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不得意は少しあったほうがモテる

長くじめじめした梅雨が終わり、空には深い青空が広がっている。若葉色の葉を雨水に濡らしていた木々は今、みずみずしい深緑に覆われ日光に眩しく照り輝いていた。日に日にむせかえるような暑さが強くなって、夏であることを実感する。


この時期の体育はバスケをやっても陸上をしても、不快なことこの上ない。通気性の悪い体操服が汗でべったり貼りつき、すぐに喉が渇いて水が欲しくなる。



だが、今日からは違う。なぜなら⋯⋯⋯⋯、


水泳の授業が始まったからだ!!!



今俺の目の前には、天上から降り注ぐ陽光を反射する水面が、誘うようにゆらゆらと波を立てている。だが、俺が歓喜しているのはプールが気持ちいいからだけではない。



「きゃははは! 気持ちいいーー!!」

「水つめたーい」

「きゃっ!! ちょっと顔にはかけないでよー」


学校指定のスクール水着に着替えた女子たちがキャーキャー騒ぎながら水の中ではしゃいでいる。なんて眼福⋯⋯。むさくるしい男ばかりの体育とは違う。まさにオアシス!


「日女川ーー、次お前の番だぞ?」


斎藤の声で我に返った。そうだ、今はクロールの25メートルを測っている最中だった。いや、ぼーっとしていたわけじゃない。すぐ隣で女子高生が泳いでいるのに見ないなんて彼女らに失礼だろ。


俺はスイミングキャップを深くかぶりゴーグルを着けると、水の中に勢いよく飛び込んだ。隣のレーンにいた斎藤が飛沫しぶきを顔面にもろ被りしてゲッホゲッホとむせている。ごめん斎藤、わざとじゃないんだ。恨むならお前の気管に飛び入った水滴に言ってくれ。ああやべえ。今日まじテンション高い、俺。


先生の笛で水中に潜り、壁を蹴った。火照った身体に冷水が浸透していく感覚が最高に気持ちが良い。腕で掻けば掻くほど加速し、与えられる快感も増した。呼吸なんて忘れて無我夢中で泳いだ。


「日女川、16秒5」


うーん、まあまあだな。久しぶりに泳いだにしては良いタイムだと思う。後から泳ぎ切った斎藤が激しい呼吸を繰り返しながらよろよろと水から上がってきた。


「斎藤、20秒3」


ふーん、なかなかいいじゃん。斎藤は水泳を習ってたわけじゃないから上出来だろ。


「ひ、めか、わ⋯⋯⋯。ハアハア、お前、毎度速すぎ、な」

「当たり前だろ? 俺スイミング習ってたし、お前に負けたりしたら死ぬわ」

「ひでえ!!」


いや、水泳ほど経験者か否かで差ができるスポーツってないと思う。だから気にすんな斎藤。泳げなくても浮き輪でぷかぷか浮いているだけで楽しいじゃねえか。⋯⋯まあ100%ひっくり返してやるけど。

泳ぎ終わったのでプールサイドでのんびりと女子たちを眺める。斎藤が横でため息をついた。



「てかよ、日女川って本当弱点無いよな。無敵?」

「ああ。今頃気づいたのか?」

「⋯⋯⋯お前さ、謙遜って言葉知らないのか?」

「知ってるよ。バカなの?」

「⋯⋯⋯⋯」


口で俺に勝てるなんて思うなよ斎藤、俺は小5で中学生を論破し泣かせた実力を持つ男だ。


「でもさ、弱点なしって言うとあいつもそうか⋯⋯」

「誰が?」

「王子」


斎藤が指さした方を見ると、今まさに蓮が泳ごうとしていたところだった。俺の背中に寒気が走る。


これは、やばい⋯⋯⋯⋯、



非常にやばい!!!!!!




「蓮、待てっ!!!」


だが俺の声は女子の声援にかき消され、蓮には届かない。彼女はゴーグルを着用すると水の中に入り、そして、



溺れた。5メートルも泳がず。




「は?」





この場にいる全員が固まる。体育の教師までが硬直した。おいババア! 何やってんだよ、目の前で蓮が溺れてるだろ!? 助けろよ!!!!


