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※流血表現が含まれます

静寂の中審判の笛の音が鳴り響いた。立ち竦んでいる生徒たちの間をすり抜け蓮の元へ走る。



「蓮⋯⋯⋯」



俺は思わず息を呑んだ。

蓮は額をタオルで押さえながら、暮野に支えられてコートに座りこんでいた。ジャージの上半身がぐっしょりと濡れ、タオルを赤い血が真っ赤に染め上げている。


「蓮!? 大丈夫か!!?」

「梓⋯⋯、っ!」


慌ててそばに駆け寄ると、蓮が顔を上げて微笑もうとし痛みに顔を歪めた。あまりの痛々しさに胸が痛む。


「あの先輩の肘が顔に当たったんだ」


暮野が憎々し気に相手チームの1人を指差した。


「いや、わざとじゃないんすよ。ちょっと手が当たっちゃって」


全く悪びれる様子もなくへらへらした男には見覚えがあった。蓮が喧嘩した上級生のうちの1人だ。ツンツンさせた金髪に大量のピアス。下品な笑い方は忘れたくても忘れられない。

だったらきっともう1人もいるだろう。案の定、ゲジゲジ眉毛をしたそいつはチームの後ろの方で、汚らしい笑みを浮かべながら蓮を見下ろしていた。


はっ、なるほどね。事故じゃなくて完全にわざとってわけだ。後ろから回り込んできた蓮の顔を狙って肘を突き、よろめいたところをさらに突き飛ばして転倒させたんだろう。おそらく顔を切るだけでなく頭も打っているはずだ。


「このくそ野郎が」


自分でも驚くほどの低い声が出た。身体の中に生まれたどす黒い怒りが自制心を粉々に壊す。憤る感情のままに立ちあがり、殴りかかろうとした俺の裾を、細い指が弱々しく引っ張った。我に返って下を見ると、蓮が悲しそうな目で首を横に振った。


「大丈夫。瞼を少し切っただけ」


そう言ってにっこり笑った。暮野から受け取ったガーゼを額に当て、包帯できつく縛る。床に散った血痕を拭うと、ゆっくりと立ち上がった。


「八王子、保健室に⋯⋯」

「平気です。すいませんでした。再開してください」


蓮の言葉に、退場を勧めた審判だけでなく観客席の生徒やチームメイトまでがざわめいた。動揺しながらなおも詰め寄ろうとする審判を、蓮が目で制す。


その凛とした表情に、騒がしかった声がピタリと止んだ。



たぶん、蓮は分かっているんだ。今チームの柱だったあいつが抜けると、支えを失った1年3組はすぐにバラバラになってしまうことを。そうなると橋本先輩たちの攻撃を抑えきることができない。結果、敗北してしまう。



だから蓮はケガをしていても出ようとするんだ。



バカげてる。正気の沙汰じゃない。


そもそも蓮が南カップで勝つとかいう勝負を持ち出さなければ、こんなことにはならなかった。俺がなんと言ってバカにされようと、ほっとけばいいのだ。


なんで、こんなに一生懸命になれるんだ。



思い出したくない記憶がふっと蘇った。



ーーーーー



小学生4年生の時、俺は地域のミニバスケットボールチームに入っていた。容姿のことをからかわれて孤立していた俺は、バスケを始めるとすぐにその魅力の虜になった。頑張って強くなればみんなが尊敬し、認めてくれる。楽しくて、楽しくて、必死に練習した。


だからこの楽しさを、たった1人の友達だった蓮にも知ってほしいと思った。

こうして俺と蓮は同じチームに入ることになった。


「蓮ちゃん、パス!」

「あ、待って⋯⋯」

「ははは! 下手だなあ、蓮ちゃんは」


初心者の蓮はもちろん下手だった。俺はいつも大人っぽい蓮にバスケを教えることで年上気分と密かな優越感に浸っていた。


でも、蓮は天才だった。



気がつけばチームの誰よりも上手くなっていた。

作戦を立てるのもコーチに褒められるのも、チームのみんなから頼りにされるのも、全部全部蓮に盗られた。



俺は、悔しかった。


だから、思わず口走ってしまった。




「蓮ちゃんのいるチームには行きたくない」





次の日から蓮は練習に来なくなった。後々やめて違うチームに入ってしまったことを聞いた。俺は怖くなった。きっと蓮は怒っているに違いないと思ったから。嫌われたくなくて、すぐに蓮の家に行って、玄関のチャイムを鳴らした。



だけど、蓮は怒っていなかった。

いつも通り笑って、俺の名を呼んだ。


俺は、バスケをやめた。




数日たって、俺の家にバスケの元チームメイトたちがやってきた。どこから聞いたのか、彼らは俺のせいで蓮がやめたと言って責めてきた。

カッとした俺は口論になり、それはすぐに喧嘩に発展した。


俺は身体が小さく相手に上級生が混じっていたこともあって、すぐにボコボコにされた。


悔しくて一日中泣いた。



次の日、公園を通りかかった俺は驚きの余り立ち竦んだ。蓮が、昨日の連中相手に大喧嘩をしていたのだ。横から後ろから殴られるたびに転んで血を流している。それでも何度も立ち上がって叫んでいた。



「梓くんに、謝って!」


その凛とした目は俺の中に焼き付いて離れなかった。



連中が帰った後、俺は蓮に近づいた。


「蓮ちゃん、あのさ⋯⋯」

「大丈夫だよ」


そう言って、蓮は笑った。身体中傷だらけなのに大丈夫なはずがない。でも、蓮はにっこりと笑った。


「大丈夫」


俺は何も言うことができなかった。








そうだ。蓮は昔からいつも俺のために頑張ってくれる。どれだけ傷つき、苦しくても。



俺はまた、見てるだけなのか?



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