シンデレラ、開幕
間があいてしまいました。すみません!
キャスト紹介
シンデレラ :日女川梓
王子 :八王子蓮
魔法使い :矢野昴(バスケ少年)
ハツカネズミ :水島蒼汰(熱血中二病)
継母 :暮野秀平
かぼちゃを持ってくる人:斎藤大喜
ナレーション:榎本千春(委員長)
空に乾いた空砲の音が弾け、文化祭が始まった。
正面玄関には巨大な門が設置され、大量のカラフルな風船や旗が学校中に飾られている。校内には大勢の来客が訪れ、祭りのような盛り上がりだ。
体育館のステージ裏で、1年3組のメンバーは今から始まる劇に向けての再終チェックを行っていた。なんとプログラム1番を引き当ててしまったのだ。委員長は後のクラスにプレッシャーを与えられるとか言って張り切っていたが、正直緊張感がやばい。胃を吐きそうだ。今朝食べた”ピーナッツバター納豆サンド”が喉の近くまで迫っているような気がする。
衣装はさっき女子たちに着せてもらって準備済みだ。ばっちり化粧までしてある。女子たちが大騒ぎしながら俺の身体を弄りまわしてきたので、すごく疲れた。俺は”リカちゃん人形”じゃないとさっきの女子たちに言いたい。一応勘違いしないように言っておくが、俺はリカちゃん人形で遊んだことは無いからな。⋯⋯リカちゃん人形は。
まだ文化祭が始まって1時間も経っていないのに、すでに体力の3割を消費している。
俺、最後まで演じきれ⋯⋯
「ってぇ!!」
ネガティブモードに移行した俺の背中に強烈な痛みが走った。
「斎藤っ、お前⋯⋯」
「でっかい声出すなって。がんばれよ」
斎藤がにかっと快活な笑みを浮かべた。赤く塗られた唇と異様に青い目の上が笑いを誘うが、それで幾分か緊張がほぐれた。ありがとな、斎藤。
俺はお礼に斎藤の鳩尾(の2センチぐらい上)を殴った。
「ではこれよりプログラム1番、1年3組による劇、”シンデレラ”を上演いたします」
アナウンスが流れ、舞台の幕が上がった。
『昔々あるところに、シンデレラと呼ばれる心優しく美しい娘がいました。彼女はその美貌を妬まれ、いつも継母から虐められる日々を送っていました』
”女傑”委員長のナレーションで物語が始まった。メガネを外し真っ赤なロングドレスに身を包んだ彼女は、いつもの気弱な委員長ではない。眩しいスポットライトを存分に浴びてとても満足そうだ。
『今日はお城でダンスパーティーが開かれる日。国王が王子の結婚相手を選ぶために国中の若い娘を招待するのです。シンデレラも今日この日を心待ちにしていました』
舞台の奥からスカートの裾を引きずりながらステージに上がった。スポットライトが直撃し目の奥がチカチカする。観客の視線が一斉に注がれる。
顔を上げると、男子たちが騒然としたのを肌で感じた。
「ああ、今日はお城のダンスパーティー。お⋯⋯私も行きたいわ」
胸の前で手を組み、顔を上げてうっとりと会場の彼方を見つめる。委員長に散々ダメ出しされた”恋する乙女”の表情を意識して浮かべた。想像しただけで吐きそうだ。みんな俺を見ないでほしい。湧き上がる羞恥心を全身に力を入れて耐え続ける。
「ダメよシンデレラ。あなたは家で留守番よ」
男の低い声がステージに響いた。俺は声の主である継母の方を向き、吹きだしそうになるのを全力で堪えた。
顔に施されたメイクが暮野のくっきりとした顔立ちを引き立たせていて、見事に気の強そうな美人が出来上がっている。金髪のウィッグも意外と似合っていて、予想していたほど悪くはなかった。⋯⋯⋯⋯ショッキングピンクのフリフリドレスを纏った、身長181センチのスポーツマン体形さえなければ。
もう爆笑ものである。おかしすぎて次のセリフが飛びそうだ。たぶん俺の顔は今、笑いを堪えようとしてすごく不自然な顔になっているに違いない。こんな人が母親なんてシンデレラに同情ものだ。
よく見ると暮野がこめかみを引きつらせている。かすかに肩も震えている。大丈夫だ暮野。体格さえ無視できれば思ったほど悪くない。⋯⋯ぶふっ。
「そ、そ、そんなお母さま様⋯⋯」
声が震えたのはショックを受けているからではなく、単に暮野の格好に笑いを堪えきれなかっただけだ。
「いいわねシンデレラ!! 口答えは許しません」
練習に比べるとかなりの早口だ。暮野ママはそのまま逃げるようにステージから退場していった。かなり素早い動きで。よっぽど観客の目から逃れたかったんだな。裏で泣いていないか心配だ。
「お母さま⋯⋯」
誰もいなくなった舞台で俺は箒を片手に俯き、
「よし来た! 計画通り」
にやりと笑った。
「お母さまがいないってことは明日の朝まで家に1人。こんなチャンス二度とないからな」
持っていた箒を放り投げ、思いっきり背伸びをする。いつもなら掃除に洗濯、皿洗いとまだまだたくさん仕事をやらされるが、今日は1人。全く舞踏会万歳だ。
「よし、今日は早く寝るか」
なんだかいつもの調子が戻ってきた。いい感じだ。シーツを広げてさっさと寝る用意を始める。電気を消してベッドにもぐりこんだ。極楽だ。舞台上なのに眠ってしまいそうになる。⋯⋯⋯⋯ぐー。
『可哀想なシンデレラは、ダンスパーティーに行けず失意に沈んでしまっておりました』
ナレーションが流れる中、俺は睡魔に完全敗北していた。
「⋯⋯⋯ラ、シン⋯⋯ラ、シンデレラ!!」
んあ? なんだようるせえな。
「なんだよその目は!! まさか本当に寝てないだろうな!?」
魔法使い役の矢野が俺の肩を乱暴に揺さぶる。頭がぼーっとしている。マジで俺寝てた?
