異世界の貧乳冒険者、日本のカードショップへ行く
今、私は寮の屋上で張り込みをしている。
ギルドの依頼で下着泥棒を捕まえる為だ。
ここ一ヶ月で被害件数は二十件。
盗まれた下着の数は三桁を超えている。
今日はお気に入りの下着を、これでもかと物干し竿に吊るしておいた。
この町で唯一の符術士である、天才美少女マリア様の下着を囮に使ったのよ。
これに引っ掛からない男は居ない筈だわ。
張り込みを開始してから二時間。
ついに静寂が破られた。
犯人は三階建ての寮の屋上と言う高さをものともせず、隣の建物の二階から飛び移り壁を這い上がってくる。
ハッキリ言って人間業ではない。
女性の下着に対する執念がそうさせているのか……。
「気色悪いわね」
嫌悪感から思わず本音を呟いてしまい、慌てて口元を手で抑える。
幸いにも犯人には気付かれなかったようだ。
犯人は一通り周囲を見回した後、獲物に手を伸ばす。
この中に罠が仕組まれているとも知らずに。
男性が私の下着に触れた途端、魔法道具が作動し、その動きを封じる。
かなり高額な品で、犯人を捕まえて報酬を貰っても少し赤字になってしまう。
それでも乙女の敵を倒す為、損を承知のうえで、わざわざ王都から取り寄せて貰ったのだ。
犯人が外側の物干し竿から下着を何点か回収した。
私の下着はその隣の竿に吊るされている。
さぁ、来なさい。
私の下着に手を出した時があなたの最後よ。
しかし犯人は私の下着には目もくれず、そのまま元来た方角へと引き返す。
「ちょっと待ちなさいよ!
なんでアリスの下着だけ盗む訳!?
まさか、私の胸が小さいから!?」
物干し竿から自分の下着を一枚つかみ取り、犯人へと駆け寄る。
この日の為に、縞々や水玉の可愛らしいものから、露出の多いスケスケのものまで、あらゆる下着を用意した。
にも関わらず、犯人はEカップ用のブラだけを盗って、私の下着には興味を示さない。
まるで私自身に魅力がないと言われているようで、無性に腹が立つ。
「白の契約者マリア・ヴィーゼの名のもとに、大地よ! 貫け! 地刺魔術!」
犯人を足止めする為、魔術で土の槍を出現させる。
狙いは完璧……な筈だった。
しかし犯人は軽い身のこなしで槍を避けて逃走を続ける。
「なんて、すばしっこい奴なの。
救助犬ジローを召喚!
ジロー、あいつを捕まえて!」
「ワンッ!」
ベルトに付けたホルダーから一枚の魔符を取り出し、小さな柴犬を召喚した。
魔符に封じられた英霊と契約した、符術士のみが使える特殊な魔術。
召喚された柴犬は、犯人の足に食らいつき逃亡を阻害する。
犯人は柵に捕まりながら、必死に犬を振り解こうとしている。
「もう逃げられないわよ。
大人しくアリスの下着を返して、私の下着を持って行きなさい!」
これなら最初から力尽くで押さえ込めば良かったわ。
私は余裕の面持ちで犯人の腕を掴む。
その時、私の身体は重みを失って宙へと舞った。
古びた柵が私と犯人の二人分の体重を支え切れずに折れたようだ。
「し、白の契約者マリア……」
風の魔術で衝撃を抑えようと試みたが、この高さからの落下では魔術を使う暇がない。
四階の高さから地面へと叩きつけられ、私は意識を失なった。
◆◆◆◆
目覚めると辺りは日の光に包まれていた。
少なくとも半日程、意識を失っていた事になる。
周囲に下着泥棒の姿はない。
完全に取り逃がしたようだ。
「符術士じゃなきゃ、大怪我だったわね。
私とした事が油断したわ」
意識は失ったが、幸い怪我はないようだ。
符術士は契約した英霊の加護により、あらゆる物理攻撃と魔術に耐性を持つ。
英霊の加護が落下の衝撃を抑えてくれたのだろう。
「ここ……何処かしら? 寮の近くじゃないわね」
不思議な事に辺りの景色が一変していた。
大きくて綺麗な道を多くの人々が行き来している。
「商店街……かしら?」
左右には同じような建物が並び、それぞれにカラフルな看板が飾られている。
これだけの商店が並びながら、閉まっている店はほとんどない。
何処かは分からないが、都会へとやって来た事は理解出来た。
知らない場所だからと言って、慌てることはないわ。
