する。


「日女川! ちょっとおい、図星かよ⋯⋯」


斎藤の呟く声が聞こえてきたが、俺は無視した。


今の俺は、胸の奥で疼く苛立ちを押さえる方法が分からなくて、どうしてこんな気持ちになっているのか理解不能で、ただ出口に向かって急いでいた。



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