俺はプールサイドをダッシュで走り、水面に向かって飛込みダイブした。(※プールサイドは走ってはいけません)

そして水中で気を失っている蓮を引っ掴み陸に引きずり上げる。


あ⋯⋯。これってもしかして人工呼吸のフラグ? し、仕方ねえな。やましい気持ちなんてこれっぽちもないが人命救助のために仕方なく⋯⋯⋯


「八王子さん!! 大丈夫!?」


蓮が体育の女教師の揺すぶりで目を覚ました。ゲホゲホと苦しそうにせき込みながら肩を上下させる。

⋯⋯⋯⋯ま、そうですよねー。もちろん知ってたよ? テンプレ通りになんかいかないって。⋯⋯⋯⋯ハァ。


「あ⋯⋯、えっと、梓?」


まだ意識がはっきりしていないのか、目がトロンと溶けている。やめろ蓮、周りの女子の目が肉食獣みたいになってんぞ。犯されるぞ!


「あのさ、お前超カナヅチなんだからやめとけよ⋯⋯⋯」

「ごめん⋯⋯」


蓮がしゅんとうなだれる。そう、こいつは⋯⋯



「王子、⋯⋯泳げないの?」



女子の誰かが言った通り、こいつは全く泳げないのだ。


謙遜じゃなく本当に”全く”だ。女子たちは相当ショックだったのか、目を見開いたまま固まっている。


その様子を見て歓喜したのは男子生徒たちだった。


「そうか! 王子はカナヅチか!!」

「来たよコレ来たよ! 俺たちの時代が!!!」

「今日は革命の日だぁ!!」


⋯⋯お前ら、クラスメイトが死にかけたっていうのに薄情すぎんだろ。気持ちは分からなくもないけどな。いつも蓮に良いとこ持っていかれてイライラしてたんだろ? で、弱点を見つけて大喜びしていると。単純なやつら。


でもさ、そう簡単にいくかな?



「か⋯⋯⋯⋯」


女子の一人が口を開いた。男子たちが期待に満ちた目を向ける。一瞬静まり返ったプールサイドに、




「かわいいーーーーー!!!!!!」



女子たちが叫びが響き渡った。



「は?」



男子たちがアホ面で固まる。お前ら口閉じろ口。ただでさえ平均以下なのに、そんな顔してたらミジンコ認定されるぞ。


女子たちはキャーキャー騒ぎながら我先にと蓮に抱き着いていく。蓮は首に腕を巻き付けられ苦しそうだ。


「泳げないなんて意外!! ギャップ萌え!!」

「ねーねー私教えてあげる!! 手取り足取りあんなことやこんなことまで⋯⋯⋯」

「ちょっとあんた!! 王子にいかがわしいことしないでよ!?」


見たか男子たちよ。これがイケメンというものだ。何やっても何やらかしても、すべてプラスとして受け取られる。誰だよ人はみんな平等とか言った奴。この光景を見てから言ってくれ。


男子は衝撃が強すぎたのか、顔面蒼白で硬直していた。それでも少しずつ表情が戻り、それが崩れていく。


「何がイケメンだあぁぁぁあ!!!」


血の絶叫ががプールサイドにこだました。みんな膝をつき拳で地面を殴る。なかにはショックで失神しかけの奴もいた。どうでもいいけどプールサイドって地味にざらざらして痛いよな。


「だがこんなことで終わっていいのか!!??」


誰かが叫び、男子が涙に濡れた顔を上げた。


「もう終わりだよ⋯⋯。俺たちにチャンスは無い⋯⋯」

「いや、まだだ!!!」


涙声で声を張るのはクラスの熱血キャラ、水島蒼汰みずしまそうた。暑苦しく苦手なタイプだ。


「きっと、きっとあるはずだ⋯⋯。奴を倒す方法が。俺たちに希望はある!」

「水島ぁ⋯⋯⋯⋯」

「だからみんなで力を合わせよう! 共に立ち上がるんだ!!」

「う⋯⋯⋯⋯」



「うおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」



プールサイドに男子の野太い慟哭が響き渡る。



なんだこの茶番⋯⋯⋯。



こうして1年3組に”王子ばっかりずるいので女子の前で恥かかせるため弱点を見つけ隊”が発足した。


前できなかった先輩方の紹介を少し⋯⋯。


金谷義夫かねやよしお:金パ先輩

バスケ部3年。金髪でガラの悪い問題児。梓と蓮に負けて心を入れ替えた。単純バカ。


繭田剛まゆだつよし:ゲジ眉先輩

バスケ部3年。太さが通常の人の3倍ぐらいあるすごい眉毛を持つ。梓に惚れて付き合ってほしいと迫り、蹴り飛ばされた。Mっ気あり。

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