どんな町にでも冒険者ギルドはある。
ギルドにさえ辿り着ければ帰る事は簡単よ。
折角なのでウィンドウショッピングを楽しむ事にしましょう。
綺麗な外観を楽しみながら、ゆっくりと歩く。
看板の文字は読めないが、美しい装飾を見ているだけでも楽しい。
歩き始めて十数分程経った頃、私の視界に信じられない物が映り込む。
「噓? なんでここに魔符があるの!?」
その店は異常だった。
何故なら、入り口から見えるように、数十枚の魔符が展示されていたのだ。
魔符とは符術士のみが使用出来る特殊な魔法道具であり、古代迷宮から稀に発見される貴重品である。
冒険者を通じて骨董品屋に流れてくる事もあるが、それも数年に一度、枚数も多くて数枚である。
その魔符が外から見えるだけでも数十枚。
どう考えても一般の施設とは思えない。
近寄らないのが身の為……とは思うのだが、好奇心には勝てず、勇気を振り絞って中へと入ってみる事にした。
「何これ……?」
それは例えるなら魔境と言うのが相応しい場所だった。
私の身長程の高さに、一メートル程の幅のショーケースが壁際にズラリと並んでいる。
そして、その全てに百枚以上の魔符が展示されているのだ。
「それはカードでござるよ」
「そのくらい知ってるわよ!」
「それはかたじけないでござる」
「これはシングルカード、売り物ですぞ」
「売り物!? これ買えるの!?」
青白い顔をしたネギのような男と、丸々と太った豚のような男が説明してくれた。
信じられない話だが、これだけの魔符が全て売り物らしい。
よく見ると、一枚一枚の魔符に小さな値札が付いている。
安いもので数百、高いものは五千くらいか。
下着泥棒を捕まえる依頼の報酬が三千ガルドである事を考えると、冒険者が簡単に買える品ではなさそうだ。
「流石に結構するわね」
「失礼。お嬢さんもカードをするでござるか?」
「え? 私は符術士よ」
「なんと! 腐女子でござったか」
「堂々と腐女子宣言をするコスプレ少女……萌えですぞ! ハァハァ……」
符術士だと伝えると、ネギは若干引いたような表情になり、豚は息を切らすように笑い出した。
魔符について教えてくれるのはありがたいが、なんだか気持ちが悪い。
私は彼らから目を逸らすように、隣のショーケースへと視線を移す。
そこに展示されているのは見た事のない魔符だった。
符術士の使用する魔符とは明らかに異なるデザイン。
しかし、驚くのはそこではない。
「に、二万五千!?」
二万五千ガルドと言えば冒険者の平均月収に相当する。
貯金を崩せば買えない額ではないが、たった一枚の魔符の値段としてはかなり高額だと感じた。
「《樽持ちゴリラ》でござるな」
「我輩のデッキにも二枚入っていますぞ。
あと二枚買い足せば完成ですぞ」
この豚は二万五千ガルドもする高額魔符を二枚も所持しているらしい。
みすぼらしい格好はカモフラージュで、本当はどこかの貴族なのかしら?
「ちなみに《黒い蓮華》と言う、百万以上のカードも存在するでござる」
「ひっ百万!?」
あり得ないわ……。
百万ガルドもあれば、田舎に土地付き一戸建ての家が買える。
いくら魔符が貴重な魔法道具でも、そこまで高額なものが存在するとは思えない。
「我輩も実物は見た事がないですぞ。
でもいつかは一枚くらい手に入れたいですぞ」
百万もする魔符を欲しがるなんて、流石は貴族ね。
私のような冒険者とは違う世界に生きている事が伝わってくるわね。
見た目は豚だけど……。
「でも、この魔符。私の使っている物と少し違うわね」
「こっちは【ウィザード アンド クリーチャーズ】で、隣が【フェアトラーク】でござる。
別のカードゲームでござるよ」
「うぃ? ふぇあ?」
違和感を伝えるとネギ男が説明してくれた。
何を言っているのか、よく分からなかったけど、こちらに有る物は符術士の使う魔符とは別物らしい。
「ウィザクリは我輩のようなエリートが遊ぶTCGですぞ。
腐女子はフェアトラークでイケメンのカードを集めてるのがお似合いですな」
「ひょっとして、お嬢さんはフェアトラークのプレイヤーでござるか?
