文化祭はいつもより少し、テンションが高くなる
「にぎやかだね、梓」
「ん? あぁ」
蓮が上機嫌で満面の笑みを向けてくる。それに反し俺はつい10分前の発言を猛烈に後悔していた。
なぜ俺は自分から蓮を誘うようなことを言ったんだろう。確かにさっきは蓮の元気を取り戻すことが最優先だった。それでも普段の俺では考えられない行動だ。疲労で頭が一部正常に機能しなかったに違いない。
すっげえ調子悪い⋯⋯。
げっそりとした俺の横で、いつもより美貌に磨きがかかった蓮がにっこりと笑った。
「梓、楽しいね」
疲れたよ。
ーーーーー
「ねえ梓、次タコ焼き食べよう」
「はあ? もうホットドッグにチュロス、焼きそばとドーナツ、チョコバナナまで食べただろ? まだ食べんのかよ⋯⋯」
「ダメ?」
「いや別にいいけど」
裏庭では様々な模擬店が立ち並び、熱気と食欲をそそる良い匂いが漂っている。隣で蓮がチョコバナナを食べながら裾を引っ張ってきた。どうでもいいけどチョコバナナって周りのチョコから攻めるものだっけ? ちょっとエロい⋯⋯ハッ、何考えてんだ俺。
さっきまでぶつくさ言っていたわけだが、なんだかんだ言って楽しんでいる。
買ってきたたこ焼きを蓮に手渡し一緒にベンチに座る。爪楊枝で一つ刺し、口に運んだ。少しこげた生地の中はふわふわトロトロで、コクのあるソースとマヨネーズの酸味が絶妙だ。生徒が作ったとは思えないクオリティーで少し驚いた。⋯⋯タコの存在感は皆無だったが。
たぶん入れ忘れたんだな、うん。熱い鉄板の近くであんなに大量のお客さん相手にがんばっているんだ。それぐらいのミスたまにあるだろう。でも”たこ焼き”からタコを取ったら何が残るんだ。ただの生地じゃねえか。
「梓、次何食べる?」
「え? まだ食うの?」
驚きを通り越して呆れてきた。顔がいくらイケメンだとはいえ身体は女子だ。模擬店のメニューを制覇する勢いで食べているのにまだ余裕そうなのを見ると不思議になってくる。最近の女子はみんなこんなに良く食べるのか? さっき食べたドーナツで胃もたれ起こしかけてる俺が負けてるみたいじゃねえか。
そんなの納得いかない。男にはプライドってものがある。
「えっと、次はク「んじゃ、一休みして展示でも回ろうか」
俺はクレープ屋を指す蓮の腕を掴み、校舎の方へと引っ張った。
プライドは悪心*の前にあっけなく敗北した。
俺のせいじゃない。胃袋が悪いんだ。
悪心*:蓮「吐きそうな感覚のことだよ。梓、大丈夫?」
梓「無理⋯⋯」
ーーーーー
「蓮、どこから入る?」
「まずはこの教室」
「おっけー」
俺と蓮は”1-5 アリスとそんなに不思議じゃない迷路な国”とかかれた教室のドアを開け、
「キャアァァアア!!!! 王子よぉ!!!」
「姫が来た!!!!」
「え!? マジで!!!???」
全力で閉めダッシュで逃走した。
「あ、梓?」
俺に手を掴まれた蓮が戸惑った声をかけてくるが、返答している暇は無い。
ミスった。文化祭のムードに浮かれて完全に失念していた。俺と蓮は常に学校中に追い回される側だということを!
さっきは模擬店の食券戦争でそれどころじゃなかったんだ。裏庭で静かに食事できたことの不自然さに気づくべきだった。
「シンデレラちゅあーーん! 俺と結婚してーー!!!」
「誰がシンデレラだ!! 死ね!!」
後ろから迫ってくる奇声と足音から全身の体力を総動員して逃げ回る。さっき食べたたこ焼き(タコ無し)が胃の中でシェイクされ逆流してきそう。うぷっ、気持ち悪い⋯⋯。
校舎内でめちゃくちゃな逃走劇を繰り広げていると、偶然廊下の端に人気の少ない教室を見つけた。何の部屋か確認せずにドア開け、蓮を放り込み自分も飛び込む。後ろ手に扉を閉め息をひそめた。外から俺たちを探す声と足音が聞こえてきたが、徐々に遠ざかり静寂が戻った。
はぁーーー⋯⋯。
一気に緊張が解け、その場にへたり込んだ。胸の中に詰まった息をゆっくり吐きだしながら、疲労で力の抜けた足をさする。こういう時に帰宅部は不利だ。すぐに体力の限界が来てしまう。何か部活に入った方がいいかもな。⋯⋯やっぱやめよう、めんどくさい。
「あのー⋯⋯」
不意に戸惑った声が上から降ってきて、俺は顔を上げた。⋯⋯そういえばここって何の教室だっけ?
「姫と王子⋯⋯?」
戸惑った声に振り返ると、委員長が気弱な表情を浮かべながら俺たちを見つめていた。