シンデレラ、開幕 後編
後編です。長くなりそうなので分けました。
『その頃お城では、王子の花嫁探しが始まっていました』
幕が再び上がり、煌びやかな舞踏会のシーンが始まる。色とりどりのドレスを纏った女子とタキシードの男子が、ステージでくるくる踊り、実に華やかだ。
一曲終わったところでトランペットが高らかに鳴り響き、国王と王子が姿を現した。登場した王子姿の蓮に、女子たちの悲鳴のような歓声が体育館中を震わせる。
金糸の刺繍がされた黒のチュニックに同色の細身なズボン。黒髪はいつも通り後頭部でシンプルにまとめ上げ、肩にさらりと流している。整いすぎた顔立ちは派手なメイクなんて無くとも舞台映えし、背中に羽織った真紅のマントと白銀の剣が彼女の神々しさをさらに引き立てていた。まるでおとぎ話の中から本物の王子が飛び出してきたような錯覚に陥る。
「王子よ、この中から1人花嫁を選ぶのだ」
「父上、私は心に決めた女性としか結婚したくありません」
憂いに満ちた表情で遠くを見つめる蓮に、会場の女子生徒たちが熱の籠ったため息を漏らす。すでに何人かが鼻血を噴きだして保健室まで連行されていった。
いやだな、出たくない⋯⋯。
俺は拒否する足に鞭打って、再びステージへと上がった。体育館には異常なほどの熱気が籠っていて息苦しい。浴びせられる視線を精神コントロールで無視しつつ、舞台の真ん中まで足を運んだ。
蓮が、俺の方に歩いてきた。
「お嬢さん、お名前は?」
「⋯⋯シンデレラ」
「シンデレラ⋯⋯。いい名だ。一曲踊っていただけますか?」
「お⋯⋯私、踊れませんの」
あんまり蓮の顔を直視したくないので、微妙に視線をずらしながら言う。あれだ、面接の時に目を見たら緊張するからネクタイを見ろ!ってやつだ。教えてくれてありがとう中学の前田先生。頭皮は寒そうだったが、中身は実に温かい先生だった。
「ご心配なく。私がエスコートいたします」
差し出された優美な手に自分のを重ねる。流れ出した音楽に合わせて一斉にステップを踏み出した。
やばい⋯⋯、すごく緊張する。自分が女装しているというのもあるが、ブーツのおかげで俺よりほんの少し高くなった目線と、至近距離にある完璧な美貌が容赦なく心臓を攻撃する。ちなみに俺の名誉のために言っておくが、蓮の身長は168センチで俺は170センチ、つまり俺の方が高い。たかが2センチじゃないぞ? 重要なポイントだ。
「何を考えてるの?」
不意に蓮がささやいた。驚いた俺は無意識に蓮の顔を見上げた。
「⋯⋯別に」
「身長のこと?」
「は!? 何で分かった!?」
当人同士にしか聞こえない小さな声で会話を交わす。思考を言い当てられた俺は明らかに動揺の声を漏らしてしまった。
「梓のことならなんでも分かる」
そう言って王子の顔ではなく、いつもの”蓮”の顔で笑った。その余裕な笑みに敗北感を感じ、衝動的に言い返す。
「だったら俺だって蓮のことなら何でも分かる」
「本当?」
蓮がいたずらっぽい表情を浮かべた。
「ああ。本当だ」
「だったら私の好きなひ――――」
「⋯⋯え?」
好きな、何?
タイミング良く、2人で踊る曲が終わった。
「蓮?」
思わず聞き返した俺に、蓮が人差し指を唇に押し当てた。
”ないしょ”
ゆっくり唇を動かし、にこりと笑った。
その目が言葉を継ごうとする俺を制止させる。
大事なことを聞き洩らしたような気がして、心がもやもやした。
蓮はいつもそうやって、笑ってごまかす。
「シンデレラ、よければもう一曲ご一緒しませんか⋯⋯?」
彼女の声で我に返った。慌てて脳内から次のセリフを引っ張りだす。
「喜んで⋯⋯」
触れた肌に熱が集まり、一瞬手が震えた。不自然な俺の反応に、蓮が訝しげに眉を寄せ何か言おうとしたその時、青いスポットライトが閃いた。
「あ、エセ魔法使い」
「⋯⋯だれがエセ魔法使いだ」
矢野が登場した。え? でも杖持ってくるくせに劇中では一度も使わないよな? それってただのポンコツだろ。
「貴様は誰だ」
蓮が一瞬で物語の”王子”の顔へ戻る。剣の柄(西洋剣っぽいのでグリップという)に手を掛けながら矢野を睨む。帽子下の矢野の顔が若干引きつった。ああ、分かるよ。美形に睨まれるのってすっげえ怖いよな。蓮に至ってはナル〇ア国物語の白い魔女なみの迫力がある。
「俺はポ⋯⋯魔法使い。シンデレラを取り返しに来た」
あ、噛んだ。
「いきなり現れて何を言い出す。彼女は私のものだ」
あれ? なんか出会って3分ぐらいで所有物認定されてるんだけど。早くない?