魔法使いの定番である三角帽子と黒いローブが意外によく似合っている。ハリーポ〇ターみたいでいいじゃないか。
「⋯⋯うん、魔法使いさん、かぼちゃは今日食べきりました」
「分かった。すっげえ寝てたってことはよく分かった」
失礼な。この俺が上演中に寝るわけないだろ。
「えっと、じゃあ改めて、俺は魔「とりあえずお茶入れますねポッターさん」
「⋯⋯誰がポッターだ」
のろのろと起き上がる俺の襟首を矢野がむんずと掴んだ。え? 違うの? じゃあウィーズリーさんの方ですかね。
「とりあえず話が進まないから手短に言う。今からお前をダンスパーティーへ連れていく。そのためにハツカネズミとかぼちゃを持ってこい」
「眠いから嫌だ」
俺は即答で拒否した。そんな女豹の巣に行くより、ここでのんびり寝ている方が100倍楽でいい。
「え? いやでもこれそういうストーリーだから。シンデレラがかぼちゃでお城でガラスの靴しないと話が終わらないんだって」
矢野が焦って説明し始める。なんだよそれ、別に俺じゃなくてもよくね?
「だったらお前行けば?」
「いいからつべこべ言わずにかぼちゃ持ってこーーい!!!」
俺の言葉に矢野がキレた。舞台裏から「委員長! なんか話の流れがエライことになってんすけど!?」とか「別にスリリングでいいんじゃない?」とかいうヒソヒソ声が聞こえてくる。委員長適当だなおい。ああ、1番適当なのは俺か。
「分かったよ⋯⋯。かぼちゃね? ほら斎藤、パンプキンぷりーず」
「ほいよ」
斎藤の出番終了。その無駄にケバい化粧は何のためだったんだ。
「次はハツカネズミか⋯⋯」
俺の声と同時に舞台に真っ白な霧が立ち込めた。無駄に壮大な音楽が鳴り響き、赤、黄、青のスポットライトがステージを派手に輝かせる。その中にぼんやりと人影が浮かびあがった。
「ハーハッハッハ! 我が名はハツカネズミ! 俺を捕まえたくは3つの問いに答え「めんどくさいから却下」
スパンコールのびっしりついたマントを翻し登場した水島を、手刀で気絶させる。水島は口から変な声を漏らして床に突っ込んだ。ごめんな水島、時間的にまずいんだよ。あとでカ〇ピス奢ったげるから。
「ほらよ、かぼちゃとハツカネズミだ」
「よし、馬車と御者は用意した。ついでにドレスとガラスの靴もあげよう」
「は? 魔法で変えるんじゃないわけ?」
「かぼちゃが馬車になるわけないだろ」
マジかよ魔法使い。お前今自分のアイデンティティーを全力で否定したぞ。
俺は一旦ステージの奥に引っ込んで、用意されていた青いふわふわドレスに滑り込んだ。肩を通したりリボンを結んだりしている間に、衣装係の女子が髪をいじり化粧の直しをする。これがなかなかしんどい。
「ハァハァ⋯⋯、うわぁ、奇麗な、ドレス⋯⋯」
ハードな着替えで乱れた呼吸を押さえながら、無理やり笑顔を作った。矢野が馬車のドアを開け、俺がその中に入る。
幕が下がり、前半戦が無事(?)終了した。
斎藤「リカちゃん人形は無いってことは、バービー人形では遊んだことあるのか?」
梓 「⋯⋯ああ。蓮のお母さんに付き合わされてな。ちなみに”メルちゃん”も”ぽぽちゃん”も経験済みだ」
斎藤「な、んだと⋯⋯!?」
※一応⋯⋯
”メルちゃん”、”ぽぽちゃん”:女の子が遊ぶ人形です