よろしければ、拙者と一戦いかがでござろうか?」
訳の分からない会話の後、ネギ男は魔符の束を私に見せた。
それで彼の意図を理解する。
ーー召喚戦闘ーー
符術士同士の決闘においてのみ行われる特殊な戦闘。
お互いに英霊を召喚し、古より定められたルールに従い勝敗を決める。
敗者は一時的に英霊の加護を失い、魔符の魔力に身を焦がす。
通常攻撃の効かない符術士を倒す唯一の方法だ。
「あなたも符術士だっのね」
「へ? いや、拙者は男に興味はござらぬ。
むしろ、お嬢さんのような小学校高学年くらいのローー」
「良いわ。この私に決闘を挑んだ事を後悔させてあげる。
私が勝ったら誰の差し金か、吐いてもらうわよ」
おそらく、ギルドの依頼で捕らえた犯罪者の仲間が逆恨みしてきたのだろう。
冒険者を続けていると、こう言う事は珍しくはない。
魔符を売っていると言うこの異質な店も、私を誘き寄せる為に用意したのだろう。
「はぁ? 決闘でござるか?」
「これはきっと、なりきりと言うやつですぞ」
「なるほど、なりきりでござるな。
しかし、何のキャラのコスプレでしょうな?」
「我輩も知らないキャラ……おそらくBLゲームだと思いますぞ」
「何をごちゃごちゃ言ってるの?
私はいつでもいいわよ」
「失礼。では、あちらへ行くでござる」
ネギ男が指定した戦場は、店の奥にあった。
そう広くはない場所に、たくさんの長机と椅子が設置されている。
私は促されるまま、彼と向かい合うように椅子に座った。
魔符の束を机の上に置く。
ネギ男も準備が出来たようだ。
これで呪文を詠唱すれば召喚戦闘が始まる。
「えっ? それがあなたの魔符なの?」
思わず、そんな疑問が口から飛び出す。
何故なら、彼の魔符の裏面が私の物と大きく異なっていたからだ。
通常の魔符の裏面には魔方陣と古代文字が描かれている。
しかし、彼の魔符の裏面に描かれていたのは、露出の多い水着を着た小さな女の子だった。
大事な部分を小さな布地で隠してはいるが、ほとんど裸と言って差し支えない。
「これは拙者の嫁でござる」
「よ、嫁!?」
「ナロウテンプレ・オンラインの奴隷ヒロイン、ニートちゃんのスリーブですな。
我輩も大好きですぞ」
よく見ると、イラストの描かれた小さな四角い袋の中に魔符が入っているようだ。
どう見ても結婚出来る年齢には見えないが、それはネギ男の妻の写し絵らしい。
妻の裸を衆目に晒す。
そんな異常な行動をして何になるのか……。
私には理解出来そうもない。
「そろそろ始めるでござるか。
先行は譲るでござる。
レディファーストでござるよ」
「余裕ね。後悔する事になるわよ。
白の契約者マリア・ヴィーゼの名のもとに、英霊よ! 私の剣となれ! 英霊召喚!」
呪文を詠唱し、魔符に魔力を注ぎ込む。
後は魔符が自動的にシャッフルされ、英霊が召喚される……筈だった。
「どうして……何も起きないの?
