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文化祭のキャストがやっと決定した。その途中で大喧嘩が勃発し窓ガラスが割れたり、謎の爆発音が響いたり、クラスの中二病男が発狂したり、誰かが持ち込んでいた催涙ガスが誤って噴きだしたりと色々起こったが、なんとか最後まで決めることができた。
そして放課後、早速劇の練習が始まった。
「はあ、明日は待ちに待った舞踏会。私モ行キタカッタナ⋯⋯」
「カァァァァアットォォ!!!!」
俺のセリフにブルース・リーもびっくりの迫力ある高音でダメ出ししたのは榎本千春。このクラスの委員長だ。
「何よそのやる気のない良い方は!! シンデレラは乙女なのよもっと恋する乙女の切ない心情を声に乗せて表現しなさいよぉぉ!!」
「知るか誰が恋する乙女だ! 俺は男だ!!」
さっきからずっとこの調子だ。演劇になると人が変わるのか、スーパーハイテンション状態になった委員長にマンツーマンの指導を受けて2時間。そろそろ気が狂ってきそうだ。
「ったく、その程度でハリウッド目指そうなんて、片腹痛いわよ」
誰がハリウッド目指してるって言ったよ。
後ろの椅子にドカッと座り、差し出されたジュースを啜る委員長はあたかも大物監督のようだ。まじめでおとなしい印象のあった彼女の変わり具合に、周囲は完全に引いてしまっている。
「ほらほら! 次行くわよぉ!!」
水筒を取りに行こうとした俺の背中に委員長がタックルをかましてくる。俺は疲労の混じったため息を堪えきれず唇から漏らした。
今は切実に思う。
マジで帰りたい。
ーーーーー
「日女川ー、おつかれ⋯⋯」
待ち望んだ休憩時間に斎藤が近づいてきた。彼も相当疲弊しているようで、服や髪がよれっとしている。
「ったくあの委員長、鬼かよ。キャラ代わりすぎだろ」
「お前はまだ楽だろ斎藤。なんたってお前の役は”かぼちゃを持ってくる人”だからな」
「それが全然楽じゃねえんだよ!!」
斎藤が顔を大きく歪めて嘆いた。
「”かぼちゃというのは舞踏会に行きたくても行けないシンデレラが馬車に変化したそれに出会うことで長年の夢をかなえられるキーアイテム! いわば秘宝!! よってシンデレラの望みを叶えられる喜びを溢れる愛をもって⋯⋯etc”、って感じで委員長に怒られまくって⋯⋯。もう限界だ⋯⋯」
言いながらどんどん顔色が悪くなっていく斎藤の肩を、元気づけるように何度か叩く。元気出せ斎藤、お前の”かぼちゃを持ってくる人”はみんなに愛されるよ。
「そんなのまだ序の口だろ⋯⋯」
男泣きしそうな斎藤の背後から、誰かのかすれた声が聞こえてきた。
「く、暮野? 大丈夫か!?」
斎藤が慌てて駆け寄る。床に力なく座り込んだ暮野が虚ろな目で俺たちを見上げてきた。
「全然大丈夫じゃない⋯⋯。俺の役なんか”継母”だぞ?」
その言葉を聞いて、俺と斎藤は同時に憐みの声を漏らした。
暮野は男子にしては割と細身な方で、切れ長の瞳と整った鼻筋を持つ、泣きぼくろがセクシーな精悍な美青年の顔立ちをしている。だから俺を抜いたクラスメイトの中で”継母”役を決めるとき、真っ先に白羽の矢が立ったのだ。顔立ちはまあ、許容範囲だろう。しかし野球部の練習で日に焼けた小麦色の肌と、180センチを超える長身は女役には不向きだった。
「暮野、女装の苦しみが分かっただろ?」
「⋯⋯⋯⋯ああ」
暮野が憔悴しきった顔で頷いた。俺の中で彼に対する仲間意識が形成される。同じ苦痛を味わう同士として一緒にがんばろうな、暮野。
「それにしても委員長、スパルタすぎんだろ⋯⋯」
斎藤が周りを見渡しながらぼやいた。教室内ではクラスメイトがダンスの練習をしたり大道具を作ったりしているが、どの顔もみんな疲弊しきっている。それもそのはず、総監督改め”女傑”となった委員長が、見えない鞭を片手に監視し続けているからだ。泣きごとなんて許されない。もはやそこの空気を吸っているだけで胃が軋むような痛さを訴えかけてくる。
だがその中で唯一、この状況に全く臆していない人物がいた。
「貴様のような魔法使いがシンデレラを幸せにできるなど、戯言に過ぎない。彼女は俺のものだ。誰にも渡さない」
「キャアァァアーーー!!!!! 王子ー! 抱いてーーー!!!」
他でもない、蓮だ。
蓮は今、恋敵である魔法使いとの決闘シーンを演じている最中だ。いつもの清冽な美貌に雰囲気が合わさり、神懸った色香を放っている。女子たちは目を潤ませ頬を上気させて、蓮をうっとりと見つめている。
疲労と緊張感で相当精神的に追い詰められてるんだろうな。かなりヤバそうな雰囲気だ。
「おいおい王子、イケメンすぎだろ⋯⋯」
斎藤がため息を漏らした。
いつもの男子用制服を着て、剣の代わりに丸めた新聞紙を掲げているだけなのに、本物の王子に見えてくるってどういうこと? 意味が分からない。相手役の矢野昴が本当に可哀想だ。
矢野もくるんとした茶髪に、ジャニ〇ズにいそうな甘いマスクの持ち主だが、蓮が相手だと分が悪すぎる。クラスのイケメンと世界のイケメンを比較するような感じだ。すでに矢野は諦めの表情を浮かべながら、乾いた笑みで遠くを見つめている。
「さすがは八王子蓮ね。彼を見込んだ私の目に狂いはなかったわ」
いつの間に背後に近づいたんだ委員長。あと蓮は”彼”じゃなくて”彼女”ね?
文化祭まであと2週間。それまでこの地獄が続くのかと思うと、もう早くも心が折れそうだ。
梓 「てかシンデレラに王子と魔法使いの決闘のシーンとかあったっけ?」
斎藤「いや、委員長が普通じゃ面白くないって取り入れたらしい」
梓 「なんだそりゃ⋯⋯」