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私は私が大好きだ、だから今のこの状況が気にいっている

『私は私が大好きだ、だから今のこの状況が気にいっている』



「これ、かわいい」


無造作に放り投げられたキーケースを手にし、となりでだらしなく寝転がる男に尋ねる。


「あ、それ彼女から」


あっさりとした返事は、なんの悪意もてらいもなく、吐き出したタバコの煙とともに、私の耳へ届く。

今、この男と私は、何をしているのか、と。

すでに体温で温くなったシーツの上に半身を起こしながら考える。

いや、考えるまでもなく、素っ裸の男女がベッドの上ですることといえば、どれほど鈍い人間でもわかるだろう。

つまるところ、この男と私は、そういう関係だ、ということだ。

ただし、会ったのはついさっき、後輩が開いた合コンの場がはじめてだけど。


「ま、そういうことだからさ」


やることだけはさっさとやっておいて、あとくされがないようにさりげなく、それでもしっかりと釘をさすこのやり口は、こいつがこういうシチュエーションに非常によく慣れていることを物語っている。

さらに悲しいことに、こういうシチュエーションに遭遇することに慣れてしまったのは私の方も同じで、ああいう場でこういうことになった男は十中八九、同じ言葉を吐く。

余裕のあるそぶりで、ゆっくりとシャワーを浴び、脱ぎ散らかした洋服を一つ一つ身にまとう。

惨めな気持ちが、ちらりと頭をかすめ、慌てて振り払う。

私は余裕がある、年上のいい女なのだから、と、無理やり自分に言い聞かせる。


「じゃ」

「ん」


こちらを振り向きもせずに、仰向けになって携帯をいじる男は、とりあえずホテル代は出す気があるらしい。そういえば、それすら自分が払ったこともあったよな、と、そんなマイナスの思い出を振り払いつつ、部屋から出て行く。

まだ少し酒の残った頭は、同じことを繰り返す自分にうんざりする。

だからといって、いまさら変えられるはずもない、と、電車もバスも走っていない時間の街をとぼとぼと歩く。

自動販売機でお茶を買い求め、一気に煽る。

冷たい液体が喉を通る感触は気持ちがよく、今が現実の世界だ、ということを改めて認識させてくれる。

もうやめよう。

そう思いながらも家路へとつく。

これでそう思うのは何度目なのかな、と、考えながら。




「え?うそ?は?」


久し振りのトモダチからの電話に、思わず素っ頓狂な声を上げる。


「ごめんごめん、っていうか、いや」


わけがわからず、だけれどもこれ以上怪しい言葉を発しないように、携帯越しに彼女の言葉を注意深く伺う。


「うーーーーん」


長々と話し終えたあとは、少し手と耳が痛くなったような気もするが、携帯をきり終えたあと、熱くなったそれを右手にもったまま、しばし呆然としてしまった。

ありえない。

いや、そう考えるのは傲慢だ。

だけど。

そんな考えがぐるぐる浮かび、とりあえず冷蔵庫からビールを取り出す。

すっかり一人暮らしが板につき、必要な物が必要なときに必要なだけ手に入れられるように、適当に整備されたこの部屋は、とても居心地がよい。

冷たい缶の感触を楽しみながら、プルトップを開け、口をつける。

おいしい、と思いながらも、先ほどかかってきた電話の内容を反芻する。

あの子が、失恋をした。

そんなおもしろくもおかしくもない、ありふれた言葉に、どうして私はこれほど動揺しているのだろう。

これが、他の誰か、からもたらされたらこれほど驚かなかっただろう。いや、約一名同程度、私に動揺を与えそうな人間はいるが、他のトモダチならば、こんな風に考え込んだりはしない。

彼女、だからこそ私は太ることもかまわず、ビール片手に胡坐をかいて考え込んでいるのだ。

恋愛に消極的で、無理やりひっぱっていった合コンでは、いつも壁の花で、口を聞くことはおろか、その存在さえ認識されないような彼女が、失恋をした。

これを驚かなくて、何を驚くというのだ。

しかも、その相手が妻子ある男、というのもありえない。

いや、相手はどうやらまったくもってあの子のことを相手にしていなかったらしいのだが、それにしても初めての経験で、そんなにハードルをあげてどうする、と、わけのわからない方向で再び動揺する。

だが、と、ほとんど飲んでしまったビールを、一気に最後まで飲み干し。もう一缶、と、ビールを取り出す。

再び冷たい液体を楽しんだ私は、缶を持った手の甲を見つめ、自分の年齢を実感する。

手と首は年を隠せないっていうもんな、と、年相応に年輪を重ねた手をじっくりと観察する。

もう、こんな年、なのだ、私たちは。


「どうしてかなー」


右手をひらひらさせながら、ビールをあおる。

恋愛して、結婚して、子供を生んで。

あたりまえのようにそれが幸せだと教えられた私が、こんな風にひとりぼっちで、ビール片手に座り込んでいる。


「どうしよっかなぁ」


その言葉に返事をする人間など当然いない。

私は、そのまま、空っぽの缶を枕元に無造作に置き、眠りについた。

どんなことがあっても、次の日には仕事があるから、と、言い訳をしながら。




「おはようございまーす」


媚を売り過ぎない程度に、それでもやや甘めな挨拶を繰り返す。

もちろん男女関係なく、同じように。

この年で影ではお局様だの、売れ残りだの言われていたとしても、面と向かって言われるようになるほど煙たがられては居心地が悪くなる。そのためにはどちらかというとオヤジたちと女性社員の目、が重要となる。

