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郁海の行きつけのお店とは、茜の実家であった。
料亭を営んでいるらしい。
「あら、武田さん、いらっしゃい。
…まあ、あの木村選手まで!
さあさあどうぞ!
狭い料亭ですがくつろいでください。」
亮佑と郁海は球界きっての人気者である。
店じまいの時間ではなかったら、きっと店はパニック状態だっただろう。
温かい料理を食べながら三人は会話をする。
「さっき亮佑がスタンドに落ちたときはマジでびっくりしたよ。
しかも落ちたのが茜の所なんてな。」
「取材ではじめてあの席に行ったの。
体感してみよう!っていう企画だったんだけど…ホントにびっくりしちゃった。
もう一回取材しなきゃいけないみたい。」
亮佑は恥ずかしくなった。
「す…すみません…」
すると郁海が鋭い質問をして来た。
「そういえば、何でショートのお前がボール追ったんだ?
普通あれはサードかレフトに任せるだろ?」
言葉が詰まった。
宮本さんの姿を近くで見たかった、なんて口が裂けても言えない。
「ここのファンにも、木村さんがこんなに活躍してるんだぞ、って見せたかったんですよね。」
茜がフォローしてくれた。
優しい人だ。
亮佑はますます茜に惹かれていった。
一目惚れ、初めてだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、もうお開きになってしまった。
「俺もう帰らないと、先輩にシバかれるかも。」
郁海が笑いながら言った。
郁海はまだ寮生活をしているらしい。
「気をつけてね。」
そう言って茜は郁海を見送った。
その姿を見て亮佑は胸が痛んだ。
「木村さんは、お時間大丈夫なんですか?」
亮佑ははっとした。
ホテルに戻らないといけない時間だ。
「あ!やっべ!
じ、じゃあ自分はこれで失礼します!」
亮佑は慌てて支度をした。
気付けば茜の姿がない。
ちょっと寂しかった。
すると茜が小走りでやって来た。
何かを抱えている。
「はい、これ。
さっき両親が料理を作ってる間に作ってみたんです。
明日の朝ごはんになればって…お口に合うかわかりませんが…。」
小さな包み。
開けてみようとしたが、茜に止められた。
「恥ずかしいので…明日の朝、開けてください。」
非常に嬉しかった。
飛び上がるほど嬉しかった。
「あ、あの!
良かったらアドレス教えてください!
感想送るんで…。」
茜は笑顔で携帯を差し出した。
真っ白な携帯は茜の清楚さを表しているようだった。
「感想なんて恥ずかしいですが…美味しくなかったら遠慮なく言ってくださいね。
遠慮なんていりませんから…。」
「…ありがとうございます。
食べ終わり次第すぐに送ります!」
そう言って携帯を返した。
茜は笑っていた。
「お気を付けて。」
「はい。
今日はありがとうございました。」
そう言って亮佑は料亭を後にした。