まさか結界!?」
「これは……かなり痛い子ですな」
「本格的になりきってるでござるな。
お嬢さん、シャッフルはこうするでござるよ」
ネギ男は魔符を左手に持ち、右手で無作為に数枚ずつ抜いては、それを山札の上に置く作業を繰り返した。
結界で魔力が封じられているなら仕方がない。
見様見真似で同じ作業をやってみる。
こうしてネギ男との模擬戦闘が始まった。
◆◆◆◆
「拙者の勝ちでござる」
「う……そ。私が負けた!?」
冒険者になって以来、初めての敗北。
魔力の使えない中で行う、手動による模擬戦闘が初めての経験だったから……。
いや、これは言い訳ね。
魔力の使えない場所に誘き寄せられた時点で、敵の罠に嵌っていたのだろう。
「しかし、懐かしいデッキでござるな」
「三年くらい前のデッキですな」
「ちょっと拝見するでござる」
「えっ?」
ネギ男はテーブルに置かれている私の魔符を拾い上げる。
やられた! これが目的だったのね。
敗北した事に気を取られ過ぎて油断した。
魔符は符術士にとって命と同じくらい大切な物。
それを失えば召喚戦闘をはじめ、あらゆる攻撃手段を失う事になる。
「ゴミみたいなカードばかりですな」
「拙者が診断して差し上げよう。
まずコレはいらないでござるな。
コレを抜くとソレもいらなくなるでござる」
「こんな超弱いカードを使ってる人は初めて見ましたぞ」
二人は「いらない」と連呼しながら、私の魔符を横に放り投げる。
ポチ、ジロー、タロー……私の大切な仲間たちが不要だと罵られ、一枚、また一枚と放り投げられた。
「いい加減にしてよ!」
負けた事は悔しくなかったのに、これには堪えられない。
「い、いや……拙者は親切心でーー」
「返しなさい! それは私の魔符よ!」
「なんと!」
思わず、ネギ男の座っている椅子を蹴り飛ばす。
彼はそのまま背中から床へと叩きつけられた。
「大丈夫ですかな?」
「み、見え……いや、蹴ったでござるな!
母上にも蹴られた事がないのにっ!」
椅子の倒れる音を聞きつけて、数人の野次馬がやって来る。
「どうしたんだい? すごい音が聞こえたけど」
「あー……この人が背伸びしたら、仰け反り過ぎて後ろに倒れたみたいで」
「えっ? そりゃ大変だ。怪我はない?」
「だ、大丈夫でござる」
エプロン姿の中年が声を掛けてきた。
近くに居た一人の青年が事故だと説明すると、興味を失った野次馬は散っていく。
その後、彼はその場でしゃがみ込んで何かを拾い始めた。
「どうして、あんな嘘をつくのよ」
野次馬の見ている中で、ネギ男に追撃をする気満々だった私は、それを追い払った青年に声を掛けた。
「だって、ここは楽しくカードゲームをする場所だろ?
喧嘩をする場所じゃない」
「そんなの知らないわ。初めてだし……」
「へー、カードショップは初めてか。ほらよ」
「何よ?」
青年は立ち上がって、何かを差し出しす。
それは床に散らばった、私の魔符だった。
「大切なカードなんだろ?」
「えっ? あ、ありがとう」
ネギ男に奪われた魔符を取り返してくれたらしい。
ちょっとおせっかいだけど、悪い人ではなさそうだ。
「ちょっと待つでござる」
「何だよ?」
「それは拙者が彼女にアドバイスをしている途中でござる。
こちらに返して頂きたいのでござる」
「そうですぞ。邪魔は……こ、こいつは!」
「アドバイスねぇ……」
「そうでござる。
このようなゴミカードを使っていては一生勝てないので、上級者である拙者が親切に教えていたのでござるよ」
「ゴミじゃないっ! 私の大切な仲間よ!」
ネギ男は数枚の魔符をチラつかせて、こちらを煽ってくる。
青年が拾ってくれた物が全てではなかったようだ。
何としてでも、残りの魔符を取り返さなければならない。
もう一発、蹴りを喰らわせようと立ち上がる。
しかし、青年が腕を伸ばして私を制した。
「じゃあさ、俺にもアドバイスしてくれよ。
丁度、作ったばかりの新しいデッキがあるんだ」
青年はポケットから魔符の束を取り出しテーブルの上に置いた。
この青年も符術士で、ネギ男に決闘を申し込むようだ。
私の魔符と同じ魔方陣の描かれた魔符に親近感を覚える。
半裸の女性が描かれているよりも、こちらの方が良い。
「こいつは和泉裕也ですぞ!」
「誰でござるか?」
「第五回フェアトラーク全国大会の地区予選で、決勝トーナメントまで勝ち進んだ、この辺りで最強のプレイヤーですぞ」
「では、こやつに勝てば拙者が最強でござるな」
「ちょっと席代わってくれる?」
私は青年に席を譲り、模擬戦闘の成り行きを見守る事にした。
最強と呼ばれる符術士が、どのような英霊を使役するのか。
好奇心に勝てなかったのだ。
「カードをスリーブに入れないのでござるか?」
「これは一枚十円で売っているCとRだけで組んだ、ワンコインデッキだ。
わざわざスリーブに入れなくてもいいだろ」
「ふざけているのでござるか?」
「やってみれば分かるさ。
お前がゴミカードと呼ぶカード達の強さを見せてやるよ」
青年とネギ男による模擬戦闘が始まった。
いや、それは戦闘など言うものではない。
特殊能力を駆使する英霊たちが、蜘蛛の子を散らすように倒されていく。
誰がどう見ても青年の圧勝だ。
その様子は侵略と呼ぶのに相応しい。
「そ、そんな馬鹿な……これはきっと夢でござる」
「運命力が違い過ぎますぞ……我々の敗北ですな」
「能力なしユニットはパラメーターが少し高めに設定されているんだ。
カード同士の相性を考えて構築すれば、そこそこ勝てるデッキになる。
なかなか奥が深くて面白いだろ?