いそいそと仕事をはじめ、軽口を交わしつつ、うっかりと嫌味を言わないように新人社員の教育などもこなす。特に今回は女性だったものだから、いつもの三倍は気を使う仕事だ。

よれよれになりながらも、ようやく就業時間を終え、とっとと、帰り支度をする。


「あれ?もう帰りっすか?」

「んーー、ごめんなさい、今日は」


残業を押し付けられそうな同僚に声をかけられ身構える。

どう考えても要領が悪いこの男は、同期、というだけで随分と助けてやった記憶がある。


「合コンどうですか、って思ったんですけど」

「ごめんごめん、今日はちょっとトモダチと約束してて」


そういいながらも後ずさりながら距離をとる。

約束は本当だが、合コンは当分もういい、と、この間の出来事を少しだけ反省した私は考える。

や、そういいながらも繰り返してはきたが、とりあえず、後輩男たちの股のゆるい女、という評価を小耳に挟んだからには、自重した方がいいだろう。

本当のことだから別に痛くも痒くもないのだが。

それじゃあ、ねー、と言い捨てながらも、足早に会社をあとにする。

この後には、私を散々悩ませた例のトモダチとの飲み会があるのだ。

なんとなく仲良くなって、なんとなく今までずるずると付き合ってきた他二名とも久し振りに会える、ともなれば、合コンなど天秤にかけるほどのものでもない。




 タオルを持ったまま、マシンガンのように吐露していた女が撃沈した。

ようやく静かになったテーブルで、他の二人と顔を見合わせながら彼女の後頭部をつつく。

三名で改めて、というより、ここにきて初めて乾杯をしながら、のんびりと会話を進める。

失恋した彼女以外はほとんど酒を口にしていなかった私たちは、適当につまみを口に放りこみながらも、当然話題は恋愛の方向へと進んでいく。

この年になってこんな話をするとは思わなかった、と、あらためてメンバーの顔を見る。

大学で働く堅物女と、同棲はしているけれども結婚はしない、というよくわからない屁理屈を掲げる女、が、そのメンバーではあるのだが、どう考えても、すでにこんな話しをしている年齢じゃない。

もちろん私を含めて。

大学を卒業してどれだけ、と、両手では足りなくなって、足の指だって使うようになってしまったのに、私たちの近況報告は「なにも」と「相変わらず」しかないのだ。

しかも、この両名どちらも、本当に何もなく、本当に相変わらず、なのだから聞きがいというものがない。


「で、あんたは?」


いい具合に良いが回った私たちは、ついでに堅物女の方もつついてみる。

突っ伏している彼女は、消極的過ぎてこうなってしまったパターンだが、いまいち彼女の信条、というものがよくわかっていない。

妙に後ろ向きだけど、卑屈、というわけではなく、トラウマと言うほど酷い何かがあるわけでもない。恐らく目を逸らし続けてきた結果が、今につながっているタイプ、だとは思ってはいるのだけれど。

私の適当なプロファイリングをよそに、やはり彼女は、「別に何も」という言葉を吐き出す。


「昔っからないよねぇ、いやになるほど。ひょっとして、恋愛できない体質、とか?」


カマをかけてみても、彼女は曖昧に笑うばかりで、やはり本心が見えてこない。

この年で、浮いた噂がない、と言う方がおかしいだろう。

まして、彼女の職場はかなり男女比が偏った職場だ。

お堅い彼女に相応しく、それなりに適当な相手を紹介してくれる世話好きがいそうでもある。

だけど、彼女は必死になって目を瞑りながらそんなことには一切かまわず、この年になってしまった、というのだろうか。

まあ、人のことは全くもって言えないけれど。

昔のように、短期間の間に繰り返していた恋愛話、というものですらご無沙汰な私は、彼女たちと同様に、相変わらず、という返事を返すほかはなく、今はまっている趣味の話をおもしろおかしく話すだけだ。

いい具合に酔っ払いながら、撃沈した彼女を肴に、それぞれに境遇の女三人が語り合う。

私は、この状況を周囲が想像するほど悲観しているわけでもなく、どちらかというと楽しみにしている。

何も変わらず、何からも干渉されず、私たちはこうやって会っていられる。

そのことがちょっとばかり誇らしく、嬉しい。

だから、私たちの関係に一石を投じた彼女の行動は、衝撃的で、だけれども結果として何も変化をもたらさなかった彼女の結末が嬉しい。 こんなことを口に出していいものじゃないけれど。




 面倒見の良い、堅物女が彼女を送り、堅物女とも別れ、私は誰が待つわけでもない自分の部屋へと帰る。

散々飲んだ後だというのに、あまりに自然な動作でビールを片手にとり、留守番電話の点滅ランプを消滅させる。

どうせ、内容はわかっている。

結婚しなさい、という母さんの泣き言だ。

いい酒もまずくなる、と、プルトップをひく。

寂しい、とか、不安、とか、感じないわけじゃない。

だけど、私は今の私を気に入っているから、やっぱりこのままぬるま湯につかっていたい。

彼女たちにそれを望むのは、酷いこと、なのかもしれないけれど。


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