「お前こそ認めない! 俺は小さな時からずっと彼女を見守ってきた。シンデレラを幸せにできるのはこの俺だ!」
じゃあ何お前、俺が今まで虐められてるところとかずっと見てたってこと? ダメじゃん魔法使い、助けろよ。 見て見ぬふりもいじめなんだぞ。小学校の先生に習わなかったのか。
「ふん、戯言を。彼女を幸せにできるのはこの私だ。貴様には渡さない」
「ならだ決闘だ!」
蓮が剣を握り、矢野が杖を構える。2人の間から張り詰めるような緊張感が伝わり、肌がピリピリした。矢野がローブへと手を突っ込み、そして、
「”りんごロシアンルーレット! 毒りんごはどーれだ!”で勝負だ王子!」
5個のりんごを取り出した。
⋯⋯⋯⋯は?
「えぇ!? なんで、どういうこと!? 剣と魔法で戦うんだろ!?」
「そんな労力使うわけないだろ」
マジかよ魔法使い! さっきシンデレラへの熱い思い語ってたじゃねえか! お前の情熱はその程度なのか!?
「大丈夫だシンデレラ。これはあの白雪姫の継母も一瞬で毒殺した、究極の毒りんごが含まれている」
「何が大丈夫なんだよ。っていうか、え? 白雪姫の継母ってりんご食って死んだの?」
「ああ。なんか味見とか言って食べたらしい」
⋯⋯バカだろ、何やってんの女王。クールな印象が丸つぶれじゃねえか。返せよ俺の初恋(5歳)。
「⋯⋯分かった。受けて立とう」
蓮が剣をしまって矢野に向き直る。全身から真剣なオーラが溢れ出て、まるでRPGのラスボスに挑むような雰囲気だ。いやいや蓮、そんなくだらない勝負に本気出さなくていいから。
「勝負はすべて真剣勝負。本気で挑むのが礼儀」
そう言って蓮がキラッキラの王子スマイルを向けてくる。その無駄にかっこいい感じが余計にむかつく。
「てか毒りんごって他作品のネタじゃねえか。マジでなんでもありだな」
俺は言いながら何気なく、真っ赤に熟れたりんごの一つに手をのばし、
そのままかじりついた。
「「あ」」
シャクシャクシャク⋯⋯、
⋯⋯⋯⋯⋯、っ!?
かっ⋯⋯⋯
「かっらあああああーーー!!!!」
口から全力の絶叫がほとばしった。
りんごにあるまじき猛烈な辛さが口内を暴れまわる。何コレ辛っ!! どういうこと?? 本当にりんご!? 口の中がびりびりするんだが! ヤバい発火しそう、今なら火噴けそうな気がするアイウィルビードラゴン!!
「おい誰かーー、日女川に水! 水持ってこい!!」
「ご、ごめん梓、それ私が持ってきたりんごだと思う」
舞台が一気に騒然とする。クラスメイトが持ってきてくれた水筒の中身をがぶ飲みするが激痛は全く収まらない。むしろ次第に感覚がなくなってきた。汗が全身から噴きだし頭がガンガンする。ヤバいやつだコレ、マジで死ぬ!!
新たな水を求めてステージから飛び降りた俺は、履いていた靴を脱ぎ捨て逃亡を図る。靴をキャッチした蓮が後ろから追いかけてくるが、今の俺はいつもと違う。なんせ生きるか死ぬかの瀬戸際、まさに”Dead or live”!
『こうしてガラスの靴を落としていったシンデレラを、王子は無事見つけ出し花嫁に迎え、2人は幸せに暮らしましたとさ』
大騒ぎとなった舞台を委員長が無理やり閉めくくり、なんとか幕が下ろされた。
ーーーーー
あとで分かったことだが、このりんごは蓮特製の”ハバネロりんご”という名の殺人兵器で、彼女のお気に入りらしい。そういえば蓮って異常な辛いもの好きだったな。常人の味覚じゃ死の淵を彷徨うレベルの辛さだ。⋯⋯マジで死ぬかと思った。
服を着替えメイクを落とし、待機場所の1-5でぐったりしていた俺は、いきなり額に冷たいものを感じて飛びはねた。
何これ冷えタオル?
目の前には申し訳なさそうな顔をした蓮が、視線を彷徨わせながら立っていた。
「ごめん梓、あのりんご、本当は私が食べるはずだったの⋯⋯」
そう言って俯いてしまった。
「あ、いや。勝手に食べた俺の責任だろ。気にすんな」
っていうか100%俺が悪いのだが。それでも蓮は納得できないらしくさらに項垂れてしまった。困りに困った俺は幼馴染の元気を取り戻すためだけに頭をフル回転させ、そして突然脳に閃いた言葉を考える前に叫んだ。
「蓮、一緒に文化祭回ろう」
蓮さん特製、”ハバネロりんご”の作り方
1 まずハバネロを用意します。必ず手袋やマスクを着用してください。この準備を怠るとマジでやばいことになります。
2 ハバネロをよく洗ってミキサーにかけます。この時ハバネロ専用のミキサーを使用してください。
3 2で作ったソースにりんごを好みの長さ漬け込みます。
なお上記のレシピは蓮さんの蓮さんによる蓮さんのためのレシピなので、かなり適当です。万が一作られて体に異常をきたしても私は一切の責任を負いかねます。
次回からは少しラブ要素を強くする予定です。