さぁ、アドバイスしてくれよ。上級者様」
「あっ、アニメの録画予約を忘れてたでござる!」
「あっ、我輩を置いて行かないで欲しいのですぞ!」
屈辱的な敗北を味わったネギ男は、逃げるようにこの場を立ち去った。
仲間の豚もその後を追うように姿を消す。
「ったく、どうしようもない奴らだな。
お前のカード、これで全部か?」
「え、えぇ……全部あるわ。
あなた、強いのね」
「ちょっとムカついたから、本気出してみた」
「ムカついた?」
「二千種以上のカードの中には、誰も使わない弱いカードもある。
それは仕方がないと思うんだ。
カードゲームってのはそういうモノだからな。
でも、他人が作ったデッキをゴミ呼ばわりするのは許せなかった」
「あなた、変わってるのね」
この青年は私とネギ男のやり取りを見て、私に加勢してくれたらしい。
私が彼の立場だったら、見て見ぬふりをしただろう。
変な人だけど、嫌な感じはしない。
「犬、好きなのか?」
「えっ? ……うん。大好きよ。
あなたも冒険者?
そうだ! 良かったら、私と組まない?
あと、この町のギルドの場所を知ってたら、案内して欲しいんだけど……」
「へ? 冒険者? ギルド?」
これだけ強い符術士なのだから、高ランクの冒険者に違いない。
そう思って訊いてみたのだが、微妙な反応をされた。
冒険者じゃないとしたら、軍隊や王室に関わる仕事をしているエリートなのかも知れないわね。
「な、何でもない。知らないならいいのよ。
あっ、そうだ。良かったら私と模擬戦闘しない?」
「模擬戦闘? あぁ、カードゲームの事か?
いいぜ。せっかくだからメインのデッキを使うか」
私は鍛錬を積むつもりで模擬戦闘を挑む事にした。
彼はそれを快諾し、魔符を取り出す為に鞄の中を漁り始める。
彼は少なくとも、ふたつのデッキを持っているらしい。
優秀な符術士は、複数のデッキを所有していると聞いた事がある。
彼がどのような魔符を使うのか、期待に胸が膨らむ。
本当に膨らんで、Bカップくらいになると嬉しいな。
「あれ? なんだこれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか記憶にない物が入っててさ」
彼は鞄からデッキではなく、一枚の小さな布切れを取り出した。
ピンクと白のストライプ模様が可愛らしい。
それはーー。
「なっ! なんで、あなたが私のパンツを持ってるのよーっ!」
「えっ? パンツ? うわっ!?」
それは気を失っている間に紛失していた、私のパンツだった。
そして、彼がそれを持っている理由はひとつしかない。
「あなたが昨夜の下着泥棒だったのね!」
「ご、誤解だ! 気が付いたら鞄の中に……」
「問答無用!」
こうして、下着泥棒との対戦は、私の圧勝で幕を閉じる事となる。
ただし、召喚戦闘ではなく、リアルファイトでの勝利なのだが……勝ちは勝ちよね。
その後、私たちはエプロン姿の中年男性にこっぴどく叱られる事になるのだが……それは割愛するわね。
この作品は『異世界のTCG 〜剣と魔法の世界をカードゲームで無双する〜』のスピンオフ作品です。
エイプリルフールネタの為、本編とは一切関係ありません。
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