文化祭は定番ネタが無難でいい
7月
息苦しくなるような蒸し暑さが体力を徐々に奪っていく。眩しい太陽が空で自信満々に輝き、じりじりと肌を焼く日光が目に眩しい。熱気のこもった教室では女子たちがだらしなくスカートの裾をまくりあげ、白い太腿を露出させていた。
本気で暑い。身体中の水分が蒸発して、干からびて死にそうだ。俺たちの学校にはクーラーがついているが、節電のためとかいって今は作動していない。全く宝の持ち腐れだ。このままだと近日中に死者が出るかもしれない。なんとかしろ校長。
今はLHRの時間で、委員長が今月末の文化祭について説明している。黒板には定番の”メイド喫茶”、”ライオンキング”、”バイオハ〇ード”、”人間失格”などが書かれている。⋯⋯最後のはちょっと重すぎるだろ。
「では他に何か、意見や案はありませんか?」
教卓の前で委員長がみんなに呼びかけた。
「はい! クラスでオセロ大会を開催したらいいと思います」
「ちょっと地味なので却下します」
クラス1不運⋯⋯⋯⋯ゴホン、強運な”からしシュークリームゲッター”阿部健太の提案を、委員長がためらいがちに、でもはっきりと却下した。哀れな阿部は机に突っ伏して動かなくなる。前回のカラオケの件といい今回といい、阿倍の扱いが雑すぎるだろ。せっかく久しぶりに出てきたんだからもっと優しくしてやれ。
「他にはありませんか?」
「はーい、委員長。俺に提案があります!」
熱血中二病男、水島蒼汰が高く手を挙げた。
「文化祭といえば青春! 1年3組の絆を深めるため、ありとあらゆる困難にぶち当たった時の予行練習として俺たちの海より深く山より高⋯⋯」
「長いのでちょっとダメですね⋯⋯」
またもや委員長が切り捨てた。柔らかい口調なのにどこか有無を言わさぬ物言いに、水島が笑顔のまま硬直している。
その後も出てくる意見を片っ端から却下していく委員長に、クラスメイトたちはどんどん発言する勇気を失っていった。そりゃそうだろうな。あんなにズバッと否定されたら10分は再起不能になる。すでにクラスの半分以上が委員長の言葉の刃にやられ撃沈していた。
「他にはありませんか⋯⋯?」
「あ、あのさ⋯⋯」
シーンとした教室の中、ためらいがちに手を挙げた猛者がいた。矢野だ。クラスの注目を一身に受けながら、恐る恐る口を開いた。
「せっかく姫と王子がいるんだから、シンデレラとかやったらおもしろいんじゃないか?」
矢野の発言に教室から完全に音が消えた。
おいコラ矢野、何バカなこと言ってんだ。そんな意見却下されるに決まって⋯⋯
「⋯⋯いいですね」
は?
「確かにそれは盲点でした。私としたことがうっかり⋯⋯⋯⋯」
え? ちょっ⋯⋯、え??
「そうです。せっかく校内人気トップ2、日女川梓くんと八王子蓮さんがいるのだから、それを使わない手はありません!」
い、委員長さん? どうしたんだ急に。目が”ベルサ〇ユのばら(昔の少女漫画)”の登場キャラクターみたいになってるぞ。ギラギラのビッカビカだぞ?
「⋯⋯決めました。我が1年3組の出し物は姫と王子主演、”シンデレラ”にします!!」
は、は、
はぁーー!!!???????
「おおぉーーーー!!!!!!」
クラスを大歓声が包み込む。拍手が轟き、その中心で矢野が「いやーみなさん温かい声援ありがとうございます」とか言いながら手を振っている。選挙か。いや待て、状況が呑み込めない。どういうこと?
委員長が衣装係や大道具を次々に指名していく中、やっと理解が追い付いた俺は慌てて叫んだ。
「おいお前ら! ちょっと待てよ!!」
俺の声でクラスメイトたちが一斉に黙り込んだ。
「言っとくけど俺はシンデレラなんてやらないからな!?」
言い切るとクラスの空気が一変した。「なんだよKY《こんなこと、ゆっているけど実はツンデレなだけ》かよ」という目線が痛いが、ここは俺のプライドがかかっている。譲るわけにはいかない。
「でも、せっかくみんな盛り上がってますし⋯⋯」
「関係ないだろ。俺は承諾してない」
大体お前らが勝手に決めて、勝手に盛り上がってるだけじゃねえか。シンデレラってことは必然的に女装する羽目になるんだろ? そしたら俺の”姫”というイメージが校内でさらに浸透し、他校にだって広がる可能性がある。
なおも食い下がろうとする委員長を睨んで黙らせた。
教室の空気が一気に重たくなり、冷たい視線がいくつも突き刺さる。が、俺は無視を決め込んだ。嫌なものは嫌だ、絶対に。
その時斎藤がおもむろに口を開いた。
「じゃあ俺がシンデレラやるわ」
⋯⋯⋯⋯へ?
みんなが目を点にして固まった。
⋯⋯⋯⋯は? 何言ってんの斎藤。暑さで頭がショートしたか?
金髪で目つきが悪く見た目が完全に不良な斎藤がシンデレラをやるなんて、ゴリラがドレスを着てバレエをする並にありえない。
微妙な空気が流れる中、斎藤が言葉を続けた。
「だって王子役はもちろん八王子だろ? ってことはシンデレラやったら王子とのラブシーンが演じられるわけだ。役得だねー」
その発言にクラスが一瞬静まり返り、すぐにざわめき立った。
「確かにそうかも」とか「私シンデレラに立候補しようかな!」とかいう声が次々に飛び交う。咄嗟に斎藤の顔を見ると、にたりとした不敵な笑みが返ってきた。
こいつ⋯⋯⋯⋯、俺を嵌めやがった!!
大事な幼馴染を、女子という皮をかぶった女豹の巣に放り込むわけにはいかない。俺がどうするかを知っててわざと立候補したんだ。
⋯⋯⋯⋯くそっ、
クラスの女子がシンデレラ役のことで騒ぐ中、
「俺、やっぱシンデレラやります⋯⋯」
俺の震え声が教室に響いた。
斎藤「日女川ー、主役おめでとさん。がんばってな」
梓 「⋯⋯斎藤、お前後で殺す」
斎藤「え!? なんで!!?」
梓 「あったりまえだ!! 覚悟しろ!!」
斎藤「ま、待てって! 落ち着け日女川! ちょっ、ま、ギャアァァァァア!!!!」